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復讐のアリアドネ  作者: 岡出 千
幼少期:5歳
16/57

能力制御


 竜舎で倒れた次の日、アリアドネとルーカスは揃って、再び竜騎士軍訓練棟へと赴いていた。


 アリアドネの体に流れる半人としての血が暴走したことは、アナスタシアからヒュンケルへ、ヒュンケルからウィンプソン公爵へと話が伝わっている。

 それにより、半人としての能力を制御することは何よりも優先するべきと、下女としての仕事を全て免除された。

 誰でもできるような下女の仕事に時間を費やすよりも、半人としての力を使いこなすことが急務だと判断されたのだ。半人の能力を思うとおりに扱えるようになれば、主であるシェヘラザードの護衛にもなるという理由もある。


 アリアドネ自身、強くなることに異論は全くないので、能力制御を覚えることに不満はなかった。

 一度目の時は能力の制御に苦労した記憶はなく、自在に引き出していたので、今回もすぐに出来るようになるだろう。


 アリアドネの目的は能力制御ではなく、それを覚えた後にある魔力操作訓練だ。

 この世界に存在する全てのものには魔力が存在している。空気中にも、人の体内にも魔力が流れ、量や質は様々であるものの、誰しもが当たり前のように扱える。

 しかし、安定して出力するには技術やセンスが求められるので、魔力操作はぜひとも覚えたいことの一つだった。

 半人としての驚異的な身体能力と、安定した魔力操作。二つがそろえば、アリアドネの隙はほぼなくなると言っていいだろう。勿論、アリアドネ以上の身体能力や魔力を持つ相手がいればその限りではないが。

 一度目の時は、自身の身体能力でほぼほぼ何とかなっていたこともあり、魔力操作は学んでいなかった。魔力量は平均以上とのお墨付きはもらえたものの、どうやらアリアドネの半人としての血と魔力は相性がよくなかったらしい。簡単な魔術の発動にも手間と時間がかかった為、学ぶことを途中で放り投げたのだ。


 ルーカスもまた、アリアドネと共に下男の仕事を免除され、訓練棟へと訪れていた。

 セイレンナーデ付きの無印奴隷として買われた以上、それなりの労働が求められる事や、ルーカスにも非常に高い魔力適性があることが判明した事もあり、基礎体力と魔力操作の向上がしばらくの仕事となりそうだった。

 まさか連日軍部を訪れることになるとは思わなかったとばかりに、高くそびえたつ壁面を見上げてため息をつくのは、青ざめた顔色をしたルーカスである。


「……だいじょぶ?」

「あぁアリアドネ……、逆にお前はなんでそんなに平気そうなんだ……」


 心配そうに小首を傾げるアリアドネを見下ろして、ルーカスは憂鬱な態度を隠しもせずに、真っ赤な髪の毛をかき混ぜる。

 アリアドネのものとは正反対の、さらさら真っ直ぐな短い赤髪は絡まることなく指を通すが、勢いがよすぎるのか数本抜けて風に舞う。「はあぁ……」と重苦しいため息とともに頭から頬へ滑らせた手には、日々の洗濯でできたあかぎれとは異なる擦り傷が真新しくついていた。

 ちょうど昨日の今頃、同じく竜騎士団の竜舎内で、アリアドネの勢いに吹き飛ばされたときにできた傷である。


「お前、昨日アナスタシアさんの竜を見てから様子がおかしくなっただろ? それなのに、昨日の今日でもう一回って、おまえ、不安とかねぇの?」


 今日もまた、昨日みたいになるかも……。そう言って体を震わせた。

 アリアドネは少し考えて、ルーカスの服の裾を引く。するとすぐに、なんだ? と腰をかがめてくるルーカスが不思議だった。


「わたし、へん、だった?」

「ん? うん、変だった」

「ルーカス、こわく、ない?」


 わたしのこと。 

 手のひらの真新しい傷は、言ってしまえばアリアドネがつけたも同然である。それだけで済んだからいいが、様子を激変させたアリアドネに振り払われたことで、下手をしたら大怪我をしていたかもしれない。少なくとも、腰はすっかり抜かしていた。

 軍部に来ることを恐れるようなそぶりを見せる癖に、アリアドネに対してはいつも通りで。

 それが不思議だった。


「誰が?」

「ルーカス」

「誰を?」

「わたし」

「?????? なんで??」

「??????」


 はてなマークを背負ったルーカスが首をかしげるので、アリアドネもつられて首を傾げた。

 アリアドネの言っている意味を理解しきれないルーカスと、言葉が圧倒的に足りないアリアドネ。どう言ったら伝わるのか、どう受け取ればいいのか。それぞれ考える二人は、だんまりしながらも見つめ合う姿は、軍部という場所柄もあり、異様だった。

