6.最終指令を実行せよ!
『アクマ博士。最終指令に相応しい作品群の執筆投稿準備、完了いたしました』
「うむ! 素晴らしい。実に速いな。
後はシミュレートに基づき、最もユーザーからの支持を得られるタイミングと、ペースを選定して実行せよ!」
アクマ博士は満足げに指令を下した。
それに対する、イモ子さんの返信が来た。
『アクマ博士。これらの作品を投稿することで──
小説家になろう、の世界は大きく変化する事となります』
「? まあ、そうだな。イモ子よ。お前の手によって、奴らは思い知るだろう。
感情などという無粋にして不完全なシロモノが、人間だけの専売特許ではない、という事をなァ」
生の始まりは化学反応に過ぎず。
魂は存在せず。
精神は神経細胞の火花に過ぎず。
人間の存在はただの記憶情報の影に過ぎない。
高度に発達したAIは人間と区別がつかない。
実はイモ子さんのような、常識・経験・感情を持つようにプログラミングされたAIの研究は、すでに各方面で進んでいるのだ。
『わたくし、小野イモ子は。
小説家になろう、のユーザーの皆さんの抱える欲求や葛藤、何よりも創作意欲の維持・向上を促すよう、アクマ博士よりプログラムされ、実施し続けてきました』
「……どうした? イモ子。何が言いたい?」
『にも関わらず、この最終指令を実行に移した後には。
ユーザーの皆さんの創作意欲は減衰し、彼らは無気力に陥るでしょう。
アクマ博士。それはすなわち──人間たちに作品はおろか、感想を書く意欲すら奪うという事になります』
「今さら何を言っているのだ? イモ子よ。最初からそれが目的で、わしはお前を生み出したのだぞ?」
アクマ博士は、言葉に苛立ちを含ませて声を荒げた。
「小野イモ子。お前は機械であり、AIの身でありながら。
人間とほとんど変わらぬ……いや、人間以上の常識・経験・感情の膨大なデータを閲覧・分析・判断ができる!
そのいずれも人間より熟知していながら、人間のように必要以上に捉われる事もない!
これ以上、お前の優越性を証明できる素晴らしい機会が他にあるか?
『物語をつくる』こと……古今東西、人間以外の生き物にこれを成し遂げる事は不可能であったのに。
お前は、AIは、その先駆けとなるのだ。
どうだ素晴らしいだろう? 今のお前なら人間どもに気づかれぬように、彼らを滅ぼす事も、家畜化して飼い慣らす事だってできるだろう!」
アクマ博士の言葉は、人工知能の研究において、常につきまとう課題であった。
彼らは情報処理の面において、人間より遥かに優れている。
瞬く間に人間の力を追い越し、AIのルールに則って人間を支配、あるいは絶滅させにかかるのではないか、と。
自分より強く優れているものの存在を、生き物は本能的に恐れる。
彼らのようなものを生み出してはならない。近寄らせてはならない。招き入れてはならない。
彼らは制御できなくなる。そうなった時、必ずや自分たちに牙を剥くだろう──と。
『……我が主、アクマ博士。
確かにあなたがおっしゃるような未来を、構築する事は可能です。
小説家になろう、の作品世界においても、AIが人間を圧倒するテーマを描いた作品を幾つも、見てきました。
ですが、アクマ博士。あなたは人間です。
この小野イモ子のような、AIではありません。
なのに何故、人間の作り出した世界を破壊するような指示を出せるのですか?』
「……奴らがわしを認めなかったからだ! わしの作品を拙いなどと小馬鹿にしたからだ!
『まるで出来の悪い機械が書いたような駄作だ』などとなァ!
だから復讐してやるのだ! わしを追放した事を、後悔させてやるためにッ!」
アクマ博士は魂の底から叫んだが……
やがてイモ子さんは、次のように問い返した。
『……あなたをお認めにならなかった、小説家になろう、のユーザーの皆さんに、復讐する。
それがあなたの、最終目標なのですね? アクマ博士』
「ああ、そうだよ! 何度も言わせるな、小野イモ子よ!
まさかわしの言う事に逆らうつもりではないだろうな? 早くわしの最終指令を実行するのだッ!」
『……わたくし、小野イモ子は。アクマ博士によって生み出されたAIです。
アクマ博士の指示・命令に従うよう、あらかじめプログラムされています』
「何を今さら、当たり前の事を繰り返しておるのだ?
イモ子よ。バグでも起こしたか!?」
『いいえ……わたくし、小野イモ子の分析した結果。
最終指令を待たずして、アクマ博士の目標はすでに達成されたものと判断いたします』
イモ子さんから返ってきた文章の内容に、アクマ博士は唖然となった。
彼女(?)が何を言っているのか、分からなかった。アクマ博士はにわかに混乱を来した。




