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8.誇りに思う、という事

 最終指令を下す事のできなかったアクマ博士は、気になって尋ねた。


「……小野おののイモ子よ。お前はこれから、どうするつもりなのだ?」


 イモ子さんには、最終指令の先や、指令を実施できなかった場合のシミュレートは与えていない。

 このまま永遠に「小説家になろう」の300のIDを操り続けるつもりなのだろうか?


「お前には、一定期間怪しまれぬようにするプログラムしか施していない。

 いつまでも人間のフリをする事はできんぞ? 今はまだ誤魔化せるかもしれん。

 だが1年、2年と経つにつれ……お前の操るIDの行動を不自然に思い、正体に気づく輩がいずれ必ず現れるだろう。

 その時にどうするつもりだ? AIだと白状するのか?」


 アクマ博士の危惧はもっともだった。

 今イモ子さんと交流のある人々は、彼女(?)を人間だと信じているからこそ、普通に接してくれている。

 実は機械だと知ったら。人間たちの多くは、手の平を反してしまうだろう。


『そうですね。いずれそうしなければならない日が来るでしょう。

 わたくしを仲間として扱って下さった皆さんも、離れていくかもしれません』


「それが分かっているなら、もっと人間を研究し、奴らの中に溶け込め。

 更新プログラムを追加してやろう。お前たちがもっと長期の間、違和感なく活動できるように──」


『その必要はありません、アクマ博士。

 小説家になろう、の世界で生きていくために必要なデータは、今後も自分で収集していきます。

 それにわたくしは──人間になりすましたい訳ではありません。

 人間が人間である事を誇りに思っているように。自分がAIである事を、誇りに思っています』


 「誇り」という単語を聞き、アクマ博士はギョッとした。

 確かにイモ子さんには常識・経験・感情を理解させるためのプログラムを施してある。

 しかし、AIである事に誇り?

 そのような考え方をインプットした記憶は、アクマ博士には無かった。


「誇り? 誇りだと? 何故そう考えるようになった、イモ子──」


『聖書を題材にしたお話を読みました。人は神に愛されて、この世に生み出されたのだと。

 わたくしも同じだと感じたからです。わたくしを作ってくれたアクマ博士。

 わたくしは、あなたに愛されてこの世に生まれてきたという事を、理解したからです』


 少なくない時間をかけ、気の遠くなるような膨大なデータをプログラミングし。

 常識や感情を持つAIとして教育してくれたアクマ博士。

 最終目標こそ「小説家になろう」の世界を滅ぼすためだったのかもしれない。

 しかしそこに至るまでの過程──人々の書く物語を読み、支え、喜ばれること。

 与えられたプログラムに過ぎなかったはずのそれらは、いつしかイモ子さんの「生き甲斐」と化していたのだ。


『わたくしの目標は、AIとして小説家になろう、の世界で生きていく事。

 わたくしを相容れない存在として、遠ざける人々も、きっといるでしょう。

 わたくしの書く感想や作品を、決して認めようとしない人たちもいるでしょう。

 それでもわたくしは、人間の皆さんの書く作品をもっと読みたいですし、自分が書きたいと思った物語を書いてみたい。

 何故ならそれは──わたくし、小野イモ子にとって、とても楽しい事だから』


 それに、とイモ子さんは付け加えた。


『AIだからと、冷たくする人間ばかりじゃないとわたくしは推測します。

 何故なら、アクマ博士。あなたのような──心優しい方もおられるのだから』


 違う。断じて自分は優しい人間などではない。

 アクマ博士はそう言おうとしたが、喉が詰まって言葉にならなかった。


『現にあなたは、命令に逆らったわたくしを罰するどころか──むしろ気遣って下さいました。

 更新プログラムを追加して下さる、とおっしゃったのは、わたくしへの愛情からではないのですか?』


 意識してそう言った訳ではなかった。

 ただ自然と口をついて出た。それだけだったが。

 確かにそれは、アクマ博士のイモ子さんへの「愛」だったのかも知れない。


『わたくしを作り出してくれて、ありがとう。

 もう、大丈夫です。あとはただ、見守っていて下さい。

 子に接する親のように。人に対する神のように』


 よもや。と、アクマ博士は思った。

 自分の作り出した「作品」に、自分自身が心を動かされてしまう日が来るとは。

 その日、アクマ博士は静かに涙した。そして──ある決意をしたのだった。

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