第八十六話:報告と護り手
――翌日。
「ユーリ様。昨晩はご苦労様でした」
「お礼はいいよ。それより眠いから、少し寝かせて……」
「は、はい」
学院で机に伏せていた結理に、登校してきたシルフィアが声を掛けるのだが、そんな彼女に対し、結理は片手を上げてゆらゆらと揺らす。
疲れによるものなのか、寝不足なのか。はたまたその両方なのかは分からないが、とりあえず疲れているように見えるので、今はそっとしておくことにした。
だが、それだけで終わらせないのが幼馴染である。
「結理、起きたら報告な」
「分かってる~」
廉に対しても、これである。
一応、上の方用の報告書も作成してはあるが、自分から報告するのであれば、シルフィアを通した方が早いことは結理にも分かってるので、とりあえず体力等回復させてからの方が得策だと判断してのことだし、だからこそ、廉も『起きたら』と言ったのだろう。
――あいつらのアジト、見つけて潰すなりしないととなぁ……
本来の仕事をせずに、頼まれたからと他の人の護衛に入り続けるわけにもいかない。
もしそうなれば、担当の護衛騎士たちもいい気はしないだろうし、何より、また同じようなことがあっても面倒である。
さて、どうするべきか――結理は、意識を少しだけ沈ませつつ、その事を考えるのだった。
☆★☆
さて、本日の日程をすべて終え、一行は登城していた。
何故、登城したかというと、報告なり話すなりするのなら、ここで話した方が良いと判断したからである。
そして、どこで誰が聞いているのか分からない上に、一報告だけのために謁見の間などを使うわけにはいかないため、シルフィアの執務室で報告することになったのだが――
「暗殺者に殺し屋がいましたよ」
まるで二人だったかのように言っているが、正しくは一人であったし、どちらかと言えば彼は暗殺者であって、殺し屋ではない。
けれど、王族を害しに来ていることには変わりないので、あくまで二人居たかのように結理は話す。
「そりゃそうだろ」
そもそも、そんな奴らはいなかったらいなかったで良いのだが、来る可能性があったから結理が駆り出されたのだし、現状、廉たちの中で実力が高いのは彼女である。
「そんで、軽く脅しといた」
「そうか……」
にっこりしながら物騒なことを口にする結理に、廉は顔を引きつらせ、シルフィアは見ていた報告書から目を離したかと思えば、彼女に戸惑いの目を向ける。
どこの世界に、暗殺者や殺し屋を脅す奴がいるのだ。
「ところで姫様」
「何ですか?」
「『護り手』って何よ」
「えっ」
思いも寄らない問いだったのか、結理の口から出てくると思わなかったのか。
シルフィアは数回瞬きをすると、「あー……」と視線を再度手元の紙に向ける。
「暗殺者たちは知ってたみたいだけど」
「えっと、その……」
何と説明したものか。
「……王族のみの秘密なら、別に答えなくて良いけど」
シルフィアが言い淀んでいるのを見て、結理はそう判断したらしい。
「あ、そういうことは無いです。はい」
本当に、王族のみの秘密とかではない。
ただ、何と言ったら良いのか、悩んでるだけで。
「えっと、『護り手』とは、簡潔に言ってしまえば、専属護衛のことだと思います」
シルフィアの言い回しに、面々は彼女に目を向ける。
「思います、と言ったのは、彼らと私たち王族側でその認識が違う可能性もあるから、というのもあります」
「なるほどね」
同じ言葉でも、意味が違うことなんてたくさんある。
「私たち王族側で『護り手』というのは、先程も言った通り、専属護衛の意味合いが大きいです」
「ん? 近衛とかとは違うのか?」
「否定はしません。彼らも護衛といえば護衛ですが、担当する者や出来ることが違いますから」
うん? となった面々に、シルフィアは説明していく。
「近衛は、基本的に王族である私たちを守るのが仕事です。それが私たちの公務だろうが、プライベートだろうが関係なく」
「だろうね」
「ですが、その者が怪我や大病、冠婚葬祭のような諸事情などで隊自体を離れることとなれば変わらざるを得なくなります」
