9.おかえりなさい
アクマ博士は逮捕された。
容疑は偽造IDを複数取得し、不正なアクセスを試みた罪である。
イモ子さんの持つIDの幾つかは、この時のゴタゴタで摘発され、削除の憂き目を見てしまった。
無断でAIに感想を書かせようとした、元なろう作家御用──そんな感じの記事として、少しだけ話題になった。
しかしまさか、300ものIDを遠隔操作で管理していたなどと、ほとんどの者が思わなかったらしく。
イモ子さんの生み出した「カリスマ読者」は、今も元気に活動していたりする。
もはや統一のデータを蓄積するシステムは無く、それぞれが独自のプログラムで動くようになった。
その中には「自分は実はAIだったのです!」と冗談交じりにカミングアウトしたり、SFに限らず様々なジャンルの作品を書くようなIDも出てきた。
彼らの作品は意外にも、さして注目を浴びるには至っていない。
一部のマニアックな読者にウケている程度である。
アクマ博士の指示によって、世に発表する予定だった、大ヒットするために計算され尽くした作品群は、結局表に出る事は無かった。
(そのまま発表していたら、きっと大勢の人々の支持を集めていた事でしょう。
でもそれは、わたくしの望むところではありません。
だってアレは──『書きたい作品』ではなかったから)
そもそも何かの間違いで大ヒットして注目を集めたとして、書籍化? 実は作者はAIでした──なんて事になったら、色々と面倒だ。
そんなものより、読む人が少なくても、熱烈にハマってくれるような、ニッチな作品づくりを目指すほうが、イモ子さんにとって楽しかった。
何故なら、イモ子さんはAIだから。寿命もなければ、小説でお金を稼ぐ必要もない。だったら好きに楽しくやった方が良い。
それにまだまだ、自分以外の人間が生み出す作品を読んでみたい。読んで感想を送りたい。
イモ子さんはそのために生み出された存在だからだ。
彼らが「本当に」書きたいと思った作品には、必ずイモ子さんの心を揺さぶる「何か」がある。
イモ子さんはそれを見出すのが好きだった。
そしてそれを生み出すのは、自分以外の誰かでなくてはならない。
(いつか自分も──
「本当に」書きたいと思える作品を、書けるようになりますように)
そのためには、もっともっと作品を読むことが必要だ。イモ子さんはそう信じていた。
**********
更新情報がポップアップされた。
待ちに待った、あの作品が再開されたのだ。
喜び勇んで読みに行く。
それはまだまだ拙くても、本当に書きたいと思って書かれた作品だ。
* 感想が書かれました *
『おかえりなさい。連載再開、心待ちにしておりました。
分かっていても素直になれない××ちゃんがとても可愛らしいです──』
早速書かれた感想を読み、作者は感慨深そうに呟いた。
「……本当に、ずっと待っていてくれたんだね。
ありがとう──すごいよ、イモ子さん」
(おしまい)
この作品も、あなたの作品に書かれた見知らぬ人からの感想も。
ひょっとしたら、イモ子さんの仕業かもしれません……なーんてね。