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銀の炎  作者: 杉村 祐介
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#00_王と男と、奪われた力

 月の光も無い闇の中で、幾多の松明がゆらゆらと揺れている場所があった。近づけば人々の声が、次第に大きくなる。分厚い石造りの壁の向こうでは、戦士達が己のプライドを賭けた戦いを繰り広げていた。

「勝負ありっっ!!」

 ジャッジの声が響く。円状の砂地に男が数人。立っている者はわずかに一人。彼こそが長き戦いを制した、戦士たちの王だ。彼は息を荒らげることもなく、紫のマントを翻して出口へと向かった。周りにいた観客たちは、立ち去る王に拍手喝采を送り続けていた。




「キング、お待ちください」

 赤レンガでできた通路に真紅の絨毯がしかれている、ロビーと闘技場を繋ぐ廊下を歩いている時、キングは聞き慣れた声に呼び止められた。

「何だ」

 汗に濡れた銀色の頭髪……その隙間から伺う鋭い金色の瞳は、背後から声をかけた女性へと向けられる。彼女はキングの付き人であり闘技場の運営を仕切るメイド長であった。

「本日も見事な防衛戦でございました。ナヤタは貴方様の勝利を確信しておりました」

「ふん……いつものことだ」

 メイド長・ナヤタは深々と頭を下げると、ものほしそうに顔をあげる。

「これから、お食事にしますか? ご入浴にしますか? それとも……」

 何故か顔を赤らめて、もじもじと体をくねらせるナヤタをみて、キングは「はぁ」とわざと溜息をついて見せた。

「この俺はだれの指図もうけん。それがメイド長、貴様のものであってもな!」

「そんなぁシルバ様ぁ~」

「ナヤタ、いくら付き人といえど限度があろう。風呂や寝る時まで一緒にせずともよかろう……」

「私はただ、シルバ様のことをお慕いしているだけでございます!」

 いつもと変わらぬ返答に、キング・シルバは呆れて物が言えなかった。

「で、今日はこれからどうなさいます?」

「……散歩に出る」

「では私もご一緒に――」

 すっと隣まで来て、腕を組もうとしてきたナヤタに対してシルバは「食事の準備でもしていろ!」と言いつけると、すぐに身をかわしてロビー、そしてその先の出入口へと向かった。




 途中で赤いマントの兵士や、仲間でもあり敵でもある戦士――剣闘士たちとすれ違ったが、誰一人として会話しようとする者は居なかった。シルバ自身が馴れ合う行為が好きではなかったため、交流を捨ててきたというところもある。だが本当の理由は、ここ数年剣闘士のキングとしてずっと居座り続けるシルバに対して、皆良い思いをしていないことだろう。それについても彼は気づいていたが、今更どうすることでもなかった。

 明るく照らされた室内とは裏腹に、外は真月、真っ暗な闇の中にあった。山の中腹にある闘技場から外へ出ると、普段なら星々が手の届きそうなくらい輝いているところだ。シルバは夜風に吹かれながら辺りを歩いた。




 崖からの景色を眺めてみた。点々と明かりが灯る場所は国王の住む城か、小さな村か、炎の魔獣が暴れているのか。ポツポツと明かりだけが見えるのみで他のことは検討がつかない。闇の中に自分が飲まれていくような感覚に襲われながら、シルバは「飲まれて消えるなら、それもいい」などと考えていた。




「こんなところでお一人とは……風邪を引かれますよ?」

「誰だ……?」


 突如、背後から声がした。腰の剣に手を当てながら振り返ること無く、あくまで冷静に対応してみせる。

「突然申し訳ありません。私、貴方様のファンでして」

 低くはない声だが、それは確かに男のものだった。

 男がシルバに近づく。

「貴方様のお力には毎回、驚かされているのですよ」

「そうか、俺のファンがこうしてわざわざ来てくれるとはな」

「えぇ。ですから、一度その力を見せていただきたいなぁと、思いまして――」

 ジャリと砂を踏む音。男があと3歩というところでシルバが剣を強く握り、振り返ると同時に背後に斬りかかる。間一髪、男の喉元を切り裂くことなく、剣は空を抜けた。

「おぉっと……!」

「貴様、何のようだ?」

 向き直ったシルバは男に対して鋭くにらみつけた。月明かりが無くよく見えないが、黒い服に黒い長髪、おまけに何かの武器を隠し持っているとみられる不自然な袖のふくらみ。ひと目で只者ではないと察したシルバは、よりいっそう警戒を強める。

「いやぁ、そこまで殺気を出すことはないではありませんか。私と貴方様は今日初めて出会ったのですから」

「初めて出会った奴に暗殺されかかったことも、数えきれんほどあるのでな」

 シルバは二手目を出しかねていた。只者ではないのは確かだが、それゆえに相手の技が読めない。敵が暗殺術を覚えているならば、うかつに近づくと返り討ちに遭いかねない。しかし魔術師であるならば、距離をとっている方が危険だ。手がかりは男の袖にあるふくらみ。あれがナイフなのか杖なのか、月明かりでもあれば判別出来そうなものだが、ほとんど闇の中である現状では分かるものも分からなかった。

「単刀直入に言いましょう。私は」

 男がそう言うと同時に、手を振り上げる。その手に集中した一瞬、周りへの意識が薄れたのが、シルバの敗因だった。

「貴方の力が欲しい」

 男がニヤリと笑ったのが感じ取れた。と同時にシルバの頭上から何かが落ちてきて、上にのしかかった。あまり重くもないそれだったが突然の出来事に不意をつかれ、シルバはそのまま倒れこむ。

 男は隠していた杖を手早く取り出すと、早口で呪文を唱え終わり、魔術の紋章を空に書き記す。紋章は闇夜に紫がかった光を放ち、シルバを取り囲んだ。

「貴様っ!?」

「さぁ……力を!!」

 紫色の紋章が一層輝きを増し、シルバは意識を失った。ぐったりとした彼の上にいたモノがもぞもぞと動き、男の元へと駆け寄る。それをかるくあしらった男は、気絶しているシルバを崖の上から蹴落とした。




 夢のような意識の中で、シルバは紋章の光に照らされた男の顔を、何度も何度も思い返していた。

 謎の男から魔術をくらってしまったシルバ。崖から落ちたけど、奇跡的に助かったみたい。だけど目覚めたら、今までように力が出せない! 男の正体も謎だし、このままでは剣闘士の王座も危ない。あせるシルバだったけど、何よりシルバを助けた少年は……猫?


 次回「理由と結果と、猫の少年」お楽しみに!

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