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二 ――――巫女は自由になったんだって
彼女――ウルルは天然、もしくはぬけている子だ。
その理由を述べるにはまず、僕自身の家について話さなければいけない。
僕の家。それは王族の分家――などというような血筋ということはない。だけども、僕の家はなぜか昔から王家と繋がりがあるようで、父さんと王さんはよく大人の遊びをしては母さんと女王さんに怒られている。この国は基本的に男女平等だけど、王族だけは、女系であるために、王さんは女王さんに弱い。惚れた弱みというのもあるだろうけど、それを抜いたって弱すぎる。
だったら大人の遊びなんてしなければいいのに。
そんな王さんと関係がある僕の家は、有り体言えば有力貴族だ。それも、この街の地主。つまり彼女が褒めてくれた街を将来的に僕が引き継ぐ領主の一人息子である。
……だったら良かったんだけど、そんなことはなかった。
次に家族だ。僕の家族は両親はもちろんのことだが、僕の一つ上に兄さんがいる。
僕の兄はこれはまたとてつもなくイケメンで、知識もかなり豊富だ。それはもう、家の中は掃除機や洗濯機など、その他にもたくさんの見慣れない魔導具があるのだが、これらは全部兄さんが作ったのだ。とても尊敬できる兄さんだが、『テンプレがお姫様ルートオンリーとか』と落ち込んでいるのはよくわからないけど、多分お姫様に失礼だと思う。お姫様というのは王さんの娘の次女で、とても綺麗な人。うらやまけしからん。
そんな尊敬できる兄さんが、この領地をこれから経営することになる。だから次男である僕には関係ないことだ。
そんな特殊な兄が次期に治める領地に僕の家族の家があるわけだけど、これがとても大きい。
さて、ここで話を戻そう。彼女は「天然」であるし「ぬけている」。
商人や初めて訪れる人はだいたい門を潜ったあとに、あまりの家の大きさにびっくりしてあんぐりと口をだらしなく開ける。しかし彼女は、
「街の中に街あるんですね。そしてきっとこの街の中にテクさんのお家が隠されてしまったのですね!」
なんてのたまった。それもドヤ顔で。街へ向かう前に結んだちっちゃいポニーテールが横に揺れる姿も相まって余計に自信満々に見えてくるから思わずくつくつと笑ってしまう。
エルルはとても表情豊かだ。それは僕が笑ったあとに見せた困った顔から。エルル自身が発した言葉を正されたときに見せた恥ずかしそうな表情から。家の中を一通り見て回っている時に見つけた掃除機と洗濯機に顔を輝かせる。
見るもの見るもの一つずつにみせる彼女の表情に、僕もまた心に温かいものが流れ込んでくる。それが全く嫌なものではなく、どちらかと言うと貪欲という欲求が湧きでてくるのだから不思議だ。
曰く、『彼女は何者だろうか』という純粋な欲求。
「わぁ……!」
街のほぼ全てを見渡せる一番上の階で、風で荒れる髪を抑えながら感嘆の声をあげた。
「素敵な場所ですね」
「うん。僕も気に入ってるんだ」
でも、と付け加える。
「僕はここよりも、さっきのあの丘のほうが好きなんだ」
「どうしてですか? ここも十分に素敵な場所なのに」
素敵な場所。確かにそう思う。それに気に入っているという言葉に嘘偽りはない。綺麗な街だし、住んでいる人たちも良い人ばかりだ。
「でも、ここは僕の家だ。さっきエルルは僕が貴族だって知っても忌避しなかったけど」
言葉に言い淀んで一度口を閉じる。そして彼女をしっかりと見つめるも、すぐに逸らして口を開いた。
「――僕自身が、貴族を忌避しているから。ここからの光景は僕を貴族たらしめているようでね」
貴族という生まれは誉れであり誇らしいことである。そういった貴族もいるけど、貴族だからと言って偉そうに踏んぞりがえるような人は少ない。だけど、〝貴族の(ノブレス・)義務〟というものが貴族には課せられる。ゆえに、僕は貴族をやめられない。やめれない……。
「この家に縛られるのはあんまり好きじゃない。だからといって、貴族をやめることも僕はできない。自由を知らない僕は……何もできない」
……なんで僕は、今日会った人に心中を吐露しているんだろう? 今まで思い悩んできた一つを彼女に吐き出したところで、何も変わらない。
現に今、エルルは僕を困った顔で覗き込んできている。
「ごめん、なんか変なこと言って。……でも、僕もエルルみたいに放浪できたら、って思うよ」
空を自由に飛び交う鳥。この鳥はどこからきて、どこに行くのだろうか。それを下から見上げるばかりの僕は、想像に任せるほかない。
「私は――」
――少しでも土地に縛られるあなたが羨ましいです。
そこに音はなかった。だけど、確かにエルルはそう言った……ようにお思えた。
一陣の風がエルルの髪を揺らめかせる。プラチナブロンドの、とても綺麗な髪が自由に舞うのを片手で軽く抑える姿は、どうしてだろうか、エルルの心の叫びを目の当たりにしているかのように強く感じた。
「あの!」
「はい?」
きょとんとした表情をされた。
でも、あまりにも必死だったからかもしれない。今この瞬間にはすでに後悔の波が僕に襲い掛かっているぐらいだ。
でも、焦燥感に駆られたのもまた事実。
風が吹いただけで塵のように彼女が消え失せてしまう。そんな焦燥感。
「……大丈夫ですよ♪」
彼女はそう言って、
「私、テクさんのこと、好きになっちゃいましたから」
「す、好き……!?」
「はい! おじいちゃんと同じぐらい、好きです」
「……あ、そういうことね」
なんだろう、ものすごいがっかりした。
思わず俯くと、彼女の影が僕に差し込む。ゆっくりと顔を上げると、彼女は満面の笑みで僕に手を差し出した。
「これからよろしくお願いします、テクさん」
彼女が僕の家に滞在することが決まった。




