おぉ、勇者よ!死んでしまうとは情けない。
変な話ですが、お付き合い下さい。
進藤幸人は勇者である。
いわゆる、転移勇者に部類されるのだろう。
進藤幸人はある日、夢を見た。
その夢の中で、神と名乗る老人に「勇者になってほしい」と言われてしまう。
その老神の世界には今、危機が迫っているのだという。老神の二人の子供神がそれぞれ生み出した人間と魔族、その両者の関係が悪化の一途を辿ってしまった。
老神は初め呆然としていた幸人の事を気遣いながらも、自身の世界の現状と勇者として幸人に何をしてもらいたいのか、切々と説明を展開した。
だが!
愚かなことに、幸人はそれを右から左へと聞き流していた。
本当に愚かなことだと、後々に幸人は悔やむことになる。
進藤幸人は勇者に成りたかった!
世の中には平々凡々な一少年が異世界に転生または転移して、勇者、英雄、名を冠することが無くても絶大な能力などを得て、世界に大きな影響を落す活躍をするという物語が溢れていた。自分はそんなものを望まないと言っている主人公が、それでも様々な形で世界を大きく変えてしまうということも多い。変わり種としては魔王など人類、世界の敵となって、そういった形で世界の歴史に足跡を残すなんてことも。
幸人はなんでも良かった。ただ、幸人は今の自分では、この世界では絶対に出来ないであろう偉業を自分も成してみたいという夢物語を抱いていたのだ。
普通のサラリーマンの家庭に生まれて、義務教育を受けて、普通科高校に通っている。このまま、流れるように自分の学力ですんなりと入れるような大学に進むのだろう。
夢でしかない、と思っていた。
異世界なんて、バカみたいな夢なのだと。
だけど、その夢が目の前にある。。
もしかしたら、これは本当に幸人の夢なのかも知れない。
数時間もすれば自然と目が覚めるか、目覚まし時計代わりに使っているテレビのタイマーによって起こされ、夢から覚めてしまうのかも知れない。
それでも、目覚めてしまうまでは、この夢に喜んで浸っていよう。浸っていたい。
幸人は歓喜していた。
その為に、幸人は神という老人の言葉を聞き逃してしまっていた。
「どうじゃ。勇者として私の世界を救ってくれるか?」
「あぁ!任せてくれ!!」
「なんと、頼もしい!では頼んだぞ!」
「勇者様、勇者様、どうぞこちらに。歓迎の席を用意して御座いますの」
老神の世界で最も勢力のある国に幸人は降臨した。
幸人の降臨に先んじて、この大国だけに留まらず老神の子供神、姉神が創り出した人間が治めている全ての国、民族、弟神が創り出した魔族の全ての種族に至るまで、神託が下されていた。
世界を救う勇者が降臨する、と。
勇者を重んじなければならない、と。
そのおかげで、幸人は王族の住む王宮の一角に部屋を用意され、王を始めとする王族達からも、国を支える管理達、貴族達から、下にも置かぬもてなしを受けている。
神託には、勇者が何処へ降臨するかは語られてはいなかった。
その為、この大国以外の国々も、神の代理人たる勇者が何時、自国の領土内に降臨しても良いように準備を進めていたという。国の威信をかけての、絢爛豪華な宴。期待するなと言う方が無理だった。
「我がクルストラ王国は姉神エクストラ様の加護を、人間が治める国として初めて、そして第一に受けている国で御座います」
ヘリウッド女優も真っ青な、ほっそりとして美少女な王女様に手を繋がれ、貴族たちが今か今かと待ち構えているという宴の間へと足を進める。
「そんな我が国に勇者様が降臨して下さったということは、神が人こそを正しいのだと認めて下さったも同然。勇者様、感謝致します。私達を貴方は救ってくださるのですね」
「任せておいてよ」
王女は美人だった。
例えるならば、北欧系。キラキラと絹のように輝く銀の髪に、ほっそりとした体形、色素は透けて見えるのではと思わせる程に薄い。
「頼もしい御言葉。あの恐ろしい魔族達も、勇者様がいらして下さると思えば、何も恐ろしくはありませんね」
魔族の恐ろしさを思い浮かべてしまったのだろう。怖くは無いと震える声で言いながら、幸人に縋るように見上げてくる表情は青褪め、そのか細い肩はふるふると震え、それを自分の腕で抱きしめて止めようと身を縮める。そんな王女の姿は幸人の胸を矢で射貫かれたかのような衝撃を与える程に可憐だった。
幸人は俄然、やる気に満ち溢れた。
