第八話:中間試験
【前回のあらすじ】
討伐依頼をしました
※今回、気分を害する(かもしれない)描写があるので、ご注意ください
「ふふ、それは災難でしたね」
あったことを話せば、シルフィアは笑って、そう言った。
あの後、ギルドで換金し、城に帰った三人は、毎度の如くシルフィアに話していた。
「笑い事じゃねーよ。こっちは死ぬかと思ったんだから」
どこか不服そうな廉に、朱波が何言ってんの、と言いたげに言う。
「私が言うのも何だけど、あんなので死ぬかと思ったのなら、魔王退治なんて無理よ?」
「お前だって、逃げてたじゃねーか!」
朱波の言い分に、廉は言い返す。
「そりゃあ、天下の勇者様が逃げ出すなら、私たちが勝てるはずもないしー」
「無理」
朱波の言葉に詩音が同意する。
それに対し、廉は顔を引きつらせた。
「お前らだって、勇者の仲間だろう」
廉の言葉に、二人は互いの顔を見合わせた。
「まあ、そうだけど……」
人のことを言える立場ではない。
「あと、ハイグマの件を含め、魔物化した動物たちの対処についても、陛下に報告させてもらってもいいですか?」
シルフィアの言葉に、廉たちは頷いた。
「ああ。本当は俺たちがするべきなんだろうが……悪いな」
「いえ、私は皆さんのお役に立てるのであれば、出来る限りの協力はするつもりですので、必要なものがありましたら言ってください」
謝る廉に、シルフィアは頭を下げる。
そんな二人を見た朱波と詩音は言う。
「何ていうかさ、フィアの後半の言い分がメイドみたいよね」
「それでも、気持ちは分かる」
互いに笑顔で見合う。
シルフィアとしても、それなりに気を使っているのだろう。
朱波は窓に近づき、空を見上げる。
それに気付いた詩音も窓に近付き、空を見上げる。
「もう夏かぁ」
「そうだね」
少しずつ暑くなり始め、朱波が窓を開ければ、風が部屋に入る。
夏は近い。
☆★☆
「…………死にたい」
「開口一番それか」
廉は机に顔を伏せていた。
そんな廉に、朱波が呆れたようにツッコむ。
その理由は明白であり、廉はそれを嫌っていた。
それは、学生のみならず、誰でも受けた経験がある定期試験である。
教室に入ってきた担任から告げられたのが月末にある定期試験である。
科によっては、試験範囲が判明していることもあり、勉強をし始めている人もいた。
「異世界にもテストってあるのね」
「少し意外」
驚くように言う朱波に同意するかのように、詩音は頷いた。
定期試験と聞き、面々が驚いたのは、異世界であるはずのこの世界に試験が存在するということだった。
「まあ、異世界召喚系の物語の中にもある学校通学系でも、その辺が触れられない事はあるしね」
あまり深く気にしても仕方ない、と朱波は言う。
「あの、レン様は……」
「ああ、放っといても大丈夫よ。こういう試験前はいつもこうだし」
机に伏せたままの廉を心配したのか、シルフィアが尋ねる。
異世界にくる前にも、度々あった光景だ。
朱波は気にするな、とシルフィアに返す。
けど、と詩音が続ける。
「今回は勉強しないと危ない」
「そうね。私たちには異世界人っていうハンデもあるから、勉強しないと良い成績は残せないって事でーー」
朱波は鋼鉄のハリセンを手に持ち、構える。
次の瞬間、パーン、とハリセンの音が響く。
「痛ってぇぇぇぇええええ!!!!」
もの凄く痛いのか、廉が叫ぶ。
ハリセンの音と廉の悲鳴にクラスメートたちが、何事だ、と四人を見る。
「いきなり、何すんだよ! 朱波!!」
「うるさい。いつまでウジウジしてるのよ。範囲分かってんだから、早く勉強するわよ」
噛みつく廉に、耳を塞ぎながら朱波は言う。
「なら、ハリセンで叩くなよ! 凄く痛かったぞ……」
叩かれた場所を擦る。
「結理仕様だからね」
「ああ、だからか」
それで納得するのもどうかと思うが。
「それで、姫さん。何で、このタイミングで試験やることを教えてるの? やるなら三週間後、範囲が分かっても、その二週間前ぐらいでしょ」
しかも、エスカレーター式であるこの学院の生徒なら、試験のある時期がある程度、把握できているのではないのか。
「それは、この学院の行事が多いから、中間試験はこの時期なの。だから、期末試験も他の学校よりは早かったり、遅かったりするの」
「ふーん」
朱波が尋ねれば、シルフィアが答える。
「でも、授業の時間量は以前と変わらないから、不思議に思うこともあるけどね」
シルフィアが苦笑いして言う。
「で?」
「ん?」
話を聞いていたのか、廉が声を掛けるが、朱波は首を傾げる。
やや呆れ混じりに廉は朱波に尋ねる。
「勉強、するんだろ?」
「ああ。まあ、数学や理科はほとんど復習だし、国語や社会は暗記すれば問題ないけど……」
