第七十四話:それぞれの違い
「もうすぐ中間試験ねー」
「そうだな」
のんびりしたような口調で朱波が告げ、図書館から借りてきた本に目を通しながら、廉が答える。
試験予定日が予想できるから、少しばかり余裕を持ってこんな話も出来るーーとは言ってみたものの、出される課題などがあるため、本当ならこんなにのんびりしているわけにもいかなかったりするのだが。
「みんな勉強してる?」
「してないなんて言ったら、何か殴られそうだが、まだしてないな」
「私たちの場合は、一夜漬けでも大丈夫な派と前々からやる派に分かれるからね」
廉と同じように、本に目を通しながら詩音が言う。
「つか、何読んでんだよ」
「ん? ああ、こういうやつ」
読んでいた部分に栞を挟んで、廉が大翔たちに見せる。
「また分厚いやつを借りたな」
「それ、前編。同じ分厚さの後編があるから、本当に暇潰し用の本だから」
廉から見せられた本を見ながら大翔が言うが、結理がまさかの情報を投下する。
「何でそんな本が、一学校の図書館にあるんだよ……」
「そんなこと、私に聞かないでよ」
結理が何でもかんでも知ってると思ったら、大間違いである。
「シオン様は何を読まれているのですか?」
「知りたい?」
「え? ええ……」
詩音の見ていた本も気になったのか、シルフィアが尋ねるが、勿体振るような、言っても良いの? と聞かれているような気がしながらも、彼女は頷く。
「『世界心霊・怪奇図鑑』。この世界で起こったであろう不思議な出来事とかを纏めた本」
「……」
何と言って、返せば良いのだろうか。
「こらこらこら。結理、自分で図書館の利用方法とかを教えておいて、逃げ出そうとするのは良くないぞー」
「離せ、廉。私、本当にそういうのが駄目なことぐらい、知ってるでしょ? いくら神職の詩音が一緒でも、駄目なものは駄目なの!」
「結理。私、神職と違うから」
そっと席を立った結理に目聡く気付いた廉が、彼女が逃げ出さないように首根っこを捕まえるが、離せと訴える結理の言い分を聞いた詩音が、即座に突っ込む。
「や、みんな」
「はーなーせー」
「……」
そして、そこにウィルたちもやってくるのだが、何やらじゃれあっているように見える廉たちに、思わず『何やってんの?』と言いたげな目を向けてしまった彼らは悪くない。
「とりあえず、離してあげたら? 何か苦しそうだし」
ウィルの言葉もあってか、仕方無さそうに廉は手を離せば、結理も結理で特に何か言うこともなく、首元を一度緩め、リボンも結び直す。
「あらら」
そこで珍しそうに朱波が声を上げるが、彼女が声を上げた理由を理解したのは、彼女を含めて二人のみ。
「どうかしたか?」
「んー? 何でもないよ。ただ、珍しいこともあるもんだなぁって」
「……朱波」
そこで、朱波が自分のことを言っているのだと気づいたらしい結理が、彼女の名前を呼ぶ。
「はいはい、分かってるから」
それだけで通じてしまうほどに、彼女たちの付き合いは短くない。
「あの、シオン様。一体……」
「ん、秘密」
こっそりとシルフィアが聞いてみるが、詩音は口元に指を当てて、そう返す。
だが、そこで新たな爆弾が落とされる。
「ーーって言うか、そいつら誰?」
「知らん」
「……」
レイヤに聞かれたことで、結理が即答レベルで答える。
ただ、レイヤの疑問も尤もなことで、ウィルたちと話していたときに彼はその場にいなかったのだから、廉たちに彼らが誰なのかを聞くのは当たり前だったのだがーー聞いた人物が悪かった。
「レイヤは悪くないよ。単にちょっとしたいざこざみたいなのがあっただけだから」
「そう、なのか?」
詩音の説明に、レイヤは困惑した表情のまま、面々に目を向ける。
