地獄の味 -塩気の強い涙は谷底のような深淵に落ちて消えて-
生命は「食」によって進化してきた。
そんな学説が一般的にいわれるようになってきたのは、本当につい最近になってからの事である。つい最近、人類は食によって新たな進化を遂げたのだ。もちろん全ての人間が等しく進化したわけではない。
進化の果てに新しい力を手に入れたのは、ごく一部の人間達だけであった。それは選ばれし一握りの存在。
その一部の人間とは、古来より食と密接に関わってきた「料理人」達であった。
それ故、現代において料理人は“人間を越えた異能力”をもっている存在となっている。
それは、元・料理人である塩谷始音も例外ではない。
料理人として手に入れた異能。それは、料理人の権利を手放したぐらいで無くなりはしない。彼の異能は健在であった。
走馬灯の再生を終え、遂に終わりを迎えた彼の身体は、その先にある死を否定する。
生命活動、一時停止。身体部位の修復、復元。修正。内臓系に深刻なダメージを確認。修復、復元。修正。修正。体内に未確認物質確認。確認、異物であると認定。摘出。修正。摘出完了。修正。修正。修正。
修正完了。
再起動。
塩谷は自らの身体に起きている現象を把握しつつ、静かに意識を取り戻していく。
料理人としての異能。それは「食」を通して生まれた「天へと至る柱」。しかしそれは己が精神を蝕む「毒」となる。それ故、その異能は「食柱毒」と呼ばれていた。
塩谷始音の食柱毒は、死を否定する力であった。何度身体が死を迎えようが再生し、何度でも生を繰り返す力。
塩谷は、そんな力をもつため「三柱天使」の異名で呼ばれていた。塩谷自身、そんな大仰なものではないと思っていたのだが、どうやら周囲はそうは思わなかったようだ。そのせいで、こんな異名で固定されてしまったのである。
こうして、不死の力により塩谷は生き返る。蘇生する。
戻る五感。地面に倒れている感覚。冷たい床の感触。鼻をつく異臭。口内に広がる不快感。
どうやら塩谷は天川作の屍人腕を食べた後、ずっと倒れたままになっていたようだった。
そして、誰かの声。
「―――て! ―――てよ!」
塩谷は、即座に天川甘音の声だと理解する。
感覚が戻ってきた彼は、ゆっくりと目を開く。
そこにはやはり、天川甘音が居た。天川は、倒れた塩谷の両肩を鷲掴みにし、半泣きになりながら声を枯らしていた。
「お願いだから起きて! ねえ、起き……あ、起きた……よかったぁ」
「……や、やあ」
塩谷の意識が完全に覚醒する。
口内に若干の気持ち悪さはあるが、先ほど食べた物体の感触は残っていなかった。どうやら飲み込んだか吐きだしたかのどちらかだろう。と、塩谷がそこまで考えた瞬間、視界端にとある物体が映りこむ。
それは床に落ちた虹色の塊だった。ゲル状、スライム状という表現がしっくりくるその物体は、煙を吐き出しながらもぞもぞと動いている。どうやら、あれは先ほど塩谷が食べた物体のようだ。
塩谷は、無意識のうちに天川の料理を吐きだしていたらしい。
「……あのさ、天川、さん」
塩谷は、背筋に冷たい物を感じながらも、天川に意識を向ける。
普段、誰かの料理を批判する事はない塩谷だが、今回ばかりは状況が違う。
他の被害者が出る前に注意するのだ。それだけは絶対せねばならぬと、塩谷は心を決める。
「な、何……?」
一方、天川の方は大人しかった。
まるで叱られるのを恐れる子供のように、おそるおそる塩谷を見つめてくる。先ほどまでとは大違いの態度だが、やらかしてしまった事の大きさを考えれば、むしろ反省が足りないぐらいだ。
何せ、文字通り人を殺すところだったのだ。本来なら、もっと反省すべきである。
塩谷は、一瞬湧いた同情を切り捨て、感情を押し殺しながら言葉を紡いでいく。