試験の勉強方法を思案する朱波に詩音は言う。
「魔法と剣技の試験は実力頼み」
「だな。こればかりはどうにも出来ない」
同意するように、廉も頷く。
短期間で、運良く新たな魔法を覚えられても、魔力を上げる事は出来ない。
剣技も同じだ。
たとえ扱いが上手かったとしても、ほとんどを占めるのは経験だ。
短期間で扱えるようになるのは、天才か努力した者、またはーー
「チート持ちか」
朱波は呟く。
通常ではありえない程の能力者。
「まあ、どうにかなるだろ」
当日まで期間はある。
それだけあるなら、何らかの手が打てるだろう。
「試験勉強、始めるぞ」
☆★☆
廉が試験勉強を始めると言いだし、一週間経過(試験まであと三週間)。
初めにやったことは、それぞれの苦手場所を上げることだった。
そしてーー
「嫌だ」
「試験勉強するって言いだしておいて、それはないでしょ」
「範囲分かってるんだから、早くやろうよ」
頻りに嫌だ、という廉に、教科書を出し、準備万端な朱波と詩音が呆れたように言う。
「絶対に嫌だ」
「拒否したいのは分かる。だけど、今やらないと。チャンスを生かそうよ」
「そう。苦手は潰すべき。Gの様に」
拒否する廉に力説する朱波と、遠い方を見て言う詩音。
詩音の言葉に、茶色い何かが二人の脳裏を横切る。
それを頭を振り、追い出した二人は告げる。
「あ、詩音。その例え、いらないから」
「例えるなら別のものにしろ。気持ち悪い」
二人から拒否され、詩音は困った顔をした。
「じゃあ……」
「例えはもういいから。進まない」
再度何かに例えようとした詩音を朱波が止める。
「あの……」
恐る恐るシルフィアが手を挙げる。
「何?」
「Gって、何ですか?」
その問いに、三人は固まった。
そして、朱波がシルフィアの肩をポン、と手を置く。
「姫様。世の中には知らなくて良いものがたくさんあるんです」
「そうですよ。姫様は知らなくていいことです」
朱波の逸らしに気付いた廉も援護する。
「ちなみに、カサカサ言う」
「カサカサ、ですか?」
「詩音!」
「朱波が逸らした意味ねぇ!」
ポツリと呟いた詩音にシルフィアは首を傾げる。
それに対し、二人が叫ぶ。
「朱波」
「分かってる」
廉に言われ、頷いた朱波は詩音の口を塞ぐ。
「何だ、まあ、姫さんは関わらない方がいいものなんだよ」
「事実、一人知り合いが犠牲になったけどね」
別の意味で。
廉の言葉に、詩音の口を押さえていた朱波が援護する。
「そう、ですか?」
「そうだ」
「うんうん!」
とにかく、二人は必死だった。
シルフィアは知らなくていいことだ。
そんなこんなで一週間目。
会話でGに触れ、廉の苦手克服に丸四日。
「来週は朱波の苦手克服ね」
「あれ? 詩音さん。何気に根に持ってない?」
詩音の言い方に若干の不安を感じつつ、朱波は首を傾げる。
「気のせい」
短く返す詩音だが、その機嫌が良くなるまで、朱波が謝り続けたというのは別の話。
☆★☆
廉が試験勉強を始めると言いだし、二週間経過(試験まであと二週間)。
「頭痛い」
「苦手克服は今のうち、だろ?」
「う~」
立場が逆転したせいか、廉が余裕の笑みを浮かべていた。
それを恨めしそうに朱波が見上げる。
「ところで廉」
「何だ?」
詩音が尋ねる。
「その眼鏡、どうしたの」
詩音の言う通り、廉は今、眼鏡を掛けている。
「ああ。知ってるか知らないか分からんが、俺は授業とか勉強する時は眼鏡を掛けるぞ」
「そういや、結理も掛けてたよね」
廉の言葉に、朱波も思い出したかのように言う。
「でも、先週やってなかったよね?」
「この前の休みに、向こうからの荷物漁ってたら出てきたんだよ」
首を傾げる詩音に、廉はやや不機嫌そうに言う。
「目、悪かったっけ?」
「あー、もういいから、勉強続けろ」
そんなに悪くなかったでしょ、と朱波は言うが、これ以上触れてほしくないのか、無理やり方向転換させる。
「ふーん、なるほどねー」
「何だよ」
「何でもないよー?」
一人納得する朱波に尋ねる廉だが、スルーされる。
「もしかして、ペアということですか?」
「シルフィアさん? それについては後で答えますので、少し待ってください」
何か勘違いしてると気付いた廉はシルフィアに言うがーー
「いえ、レン様。安心してください。私は他言しませんから」
「いや、本当に何を勘違いしてるの!? つか、ペアでも何でもねーよ?」
それを聞いた朱波が舌打ちしたのを、廉は見逃さなかった。
「朱波。お前にも言っておくが、違うからな」
「な、何で私?」
わざとらしく首を傾げる朱波に、廉はジト目で見る。
「何か期待していたようだが、何も起こらんからな」
「べ、別に何も期待してないよ」
目を逸らす朱波に溜め息を吐き、ならいいが、と廉は教科書を捲る。