分かりやすく言うのなら、担当しているのが女騎士であれば、結婚とかで隊を離れざるを得なくなる――というようなことだろう。たとえ、その人物が五体満足であっても。
そして、いなくなった分の穴埋めをするかのように、新たな人物が配置され、担当となる。
「……なるほどね。つまり、ずっと同じ人間が担当するか、担当する人間が変わるかの違いって考えていいのね?」
「その認識でいいと思います。護り手も似たようなものですが、彼らが『護る』のは、近衛ですら届かない部分も含めてですから」
朱波が纏めてみるものの、次のシルフィアの言葉に「アレ?」と不思議そうにし、彼女も彼女で何て言ったらいいか困っているのか、唸ってる。
「えっと多分、もっと分かりやすく言うのなら、アケハ様とユーリ様のような関係と言いますか……」
「よし、把握」
先程言っていた『近衛が届かない部分』というのは、精神的な面のことだろう。
(けど、だ)
シルフィアの言葉に当てはめるのであれば、結理は朱波の『護り手』であって、クラウスの『護り手』になったつもりはない。
「てっきり私は、護衛だとか守護者的な意味合いで使われてると思ったから、否定しなかったけど、次会ったら、否定しておくべきかな?」
「そうですね。ユーリ様は私が頼んだだけですし、明確なる『護り手』かと聞かれたら、少し違いますし」
シルフィアとしても、否定しても構わないらしい。
「じゃあ、そうしておくよ」
けど、と結理は告げる。
「さすがに、やり過ぎなようなら容赦なく叩くけど」
「……やり過ぎないでくださいね?」
シルフィアもシルフィアで止めるつもりは無いのか、その言葉だけで、結理の性格が分かってきたんだな、と廉たちは察した。
「ところでさ、ずっと疑問に思ってたんだけど……」
それは、一番の問題点。
「仮にも王様の居城なのに、侵入させ過ぎじゃない?」
「それは私も思ってた。王城も王宮も、王族が生活する場所だというのに、こんなにほいほい侵入されるのもどうかと思うけど?」
仮にもお嬢様である朱波も疑問に思ったらしい。
実際、一度でも命が狙われるようなことがあれば、少しの間は警戒するはずだ。けれど、それがない。
「実は何かを探してて、うっかり王族に見つかったから、口封じ……とかか?」
「だったら、時間も掛けず、毒とか使わずに瞬殺してるはずだよ。私が相手したのは、気弱そうでも腕は良さそうだし」
「んー? それじゃ王族を殺したら、城とかに侵入しにくくなるから、殺さなかった?」
「殺されなかったから、次も殺しに来ないとか、危機感無さすぎでしょ。第一、そんな保証なんて無いし、侵入対策してないのであれば、『どうぞ入ってください』って言ってるようなものだし」
大翔や詩音の考えを否定しつつも、結理もその頭を回転させる。
「……内通者、いるよな?」
「だろうね。そうじゃなきゃ、一発で王族のいる部屋に来れるはずがないし」
「……ん? 一発って何で分かる」
結理の言い回しで、棗が疑問を口にする。
「だって、廊下からではなく窓から来てましたし、隣とかで窓ガラスが割れるような音もしなければ、他の部屋が間違って入られた形跡もない。だったら、最初から侵入して害するのが目的だって想像できるじゃないですか」
「まあなぁ……」
「それに、明かりも点いてないのに、何でそこが王族の部屋なのか分かる方法なんて限られてますし」
それこそ、廉が言ったように内通者でもいない限りは。
「結局、彼らの目的は不明。分かったのは、彼らが私たち王族の命を狙っていることの確定と内通者の浮上、ですか……」
シルフィアが悩ましげに告げる。
「まあ、何だ。どうにかするだろう。結理が」
「おい」
分かりやすいほどの人任せに、結理が声を上げる。
「あのね、私の手だけに届かなくなった時に駆り出されるの、廉たちなんだからね?」
「特に廉は引っ張っていかれるだろうな。『勇者』だし」
「『勇者』だしなぁ」
「『勇者』だしねぇ」