付き合いが約半年と数ヶ月となったレイヤではあるが、廉や結理たちの性格を把握していないわけではない。
そんな結理の機嫌を損ねたとは、一体何をしたのか、聞いてみたいところではある。
「ま、この子が何の前兆もなく、いきなり不機嫌になったりすることはあるから、いちいちその内容を気にしていたら、キリがないわよ」
朱波はそう言うが、された方は気分が良いものでは無いことだろう。最近ーーというか、先日知り合って、仲良くなり始めたと思ったら、目の前でこんなやりとりをされたのである。
随分と嫌われたなぁ、と内心では思いつつ、ウィルは苦笑するが、アクセルの方は顔を顰めている。
「それにしても、結理にここまでというか、拒否される奴、久しぶりに見たぞ」
「私も。まあ、拒否って言っていいのか、分からないけど」
「えっと、誰だっけ? あいつ。えーっと……」
無視はしてないようだから、完全に拒否状態であるとは言えないが、確か前にも居たよな、と廉は思い出そうとする。
「あいつって、白銀君のこと?」
「あー、そうだそうだ。白銀大和」
「誰ですか?」
思い出したと言いたげに言えば、シルフィアが首を傾げる。
元の世界の人で、廉たちの知り合いだっていうのは分かる。
だが、レイヤ同様に約半年間と数ヶ月で知った結理の性格からすると、彼女から拒否されるというのは、何か余っ程のことがあったのだろう。
「結理が避けるぐらい嫌われた、哀れな人」
「あれは、哀れとは言わないよ。『可哀想な人』って言うんだよ」
「あっははは。詩音に言われちゃ、あいつもおしまいね」
朱波と詩音が、そう話し合う。
今この場にいない彼には申し訳ないが、廉も朱波も詩音も彼が結理に何をしたのかを知っているため、味方するつもりはない。
第一ーー
「はいはい、もうその話は止めよう。気持ち悪くなりそう」
「いや、さすがに気持ち悪くはならないよ?」
少し言い過ぎなような気もするが、結理としては、嫌なことを思い出してしまうから、彼の話は聞きたくないのだろう。
「で、そいつら誰?」
「知らん」
「いや、答えないと無限ループに入るから答えれば良いじゃん」
「なら、本人たちから自己紹介してもらえば?」
「……」
「……」
あくまで、結理は答える気は無いらしい。
「まあ、正論よね。という訳で、再度自己紹介してもらえる?」
「良いよ。その代わり、君たちにもしてもらうから」
「良いわよ」
どうせ、こちらが蒔いた種なのだから。
「じゃあ、僕から改めまして。僕はウィルハイト・アースフィールド。まあ、前も言ったけど、ウィルかそれ以外なら好きなように呼んでもらって構わないから」
「俺はアクセル・ランバート。俺も好きなように呼んでもらって構わない」
二人の自己紹介を聞いて、家名の部分が追加されたことに、「おや?」と思う面々。
アクセルに関しては、ウィルが紹介するパターンではなく、彼自身が名乗っている。
「じゃあ、次は俺たちか。誰からする?」
「いつも通り、廉からで良いんじゃない?」
廉が確認するが、そこはもうお決まりのパターンであり、一種の様式美であるかのように、彼からすることとなる。
「じゃあ、俺から。俺は篠原廉だ。まあ、レンって呼んでくれ。クラスは同じ二年三組な」
「次はーー……私ね。私は東雲朱波。呼び方はアケハでも何でも好きなように呼んでね。クラスは二年二組よ」
朱波は確認を含んだ目で結理を見るが、視線で最後と告げられ、負けたかのように名乗る。
「次は私。笠鐘詩音。クラスは二年三組。次、先輩」
「おお、俺か。俺は日燈棗。クラスは朱波と同じ二年二組だ。ちなみに、六人の中だと十八で最年長な」
片手を上げて名乗った詩音からの指名を受けて、棗が続くように名乗る。
「先輩、今は最年長じゃないでしょ。朱波も私も十八ですから」
