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『そこまで聞いても、譲ってもらえないでござろうか』
イシュトはハッと顔を上げ、僕を見つめる。その目には明らかな諦めと僕への謝罪の気持ちが込められていた。
『私という人間を知った上で、この指輪の価値を感じた上で譲って欲しいと…』
『何とか、ならないでござるかクラッチ殿』
クラッチは僕を頭から足先まで値踏みするように見ながらこういった。
『では、カクレ。お前に価値があることを証明してみよ。この指輪のように今後の私に利益をもたらすと感じさせてみせれば考えよう』
言葉につまる…僕の価値…
『どうした、弱きを助けるのだろう。アンナが弱いとは思わないがな』
『カクレ様、もういいのです。これは元は私の問題、これ以上はもう…』
『ちょっといいかい、クラッチの旦那。俺からの提案だ』
今まで黙って酒を飲んでいたマケイジが僕とクラッチの間に割って入る。
『何だマケイジ、お前が首を突っ込むとは珍しいな』
『カクレとやら、偉そうなことを言っているがこの世は力が全てだ。守りたくても守れない、助けたくても助けられないことなんていくらでもある。何がにんじゃだ。笑わせるな。そんなに人が助けたきゃ命ぐらい賭けれるんだろうな。お優しいにんじゃ様よ』
急激に口調は強まり、いままでの酔っ払いの姿はなく。マケイジの気迫は部屋の空気を一変させた…息が詰まりそうなほどの殺気…
『一太刀だ…俺の一太刀の前に命があればその指輪お前にやろう。クラッチの旦那が嫌だといっても。クラッチの旦那を殺してでも俺はお前に指輪をやる…どうするカクレ』
『こんなところで殺されては困る。マケイジの言うようにしよう。お前の価値が見れるいい機会でもあるしな』
『すまねえな旦那…どうするカクレ。やめるなら今後二度とにんじゃを名乗るなよ。俺が必ずお前を殺しにいくぜ』
『むちゃくちゃじゃないか。クラッチもいいのかい』
『カクレ様やめてください、彼は本気です。殺されてしまいます』
『女共は黙っててもらおうか…俺はカクレと話をしてるんでね』
殺気は落ち着くどころか益々濃度を増して行く…
『マケイジ殿…拙者、にんじゃをやめる気はござらん』
『カクレ様…』
イシュトは僕の手を引き思いとどまらせようとする、その手をゆっくりと触り。
『イシュト殿、これはにんじゃとしての生き方への挑戦。ここで引くのは死ぬのと同じ』
僕は2人を下がらせ、マケイジの前に立つ…
『マケイジ殿、拙者はにんじゃ故この話…受けるでござる』
『その心意気はよし。しかしこの世にはどうにもならないことがあることをあの世で思い知るがいい』
僕はクナイを右手に構え腰を落とし相手に対して半身に構える。
マケイジは腰の剣を抜かずに柄を握り僕と同じ様なスタイルで相対する。
合図は無い…
その目に込められた殺気だけで足がすくみそうになる。怖い…本当に死ぬかもしれない。
『せめて苦しまずに逝かせてやる。いざ』
手元の動きが見えないほどの速さで次の瞬間には頭上から光るものが振り下ろされる…
僕は両手を後ろに下げ胸を斜めに切り裂かれた…
マケイジの舌打ちが静かな部屋に響き。
ピクリとも動かない僕を見下ろしながら静かに剣を鞘に収めた。
『クラッチの旦那、指輪はもらうぜ…』
私は目の前の光景に、凍りつく…
あっさりと、こんなにあっさりと、カクレ様…
マケイジの剣を避けるでもなく、武器で受けるでもなく、身体を仰け反らせ、切られ、そのまま動かないカクレ様…
私のために、いや、にんじゃである為に。もうどっちでもいい私は駆け寄り声をかける。
『カクレ様、カクレ様。なんで、なんで、死んでしまっては終わりなのに』
返事はない。突然の別れ…私は触ることすらできない。力が全て…死んでしまったのは本人に力が無いから…だけど、だけれどこの人は。私のために、縁もゆかりも無い私のために、そして自分の生き様のために…
自分の掌に落ちる雫…この私が涙…
動けない私にアンナが駆け寄り誰にも聞かれない声で話しかける。
『イシュト様、しっかりなさってください。このままでは我々も危ないかも知れません』
私はアンナを突き飛ばしカクレ様の手を握る。
温かい、この手からこのぬくもりが徐々に消えていってしまうと思うと涙が止められない。利用できればいいと、興味が沸いただけと思っていた。気付いてしまったんだ、私はこの人に期待して、知らない間に惹かれていたのだと…
こんな世の中にこんな人がいるんだって、信じれるかもしれない人に出会ったと思えたのに…
私はマケイジを強い意志を込めて見据える…
『お嬢ちゃん、そんな目で睨まなくてもいいじゃねーか』
『私はあなたを許さない…必ず、生きていることを後悔させてみせる…』
『俺はこの世に未練なんて無いんでね。それにそんなことお嬢ちゃんに言われる必要は無いと思うぜ。そろそろ起きろよこのねぼすけ』
そういいながらこの男はカクレ様を蹴る。
私はマケイジに向かっていこうとした…
『人を起こすのに蹴りとは、おちおち気も失えぬでござるな』