結理の言葉に続くかのように告げられた大翔の言葉に、棗や朱波が続く。
だがその隣で、結理の様子に気づいた詩音がこっそり声を掛ける。
「何かあった?」
「いや、そもそも何で今になって王族を狙う必要があったのかな、って考えただけだよ」
単なる派閥争いなら、第一王子派と第二王子派を主に繰り広げているはずだ。
それなのに、第三王子であるクラウスが襲われている。
上二人を押し退けて、彼が王座に――なんて可能性を考えない輩がいないとも思えないが、実際は第一王子が王太子ではあるから、わざわざクラウスまで襲う必要は無いと思うのだが――
「相手の目的が、権力を得るためと仮定したとしても、王太子が決まってるこの状況で動く意味が分からない。そもそも、自陣の主を王にしたければ、確定する前に動けば良いだけだし」
「それもそっか」
「意外と、知られて困るようなことを知られたから、話される前に口封じしておこうと思ったとか?」
「んー……」
結理の推測に詩音が納得していれば、からかわれるのが終わったのか、今度は廉が予想を口にする。
それでも納得できなくはないが、だったら城を出ているとき等に襲撃するなどすればいいのに、こんな分かりやすい方法で来るのか? と疑問が残る。
「止めよう」
「そうだな。面倒なことは大人たちに任せよう」
その大人たちの一部の思惑に巻き込まれた形ではあるが、そもそも廉たちがあれこれ口を出す理由も無い。
「というわけで、報告はお願いしますね。姫様」
「はい、任されました」
これで、何らかの進展があれば有り難いのだが、正直あれだけの情報だけでは、進展も何もないだろう。
そして、少ししてから部屋を出る。
「結理。変なこと、考えるなよ」
「変なことなんて、考えてないよ。私は私がやるべき事で手一杯だし、何より、私は一人しかいないしね」
こっそりと、小声で廉が結理に注意するかのように声を掛ける。
その言葉に、結理はそう返すが、正直その『やるべき事』の中に『暗殺者たちをどうにかする』が入っていないとも言えない。そのための注意だったりするんだが、結理に伝わっているのか、いないのか。
「そんなに心配しないでよ。さすがに、自分の手に負えなかったら、ちゃんと言うからさ」
「いや、負えなくなる前に言えよ。それぐらい予想できるだろ」
「廉、この子に何言っても無駄だから。私が言っても止めないんだし」
ねえ、と朱波に目を向けられ、結理はあはは、とわざとらしい声を上げて笑う。
「でも、本当に出来る範囲でのことしかしないよ?」
それは、多分本当のことなんだろう。
だが、それ以上に結理が無茶する人間だと言うことも、廉たちは分かっている。
「私は死にませんよ? 帰るまでは、ね」
そう笑顔を浮かべて言う結理に、付き合いの長い面々は仕方がないと言いたげに息を吐く。
「帰るのはみんなで、だからね。結理が欠けたら意味が無いんだから」
「お嬢様のご命令なら、頑張らさせていただきます」
「ふざけない」
茶化す結理に、朱波がチョップを返したためか、彼女から「あう」と声が洩れる。
そうこうしている間に、城の出入り口に着いたらしい。
そして、担当の騎士たちに軽く挨拶して、城を出る。
「一応ね、私は面倒事担当だからさ」
「……」
「とりあえず、必要そうな調査とかは引き受けるから」
「……それは独り言か? それとも、みんなに聞こえるように言ってるのか?」
どこかわざとらしさを含むような言い方をしていたがために、棗が尋ねるが、結理は肩を竦める。
「適材適所ってやつですよ、先輩」
「だからって、使い物にならなくなったら意味ないだろ」
「ならなくなったら、ならなくなった時です」
まだ、その時じゃないですけどね――そう言いたげに、結理はにやりと笑みを浮かべる。
そんな結理の反応に、相手をするのを諦めたのか、止めたのか。棗は肩を竦めるだけに留めるのだが、その反応で何となく察したのか、結理も特に何も言わずに、面々と歩いていく。
そして、学院に着くまでの馬車内でも、一行は珍しく口数少なく過ごすことになるのであった。




