第八十話:もうすぐ誕生日Ⅲ(生まれてきてくれた貴方に、パーティーを・前編)
大丈夫、大丈夫と自分にも周囲にも、何度も言い聞かせる。
だって、どれだけ遅くなろうと、必ず助けに来てくれることは分かっているから。
だから、私に出来ることは、それまで頑張ること。
正直、弱音は吐きたくなるけど、自分より小さい子も居るんだから、そんなことを言ってはいられない。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんのお友達が、絶対に助けに来てくれるから」
だからーーみんな、早く私を見つけて。
☆★☆
「去年出来なかったからって、気合い入れるのはまだ良いが、変なものだけは渡してくるなよ」
「……」
それは一体何の忠告なのかを問いたくなるものではあったのだが、それを告げられた結理はそっと眼を逸らせば、その意味が分からないほどに付き合いの短くない廉がすぐさま切り込む。
「当たりか。当たりなのか」
「別にプレゼントが入らなかったり、気に入らなかったりしても、妥協して受け取ってもらえない?」
「妥協と来たか」
確かに妥協が必要なものや時もあるが、選ぶ向こう側が妥協するならともかく、貰うこちら側が妥協しなければならない物とは、一体何なのだろうか。
「あ、姫様だ。おーい」
そんな廉の追撃を躱すかのように、こちらに向かって歩いてくるシルフィアの存在に気づいた結理が、わざとらしく声を上げる。
「お二人揃ってどうしたんですか?」
「いや、結理がプレゼントを貰う方に、妥協してもらわないといけないものを贈ろうとしているらしいから止めていた」
あっさりとシルフィアにバラす廉に、結理はこっそり逃げようとするが、案の定というべきか捕まってしまう。
その間、ノールックの襟足部分の襟を掴んでの確保だったために、もう完全に手慣れているとしか言いようがない。
「ユーリ様、お相手が渡されて困るようなものを渡すのはどうかと思いますよ?」
「だ、大丈夫だし! 迷惑になるどころか役立つものだし!」
さすがにシルフィアにまで言われて、「多分」と付け加えないながらも結理は反論するが、目線はやはりおかしくて。
「何を渡す気なんだ、お前は。もういっそのこと、ここで何を渡すのか吐いてしまえ」
「いーやーでーすー。絶対にみんなにバレる流れじゃないですかー!」
ギャーギャーと騒ぐ二人に、シルフィアは困惑の表情を浮かべる。
もしここに朱波たちが居れば、放置か加わるかの二択なのだろうが、話の内容的に今回は後者になることだろう。
(でもーー)
もし結理が考えているプレゼントが、廉たちを思っての物だとすれば、それを無理やり聞き出すのはどうなのか。
「レン様。とりあえず、皆さんの元へと向かいませんか?」
「けどなぁ……」
「ユーリ様のことですから、レン様たちに何か悪いことや災いになるような物を渡そうとするとは思えませんし」
廉とて頭から否定したいわけではないのだ。
「フィアの気持ちは分かった。けどなぁ……」
「……?」
廉の呆れた目線に、不思議そうな表情をしたシルフィアが彼の視線を追っていけば、そこにあったのは顔を覆ってその場に蹲る結理の姿。
「えっと……?」
「安心しろ。きっと、フィアの言葉に耐えきれなくなっただけだから」
彼女はどうしたのかを視線で問うシルフィアに、廉はそう返す。
結理のこんな姿は、今までも何度も見てきたはずだが、どうしても慣れないーーはずだったのだが。それでも、以前よりは落ち着いているのを見ると、慣れてきたということなのだろうか。
そして、その当の本人はというと、「ヤバい、ヤバいよ……そのつもりではあったけど……ううっ」と呟いていた。
「ほら、結理。みんなのところに行くぞー」
廉が声を掛ければ、結理が顔を上げて、スッと立ち上がる。
「うん、今行くよ」
☆★☆
さて、時間も場所も変わって、城下町。
それぞれが忘れているのか、それとも単に現実逃避したいだけなのかは横に置いておくとして。
廉は現在、単独行動中である。
「さて、どうするか……」
せっかくの休みだというのに、登城禁止命令が出されているお陰で、城にも入れないーー否、入ろうと思えば入れるのだが、うっかりでもパーティー会場としている部屋に入られてみろ。完成してもない会場を見られると、用意した方も用意された方も気まずくてしょうがない。その対策としての、登城禁止命令である。
かといって、中間試験も終わったということもあり、期末試験に向けての勉強を早くも行いたいわけでもない。
しかも、プレゼント交換はパーティー当日に行うことになっているので、大翔に誕生日プレゼントを渡しに行くことすら出来ないでいた。
「ギルドにでも顔を出すかー」
討伐依頼を受けるとなれば、結理辺りが居れば可能ではあるが、今回は廉一人。
採取系でも受けて、一人のんびりと過ごそうかと、廉は考える。
「そういや、こうやってのんびりするのも久々か」
異世界に来てからというもの、離れ離れになったり、いろいろとありすぎて、あまり休めた気がしなかったのだが。自分一人でのんびりとするのは、元の世界以来ではないのだろうか。