「その、たしか料理を評価するって話だったよね。あの、これ、何というか……さ」
「ごめんなさいっ!」
「え……?」
天川は、座った体勢のまま床に両手をついて、頭を下げた。俗に言う土下座である。それも乱れのない綺麗な姿勢である。
完璧な謝罪ポーズだ。
だが、塩谷は少し焦りを感じてしまう。彼はこれまでの人生で、女子に土下座させた経験など無いのだ。だから、その胸中には幾分かの抵抗感があった。
それに、そもそもいきなり土下座されて、簡単に受け入れられる人間が何人いるだろうかという話だ。
その上、塩谷は天川から謝るとは思っていなかったので、そういった意外性もあり、どう反応すべきか戸惑ってしまったというわけである。
「ちょっ、ちょっと! 急にそんな土下座なんてしなくていいから! 顔上げて、ほら!」
「でも、わたしの料理のせいで始音くんが……!」
「始音くん!?」
何気に、天川からフルネームや二人称で呼ばれなかったのは、今のが初めてである。
まさか、下の名前で呼ばれるとは思っていなかった塩谷は、動揺に震えた。
「え、えっと、そのっ、とにかく、まずは顔を上げて! ね?」
「だけど、わたしのせいで……」
「いいから、ね!? その話は顔上げてからにしようよ!」
「でもわたしのせいで始音くんが……まさか、美味しさのあまり気を失ってしまうなんて……!」
「あ?」
彼女の一言で、塩谷の震えは完全に止まった。
むしろ今度は硬直した。
たった今、自分が耳にしたものがあまりにも信じられなくて、ついどう反応していいかわからなくなり動きが止まったのだ。一瞬、激しい怒りが湧きたった気がしたが、おそらく気のせいではないだろう。塩谷始音は、今、間違いなく苛立っていた。
そんな感情を必死で押し殺しながら、塩谷は無理矢理笑顔を浮かべる。
「あの、天川さん。悪いけど、今のちょっと聞こえなかったから、もう一度だけいいかな?」
「だから、わたしがあまりにも完璧すぎる料理を作ってしまったせいで、始音くんを天国へと誘ってしまったんでしょ……? それは、わたしの責任だわ……」
「……!」
塩谷の笑顔に亀裂が入った。
「……天川さん」
「何? あっ、いくら師匠といえどレシピは教えられないわ! この料理は危険よ。だから今後一切作らないわ。安心して」
「……天川さん」
「何? あっ、でも始音くんが現役でやってた必殺技って、たしか『三柱天国』って呼ばれてたわよね。あれも美味しさで人の気を失わせて三度の天に誘う……と言われてるわけだし、これも案外ありなのかしら!?」
「……天川さん、だからまず聞いてよッ!」
「えっ!?」
塩谷がキレた。
あまり感情的になりたがらない彼は、たった一度殺されたぐらいで怒りを爆発させたりはしない。が、それでもここまで犯人に自覚が無いと怒りたくもなる。
塩谷始音は、実に数年ぶりに本気で怒りをあらわにした。彼は、心の中に燻る熱きものを全て口に出してやろうと決心する。
「あのさぁ、君、僕の『食柱毒』がどんなものか知ってる?」
「え? えっと、たしか、それは世間一般には公開されてない情報よね……? 知らないわ」
「そう。じゃあ言うけどね、僕の力は、僕が死んだ時に、自動的に肉体を再生してくれる能力なんだよ」
「そうだったの!? すごいわ! 料理と全然関係ない上に人間離れしてるけど、それって相当すごい力なんじゃ……」
「でね。僕、さっき君の料理食べた後、本当に死んだんだよ。そんで蘇生したんだよ。わかる? 死んだんだよマジ死に。心臓止まったんだよ? 僕じゃなかったら終わってるからねフツーに。しかもいつもより蘇生に時間かかったんだよ。どんだけオーバーキルだったんだよ? ていうか料理で死ぬってどういうことだよ? しかも毒殺とかじゃなくて普通の食材だけで死ぬって何で? 一口ぶんで即死って何だよ? もうなんか時間差ないぶん毒盛られたより質悪いよ」
