4.「違和感」に気づく者たち
「…………ふむう」
とある場所にて。何とも言えない唸り声を上げた女性がいた。
「どうした? 何かあったのかい」
その人物に、相棒と思しき隣の男性が声をかける。
「最近の『小説家になろう』なんだけど。
上手く言えないんだけど、賑わっている気がするわね」
「賑わっている……『気がする』?」
「特にランキングやポイントに、大きな動きがあった訳じゃあないんだけど……」
「というと?」
「以前より、新作の小説に……
感想がついている事が多くなっているような気がするわ」
女性の言葉に、相棒の男性は「ああ」と相槌を打った。
「そいつは……『カリスマ読者』って呼ばれている連中の仕業だね」
「……『カリスマ読者』?」
「ああ。読み専なんだが、積極的に活動していて、ブックマークや感想を書いたりしている人たちの事さ」
男性はそう言って、ある『カリスマ読者』のマイページを開いて見せた。
「……何コレ? 読者……よね?
活動報告がものすごい数あるんだけど……」
「うん。読み専として今日は何を読んだか、どう面白かったかとか、事細かに活動報告に書いてあるんだよ。
もちろん小説のページに飛べば、感想だって書いてある」
「はえ~……よくもまあ、こんな手間のかかる事するわねー。
まるで営業の売り込みみたい」
「結構信頼できるデータとして、大勢の読者が見に来るんだよ。
活動報告の返信欄を通じて、他のユーザーとも積極的に交流してるみたいだし。楽しそうだよね」
女性はぼんやりと新着小説の一覧を眺めていたが、ふとある事に気づいた。
「……でも、感想のついてない話もあるわね?」
「そうだな。何でだろう?」
不思議に思った女性が、感想のついていない作品に目を通すと……
「あー、これ……『テンプレ』作品だわ」
「テンプレ? 異世界転移とか転生とか、その辺のヤツかい?」
「うん。しかもなんというか……無理矢理テンプレを入れて、見て貰いたいために書いたような作品」
「むむむ……ちょっと気持ちが理解できるから、耳が痛いなぁ」
男性はバツが悪そうにポリポリと頬をかいた。
彼も昔、PV数やポイントを稼ぎたいがために、本来書きたいテーマの作品をそっちのけでテンプレにうつつを抜かした時期があったからだ。
「アンタもテンプレ作品書いてたわね、そーいえば。アレどうなったの?」
「……最初の内は良かったんだが、二週間もすると飽きちゃってねえ。
やっぱ慣れない事はするもんじゃあないな、と思い知らされたよ」
改めて画面を見やると。
いわゆる『カリスマ読者』たちの取り上げている作品には、テンプレを用いていない、普通なら目に留まりにくい、内容の分かりにくいタイトルの作品も結構取り上げられている。
まるで海の底に人知れず沈んだ財宝を引き上げているような、スコッパーならぬサルベージ読者とでも言うべきか。
「……でも、おかしいわよね」
「何がだい?」
「『カリスマ読者』なんだけどさ。
必ずしも『隠れた名作』ばかり紹介してる訳じゃあ、ないのよね。
例えばホラ、コレとかさ」
女性が示した作品。
タイトルも平凡で、内容もかなり稚拙だ。ポイントも、わずか2ポイント。
この『カリスマ読者』がブックマークした1件だけだ。
「……ぶっちゃけ、つまんねぇなコレ……」
男性も中身を読んだが、よくある恋愛モノ。
普通、恋愛モノなら読者が大勢集まりやすいハズなのだが……男性は読んで1分もしないうちにギブアップだった。それぐらい拙い。
しかし、女性の反応は違った。
何やら震えている。彼女のディスプレイに映っているのは、その拙い作品の感想欄だった。
大小さまざまな感想が書かれている。全て『カリスマ読者』からのものだ。
時には励まし、時には誤字を指摘したり。
作品の感想のやり取りというより、交換日記のような内容だった。
そして、最後の日付は一週間前になっている。
『読ませていただきました。
○○君と××ちゃん、随分距離が縮まりましたね。
お互い密かに好き合ってる感じが読み取れて、ニヤニヤしてしまいました。
活動報告にもありましたが、しばらくネットを離れるそうですね。
お話の続きを読めないのが残念です。
もしまた復帰できたら、一緒に語りましょう。
いつまでも、待っています』
『感想ありがとうございます。
作品を最後まで書く前に、こういう形で中断となってしまい申し訳ありません。
僕の書く文章、読みづらいし下手でしょうに、いつも読んでくれて、とても励みになりました。
あなたの感想があったからこそ、下手で飽きっぽい僕でもここまでやれたのだと思います。
復帰がいつになるか分かりませんが、もし戻って来れたら、また続きを書こうと思います。
本当に、本当にありがとう』
「何よコレ……! 何なのよコレ……!
泣かせるじゃないこの感想欄ッ……!?」
「うおッお前……化粧崩れるほどガチ泣きすんなよッ!?」
女性は人目を憚らず嗚咽していた。
「こういう話に弱いのよあたし!
小説じたいは下手だけど……下手だったけど!
ダメ亭主に献身的に尽くす健気な妻みたいな感じ!」
「確かになんつーか……
恋人同士がお互い離れ離れになるよーな切ないモノを感じたが……
現実にこんなの本当にあるんだなぁ……ドラマみたいなやり取り。出来過ぎっていうかなぁ。
でもこれって小説じゃなくて、感想欄なんだよな……」
時々……いや、よくある話なのだが。
「なろう」作品の中には、作品そのものより感想欄のやり取りの方が面白い、という類のモノが存在する。
だが二人はわずかな違和感を覚えただけで、この作品の事を、時間が経つにつれ忘れていった。
彼らが話題にしていた『カリスマ読者』。イモ子さんの持つ300のIDの幾つかである事は、言うまでもない。




