5.アクマ博士の陰謀
「……もう別れましょう、わたし達」
「……何故だ?」
「あなたって……機械みたい。人と一緒にいる気がしないんだもの。
ご飯食べてる時も。家に帰ってきた時も。今こうして話をしている時も。
むっつりしちゃってさ。わたしといても、楽しくないの?」
「…………」
「黙りこくっちゃって。ホント、何考えてるのか分からないわ、あなた。
……ごめんなさい。わたしもう、限界なのよ」
「…………そうか」
本当は悲しかった。だが何も言えなかった。
ここまで愛想を尽かされているのか、と考えると……戸惑うばかりで言葉が口に出なかった。
仕事に打ち込みすぎて、研究に没頭しすぎて。
感情を表に出す事が少なくなった。表情が動かしにくくなった気もする。
思い返してみれば、妻を顧みなさ過ぎた。悔やんでも、もう遅かったが。
自分のような者とこれ以上いても、彼女はきっと不幸だろう。
そう思った彼──アクマ博士は、妻に言われるがまま、離婚届にサインしたのだった。
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アクマ博士はイモ子さんから送られてくる情報データを閲覧し、ご満悦の様子だった。
「くっくっく……小野イモ子よ。実に良くやっておるではないか。
お前をAIとも知らず、弄ばれているとも知らず。
楽しそうにやっておるな。愚かな『小説家になろう』のユーザーどもめ」
アクマ博士は人間が総じて嫌いだった。
いつだって彼らは、アクマ博士を忌み嫌い、遠ざけた。
「なろう」ユーザー達は、かつて彼の書いた作品を酷評し、あるいは無視した。
親の都合で見合いで知り合った妻もまた、彼に愛想を尽かし離れてしまった。
恐らく原因は自分にある。アクマ博士もそれには薄々気づいていた。
だがどうにもならなかった。彼にとって他人は、煩わしいものでしかなくなっていた。
「このわしが機械みたいだと? 機械の何が悪い!
今だとて、機械に頼らねば満足に生活すらできぬというのに。
肉体だけでなく、精神ですら機械に依存しなければ満足を得られぬというのに」
アクマ博士は情報データを見ながら、毒づいた。
やがてイモ子さんに直接、最終指令を下すための通信を始めた。
「小野イモ子よ。お前の収集したデータ。
現在の情報量で、我が指令を達成可能か?」
『我が主、アクマ博士。現時点での成功確率は99.514%となっております』
アクマ博士の呼びかけに答えたイモ子さんは、淡々と数値データを報告した。
アクマ博士の最終指令とは。
満を持してイモ子さんを「読者」から「作者」に方向転換すること。
300のIDから得られたユーザーの情報をもとに、彼らの最大多数が最大幸福を得られるような……いわゆる「大ヒット」するであろう、キャッチーな小説を一斉に展開するのだ。
これまでの経緯からも明らかなように。
執筆速度、読解能力、心情・流行・マーケティング。
全てにおいて個人の作者では及びもつかない能力を誇る高性能AIイモ子さん。
イモ子さんの書く作品は間違いなく、既存の人間作者による作品を圧倒し、凌駕し、駆逐してしまうだろう。
その後は、アクマ博士のお気に召すまま。
「小説家になろう」をAIの楽園にしてもいいし、AI無しでは立ち行かなくなった頃を見計らって逐電してしまってもよい。
いずれにせよ、人間たちにとっての「小説家になろう」の世界は終わる。
「機械を侮った人間ども。わしを認めなかった人間ども。
お前たちの信じた世界のひとつが。
その機械に支配され、滅ぼされる気分はどうだね? くっくっく……」
アクマ博士は未来の光景を夢想し、邪悪な笑みを浮かべ悦に浸った。




