たまや。
夏祭りの夜、みんなでお寺の前に集まって花火をした。
まったく想像もつかないけれど、最近の子供は花火のやり方を知らないという。それどころか、家庭用花火を怖がって持つことすらできないらしい。
「ありえないよねー」そう言いながら仲間の一人がチャッカマンで花火に点火しはじめる。瞬間、ススキ花火の火光が勢いよく飛び散る。
鋭い金色の穂が全員分咲くと、テンションが上がったのかみんなは騒ぎ始めた。持ち込んだ缶ビールを飲みだす者もいる。やがて酔いが回ったお調子者の仲間の一人が、肝試しをしないか、と言い出した。
「ここの墓は出るって噂だぜぇ~」恐ろしいような声色を作り出してみんなを煽る。
「えーやだ怖~い!」「面白そうじゃねぇか行こうぜ行こうぜ」さまざま意見が出るなか、結局グッパで別れて作ったペアで順番に肝試し…いやオンボロ寺の裏のお墓巡礼をすることとなった。
私のペアは、今日集まった仲間の中では大人しめの男子で、順番は3番目だった。
「…行こうか」
ペアの男子は、怖いのか落ち着いているのかもわからない飄々とした態度で進み始めた。が。
私はお化けやジェットコースターなど、怖いもの全般だめなのだ。置いてけぼりにしないでほしい。
びくびくして殆ど前進できないでいると、男子は私の方まで戻って来、こういうのは早足で通過してしまえばいいのだ、とやや強引に手を引っ張っていった。
そのとき、お墓の群れの前に沢山の光が現れた。
「うわ、なにこれ…蛍か?」
「時期が違うでしょ、それに蛍ってこんなに青白くないんじゃないの?」
さすがのペアもうろたえている。もともと色白い肌を、その光に負けないくらいに青白くさせた彼を見ていて、私は閃いてしまった。
「あ、ねぇ、これ…。もしかして鬼火なんじゃない?」
よく考えてみればお盆が近いこの時期、幽霊くらい噂など本当でなくてもひとつやふたつ出てもおかしくないだろう。もしかしたら私の家のご先祖様もいるのかも、などと考えていると、ふいに幽霊のような顔色の男が、なにかに憑りつかれたように私の腕をつかみ逃げ出した。
「おい、逃げるぞ!ここは危険だ」「ちょ、痛いってば!!」
痛みを訴えるも聞き入れてもらえず、周りの景色はものすごい勢いで流れていく。それを追いかけるように先ほど見た燐火は私たちを目がけて突進してくる。
あ、これ本当に悪霊だったのかも、と思った時、空の満月が突然輝きを強くした。
走りながらも天を仰ぐと、強い光を放つ満月に向かって先ほどの青白い光が昇っていくのが見える。
私たちは足を止め、それを眺めていた。
「…成仏したのかな」男子はつぶやく。
「でも、なんで?私たち逃げてただけだよね」
満月に向かって燐火がすべて昇華しきった時、光が大きく弾けて天から鋭くとがった炎が降ってきた。その天の火は、先ほど鬼火が出たあの墓のあたりに落ちたようだった。
いったん戻り様子を見に行くと、最後尾である4番目のペアが恐怖に怯えた顔で呆然と立ち尽くしていた。
「おーい、大丈夫かよ」私のペアが彼らに話しかけると、ようやく意識が戻ってきたようであった。
「お、おおおう…びびったぜなんなんだよおう、お母さーーーーーん!!」
「きゃー!ゴンちゃんしっかりー!あ、あのね、なんか今、目の前になんか…隕石?宇宙人?」
いやそんな訳なかろう、と3番ペアが口を揃えつつ炎が落ちた地面を見ると、そこにあったのは家庭用花火セットによくある打ち上げ花火の焼け焦げた残骸らしきものであった。
「…?」
わけがわからず4人で固まっていると、遠くから大きな声が聞こえてきた。
「おーい!大丈夫だったか!?」へらへら笑いながらやってきたのは、先を進んでいたはずの1,2番目のペアたちである。
「ハ!?大丈夫じゃねーよ、あと少しで俺たち人肉の丸焼きになってたんだぞ!」
先程まで情けなく「お母さん」などと抜かしていた4番ペアの男子が怒りに燃える。
「いやぁ~ごめんごめん、俺たち先にゴールしちまったもんで暇だったからさぁ、残ってた打ち上げ花火やることにしたんだけどよぉ~、ヒャヒャヒャ、手元狂っちまっていきなり変なとこ飛んでったのよ、すまんかったって」酔っぱらい全開の口調で言うのは、言い出しっぺのお調子者男子である。
「あのさ、お前たちよ」そいつを除く3人に向かって私は口を開く。
「花火やるなら、とりあえず酔っぱらいに任せるのだけはやめるべきだったんでないのかな。あと、てめぇ酒くっさいからこっち寄るな」
「はい…」「ひぃぃゴメンナサイッッ!!」4人が口を揃えた。
ひと段落した後、ここにいつまでも居座っていてもアレなのでみんなでゴールまで向かうことにした。といっても、そこからゴールまでそこまで距離はなく、すぐに到着した。
そして気づいた。ペアの男がまだ私の腕をつかんだままであることに。
「ねえ、手」「あっ!ごめん」
振り切るように私から手を離した彼は、先程まで幽霊よりも青白かった顔を耳まで桃色に染め上げていた。それを見ていることに気づいたのか、話題を転換するように、そうだ、とみんなに話しかけた。
「そういやまだ線香花火残ってたんだわ、みんなでやんね?」
いいね、やろうやろう、とみんなが口を揃え、それぞれの手に花火が行き渡った。
「みんな!こいつにチャッカマン持たしちゃダメだぞ!」
「ええ~俺がやりたい~」「だめだめ、こんどは線香花火のオバケが出ちゃうよぉ」
怪談騒ぎが解決してみんなの顔色も明るい。手元にはほんのり明るい小さな火の花が咲く。
「線香花火、誰が一番長くついてるか競うべ」
「よっしゃ!」言った傍からさっそく火を落としたのはやはりお調子者の酔っぱらいだ。酒に酔うとあらゆる感覚が鈍るらしい。
私は、可憐な火の花弁がいつの間にか散り、中心にぽつりと実った火夏星を見つめる。そして、手元では散った代わりに新たに心の中に咲き始めている火の花に思いを馳せてみる。
隣にいる先程のペアはまだ線香に花びらを付けており、それでも器用に仲間たちと笑っている。心臓に隕石が落ちたみたいな衝撃が走る感触がした。
後日、祖母にこの話をすると、あの寺には愛に狂って燃え尽きるように死んだ女の墓があるのだという話をしてくれた。
駆け落ちでこの町にやってきた彼女であったが、駆け落ちをしたはずの相手が町の少女とも深い仲になってしまい、心火を燃やした女は、男とその少女が情事の最中だという場所を突き止め、自分の身ごと火を点けて命を絶ったのだという。
そしてその女の墓の在処は、まさにあの時私たちが通った、打ち上げ花火が落下して鬼火がいた墓だったのだ。