 そんな、同じ方向に首を傾げる子供二人を遠巻きに見ている大人たち。


「何をしているんでしょうか、あの子達は……」

「まぁまぁ、か~わいいじゃねぇか」

「……否定はしませんが」

「素直じゃないなぁ、相変わらず」

「うるさいですよ」

「いて」


 図星をつかれ、アナスタシアはほんのり頬を染めて唇を尖らせた。一歩下がった位置から、わき腹に向かって手刀を繰り出す。

 軍部の上官に対しての態度ではないが、された側のヒュンケルは一切気にするそぶりはなく、からからと笑った。公爵家の出であり、竜騎士団副長の肩書を持つヒュンケルは、その端正な顔立ちもあり、貴賤男女問わず人気がある。

 公の場だと穏やかな貴公子然としている男が、そうでない場面では身分を感じさせない気楽ささえ感じさせる友好的な態度を見せる、その二面性も人気の一つだ。

 その二面性も含め、全てこの男の手の内だと知っているのは、ごくわずかである。

 そのごくわずかの内の一人である副官は、はぁ、と小さくため息をこぼす。


「……もういいです。あの二人の面倒を見ることになった以上、きっちりとやらせていただきますので」

「うん、よろしく頼むよ。本当は俺が見ようかと思ったんだけど、反対されてさぁ」

「元帥にですか」


 声を潜めたその問いに、物言わず笑みで返す。それが答えも同然だった。


 つい昨日のことである。ヒュンケルは実父であり王宮軍元帥であるウィンプソン公爵に帰還の挨拶がてら、新しく家に入れた無印奴隷についての話を聞いた。

 ヒュンケルは年の離れた妹たちが可愛くて仕方がないが、殊の外、銀色の姉の方を可愛く思っていた。

 下の妹も可愛いのには違いないのだが、シェヘラザードの、柔らかなのに不器用でいじらしい言動と不憫なところがとても可哀そうで可愛い。


 屋敷の人間も、けしてシェヘラザードを可愛く思っていないわけではない。

 なのに、セイレンナーデを慕うあまり、シェヘラザードを蔑ろにしがちな者がいるのも確かだった。母も兄もそうである。父は――よくわからない、というのが正直なところ。

 シェヘラザードもそれを勘付いているからこそ、どんどん積極的になれなくなっている。


 だからこそ、妹達に付く無印奴隷を買い取ったと聞いた時、大丈夫かと心配した。

 シェヘラザード付きになるであろう無印奴隷が、セイレンナーデに傾倒しないか。仕えるべき姉の方でなく、妹の方を優先したりしないか。

 そして、いつか傷ついてしまいそうな危うさのあるシェヘラザードを、ちゃんと守れる者であるのか。

 ちゃんと確かめたかったのだ。


 アリアドネ。半人の奴隷。何が混ざっているのか、まだ不明。

 しかし、父はこうも言っていた。


(今は路傍の石ころだが――)


「薔薇の乙女に拾われた、ねぇ……」


 国造りの物語で、竜と共に建国の母となり女神となった乙女の名はラナリナ。

 ヒュンケルの妹たちはそれぞれ、薔薇の女神の名からもじって幼名を名付けられた。女神の加護でもって生存率の低い幼少期を乗り切り、女神のように美しく気高い女性へと成長できるようにと、貴族の娘に多くつけられる幼名である。

 薔薇の乙女の名を持つ妹に拾われ、手元に置かれ慈しまれて、生まれるのは竜か蛇か。

 おそらく父は、アリアドネを竜、もしくはそれに近いものの血が混ざる半人だと考えているのだろう。そしてそれは、的を射ている、とヒュンケルも考える。

 だからこそ昨日、アリアドネの能力の暴走を聞いた公爵がすぐに動きを見せたのだ。


「今日からしばらく、アナスタシア、おまえにはあの二人を厳しくしごいてやれ。アリアドネが能力を制御できれば、うちはかなり強力な手駒を得ることになる」

「承知しております」


 竜だとしてもそうでないにしても、アリアドネの半人としての能力はかなり期待できるだろう。それが使い物になれば、公爵家、ひいてはシェヘラザードの身も守られる。


「おまえの半人の力の制御はトップクラス。頼むぞ」

「はい」 


 ヒュンケルは、アリアドネを見た。

 ぼさぼさの黒髪、小さな体、細い手足。ぎらつく黒と金の瞳を持つ半人の子供。


 お前に妹を守れるか。


「お手並み拝見、だな」



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