これこそが、幸人が長年思い描いてきた勇者という、活躍の場。
あぁ、生きてきた良かった、と幸人は自身をこの世界へと導いた老神に感謝を捧げた。
宴の席が整えられ、国中の貴族達が一堂に顔を合わせている広間についた幸人は、歓迎の眼差しと拍手をもって迎え入れられた。
王女に手を引かれ、まばゆいばかりの光の中に歩み出ることになった幸人の目の前には、幸人が乏しい想像力で思い描いていた光景そのものが広がっていた。
教科書の端に掲載されていたり、映画やアニメ、漫画でもよく目にしている、中世ヨーロッパの光景にそっくりな装飾品の数々。照明は現代のそれに慣れた幸人には薄暗くもある、蝋燭を主にしたもの。王女を始めとする人々が身に付けているのは、幸人からすると動きにくそうに思える豪華なドレスなど。降臨してすぐに目にした兵士が手にしていたのは、鈍い光を放っていた剣。
現代よりも文明としては遅れている、よくある世界なのかと幸人は考えた。
「えっ?」
勇者が降臨してくれた、という高台に置かれている玉座の前に建つ王の隣に立ち、大仰な身振り、大仰な言葉で示された感動の演説が終わった後、幸人はようやく貴族達を同じ場所へと降りる事が許された。
勇者とお近づきになりたいと願う貴族達の要望、勇者にこの国の豊かさを知ってもらわねばという思惑が兼ねられている歓迎の宴は、立食形式をとられていた。
失礼など無いように、そして勇者に貴族達を紹介する為に、幸人には王女が付き添っている。
用意されている料理の数々を幸人へと差し出したのは、そんな王女の役割だった。
「どうかなさいましたか、勇者様?」
自身が給仕から受け取り差し出した皿を目にして凍り付いてしまった幸人に、王女は焦りと戸惑いに溢れた表情でおろおろと皿と幸人に目を行き来させた。
何か不手際があったのか、勇者の機嫌を損ねてしまったのか、と周囲に居た貴族達も固唾を飲んで、幸人たちへと注目を集めている。
「えっと…それは、」
何?という声はあまりの驚きに音として発せられることが出来なかった。
王女の手にした小皿の上に乗せられている料理。
幸人はある程度の期待をもって、それを見た。
フランス料理のように見た目にも華やかなものだろうか。意外にも料理は中華系?北欧のように素材を生かした感じのもの?トルコ料理にイタリア料理、それとも和食なんて意表をついたものだろうか。
もしかすると、よくあるような料理が全く発達していない世界なのかも知れないな。アメリカやイギリスみたいにジャンクフードのようなものかも知れない。そうなら、幸人が知っている限りの知識で食を革命なんて…。ほくそ笑むような幸人の思惑を宿した視線の先に差し出された小皿。
それは、真っ白で艶のある食器の上に盛り付けられて、青い飴玉だった。
盛り付けられている、なんて言葉はそれには似合わないだろう。コロコロとわずかな王女の震えに応じるように皿の上を動き続けている、小さく、薄く鮮やかな青色の、球体。幸人の知りうる限りに当てはめるのなら、それはサイダー味の飴玉というしか言いようのないものだった。
絢爛豪華な、勇者をもてなす為に、世界の人間が築いた国で一番だという大国の威信をかけた料理。そう自信満々に紹介された筈の料理がそれなんて、幸人が驚くのも無理はなかった。
「もしかして、このテリーヌがお気に召しませんでしたか?!」
まぁ!と幸人の視線から判断を下したのだろうが、王女の発言はあまりにも方向違いなものだった。そもそもにして、幸人にはそれがテリーヌという、言葉が正しく翻訳されているのならフランス料理の前菜に食される、野菜のゼリー寄せという料理には到底見えなかった。
だというのに、王女は自分が手にしていた青い飴玉が乗る皿を給仕の人間に押し付けるように渡し、幸人に謝りながら何が好みなのでしょうかと聞いてくる。
「えっと…」
「勇者様はお若い殿方。きっと、こちらの方がよいのではありませんか?」
「お母さま!」
何かがおかしい。そう戸惑いから抜けきれない頭で考えていた幸人は王女の質問に答えることが出来なかったが、そんな幸人を置き去りにして話は先に進もうとしていた。
王女の隣に迫力の美女、王女が母と呼ぶのだから王妃なのだろう、美女が現れて自身が引き連れてきた給仕から先程とあまり違いの無い皿を王女に受け取らせる。
