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 三    ――――巫女は呪われていたんだって


 絵描きであるエルルが家に来てから一ヶ月が経った。気分がぽかぽかする日が続いている。

 エルルは絵を描くときに丘を選んだ。それはもともとあの丘で描いていたというのもあるかもしれないし、僕が家の最上階を貴族故の場所として忌避しているという発言からの配慮があったのかもしれない。だけども、彼女にそのことを問いただしても「あ、空飛ぶ馬ですよ!」と虚空に向かって指を指すばかりだ。しかも話を逸らすにしては雑すぎてそれ以上追求できなくなる。

 僕はといえば、なるべく彼女が丘へ向かうときにあわせて一緒に向かうのが日課になった。その都度時間を調整するほどの徹底ぶりは両親にすら苦笑いされたほどだ。兄さんはニヤニヤしながら僕とエルルにバイクという魔道具を作って渡してきた。原理や理論はわからないけど、少しの魔力で動かせるらしい。『安心・安全設計で作った自慢の一品だ!』と豪語していたからエルルと二人乗りしていたら、兄さんに『そういうことじゃないんだけど!?』と怒られた。

 いつものように丘にたどり着くと、エルルは早速キャンパスを広げた。すでにエルルは何枚も完成させているけど、僕に見せてくれたのは最初のあの一枚だけだった。その後は、何が何でも見せてくれない。無理やり見ようとしても無駄で、キャンパスの方にジャミングの魔法がかけられていて見ようにも見れないから、もう諦めた。

「今日はなんの絵を描いているの?」

「とても素敵な絵です♪」

 これが最近毎日交わされる会話だ。それ以上は彼女から話しかけられない限り会話はない。単純にエルルの集中を乱したくなかったから。

 彼女が絵を描くときの横顔は凛としてとても綺麗だった。一日の大半を一緒に過ごすから、彼女のいろんな姿や表情を目にするけど、絵を描くときの姿が一番綺麗だ。艶めかしいのは風呂あがり。

 ……風呂あがり。

 思わず思い出してしまって顔が真っ赤になり、勢い良く顔を横に振る。髪から滴る雫がうなじ、そして鎖骨を焦らすかのように火照った体をゆっくり伝って――。

 なんとなく視線を彼女に戻すと、何故か視線が交わった。

「えっと?」

「え、えええっと! なんでもありませんにょ!」

「噛んでるけど……」

「そそそそそれはつまり私がこれからはにかめばいいということでして……!!」

「まって、落ち着いてエルル。何が言いたいのかわからなくなってる」

「はい! わかりました! ……………えへへ」

「――――っ!」

「……ふぅ、落ち着きました、ってどうしたんですかテクさん? そんなセセトト山に現れる雪ダルマンが私に火の魔法をちらつかされたときのような真っ赤な顔をしちゃってますが……ちなみに雪ダルマンは大地の魔力で生きていますので、溶かしたらなにも残りませんでしたね」

 ……実体験がなかなかエグかった……」

 今度は落とし穴に落とされたスラゴンみたいな青い顔をしてますけど大丈夫ですか、と言うエルルの言葉に返事をしようとしたとき、街の方から空気を震わせるほどの歓声が聞こえてきた。

「な、なんだか街が盛り上がってるみたいですね……」

「あ、あー……うん」

 最近エルルと過ごしていたからすっかり忘れていた。

「明日お祭りが開かれるんだ」

「お祭りですか?」

「うん。「【星杯(せいはい)祭】というんだけど」「

 一度言葉を切り、昔から繰り返し聞かされてきた話を、なるべく自分の言葉にわかりやすく、要点だけを頭の中で整理する。

「昔、昔。まだ悪い女神がいたとされるかなり昔にね、あの街にはとても高い塔があったみたいなんだ。その頂上で当時の悪い女神信者によって囚われの身にあった巫女がね、他の女神様からとても素晴らしい贈り物を頂いたらしいんだ。そして彼女は程なく贈り物と一緒に自由を手にする。そのことを女神に感謝する形で巫女が女神さまを祈り始めたのが星杯祭の起源、らしいんだけど……どこまでが本当なのかはわからないよ」

 最後にそう締めくくると、思いのほかエルルが真剣に聞いてたからびっくりした。と、同時にあまりにも見つめられているものだから照れくさくなって顔を赤らめる。

 エルルはエルルでハッと我に返ったかと思うと、どうしてか顔を赤らめながらもしっかりとした目つきで街の方を――――街の上のほうを眺め始めた。

 どれぐらいそうしていたのだろうか。時間が経つのも忘れてずっとエルルを眺めていたみたいで、それに気づいたのはエルルと目があったからだた。

「お話、ありがとうございます」

 今までで最高の笑みとともにその言葉が送られた。

 おかげで彼女にどぎまぎとしてしまい、顔が熱くなるのを感じた。

 けど、彼女の視線はすぐに街へ向く。

 そして、

「私は、絵を描きます」

 その言葉は、とてもまっすぐで――――だけど、再びとても強い焦燥感に駆られた。

 ――私、街で心が満たされると、絵が描けなくなっちゃうんです。

 エルルが言ったこの言葉が脳裏にちらつく。

 彼女は確かに今までもいろんな絵を描いてきた。でも、どうしてエルルは今回『描く』と宣言したのだろうか?

 考えれば考えるほど不安が増していき、強い焦燥感に駆られてしまう。

 それにどうして僕はエルルの描くという言葉に返事ができなかったのか。応援すればいい、頑張れと一言口にするだけでいいといのに。

 ……きっと、僕は、不安になるのも、焦燥感に駆られる理由もわかっている。

 最初からわかっていたんだ。兄さんにさんざん突っつかれた想いに向き合わなければいけない。

 それが赦されるとか赦されないという範疇(はんちゅう)で収まるものではないというのはわかっている。ここまできて貴族という障害、がそれこそおとぎ話の塔なみの高さで立ちふさがってくる。

 だけど、この想いは日に連れて――下手をすれば一時間、一分、一秒ごとに積み重なる。

 空を仰ぎ見ると、どこまでも透き通った空がそこにあった。その空に胸中の想いを心の中で吐き出しそう。

 曰く、僕はエルルが好きだ、と。

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