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日が傾きかけた頃、僕は着替えを済まし、自宅の戸締りを確認して作業場から下水へと降りた。本当は暗くなってから動き出したかったが、依頼人はおそらく子供、あまり遅くなってはいけないと思い、街外れから出るタイミングで暗ければいいと考えた。
街外れの下水の入り口から外の様子を伺う。人の気配は無い、日も沈み暗くなったようだ、注意深く辺りを探りながら表通りを避けて、裏道とスラム街を走り抜ける。
依頼書によれば依頼人は色町に住んでいるようだった。
王都は複数のブロックに分かれていて、城が北側にあり、その両隣に富裕層が住む地区、中央にギルド王都支部、ギルドの西側に歓楽街、通称色町。ギルドの東側に商売人が集まる商店街。色町、ギルド、商店街の南側にあるのが僕も住んでいる古い町並み、旧市街があり。旧市街は広さはあるけど老朽化により放置された建物もあり、それらを中心に貧民街、通称スラムが点在していた。
僕は旧市街でも比較的中央にあるギルドに近く、治安も悪くない地区になる。僕が出入りする下水の入り口は王都のもっとも南に位置している。
僕の進む前方が明るくなってきた、色町は道の所々に灯りが配置され毎夜飲めや歌えの大騒ぎや、一夜の相手を求めて男達が集まってくる。それぞれの店も深夜まで営業しているところがほとんどである。
僕はその中でも比較的暗い目の道を選び目的の住所までたどり着いた。
依頼人の家は色町の中にある割には落ち着いた色合いのどちらかといえば旧市街にあるような建物と言った印象を受けた。
『夜分に失礼するでござる。拙者、ギルドから依頼でまいった、カクレと申すもの、お話をお聞かせ願いたい』
扉を叩き、声をかけてみる。しばらくすると、中から美しい声で返事が返ってきた。
『鍵はかかっていませんから、どうぞお入りください』
『では、失礼するでござる』
静かに扉を開け、中へ入る。そこには美しい女性が1人、小さなテーブルの横に立っていた。
『申し訳ありませんが依頼書を確認させていただいてもよろしいでしょうか』
心の中まで入り込んでくるような透き通った声が心地いい。
『依頼人の子供さんはどこでござろうか、依頼人以外にはお見せできぬゆえ』
目の前の女性は微笑みながら。
『依頼人は私ですよ。私が子供の頃出した依頼なのです』
僕は驚いて手元の依頼書の依頼人の名前を確認する。
『失礼でござるが、お名前は』
『はい、イシュトと申します。依頼内容は母の形見の指輪探し。報酬は子供のお小遣い程度。これで信じてもらえたかしら、にんじゃのカクレ様』
確かに依頼人の名前、依頼内容、報酬の少なさまでしっかり合っている。気にかかることは1つだけ。
『なぜ拙者がにんじゃであるとしっているのでござるか…』
微笑みながら僕に近づき、柔らかな物腰で僕の手を取り、2人掛けのソファーへ座らせた。
『実のところ、この依頼のことは昨日ギルドからお話があるまで忘れていましたの、指輪のこともあきらめてしまっていて…でも、驚きました。あの内容の依頼を引き受ける方がいることに』
イシュトさんは両手で僕の手を握り自分の胸元へ引き寄せながら話を続けた。
『そんなあなたに興味を持つことはいけないことかしら。それでも分かったのはお名前とギルドに登録したスタイルだけ。それ以外は何も分からなかった…不思議な方』
ギルドに登録した情報を簡単に調べることなど出来はしない、しかも二日前に登録したばかりで自分でも話していない…只者じゃない。とっさに立ち上がり距離をとる。
危険だ、この人は危険な感じがする…相手の動きを注意深く観察しながら声をかける。
『この依頼は辞退させていただくでござる』
『弱きものを助けるのがにんじゃなのでしょう。武器も持っていない私にそんな怖い顔をされなくてもよろしいではありませんか』
確かにあの夜、ギルド内にはサチルと2人きりではなかったが、なぜ会話の内容まで…
イシュトは少し悲しそうな顔をして『助けてください』と言った。
不審な点はあるが、確かに丸腰の相手に対してやりすぎたかと思った僕は
『イシュト殿すまなかったでござる、依頼の話しを聞かせていただけるか』
イシュトは嬉しそうに僕の手を取りまた、ソファーに一緒に座った。
『実は指輪のありかは分かっているのです』
『それならば問題は解決してるのではござらんか』
イシュトは思いつめたような悲痛な表情で僕の手を強く握りながら
『場所は分かっていても手が出せないのです。悔しいですがあの男の手にある以上、金銭では取り戻すことができないのです』
イシュトは静かに涙を流した。
『不思議なあなたにならあの男も興味を示して、何とか交渉に持っていけるのではないかと…ごめんなさい。忘れてください、もういいのですあなたを巻き込んではいけない』
助けなきゃ、僕はにんじゃだ。
『拙者であなたの助けになるのなら、可能性があるのなら引き受けるでござる』
『本当に…本当にいいのですか…』
『拙者はにんじゃでござるゆえ、泣いている女性を見放したりはできないでござる』
こうして、僕はイシュトの手伝いをすることになった。




