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エピローグ

 次の日から彼女は丘に現れることはなくなった。

 その丘に一人でバイクを飛ばしてやってきては彼女の残した絵と街を見比べる日々。

 彼女が、エルルがひょっこり戻ってくるではないかという期待をしては毎日砕かれる。そして、彼女が最後に描いた絵に温もりを求める……。

 ……このままじゃいけないことぐらい、わかっている。

 エルルと僕は、やはりお互いがお互いを相容れあうような立場と存在ではなかった、ということだ。それが望んで得たものじゃなくても……。

「エルル……」

 とても綺麗な絵だ。

 どこまでも彼女の純粋な心そのもの。だからこそいつまでも観ていたいたいし……エルルを失った悲しみを深く感じてしまう。

 彼女は僕、といったらおこがましいかもしれないけど、僕より絵を取った。当然だろう。彼女にとって絵が一番で、絵のために今まで生きていたといっても過言ではないんだ。

 だから――――でも…………

「どうして、あんな悲しそうなさよならを告げたんだ……」

 あれがなければ、僕も諦めが……――――いや、無理だろう。

 エルルとはもう会えないのか、それともどこかで巡り合うのか。後者であるならば、貴族故にこの土地を離れられない僕にはほとんど確立がないだろう。と、なればきっとエルルとは二度と会えない……。

「……そろそろ帰ろう」

 夕日もそろそろ山の向こうへ沈もうとする時間にバイクを飛ばして家に帰り、家の中をぼんやりと歩いていると、ふとエルルが使っていた部屋の前で足が止まった。

 今までエルルは一度もこの部屋に入れてくれたことはない。それは単純に恥ずかしいというのもあるかもしれないけど、きっと描いた絵を見られたくなったんだろう。

 今はそのエルルもいない。なら。

 取手をひねると、簡単に開いた。そのまま押し開けて、近くにあった魔導具のスイッチをオンにする。

「――――――っ!」

 絶句。

 この言葉が一番正しいはずだ。それ以上の表現ができないほど愕然した。

 だって、彼女の部屋だった……いや、部屋には絵が描かれた大量のキャンパスが置かれていたのだから。

 大小様々だけど、一枚一枚が丁寧で綺麗に描かれている。

 街全体、商店街の様子、通りを行き交う人々、母親と赤子……。

 角度にもよるけど、ほとんど全てに塔があとから足されたかのように塗ってあった。

 ゆっくりと歩を進める。この部屋は完全に彼女のアトリエだ。着替えや寝る場所は隣の部屋にいつのまにか移してまで。

 すべての絵からとても温かい彼女の心が伝わってくる。そして同時に、この街に息づく人々の様々な感情も。

 そして、最後に。

 きっと一番新しいキャンパスなのだろうか、椅子の前に立てかけられたキャンパスを覗き込んだ。

 それは、満天の星空の下、塔を見上げる――――手をつないだ僕とエルルだった。

「これは……これだけは…………」

 違う。違うんだ。

 ほかのどの絵を見ても現実に起こったことで、そこに幻の塔が描かれているだけで。

 だから、だから……手を繋いだ事実も、まるで初めからあるように描かれた塔も、全部偽物で……!

「…………っ!」

 嗚咽も、涙もでない。

 ただ、ただ。

 僕はその場で打ちひしがれた。

 どれほどの時間が流れたのか。後ろに気配を感じた気がするし、途中で一言二言話した気もする。

 だけど、結局覚えていない。

 ただ、訪れることのない未来を直視してしまい、茫然自失となってしまった――――――――

「――――訪れない?」

 何時間ぶりに発した言葉は、僕に一つの引っ掛かりを覚えさせた。

 彼女は、果たして幻想を描くような人であったか?

 ――答えは否だ。

 それはこのエルルのアトリエがなによりもの証明となる。常に現実に向き合い、人々の心に触れ、それをキャンパスに十全と描こうとする。それが彼女なのではないか?

 たかだか一か月と言われたらそれまでだけど、逆に言えば一か月間、僕はほとんどエルルとくっついていた故の、確信。

 そして、そこから導きだせるのは……ものすごく気の遠くなりそうな話だ。

「未来を作ってくれ、ということか」

 ならば、作ろう。

 彼女のアトリエは、そしてキャンパスはその道筋を示してくれているのだから。














 ――囚われの巫女は、女神さまからプレゼントをもらう代わりに大切なものを失ったんだって。

 …………だけど巫女は失ったものを心に秘め続けたんだって。



 ――巫女は自由になったんだって。

 …………だけど巫女はその自由が怖かったんだって。



 ――巫女は呪われていたんだって。

 …………だけど好きな人が癒やしてくれたんだって。



 ――星空を見上げる巫女は独りぼっちなんだって。

 …………だけどその星空の下、寄り添うように立つ想い人がいるから、もう、大丈夫なんだって。


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