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 四    ――――星空を見上げる巫女は独りぼっちなんだって


 まるで夢物語だ。

 貴族としての役割を果たさなくてはいけない僕は、ただ来ては過ぎ去る毎日を無意味に、惰性で過ごしていた。いつかは婚約者ができてその人と結婚し、家と将来のために子種を残す。それが僕の使命だ。この家は兄さんが継ぐけれど、なんにしたって控えがあって困ることはない、ということだ。

 僕の婚約者は、それはまた同じ身分である貴族なんだろう。由緒正しい、初代から血統を辿れるほどの人。

 貴族にとって血統はとても大事なことだ。それは僕にも言えることで、それだけに下手に血筋のわからない人と愛を育もうとするならば勘当されるだろう。だから僕は恋をすることを諦めてきた。

 ……だというのにだ。

 僕はまだそこまでの時間を彼女と一緒に過ごしてきていないというのに、エルルが僕にとってとても大切な存在となっている。いや、出会った時からすでに僕はエルルのことが好きだったのかも。

 そう思うと、僕がエルルを家に招き入れたのも、常にエルルと居ようとしたのも納得ができる。……全部今更の話だけど。

 父さんも母さんも。

 二人は僕とエルルの仲を苦笑いを浮かべながらも見守ってくれている。でも、それは僕がエルルに恋に落ちるわけがない、落ちても付き合うことはないとタカを括ったうえでのことだ。兄さんはわからないけど……。

 僕は、エルルが好きだ。この想いに気づいていしまった。

 だから……僕は…………――――




 祭りの日。僕は朝からずっと鼓動が高鳴っていた。お祭りの本番は夜からで、彼女も陽が沈むまでは絵を描きたいという要望から丘にやってきている。

 もちろん僕も定位置である彼女の隣……にいたかった。けど、今日ばかりは彼女がそれを許さず、「集中します」と一言僕に言ったと思うと、違う場所に行けと言わんばかりにものすごい剣幕で絵を描き始めた。

 その姿に得体のしれない恐怖を感じ、何故か悲しくなった。とても綺麗な姿なのに。上を見上げれば空も透き通っていているのに。

 僕は下唇を噛んで彼女から視線を外さないまま後ろに下がると、そのままずっとエルルを見続けた。

 せめて安心できるまで。そう心に決めて、一時間。少し気が緩まったのか、彼女から視線を外すことはできたけれど、丘から出ようという気概は出なかった。

 色や筆を替えながらキャンパスをどんどん鮮やかに染め上げていく。ときどき顔をあげるも、構図を確認してはすぐキャンパスに視線を戻す、その繰り返しだ。

 僕がいつも見てきた姿と同じだった。絵に対してとことん集中する姿は、温かい陽光に相まって、これこそ絵に残すべきだと思ってしまう。

 風に乗って耳朶を打つ商店街の活気。この活気と温かい日光にどんどん思考能力が失われて、瞼が重くなっていく。

 ただそんな中、エルルの筆が時々躊躇(ためら)った動きを見せたのが気になった。

 *

「……さん。テクさーん」

「んぅ……あれ? 夜? エルル?」

「そうです。エルルです。寝起きで悪いのですが、ついてきてもらっても良いですか? お祭りも始まってますし」

 彼女はとても安らいだ顔をしていた。

「絵は?」

「完成しました。それで、この絵をお披露目するのはあの商店街の真ん中でしたいと思いまして」

 布のベールで隠されたキャンパスを軽く持ち上げて僕に見せてくれた。エルルなりのサプライズのつもり、なのかな?

 商店街の真ん中といえば広場だ。しかも、商店街で一番活気がある。

 彼女になんで、という質問はできなかった。ただただ、手を引かれるがままについていく。途中の出店でものを買いつつも辿り着いた広場は、沢山の人でごった返していた。

 みんながみんな、思い思いの時間を過ごし、語りあい、笑顔をみせている。そんな中、僕は更にエルルに手を引かれて中央へと人をかき分けながら進んだ。

 街の中央にしてど真ん中の広場。その場所で彼女はくるりと回転して僕に向かい直した。軽く服を整えてずっと大事そうに抱えていたキャンパスを前に持つ。その瞬間、雑音が波引くように失われた。

「テクさん」

 すっかり聞き慣れた音が、やけに耳朶を打つ。と、同時に警鐘を発するかのように心臓が早鐘を打つのが嫌でもわかった。

「私、あなたと出会ってからたくさんの絵を描きました」

 ドクンドクンと日中とは違う、嫌な鼓動を打つ。

「そして、これが今日、完成させた絵です」

 終始落ち着いた声で、キャンパスにかかった布を取り放った。

「――これは」

 街だ。僕が住む街。なのに、いつも丘から見える街じゃない。だって、

「ここに、塔はない」

 僕らが今いるところに塔が建っている。とても高い、手を伸ばしても届きそうにもない……――

「絵が……完成しちゃいましたぁ……!」

 エルルの声でハッと我に返る。

「……なんで、なんで今まで一度もみせなかったその顔をするのさ……」

 僕がそう呟くと、彼女は泣きながら笑みを浮かべた。その顔だけは、絶対に見たくなかったのに……。

 ――絵は、未来の姿。もしくは過去の姿。私が勝手に描いたんですけど、どうですか?

 塔がそびえ、僕がその塔の下で嬉しそうにしている。

 ――私の他の絵も、似たようなものばかりですよ。未来を、過去を、現在を描きました。あなたと商店街が繁栄している。そんな素晴らしい絵を。

 そうだ。だけど……。

 視線を足元に落とすと、耳がさらにエルルの声を捉える。

 ――私は絵描きだから、絵が完成したら放浪が義務付けられています。

 絵のどこをみても、君がいない……!!

 どうして、どうして!

「どうしてそこに君はいないんだ!!」

 勢い良く目線を上げて怒鳴る。

 だけど、僕の声は彼女に届くことがなかった。

 代わりに。

「さようなら」

 一言、聞きたくなかった別れの言葉を耳にした。


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