タイミング!?
「拓未君。今、春美は屋上にいるわ」
そう教えてくれたのは親友の彼女、相澤希美。
「告白のチャンスだ。拓未」
後押ししてくれたのは俺の親友、織田聡。
「ああ、行ってくる。聡!相澤!」
教室を飛び出て屋上に向かって一直線に走る俺、六条拓未。16歳。
走って走って走りまくる。
何人もの生徒が俺を振り返る。先生の怒鳴り声も聞こえたが知ったこっちゃない!
目指すは屋上。
この階段を昇りきれば、ゴールはすぐそこ!!
「上原!!」
屋上のドアを思い切り開け、大股で屋上に飛び出ると・・・
ザーーーーーッ!!!!
「・・・・・・・」
外は大雨。屋上に雨宿りできる場はあるはずもなく。人がいるはずもなく。
拳を思い切り握りしめ、雨に向かって叫ぶ俺。
「雨でいねーじゃん!!!」
これで、上原春美への告白を失敗する事、18回目。
昼休み。
食堂では多くの学生が賑わっている。
しかし、食堂の片隅では、不機嫌オーラを周囲に漂わせていた、一つのテーブルがあった。
そのテーブルは四人掛けだが、現在3人の人間が座っている。
「アッーハッハッハッハッ!拓未君って本当にタイミング悪いわね~!」
大笑いしながら、向かいに座って不貞腐れている拓未を見つめる。
さっきまで雲一つない青空だったのに、拓未が告白に行った途端、雨雲が立ち込め、今では見事な雷が鳴り響いている。
「うるさい、相澤!」
ギロリと睨み付けるが、相澤はまったく気にしていない。
「これで18回目の告白失敗だ」
相澤の隣で本を読みながら冷静に告げる聡。
「数えるなよ聡!」
聡を怒鳴りつけるが、こちらにも効果はない。
「あれ?17回目じゃなかったっけ?」
「否、18回だ。自然現象のせいで3回。交通事故で1回。友人・先輩に邪魔され11回。先生の呼び出し2回。そして自業自得(寝坊)が1回。の、計18回の失敗だ」
「あっ、そっか~」
ポンッ、と手を叩き、聡の言葉に納得する相澤。
「お前ら~!!!」
その二人のやり取りを見ながら、怒りを必死に堪える拓未だった。
しかし突然、
「拓己君」
「!!・・・な、なんだよ」
相澤が真面目な顔をして立ち上がり、俺を睨みつける。
「春美に告白したいから手伝ってって言ったのは?」
「お、俺です」
「手伝ってあげているのに告白できないのは?」
「お、俺のせい?」
「じゃあ、文句は?」
「い、言える立場じゃ・・・ありません」
「よろしい!」
満足気に微笑むと、おとなしく席に着く相澤。
読んでいた本を閉じると、溜息をひとつこぼし、目の前で撃沈している親友に声をかけた。
「・・・・・無様だな」
そんな拓未を見かねて、相澤希美は言葉を紡ぐ。
「でも、拓未君があまりにも可哀想だから、ちょっとしたプレゼントを用意してあげたの」
そう言うと、相澤は拓未の後ろに向かって手を振った。
「春美、ここよ!」
ガバッ!!
突然起き上がる拓未。
後ろをゆっくりと振り返ると、そこに想い人、上原春美がいた。
上原は希美に気がつくと、笑顔を向け拓未達のテーブルに来た。
「遅くなってごめんね。希美ちゃん」
相澤に花のような笑顔を向ける上原。
鼻を伸ばしながら、その様子を横目で羨ましそうに見つめる拓未。
(おー!”生”上原!くっそ~かわいいな~!!相澤のやつ、上原にあんな顔で見つめられて羨ましい!!)
想いを頭の中で巡らせていると、相澤の声が聴こえた。
「じゃあ、春美も一緒にお昼ご飯食べましょう!」
「!!!」
(い、今なんて・・・?)
