イケメンも美少女も全ての人間は気持ち悪い
「気持ち悪……イケメンも美少女も全て気持ち悪い」
そう、昼休みの学校のトイレで私は呟いていた。
今日は生理の日だ。
女の腐臭がするような気持ち悪い日だ。
私の外面と、内面の遺伝子が近くなる日だ。
そう、私が「女」になってしまう日だ――。
女の腐臭と体液が混ざる汚れたナプキンを見た。いつもは羽根無しナプキンを買っているが、コンビニで生理用品を買おうとしたら変なオヤジがニヤニヤ見てたから、そのナプキンを素早く手に取ってレジで会計を済ませて学校に向かった。あのオヤジに精神を乱されてしまい、買ったナプキンが羽根有りだったの。最悪だから羽根をむしって使った。
それに、レジのフリーターのような若いバイトの男も、微かに顔色を変えていたのが気持ち悪い。わざわざゆっくりと袋を二重にしてくれて、生理用品を買いました感を出されたのが不快。他に飲み物なども買っておけば良かったかも。
(最悪……あの気持ち悪いオヤジやバイトに犯されたみたい。気持ち悪……)
男は気持ち悪い――。
溜息をつき、汚物入れに公害のような私の血の付いた汚物を入れた。すでに誰かの汚物もあり、私は吐き気と目眩がしたが弾けて混ざる事は無いと思い、ポーチを持ってトイレから出る。
すると、洗面台の鏡で無駄なメイクをしている、目立ちたがり屋の万年発情期の雌豚達がいた。雑談するかメイクするかどっちかにして欲しい。そして、いくらメイクをしても相手は貴女の身体しか求めて来ない。
(心までは、遺伝子まではメイク出来ないから。あぁ無意味……)
私は無言で手を洗いハンカチで手を拭いてトイレから出る。
水洗トイレに全て流れてしまえばいいのに。
女は気持ち悪い――。
昼休みの校内は雑談や、外でボールで遊んでいる連中がワイワイしていて耳障りな感じがする。校内で出来ているカップルも、甘い囁きなどをしていて鳥肌ではなく嘔吐してしまうような苦痛を覚えた。
(生理の日は図書室が一番ね。あそこなら静かでこの気持ち悪い痛みと絶望感を癒せる。この穴が痛みと快感を刺激するのは、とても気持ち悪いわ……)
生殖行為をする場所が快感というのが気持ち悪い。
粘膜同士の接触ならイケメンも美少女も関係無い。
全ては遺伝子の絡み合い。
外見は遺伝子の面の皮。
今の時代はいくらでも変えられる。
反吐が出るぐらいにね。
図書室へ向かう通路を通り過ぎると、あるカップルはイチャイチャとキスをしていた。
「キスも恋愛も気持ち悪い」
その二人は自分達の世界に入っていて私の言葉に気付かない。
恋愛は気持ち悪い。
それに何でキスなんてするんだろう?
理由は気持ちいいから。
好きだから。
いや違うでしょ?
性的欲求を中心とした欲求を満たしたいだけ。セックスに辿り着く為の前戯。そんな前戯を公衆の面前でしている。これから私達はセックスします、セックスしましたという証のようなモノ。
いくら彼氏が出来てもいつかは大体の人間が別れる。女達はいつでもどこでも男の話をしている。誰と誰が付き合っている。誰と誰が別れた。誰に誰を盗られた――。
それは全てセックスをしたい人間の話。
公衆の面前でセックス候補者の話をしているだけ。だから大人になっても不倫に走る。女はひたすらに他の女より先に男を捕獲して性を吸い取る。
このセーラー服がよく似合う黒髪ポニーテールの美少女もそうね。
「こんにちは浜辺さん。どこ行くの?」
「図書室に行くの。あそこは静かでいいから」
「囲碁部も静かだよ? 囲碁部の部長もプロになるかもだから、お菓子作って来たの! 浜辺さんも食べる?」
「いえ、私はいいわ。今日アレの日だから」
「あ、そうなの? じゃあやめとくね。何かあったら言ってね? じゃあ、またクラスで」
「えぇ。また」
ほら、今通り過ぎた美少女は、サッカー部と囲碁部の部長と二股してる。おそらく、奥手な囲碁部の部長がプロになるのを考えての行動。ライバルが多いサッカー部の部長の彼女でいるのは、いつまで続くかわからないと思ってるから。だから上手く二股をしてる。あんなに外面が良くても、遺伝子は美少女ではないのね。
(どんなに子宮に男を入れても、乾かない湖のようにいくらでも男を受け入れる。若い女も、オバさんでもそれは変わらない。人間は大人になんかならないから、どんな愛の形も仕方ないと許すのはどうなの?)
だから女は気持ち悪い――。
そして、私は図書室に到着する。
そこには図書室で静かに本を読む少年がいる。少年の本をめくる手が一瞬止まった。無言のまま私はその少年の膝に乗りかかった。
「あ……人が来るよ?」
「図書室の鍵は閉めておいた。休館中だってね。久しぶりに……する?」
「え……うん。したい」
「そう。そんなに私が好き?」
「うん。全部好き」
全部好きなんて有り得ない。
私は彼に恋愛感情は無い。
少年は私の外面を好きになった獣だ。
図書室でよく見かける私にラブレターを送って来た古風な少年。
獣は普段は図書室で本を読んでいるような根暗で大人しい少年だ。
しかし、二人きりになれば私の性を喰い散らかしたいから、一物を勃起させたまま私にキスをして来る。
奥手に見えても性欲は一流だ。
だから男は気持ち悪い――。
そんなに擦り付けられても、外面の私は遺伝子には従わない。
洋服を着ていてもわかる他人の勃起なんて気持ち悪いだけ。
女の勃起は判りづらくてもっと嫌。
少年と私の遺伝子は勃起しても、私の外面は勃起しない。
上手く私の遺伝子をコントロールする私は、少年の膝に乗りかかったまま彼の唇を舐めて言う。
「キス……までだよ。今はキスだけね」
「うん。わかってる……」
この少年を使って私も他の気持ち悪い人達と同じような事をしている。
唇と唇。粘膜と粘膜。不愉快なのに甘美。甘美なのに汚らわしい。
汚物……人間は汚物でしかない。
それでも私はキスを辞められない。
今日は生理で、私が遺伝子に犯されている日だからだ。
これは外面の「私」が求めているんじゃない。
内面の「遺伝子」が求めてるんだ。
だから気持ち悪いのは私がしているわけじゃない。
遺伝子のしている事だ。
少年も感じているようだ。
少年は遺伝子じゃなくて少年が性的興奮をしている。
私とは違う――。
世界の人間と私は違う。
外面と内面を理解している私と、外面の自分こそが全てと思ってる連中とは違う。この唾液も、少年の股間の膨らみも私にとっては気持ち悪いものでしかない。恋愛感情なんてただの土石流。汚く流れて消えればいい。
そして、昼休みが終わる五分前の予鈴が鳴り、少年はそそくさと自分のクラスへ戻った。そこで立ち尽くす私は、口を開けたままヨダレが流れる自分が遺伝子に犯されている快感を感じていた。恋愛を肯定している自分がいた。
(私は……私は……)
今の私は「遺伝子」に犯されているだけ。
それでも恋愛の快感を「私」が感じている。
イケメンも美少女も全ての人間は気持ち悪い。
恋愛なんて猶更だ。
だから私も――。
「気持ち悪い……」