淡々と、塩谷は全ての怒りをぶつける。だが当の天川は目を見開き、口に手を当て驚いた素振りをして、すごく意外そうな顔をしていた。
そして、あろうことかこう言い放つ。
「まっさかー」
「まさかじゃないよ! じゃあ半泣きで僕を起こそうとしてたのは何だったのさ?」
「えっ、それはやっぱり美味しさのあまり天国に魂が行ったまま帰ってこない、なんてことになったら大変でしょ? だから必死だったのよ!」
「ああ……たしかに危うく帰ってこれないところだったよ。ただし行ったのは天国じゃなくて地獄だったけどね」
「またまたー!」
(なんだこの人……)
塩谷が何を言っても無駄だった。
だからもう塩谷は理解してもらう事を諦め、せめて少しでも改善するようにと話題を動かしにかかる。
「……あのさ、もっと基礎を大事にしようよ。それが一番大切なんだからさ」
「ふむう。確かにわたしの料理は、根本的に基礎が欠けているのかもしれないわ。だけど、料理に一番大事と言われている愛情はこもっているわよ? 食べた人みんなに幸せになって欲しいという、このわたしの心いっぱいの愛情がね! 一番大事な物がこもっているなら充分じゃない?」
「はあ?」
そんなふざけた態度も、塩谷の逆鱗に触れる。彼は怒りの勢いそのままに、思った事を片っ端から吐き捨てていく。
「違う。違うよ。愛情よりも大切な物があるでしょ? それ以前のものだよねこれ。まずさ、こうなる前に味見しようよ。ていうかせめて見た目で気付こうよ。何で危険さに気がつかなかったのさ。どっかで疑問に思ってよ」
「でも、わたしの周りの料理人達は、わざわざ自分の料理の味見なんてしないわよ?」
「それは慣れてるからでしょ。君の場合は違うから。しかも前例のない完全オリジナル作ろうとしてるんだからさ。いらないわけないでしょ」
「だけどわたしは天才だから、その辺りのさじ加減は絶妙のはずよ!」
「天才? いやある意味そうだけど、色々とおかしいよね。そもそも何で動くの、あの料理らしき物体? 常識的に考えておかしいよね? それと、何でもかんでもオリジナリティとか言って奇をてらってりゃいいと思わないでよ? 基本もロクに理解出来てない奴が踏み込む領域じゃないからそこ。とにかくさ、どうしてレシピ通りに作んないのかって一点に尽きるよね、真剣に。あとね、あとね……ん?」
唐突に、塩谷が止まった。
正座して説教を聞いていた天川が、顔を伏せ、肩を震わせていたのだ。
「……もしかして、泣いてる? えっ、何で?」
しかし彼女は、塩谷の問いに首を横に振る。
「あ、あは……あははは……」
「?」
今、天川の口から笑い声が聞こえた気がした。
だが、それは気のせいだろうと塩谷は再度彼女に声をかける。
「なに、どうしたの?」
「あははは、あはは、あは、あははっあはははははははははは!」
「!?」
突然、天川が顔を上げて笑いだした。
どうやら顔を伏せていたのは泣き顔を隠していたというわけではなく、笑いを堪えていただけのようだった。
どうして笑いだしたのか、塩谷には全くわからない。
塩谷は怒りより先に困惑を浮かべ、天川の様子をうかがう。
「……急に、どうしたの?」
「あははははっ、だって、おかしくって……」
「何がさ?」
「始音くんはジョークも言えるのね。なかなか今の反応は面白かったわ。もうっ、そこまでして気絶したのを誤魔化さなくてもいいのに!」
「は?」
塩谷の怒りが再び有頂天。
一度収まった彼の怒りは、再び天を衝くほど燃えあがる。一日に二度もキレるというのは今までの塩谷始音の人生の中でも、かなり希少な出来事であった。
しかし、今のは流石に許せなかったのだ。