そんな時だった。とある店の前を通り過ぎーーようとして、足を止める。
「これって……」
☆★☆
「料理はどんな感じですか?」
「んー。あと、もうちょい」
料理担当組の様子を見に来たのだろうシルフィアの声に、朱波がそう返す。
「飾り付けはどんな感じ?」
「ほぼ終わりですね。シオン様が最終確認していますから、何も問題なければ、それまでです」
「そっか」
シルフィアとはそう話しながらも、その手が止まることはない。
「結理、ケーキはどう?」
「ちょっと待って。あと少しで焼き上がるから、そろそろデコレーションの準備始めておいて」
「もうしてあるわよ。冷蔵庫から取り出すのは、焼けてからでも間に合うし」
オーブンの前でケーキのスポンジが焼き上がるのを今か今かと待ち構えている結理に、朱波はそう返す。
結局、開始時間ギリギリになりそうではあるが、冷めたりするよりは幾分かマシである。
「うし、焼けた!」
「火傷には気を付けてよー?」
「分かってます!」
ここで何かあれば、これまでの時間が全て水の泡である。
故に、結理としても、失敗はしたくなかった。
「それじゃ、お願い。私は冷蔵庫から取り出してくるから」
「はいはい」
さっさと行ってこいと言わんばかりの朱波に、結理も特に何かを返すことなく、冷蔵庫へと取りに行く。
「手慣れてますね」
シルフィアが朱波の手元を見ながら、感嘆の声を上げる。
「まあ、私の誕生日以外は、私が作ってるからね。その代わり、結理が飾り製作してくれてるけど」
だからこそ、自分たちの誕生日以外は負担が少なくて済んでいる。
スポンジの側面にクリームを塗り終われば、デコレーション作業に移る。
「わぁっ、可愛いですね」
「割とそっくりでしょ」
結理が冷蔵庫から取り出して持ってきたものーーマジパンや砂糖菓子で出来た、それぞれ特徴を掴んでいるデフォルメされた廉たちに、シルフィアが目を輝かせる。
頑張りました、と言いたげな結理に、朱波が尋ねる。
「それで、これはどう飾り付けするの?」
「やや向かい合うようにしようか。土台が割と大きいから、他に乗せられないなんてことも無いだろうし」
「それもそうね」
方向性さえ決まれば、後は手際よく飾っていくのみである。
「……よし、ケーキも完成」
「みんなの反応が楽しみだから、姫様も内緒ね」
人差し指を口元に当てながらそう言った結理に、シルフィアも頷く。
シルフィアとて、面々が驚くところは見てみたい。
「まあ、クリスマスとかのイベントを除けば、割と豪華な方だから珍しそうにはされるでしょ」
「今回に関しては珍しがられるよりも、驚いてほしいところだけどね」
何かの記念となる年と言うわけではないが、せっかく去年祝えなかった分も祝うのだ。少しばかり豪華にしたところで、文句は言われないはずだ。
「さて、それじゃ」
「私たちもプレゼント持って、会場に集合しましょうか」
そう話し合うと、二人はケーキを冷蔵庫にしまい、プレゼントを取りに行くために一度部屋に戻る。
廉たちにも、それぞれ時間と場所は伝えてあるので、そんなに遅れてくることはないはずだ。
「……結局、間に合わなかったから、完全に別物になっちゃったけど、まあ仕方ないよね」
もう少し時間があれば良かったのだが、間に合わなかったのだから仕方がない。
「たとえ別物になったところで、あのお二人なら喜んで受け取ってくれるのでは?」
「それなら、良いんだけどねぇ」
いつの間に出てきたのか、ノワールの言葉に結理はそう返すが、廉が心配していたのを知っているので、どんな反応をされるのか、正直不安でしかない。
(まあ、大丈夫だと思うんですがね)
ノワールにしてみれば、廉たちは主の友人ではあるのだが、その主である結理が抱いているのが友人故の心配なのかまでは、はっきりと分からない。
それでもきっと、結理からのプレゼントを無下にすることは無いだろうから。
「それじゃあ、もしいらないなんて言われたら、僕があの二人をぶん殴りますよ」
「でも、その前に私が止めるから、それは無駄だし、無理だろうね」
「だったら、弱気になるのだけは止めてください」
「弱気になるのと、不安になるのは別物だと思うけどね」
それでも、彼と話していて少しばかりは不安が薄れた気もするだろうから。
「ーー大丈夫。きっと、あの二人なら役立ててくれるはずだから」
たとえ、喜んでもらえなくても、何かの役には立つはずだから。
「それじゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
そう言って、召喚札に戻るノワールに対し、結理も結理で会場に向かうために、部屋を出る。
「まだ時間はあるんだし……魔王退治の対策ぐらい、許されるよね」
誰が好き好んで、死にに行かなければならないのだ。
だったら、その対策ぐらいーー許してもらわなければ、気が済まない。
たとえ、それがこの世界で信仰されている女神たちと敵対することになったとしても、結理は仲間たちが死ぬのだけは見過ごせないから。
「私も召喚されたからには、下手なことはさせないよーー女神様」