「勇者様。こちらは雷狼のステーキでございます。わたくし達王族とて滅多に食すことの出来ない美味。きっと勇者様にもお気に召して頂ける筈ですわ」
ステーキ、という言葉に幸人は何とか思考を止め、混乱を押し留め、王女が改めて差し出してきた皿の上に目を向ける。
テリーヌ一つで判断を下すのはやはり早い。ステーキは幸人が良く知る形、もしかしたらステーキという名前だけで違う料理かも知れないが、料理と見て取れるものかも知れない、と期待を幸人は抱く。
「…うっ、えっ…?」
「勇者、様?」
王女は心配と戸惑いの目で再び見上げてくるのだが、そんな彼女の姿など、周囲で様子を窺っている王妃を始めとする貴族達の目なども、幸人はもう見えてはいなかった。
王女が差し出してきた皿に今度は、鮮やかな薄紅色の、先ほどのテリーヌよりは僅かばかりだが大き目の、やっぱり飴玉が転がっている。
幸人はどう見ようと、それがステーキには、そもそも料理にすら見えない。
「どうかなさいましたか、勇者様?」
結論から言おう。
それがこの世界の、人間達が日々の生活を支える食事として普通だと考えている、料理だったのだ。
自分達のとっての普通の食事に対して、異世界の、とはいえ人間であるという勇者の幸人が戸惑いを覚えることなんて、彼らは想像することも出来ないことだった。
「や、野菜や、魚、肉は…」
「まぁ、ふふふ。勇者様は面白い方なのですね。そんな魔族のような野蛮な事、勇者様を前にして緊張している私達を和ませようとして下さったのですか?」
幸人の言葉は冗談であると彼女達はとった。
「えっ、あっ、はははっ。あまり受けなかったけどね」
変なことを言ってごめん。
それが冗談であると王女の言葉でようやく気付けたと笑い出す人々の中心で、幸人は頭をかいて苦笑いをこぼすという姿を見せて、ごまかすことしか今は出来なかった。
「では、勇者様。何をお食べになりますか?」
「じゃあ、ステーキをもらおうかな?」
「はい」
差し出されたのは、薄紅色の飴玉がのる皿一つ。フォークもナイフも、スプーンも箸もない。ただ、給仕の男がほんのりと湿っている布を掲げてきたことから、それは幸人のよく知る飴玉を食べるように、手掴みでいいのだと辛うじて察した。布で指先を拭き、飴玉を持ち上げて口へと運ぶ。
「お、美味しい…」
口の中に、上品で濃厚なソースが絡められた蕩けるように上等なステーキの味が広がる。それに対しての驚きと、純粋な美味しさへの感嘆に溢れた声が飴玉が消えた幸人の口から飛び出し、良かったという安堵と喜びの声が王女、王妃、そして貴族達から漏れ出てくる。
「さぁ、勇者様。こちらは白身魚の…」
「勇者様、こちらは…」
「お口直しに甘味などはいかがでしょうか」
王女に遠慮はしてはいるものの、貴族達が幸人に対して自分が気にいっている料理などを薦めてくる。その皿のどれもが、色様々な飴玉がのったものだった。
乾いた笑いを浮かべながら、幸人は飴玉から感じる驚きの味に度肝を抜かれ、勇者を歓迎する宴は夜遅くまで続く。
幸人が当たり前だという食事は、彼女達、この世界の人間にとっては野蛮極まりないものだという。
「精霊が慈しむ植物を摘み取ることも、生き物を殺して肉を削ぐことも、ましたやそれらを口に入れるなど野蛮極まりないこと。大昔はわたくし達人間もそのような方法をとっていたと記録にはありますが、今では生きることに必要な成分を植物を摘み取ることなく、生き物を殺すことなく抽出する術を開発し、それに味をつける術も編み出したのです。今とそう変わらない技術が開発されたのが二百年ほど昔の事。それに比べて魔族は食事だと言いながら人間まで襲ってくる。魔族達の生態を調べる学者達が何度も魔族達の領域に踏み込んでいますが、草を食み、肉や血を喰らい啜るという野蛮な食生活を続けているとか。それだけではなく、酒や煙草まで平然と」
「えっ、」
異世界では酒や煙草は普通に、幸人の世界のように規制などはされずに嗜まれているものだと思っていた。料理だけでも驚きだったのに、それさえも想像と違うことに幸人は驚きを抑えきれない。
「そうなのです、勇者様も驚かれるでしょう?酒や煙草など、あんな害悪でしかないものを利用しているだなんて、魔族がどれほど野蛮なのかそれだけでもよく理解出来るというものです。精霊達の力を借り浄化した水しか飲まない、利用しないわたくし達人間とは本当に大違いです」