「え、何だって? 今なんつったの? よく聞こえなかったから、もっとはっきり詳しくいい直してくれないかな」
「もう、だから始音くんはわたしの料理を食べて、美味しくて気絶したんでしょ? でも。それが恥ずかしいから、今必死に取り繕ってるんでしょ?」
「……いや、すごいね。よくそこまで前向きな解釈が出来たと逆に褒めたいぐらいだよ。もういいよ。そこまで言うなら、そこにあるあの物体、自分で味見してみ……っ!」
塩谷は慌てて自らの口を塞ぐ。
味見など、させてはいけないという事に気がついたのだ。
もちろん、これから彼女が料理を作っていく過程で、味見を覚えるのは大切なことだ。
だが、今そこに存在している異物体を食べさせるのだけは、明らかにいけない事だった。
何故ならば、あの料理を誰かに食べさせるということは、それ即ち銃で撃ったり刀で切りつけたりしているのと同義であるからだ。あの料理は凶器なのである。
いや、確実なる死が約束されている以上、それよりもよっぽど質が悪い。
塩谷としても、この歳で殺人の業を背負いたくはなかった。
塩谷は、自らの危機感不足を心の中で叱咤する。
「……いや、なんでもない。気にしないで」
「そう? 味見がどうこう聞こえたけど」
「なんでもない! なんでもないから!」
「ふーん」
なんとか引いてくれたのを確認し、塩谷はほっと一息つく。
天川もそこまで気にしていないようで、何事もなかったかのように会話は再開される。
「まあ、何にしてもわたしに味見なんて必要ないわ。だって、みんな褒めてくれるんだもの。味は完璧に仕上がってるに決まっているわ!」
「うん、うん?」
ここで聞き捨てならない言葉が、天川の口から飛び出す。
「ちょっと待って。嘘? この料理、褒められたの?」
「ええ。わたしの料理は完璧だって絶賛の嵐だったわ。みんな家でじっくり食べたいとか言って、毎回持ち帰りするほど人気なんだから!」
(それって、秘密裏に処理されてるだけなんじゃあ……)
塩谷の心に浮かんだ疑惑は、ひとまず胸の内だけに留める。
そして彼は続けざまに、気になった点について質問を飛ばす。
「そっか。ちなみに周りって、主にどの辺から?」
「主にわたしと仲のいい友達と、うちのメイド達とかだけど……」
「メイド!? え、じゃあもしかして、天川さんってかなりお金持ちだったり?」
聞きなれない単語に、塩谷は怒りも忘れて狼狽する。
メイド、つまり使用人と言えば、一部の金持ち、それも屋敷に住んでいるレベルじゃないととてもあり得ない存在だ。
この現代日本に、一体使用人を雇うほどの家庭がいくつあるというのか。
塩谷は、衝撃の事実に困惑する。
「え、言ってなかった? うちは料理人の家系だから、国からの扱いが破格で……」
「初耳だよ! ていうか凄いね天川家……」
料理人が超常的な力を手に入れて以降、料理人は社会において高い地位が約束されるようになっていた。国からも恐れられた彼らは、ついに国家からも媚を売られるような存在になってしまったのだ。
その上、料理人同士が争う大会というものもあり、そこで優勝すれば一生遊んで暮らせるほどの額が手に入るという話である。
そういった現象が起こったため、今やどんな不合理も料理人であるというだけで、ほとんど納得されてしまう時代になってしまっていた。
料理人の家系であるなら、家が大きいのも納得である。ついでに、妙に天川が自信満々だったのも納得だ。
そういった環境ならば、自分にも才能があると思い込んでも不思議ではないだろう。天川の周囲は気を遣うあまり、あの酷い料理にケチをつけられなかったはずだ。
しかし、それならば一つ疑問が浮かぶ。
「ていうか、それなら僕じゃなくて、家族に料理教えてもらえばいいんじゃ……?」
「……それは」
「ん?」
「……その……」
天川が返答に詰まる。
(あれ?)