「ああ、そうだったな。……ん? そう、か……?」
非常に分かりにくいことだが、召喚なんてことがなければ、廉たちは高校二年生で十七歳、棗に関しては高校三年生で十八歳なのだが、それが召喚されたことで一年のずれ(棗にしてみれば、二年のずれ)が生じているのである。
この世界と元の世界とでどれだけの時差があるのかは分からないが、棗の誕生日が来ない限りは、全員同年代ということだ。まあ、棗が最年長であることには限らないが。
「次、俺で良いのか?」
「良いよ」
大翔の確認に、結理はどうぞと言わんばかりに手のひらを向ける。
「俺は天海大翔。クラスは二年二組。廉の親友だ」
「結理、次はお前だぞ」
廉に促され、結理は肩を竦める。
「鷹森結理。二年三組所属。以上」
「お前、もう少しこう……何か無いのか」
「無いよ。はい、次は姫様たちね」
「え、私もですか?」
結理の指名に、シルフィアがぎょっとする。
「無理にとは言わない」
「いえ、します。シルフィア・ウェザリアです。えっと、名前から分かる通り、この国の王女です。よろしくお願いします。では次は……」
「俺だな」
シルフィアの自己紹介が終わったことで、レイヤが名乗る。
「レイヤ・ミリヤードだ。所属は二年三組で、俺もクラスメイトだ。よろしく」
前回はその場に居なかったレイヤだが、下手に何かを付け加えること無く、自己紹介を終える。
「これで全員だよな?」
「ああ……」
また全員で一斉に自己紹介などしたくはないので、廉が確認するが、顔を見合わせた大翔と棗が何やら微妙な、歯切れが悪い返事を返す。
「何?」
そして、大翔たちから視線を向けられた結理が、顔を顰ませながら、何が言いたいと返す。
「ノワールたちはいいのか?」
「ああ、そういうこと……ま、別にいいでしょ。こんな所に喚びだしたら大惨事よ」
「まあ、確かにな」
結理が召喚可能としている召喚獣の中には、ドラゴンも居るのだ。下手に喚び出せば、パニックになりかねない。
というか、一度見せたユーゼンベルグたちはともかく、ノワールたちを本来の姿で喚び出したりしたら、完全にアウトだろう。白竜であるブランはともかく、黒竜であるノワールは邪竜と間違えられたり、間違って討伐されかねない。そして、その契約者にして、召喚者である結理にも何らかの火の粉が降り掛からないとも限らない。
かといって、シルフィアに頼んで箝口令とかを出してもらうというのも、何か違う。
「それに、うちの召喚獣たちを倒せるなら倒してみろってんのよ。まあ、倒せれば、の話だけどね」
うふふふ……と黒い笑みを向ける結理に、「あー……」と遠い目をする大翔と棗。
ノワールたちのことを知っているだけだけに、彼らとて下手なことは言えない。
「え、何。また召喚獣増やしたの?」
「増やしたんじゃねぇ。元から居たんだよ」
少なくとも、廉たちと合流する前からは。
朱波の疑問に大翔が返したことで、廉たちはそのことを察したらしい。
「……結理」
「元からスペック高いのに、何であんたは廉よりもあんた自身の戦力増やすのよ」
何か言いたげな廉に、朱波が溜め息混じりにそう告げる。
「何でって言われてもなぁ。あって困る訳じゃないし」
「……詩音」
「しょうがないよ。結理のとこは元からだから」
「どうしよう、通じない」と訴える朱波に、詩音がそう返す。
いつもなら、察してくれているだろう結理だが、今日は『外れの日』だったらしい。
それに、スペックの高さは何も結理だけではなく、兄弟姉妹揃って高いのだから、朱波の家である東雲家も彼女(たち)をバイト代まで払って雇ったりしているのだ。
「しお~ん」
「ん、よしよし」
抱きつく朱波に、詩音は彼女の頭を撫でるのだが、それを見ていた大翔が告げる。