この世界の人間の生活は、幸人を何度も何度も驚かせる。
声に出して言えるような事ではなかったが、幸人には野蛮だと恐怖の対象のように聞かされる魔族達の暮らしの方が馴染めるのでは、と思えてならない程だった。
「えっ、えぇっと外に出たいんだけど…」
「まぁ、何をお求めですか?」
この世界の人間は基本的に建物の外には出ないのだという。
移動は転移の魔術や魔道具を利用して行う。買い物は自宅から店へ。体を動かしたい時は、それ専用のドームが築かれている為そちらに転移する。
太陽の光を浴びて運動?そんなシミが出来るような、健康に悪いことはしないのだと、彼女達は平然と言ってのける。
どうしても外に出なければならない事態が起こった時、それは訓練を何度も重ねている専門職の者達や下級身分、もしくは奴隷の仕事となる。勇猛果敢な行為、もしくは下賤極まりない可哀想な仕事という印象なのだ。
どうして転移の魔術があるのに外に出て歩くなんて野蛮なことをしなくてはならないの?魔術という点では人間よりも多種多様、強力なものを扱える筈の魔族がそれをしないということは、魔族が持つ感性自体が野蛮だからなのだ、と彼女たちは疑いの無い眼差しと声で言い切ってみせる。
「勇者様。どうか野蛮な魔族からわたくし達をお守りください」
魔族達を倒す為に、太陽の光を浴びる、外を自分の足で踏みしめて歩くという野蛮極まりない行為をしなくてはならない勇者に、彼女達は誰もが哀れみと救いを求める目で祈りを捧げてくる。
初めは全員で自分をからかっているのだと、幸人は考えていた。
だが、一日が経ち、三日が経ち、一週間、一か月…勇者として魔族と戦う為の力を蓄える、戦いの為の準備を進める為にこのクルストラ王国だけでなく、人間が治めている数々の国を巡る中で、それが決して冗談でもなんでもないことに幸人は気づかざるを得なかった。
どの国でも、王族であろうと貴族であろうと、庶民、偶然にも関わることもあった奴隷という人間の最下級の存在、裏社会の人間も、食事だといって色様々な飴玉を食していた。幸人の知っている知識をもとにすれば、それは薬局などで多種多様に購入する事が出来るサプリメントと同じものだろう。肉体労働をする人々までそれを多くて十数粒だけ食し、ただの澄み透った水を飲んで、食事を終える。幸人には到底満足出来る量でもないそれで、全ての人々が満足そうに笑っていたのだ。
ぐ~
「お、お腹がすいた…」
別に大食いという訳ではない幸人でも、それは耐えきれない生活だった。
量にするとお茶碗によそわれたご飯の半分もない食事。栄養としては十分過ぎるものだと説明されても、味としては蕩けるように美味なものばかりだとしても。
それでも幸人のお腹が空腹を訴えない時は無かった。
だが、そんな事を人が居るところで幸人が口にすることは出来なかった。
「ねぇ、勇者様。なんだか可笑しくない?」
「ちょっと、そんなことを聞かれたら…」
「でも、絶対に…」
勇者である幸人にはこの数か月、常に誰かが傍に居た。
王女だったり、騎士だったり、身の回りを任された侍従だったり。そんな彼らを何とか振り切って身を潜め、何とか口にはせずにいた想いを丈を吐き出していた幸人の耳に、幸人の前にはあまり姿を見せないよう指示が為されているという侍女達の声が届いた。
それは勇者の、そう幸人に対する不審に溢れた話し声だった。
幸人は別に頭が悪い訳ではない。だから、幸人は自分がどれだけ危険な状況に置かれているかを、数日の内に気付けていた。それから、ずっと幸人は慎重に警戒しながら日々を過ごしていたのだが、さすがに数か月ともなると気づかれてしまう。
油断すると鳴ってしまうお腹の空腹を訴える音も、気づかれないと思って吐き出した幸人の弱音も、偶然にも聞いてしまう人は、これほど多くの人間が働いている王宮では多かったことだろう。
「もしかしたら、神託って姉神様ではなく弟神様のものなんじゃ…」
「えっじゃあ、もしかして勇者様は…魔族?」
「だって、それなら説明がつくわ。野蛮な事に興味津々で、あまり生活に馴染めていないような姿も…」
どうしましょう。
まずは女官長に相談してみましょう。
やばい。
幸人は焦った。
確かに魔族の暮らしの方が、幸人には普通だった。
この世界の人間の暮らしは幸人には限界が近かった。
だが、こんな人間の領域の中心で、幸人が敵である魔族だなんて誤解されたら?