「……」
そしてそのまま流れる沈黙。どうやら地雷だったようだ。
たしかに、その家庭環境でこの実力ならば何かがあったのだろうと想像する事が出来る。今のは塩谷の不注意が招いた結果だ。
塩谷は咄嗟に反省するが、時すでに遅し。
既に、沈黙が場を支配していた。
「……」
「……」
(さて、どうしようかな……)
塩谷は、これからどう話を展開させていくべきかを考える。
いつの間にか会話の流れが途切れてしまっていたが、それを再開させられるような空気ではなくなっていた。
言いたいことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんある。
けれども、どうにも話題を切り出しにくい。黙っていても、天川も何も話さないので気まずい沈黙は加速していく。
塩谷は、もともと他人と会話するのが苦手であり、それに加えて好んでもいなかった。その上、冷めてしまった怒りの影響もあり、どうにも会話を繋げられなくなっていたのだ。
(ん、そういえば)
塩谷は窓の外を見る。
いつの間にか、空はオレンジ色に染まっていた。
教室にかけてある時計を見ると、もう五時半頃になっている。
(もうこんな時間か、ああ、お腹減ったなあ)
塩谷がそんな事を思った時、天川の方からお腹の鳴る音がした。
「……ごめんなさい」
「……うん」
謝られてしまい、また微妙な空気になる。
しかし、このままじっとしているわけにはいかない。
塩谷は少し考え、仕方なく浮かんだ妥協案を挙げてみることにした。
「ねえ、天川さんって晩御飯どうするの?」
「……今日は、買って帰るわ。両親が出かけてるから」
「そっか。僕もなんだ」
塩谷は真顔で嘘をつく。本当は、親が家で何か作っている頃だろう。
しかしこの空気を打破するためには、このまま帰るわけにはいかなかったのだ。
このまま天川と別れて、そのまま家に帰るという案もあった。が、それをやってしまうとまた後日、同じように呼び出されそうな気がしたため、上手く会話を繋げて繋がりを断ち切る必要があったのだ。
それに聞きたいこともある。塩谷の動機は充分だ。
家には後でメールか何かで連絡を入れるとして、あとは勇気を振り絞って言葉を放つだけだ。
「帰り、何か食べて行かないかな? 別に、嫌だったらいいんだ。ただ、料理対決のために何か学べるかもしれないかなとも思ってさ……」
塩谷は、いっぱいいっぱいになりながらも考えた台詞をそのまま口にする。
流れを変えつつ会話を再開させるのには、そういう流れしかないと思ったのだ。断られてしまえばそれまでだが、その時はその時で、このまま帰宅の流れが作れる。塩谷は、緊張しつつも相手の出方を待つ。
しかし幸か不幸か、彼の不安はほとんど杞憂で終わる。
「食事!? いいわね! たしかに、これで更なるスキルアップが望めるかもしれないわ! 行きましょう! 何にするの!?」
「……」
天川は復活が早かった。たったこれだけのやり取りで、既に満面の笑みだ。
つい躁鬱でも患っているのではないかと疑ってしまう塩谷だが、まあ誘えたわけだしいいだろうと判断する。
だから色々と突っ込みたい気持ちは後に回して、塩谷は気持ちを先へと進めた。
「よし、じゃあ何食べたい? 合わせるよ。希望が無いなら僕が決めるけど」
「じゃあ、行きたいところがあるの! そこにしてもいい!?」
「一応、聞くだけ聞いておくよ。どんなところ?」
「えーっとねぇ」
こうして天川の希望を聞いた塩谷は、またしても彼女の意外性に驚かされることとなる。
何はともあれ、二人は後片付けをさっさと済まし、鞄を持って調理室を出る。
その間、会話は途切れ途切れで。話すにしてもお互い他愛のない話題や、当たり障りのない話題を交わし合うばかりであった。
塩谷は思う。これから向かう先で何から話すべきかと。
なお、虹色の料理らしき物体の処理は、塩谷の「おっとごめん手が滑った」の一言によって完遂されたのは言うまでも無い。