「ほら、拓未君の横の席が空いているから」
(な、何ですとーーー!!!)
心の中で笑いながら絶叫する拓未。しかし、
「で、でも・・・私も一緒に食べていいの?邪魔じゃない?」
(そ、そんな事ありません!)
否定的な態度に心の中で焦る拓未。
「何言ってるの?邪魔なわけないじゃない!」
すかさずフォローを入れる相澤に、皆に見えないように隠れてガッツポーズをとっていた拓未だが、
「拓未君なんか、春美を食べたくてずっと待ってたのよ!」
続いた言葉に咳き込み立ち上がる。
「相澤ーーー!!!!!!」
怒り&恥ずかしさMAXで相澤に詰め寄る拓未。
しかし相澤はそんな拓未には目もくれず、笑顔で上原に席を勧める。
「ほら、春美さっさと座る!」
相澤の後押しを受けて安心した春美は、拓未に近づき、か細い声で声をかけた。
「あの・・・お邪魔します」
さっきまでの怒りは一瞬にして消え、頭を掻き、頬を染めながら返事をしようとした拓未だが・・・。
「あ・・・どう」
ピンポンパンポーン!
《1年E組六条拓未、すぐに職員室に来なさい。繰り返す、1年E組六条拓未、いますぐに職員室に来なさい!》
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙が二人を包み込む。
拓未はにっこり笑うと
「みんな、良いお昼休みを!(泣)」
ダッシュで去って行った。
残された3人は、1人はお腹を抱えて笑い、1人は必死で笑いを堪え、1人は拓未の姿が見えなくなるまで見つめていた。
それから1週間の時が過ぎたが、いまだに告白のできない拓未。
「・・・無様だな」
「うるせーよ!!」
放課後。
帰宅部の拓未と聡は、授業が終わるとさっさと教室を後にし、下駄箱に向かっていた。
拓未は聡の皮肉に怒りながらも、自分の運のなさに嫌気がさしていたが、告白をあきらめるつもりはまったくなかった。
「明日こそは必ず!!」
先を歩き、意気込む親友を見ながら、聡は今まで心の内に秘めていた事を言葉にした。
「拓未」
「ん?」
「お前・・・本当に告白したいのか?」
「!?」
予想だにしていなかった聡の言葉に驚き振り返る拓未。
「いきなり何言ってんだよ、聡」
聡は冷静に言葉を続ける。
「お前の行動を見て考察した結果だ」
「・・・・・」
拓未は神妙な面持ちで聡の話に聞き入っている。
「お前は俺達に告白の手伝いを依頼した。それは決して悪い事ではない。むしろ俺はすごいと思う。しかし、お前はどうもきれいに、かっこ良く告白しようとしている節がある」
聡の言葉に、虚を突かれ、思わず拳を握る拓未。
「本当に好きなら、告白したいなら、もう少し足掻いてみたらどうだ?」
それは、拓未自身には痛い言葉だった。
上原を好きな気持ちも、告白したいのも嘘ではない。
でも、逃げている自分がいるのだ。
告白して、上原に振られるのが怖い。
二度と話しかけてもらえなくなるのが怖い。
微笑みかけてくれなくなるのが怖い。
告白しようと思えばどこでだってできるはずなのに・・・。
拓未は聡を見つめた。
その目には、負の感情は一切なかった。
自分への甘えと覚悟を認識した目だった。
聡はふっと笑うと、こう告げた。
その後ろからは誰かが近づいてくる足音がする。
「どうせなら皆がいる前で、”六条拓未は上原春美が好きだ”って大声で叫んだらどうだ?」
「!!!」
「?」
その瞬間、拓未の顔がム〇クの叫びのように歪む。
不審に思った聡が後ろを振り返ると、そこには自分の彼女である相澤希美と、彼女の親友、上原春美がいた。
(今の話・・・聞かれたか?)