勇者と言われていようと戦いの術を学び始めたばかりの幸人に、訓練の行き届いている騎士達に囲まれて勝ち目がある訳がない。
幸人は考えた。
逃げないと!と。
幸人は逃げた。
建物の外に出てしまえば、外に出る事を野蛮と考え、重厚な装備を準備しなければ出ようともしない彼等からは逃げ切れると考えた。
初めて出た建物の外は、一応は普通の街並みが広がっていた。
これは人間がこういった生活を始める前の名残なのだと聞いていた。
それこそ観光写真などで見知っているヨーロッパの古い街並みのように建ち並んでいる建物。その街並みの中には人影はあまりなく、時折動くものがあるなと感じれば空を飛ぶ鳥や徘徊している動物。街は壁に囲まれていたのだが、ゴテゴテとした全身を覆う装備に身を包んだ兵士らしき人影が数人、それを避けてしまえば外に出る事は容易なことだった。
幸人は考えた。
魔族の所へ行こう、と。
でも、どうやって?
人が一切行動しなくなった世界の在り様は、幸人が考えていたものよりも酷い状況だった。
道など、獣たちが動いたそれしか見当たりもしない。あちらこちらに木々が育ち、自然の音があらゆる場所から聞こえてくる。
魔族の居る場所など、幸人は知らなった。
「お腹、減ったな…」
結局、幸人が辿り着くことは出来なかった。
「どうして、こうなっちゃたんだろう」
「あぁ、勇者よ!どうして死んでしまったのだ!何故、こうなってしまったのだ?」
老神はその様子を空から見下ろしながら、溜息を吐く。
どうして老神の望みを叶えようともせず、魔族と戦う事ばかり考えて勇者、進藤幸人は行動していたのか。
幸人がそんな話を右から左に流していたとは露知らず、老神は自身を責めた。
「せっかく異世界から借り受けてきたというのに。人選を間違えたか、なんとも情けないものだ。これで一世界の神とは。もう、子供らに全てを委ねて手を引くべきなのか。だが、このままでは世界を滅ぼしかねない事態が…」
老神が勇者に望んだこと。
それは人間達の現在の生活へ改革の種をまくことだった。老神も幸人と同じように、彼の世界のサブカルチャーを学んでいた。異世界へと転移、転生した人間がその世界に大きな影響を及ぼすというファンタジー。その中には、食事を始めとする生活を改善していくというものもいくつもあった。それを知ったからこそ、老神はかの世界の若者の力を借り、凝り固まってしまっている自身の世界の人間達に影響を及ぼそうと考えたのだ。
老神はどうして失敗してしまったのかを考えた。
だが一通りのそれに目通しして学んだ気になっている老神は気づけない。
改革をなす影響を及ぼそうにも、老神や幸人が思い描いていたそれとはベクトルが真逆であるのだということに。
「さて、どうしたものか」
お腹空いた。お腹空いたよぉ。帰りたいよぉ。
か細い、悲しみに溢れた訴えを泣きじゃくりながら呟く進藤幸人だったそれを元の世界に返し、出来るだけ便宜を図ってから。
それから、どうするかを考えよう。
老神は渋い顔を晒しながら、それを手の中に包み込んで移動を始めたのだった。
随分と昔ですが。
多分NHKだと思うのですが、アメリカあたりのドラマで、高校生あたりの女の子が色々な時代、色々な国にタイムトラベルしてしまうというものがあった記憶をふと思い出して、思いついた話です。
その中に、中世ヨーロッパのような世界で貴婦人たちのお茶会の場所に行ってしまったという話があったのが強烈で覚えていました。実はそこは中世ヨーロッパではなく、未来で、医療技術が進み過ぎて全員が不老不死、その代わりに子供が一切生まれない。そこで主人公の少女をうちの子にしてしまおう、と追われる話だった…筈?
他にも、ある国で出会った女将軍が主人公が知らない内に着いてきてしまっていて、中華系の国で女将軍のせいで騒動が起きる…とか。
レンタルとかにあったら、また観たいんですけどね。全てがうろ覚え過ぎて、何も分からないw