「……東雲。平然とそういうことをやるから、お前にその気があると思われるんだよ」
「大翔が酷いこと言う」
悲しそうな顔をする朱波に、ふと思ったのか、棗が疑問を口にする。
「大翔の言い分はともかく、同じ『妹』の癖に、結理と朱波で相手への甘え方とか違うよな」
「そりゃあ、『上』が同い年か少し離れているかの差だろ。『下』にも居るかどうかも関係しているだろうが、一番の違いは環境じゃないか?」
「あー……」
言いたいことは、何となく分かる。
「ん? どういうこと?」
そこにウィルたちも加わるのだから、ますます状況はカオスな状況と化す。
「ああ、結理の兄弟姉妹にーー」
「……おい、こら。何勝手に話そうとしてるんだ」
説明しようとした廉の言葉を遮って結理が尋ねるが、暗に『人のプライベートを勝手に話すんじゃねぇ』と言っているように聞こえるのは気のせいか。
(第一、仕事のことにまで波及したらどうするんだ)
そのことを結理の視線から、こんなことを思っているんだろうな、と察した廉は視線を逸らす。
そこまで追及されないとは思うが、うっかり喋ってそちらの誘導するような真似をしてしまうことも否定できない。
まあ、そんなことを言っていたら、どんな話でもそのことを危惧しなくてはならなくなるのだが、当の雇い主(代理)が今もへらへら笑いながら自分の首を繋いでおいてくれているのだ。黙っておいて損はないはずだーーそう思いつつ、結理は「さて、どう話を逸らすのかね」と廉に視線を向けたまま、状況を見守る。
「あー……悪い。俺からは上手いこと説明できねぇわ」
誤魔化しがあるのは事実だが、結理たち鷹森家と朱波たち東雲家の繋がりをどう説明すれば良いのか、分からないのも事実なのだ。
本来なら、廉だけではなく、朱波や詩音も『幼馴染』としてカウントしても良いぐらいの付き合いはあるが、実際『幼馴染』として公言しているのは廉のみである。
ーーまあ、そこにどんな理由があり、たとえ公言できないような関係であろうと、自分たちに降りかかる『もの』を結理は排除していくのだろう。
そんな廉の言葉に、ウィルは仕方なさそうに笑みを浮かべているが、アクセルは顔を顰めた。
廉たちの話を聞けるとでも思っていたのかは分からないが、ただ、そのことに気づいたのか、結理が視線を彼に向け、視線が交わったのと同時に、二人の間で火花が散り始める。
ーー余程、知られたくないみたいだな。
ーー誰にだって、知られたくないことの一つや二つぐらいあるでしょ? たまたま話そうとしていたことが引っ掛かっただけですけど何か?
顔を引きつらせるなど、表情が変わるアクセルに対し、結理は終始笑みを浮かべたままである。
それが殊更空気の悪化に手助けしているのだから、さすがの朱波たちでも手出しは出来ない。
「うわぁ……」
「もう、さすがというか、何と言うか」
「ああ、結理の言いたいであろうことを視線だけで察した上に、こっそりと避難してきたな」
「……お前ら、それ、褒めてねぇからな?」
感心したように言う大翔と棗に、廉が即座に突っ込む。
「つか、あれ。どうにかしろよ。教室内の空気まで悪くなるぞ」
レイヤに促され、廉はそっと二人に目を向ける。
「視線で会話できるほどには、仲良くなったんだねぇ」
「は? 冗談だろ?」
「少しでもそう見えてるなら、眼科行ってきたら?」
ウィルの空気を読んでいないような発言に、それぞれが返すが、廉たちにとって、今のウィルの発言は内心拍手を送りたいレベルだった。
けれど、それ以上にーー
「皆さん、予鈴が鳴りました。授業の用意、しませんか?」
ここまでの流れを見ていながらも、笑みを浮かべ、王族としての圧倒的なオーラを放ちながらそう告げたシルフィアに、その場の面々は従わざるを得なかった。