聡が冷静に二人を見つめていると、上原春美の肌はあり得ないほど真っ赤に染まっていった。
(当然だよな)
すると、春美はその場から逃げるように走り去って行った。
「春美!!」
相澤が声をかけたが、振り切りるように遠ざかっていく。
聡は小さな溜息をつくと、親友に笑顔で声をかけた。
「追いかけろ、拓未」
その言葉で現実世界に戻ってきた拓未は、聡の胸倉を掴んだ。
その目は半泣きである。
「謝罪はないのか!!」
「これで後には退けないだろう?」
意地の悪い親友の笑顔を涙目で睨み付け手を放すと、春美の後を追いながら叫ぶ。
「俺が戻るまで絶対にそこにいろよ!!」
聡はまた溜息をこぼすと、希美が傍に寄って来た。
そして聡に負けない意地の悪い笑顔を拓未の背中に向けながら・・・
「それはできない命令ね。ね、聡」
廊下を全速力で走りながら、拓未は必死で春美を追いかけていた。
(最悪×5。何でこうなる?何でこうなっちゃったんだ?)
拓未は自責の念に追い込まれていた。
ふと、聡の言葉が頭の中をよぎり、苦笑する。
(聡の言うとおりだ。自分で決めた、自分がする告白なのに・・・他人に頼ってかっこつけて、全然本気になっていなかった)
唇をかみしめる拓未。
(でも、だからって・・・自分の口で想いを伝える事ができないなんて、もっとかっこ悪すぎだろう!俺!!)
左に曲がっていく春美の背中を見つけた拓未。
すかさず後をついていくと、そこには息を切らした春美が立っていた。
春美が曲がった先は、行き止まりだった。
脅えた目で自分を見つめる春美。
走ったせいか、緊張のせいか、今はどっちか分からないが、心臓が早鐘のように鼓動している。
大きく深呼吸をし、拳を握りしめ、意を決して言葉を紡ぐ。
「上原さん!」
「は、はい!」
拓未の真剣な表情と声に驚き、条件反射で返事する春美。
「俺、俺・・・・上原さんの事が、上原さんの事が・・・・好!」
ガシャーーーーーーーーーーーーーン!!
突然の大きな音に、拓未の告白は遮られた。
「ちょっと危ないじゃない!下手くそ野球部!」
「すみませーん!うわっ!窓ガラス割れてる!!」
「もうちょっとで怪我するところだったじゃない!あんた達から先生に報告してよね!」
「本当すみませーん!!」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
どこかの教室の一騒動。
2人の間に沈黙が流れる・・・。
「アーハッハッハッハッ!!」
驚く2人。振り返ると笑いを堪えている聡と大笑いしている相澤がいた。
(こいつら・・・・!)
「希美ちゃんに、織田君・・・」
「あ~おかしい。本当、拓未君ってタイミング悪いわね」
お腹を抱えながら春美に近づく相澤。
「さっ、春美。こんなバカは放っておいて、さっさと帰りましょ」
「え?でも・・・」
慌てふためく春美の肩を押しながら、相澤は笑顔でその場を去っていく。
「あ、おい!ちょっと!」
拓未が呼び止めるのも無視して、相澤は春美を連れていった。
その場に倒れこむ拓未。
廊下に倒れこむ親友を見ながら、聡は一言。
「無様だな」
そう言い残すと、その場からさっさと消えて行った。
(本当・・・無様だよ)
しばらくの間、冷たい廊下でへこたれていると、目の前に影が見えた。
「六条君・・・」
拓未は気だるげに顔を上げると、そこには春美がいた。
春美はしゃがみこみ、拓未と目を合わせると、
「私も、六条君が好きです」
「!!!」
目の前でにっこりと微笑む春美。
その笑顔は、彼女の名前の通り、春のように美しかった。
でも、今は・・・嬉しさよりも、驚きよりも、どこかで隠れ見ている2人への怒りよりも、自分が告白できなかった、タイミングのなさが、悔しくてしょうがない。