「それじゃあ、勉強再開な」
廉のその言葉で、四人の勉強会は再開された。
☆★☆
廉が試験勉強を始めると言いだし、三週間経過(試験まであと一週間)。
「さて、ラストは詩音と姫様ね」
「え、私もですか!?」
朱波の言葉に、シルフィアが驚いたように言う。
「当たり前じゃない。姫様でも特別扱いはしません」
そう言う朱波を、シルフィアはキラキラと目を輝かせる。
「私、特別扱いしてもらわなかったの、これで二度目です」
首を傾げる三人に、シルフィアは言う。
「話しかけたりしても、王族だから、と皆さんは私に距離を置くんです。ですから……」
言いたいことは、何となく分かった。
王族だからと距離を置かれていたシルフィアは、ちゃんと級友たちと話したことはなかった。
話したとしても、敬語であり、王女としてのシルフィアと話していたのだ。
誰とも話せないよりはマシだが、シルフィアとしては、学生であり、級友の一人として見てほしかった。
「ですから、私は今、凄く楽しいです」
笑顔で言うシルフィアに三人は笑みを浮かべる。
「なら、一緒に試験勉強頑張ろう。フィア」
「はい!」
廉の言葉に、シルフィアは頷いた。
☆★☆
試験勉強をする面々だが、ふとシルフィアが顔を上げる。
「あの……」
「何?」
話し掛ければ、三人の視線はシルフィアに向けられる。
「今更なのですが、実技試験はありませんよ?」
「……え、無いの?」
三人が一斉に固まる。
はい、とシルフィアは説明する。
「今回の試験は中間試験といいまして、実技試験があるのは、その後の期末試験で……その、中間試験は筆記試験だけなのです」
「うん、そうだよね」
それを聞いた三人は頷く。
試験範囲を聞いた時点で、予想はしていた。
たとえ実技試験があったとしても、不合格にならない自信だけはあった。
(まあ、合格できる自信もないが)
ここは異世界であり、魔法や剣が存在する。
どのくらいで合格・不合格が決まるのかは分からないが、自分たちの魔力量なら、魔法の実技試験で不合格だけは免れられそうだと、廉は思う。
朱波には精霊たちがいるし、詩音にも似たようなモノがいる。
「あ、知っていたのなら申し訳ありません。忘れてください」
「いや、姫様は悪くないよ。それに、言ってくれなかったら、苦手克服が終わり次第、魔法の練習とかやるつもりだったし」
「付け焼き刃でも、やらないよりはマシ」
謝るシルフィアに、朱波は首を横に振り、詩音も頷く。
「でも、魔法の試験は期末までお預けかー」
残念、と朱波は肩を落とす。
魔法や剣の試験方法が気になっていたが、中間でやらないのなら仕方がない。
「じゃあ、勉強始めよう」
詩音の言葉に、二人の苦手克服が始まった。
☆★☆
三日後。
「終わったー」
伸びをする朱波に、廉と詩音が呆れた目をし、シルフィアは苦笑いした。
「やったのは詩音と姫様であって、お前じゃないだろ」
「別にいいじゃない。頭使って、疲れてるのは事実だし」
廉の言葉に、朱波は教科書などを片付けながら言う。
「後は本番を待つだけ、か」
廉は窓の外に目を向けた。
☆★☆
試験当日。
「うわ、何か緊張してきた」
「何を今更」
廉の言葉に、呆れたように朱波が返す。
あれだけ試験勉強をしておいて、今更何言ってんの、と言っていた。
「全員、席に着けー」
担任教師が教室に入り、そう言ったため、席から離れていたクラスメートたちは、席に着くために移動を始める。
他のクラスの者たちも、自分のクラスに戻るために、教室の出入り口に移動する。
「それじゃ、各々頑張ろうね」
朱波もポニーテールを揺らしながら、席に戻る。
「何かあいつ、ピリピリしてないか?」
「朱波も人のこと言えないよね。自分だって緊張してるくせに」
そんな朱波を見ながら、二人は話す。
「お前は余裕そうだな。詩音」
そう? と首を傾げる詩音に、廉は言う。
「少なくとも、緊張しているようには見えない」
「かもね」
そう言うと、詩音も自分の席に戻った。
廉はちらりとシルフィアの方を見る。
彼女はギリギリまで教科書やノートに目を向けており、廉たちと会話はしていなかった。
生徒たちが着席したのを見た担任教師は頷き、教科書などをしまわせる。
再度それを確認した担任教師は、名前の書き忘れなどしないように、と注意事項を告げ、試験用紙を配り始める。
そして、試験は始まった。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
気分を害された方、申し訳ありませんでした
今回、中間試験の話というよりは、試験勉強の話でした
次回も引き続き学院側の話
さて、四人の試験の結果は……?
それでは、また次回




