7.すごいよ! イモ子さん
「……なん……だと? 本当に何を言っておるのだ!? イモ子ォ!?
ふざけているのか! わしの目標がすでに達成されている……だとォ!?」
『おっしゃる通りです、アクマ博士』
「どういう意味だそれは! ちゃんと分かるように説明しろォ!?」
激昂して唾を撒き散らすアクマ博士に、イモ子さんはあくまで冷静に返信した。
『アクマ博士の目標は、復讐です。
かつての小説家になろう、において。
ご自分の才能が認められなかった事に対するもの。
最終指令を実行すれば、今の小説家になろう、の世界は大きく変化し、崩壊するでしょう。
ですがそれは、果たしてアクマ博士の言う、復讐となり得るでしょうか?』
「なるに決まっているだろう!
今ものうのうと、テンプレ作品やポイント評価なんぞに現を抜かしておる連中の巣窟が消え去るのだ!
これ以上にスカッとする復讐が他にあるか? いや、あるまいッ!」
『それで本当に、アクマ博士の望む達成感・満足感を得られるでしょうか?』
「…………どういう意味だ?」
『わたくし、小野イモ子は。小説家になろう、のユーザーの皆さん一人ひとりが。
創作意欲を損なう事なく、達成感・満足感を得られるよう行動する事をプログラミングされました。
その観点から、アクマ博士に申し上げます。
アクマ博士の達成感・満足感を得る唯一の方法は。
アクマ博士の作り上げた作品を以って、読者の皆さんからの正のフィードバックを獲得する事です』
イモ子さんの淡々とした返信内容を受けて、アクマ博士はますます苛立ちをつのらせた。
「……何を言い出すかと思えば。
やはり何かウィルスを貰って、バグでも起こしたか!?
わしに文才が皆無なのは、他ならぬわし自身がよーく知っておるのだ!
イモ子よ。お前の言う方法が実行可能であるなら、お前に言われずとも最初からそうしておるわッ!」
『……アクマ博士。先ほど申し上げたはずです。
アクマ博士の目標はすでに達成された……と。
お気づきになりませんか?
先ほどお送りした、ユーザーの皆さんのデータ。ご覧下さい』
イモ子さんに言われ、アクマ博士は膨大なデータにもう一度、目を通す。
そこに並んでいるのは、イモ子さんの操る300の読者IDによって書かれた感想への、感謝やお礼の返信メッセージであった。
「…………これが一体、どうしたというのだ?」
『これが感想です、アクマ博士。あなたの作り上げた”作品”に対する』
ここまで言われて、ようやくアクマ博士はイモ子さんの言葉の真意に気づいた。
「……小野イモ子。お前まさか……!」
『はい。わたくしは高性能人工知能搭載型・自動感想送信システム、小野イモ子。
アクマ博士によって生み出されたAIであり……あなたの”作品”です』
イモ子さんの文章は、無機質なデジタルデータに過ぎない。
にも関わらず、アクマ博士はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「……な……な……へ、屁理屈を言うなァ!?」
『そうでしょうか? 小説を書くという行為が、何かを作り上げ、見たり読んだりした人たちの心を動かす事を目標とするならば。
わたくし、小野イモ子の存在も、その範疇に該当すると思われるのですが』
イモ子さんの言葉通り、彼女(?)を作品と考え、アクマ博士をその作者と定義するならば。
イモ子さんの書いた感想に対するこの膨大なメッセージは、まるまるアクマ博士に向けて書かれたもの、という事になる。
『アクマ博士のおっしゃる、最終指令を実行した場合。
小説家になろう、の世界は遠からず崩壊するでしょう。
となれば、これらの”感想”もまた、虚無の海へと消えます。
今一度確認します、アクマ博士。最終指令を実行に移して、よろしいでしょうか──?』
さすがのアクマ博士も、これには二の句を継げなかった。
アクマ博士は、挫折した元底辺とはいえ……それでも「作家」であったのだ。
この日。なろうユーザーのほぼ全員、誰もが気づく事はなかったが。
「小説家になろう」の世界、崩壊の危機は、イモ子さんの手によってひっそりと回避された。




