第七十三話:声を掛けて来たのは
大変長らくお待たせしました。
本日より、『ウェザリア王国物語~グラスノース編~』投稿再開いたします。
「こんにちは」
にっこりと笑みを浮かべながら挨拶をしてきたウィルに、いきなり話しかけられた廉たちは不思議そうな顔をしながらも、とりあえず返す。
「こ、こんにちは……?」
何というか、もの凄く他人行儀である。いや、事実、他人ではあるのだが。
「用が無いと来ちゃ行けない訳じゃないけど、一応聞くよ。どうしたの?」
朱波が尋ねる。
「いや、クラスメイトなわけだし、一度話しておこうかと」
今、ウィルはクラスメイトと言ったが、正確に言うのなら、朱波や大翔たちは隣のクラスの所属なため、クラスメイトというのは間違いである。
もちろん、それが分かっていながら、誰も指摘しないのだが。
「そう。まあ、今じゃなくとも、これから少しずつ話すことになると思うけど?」
「確かにね」
話さないといけないとか、何らかの制限がない限り、互いに無理して話す必要はないのだ。
「まあ、僕たちが話したいから、声を掛けてみたんだけど……邪魔だった?」
「いや、別に邪魔じゃないし、そっちが声を掛けなきゃ、こっちから声を掛けて話そうとも思わなかったと思うぞ」
別にいつもの癖で集まっているような部分もあるので、そこに今さら二~三人増えたところで、さほど変わらない。
「ああ、僕はウィルハイト。ウィルで良いよ。で、こっちはアクセル」
「まあ、よろしく」
二人が名乗ったことから、廉たちも名乗る。
「俺は篠原廉。まあ、レンでいいよ。みんな、そう呼んでるし」
「東雲朱波。朱波って名前で呼んでくれて良いから」
「笠鐘詩音。私はクラスメイト。あと、詩音でいい」
詩音の自己紹介について苦笑しつつ、大翔たちも続く。
「天海大翔だ。大翔でいいぞ」
「日燈棗。一応、こいつらの中じゃ、最年長だ」
「鷹森結理。分かっていると思うけど、私もクラスメイト。ユーリでいい」
「あ、シルフィア・ウェザリアと言います」
「よろしく」
それぞれの自己紹介に、ウィルが笑みを浮かべる。
「それで、何を話してたの?」
「くだらないことだよ。流行りのものとか、もうすぐ試験だとか」
本当に、廉たちが話していたのは、その程度のことで、誰がどの順位になるのかっていう予想もしていたぐらいだ。
「ああ、もうすぐだよね。中間試験」
「だから、勉強会でもするか、って話してた。各教科の授業内容も難しくなってるしな」
事実、廉たちは高校一年生で習うような内容なら問題ないのだが、元の世界で高校二年生が習うような内容は受けてないため、難しくなってることは理解しているが、理解度とは別に、習熟や熟考などのレベル的にはこれから受ける面々とさほど変わらないのだ。
「なるほどね。その勉強会って、僕たちも参加して良いかな? やるのなら、だけど」
「別に構わないけど、得意教科だけは言ってもらわないと。主に教える側に回ってもらうことになるから」
結理はそう言うが、廉たちの場合、異世界転移組ーーつまり、廉たち六人ーーは歴史に関しては現在進行形で勉強中なので、基本的に現地人であるシルフィアとレイヤが教えている状態である(一回、結理が教科書などを頼りに年表を作ったりもしたが、あやふやな所もあったので、空白期間として空欄になっている)。
「そういうことなら、ウィルに教えてもらわない方がいい。どちらかといえば天才寄りなせいで、教えるのが下手だから」
「アクセル!?」
「ああ、大丈夫。こっちにも一人居るから」
アクセルの思わぬ言葉に声を上げるウィルだが、それを無視して朱波が結理を一瞥して言う。
ちなみに、結理は教え方が下手なのではなく、感覚が微妙にズレているだけである。
「とりあえず、予定が決まったら、お前たちにも連絡するから」
「ああ、待ってるよ」
同じクラスだから、たとえ何らかの用事が出来たとしても、同級生組が伝えれば問題ないだろう。
「ーーそれで」
「え?」
「随分前から私たちの方を見ていた気がするんだけど、私の気のせい?」
「……」
「結理?」
結理の問いに、ウィルは笑みを浮かべ、アクセルは目を伏せ、廉たちは不思議そうな顔をする。
「違うなら違うで良いんだけど」
もし、彼らでないのなら、結理は気のせいや自意識過剰で済ませるだけだ。
でも、相手は違ったらしい。
「いや、間違ってはないよ。見ていたのも事実だし」
自身の行動を認めるかのように告げたウィルに、その場の全員が驚きを露にする。
「……まさかの肯定と来たか」
「つか、何で正直に言ったんだ? 結理の気のせいで済ませられただろうに」
棗の言い分も尤もであり、知らぬ振りも出来たはずなのだ。
「まあ、特に隠す必要もないのと、後は個人的な事情かな」
「……」
正直、その個人的な事情とやらが気にならない訳ではないが、それが地雷とかだったら、目も当てられない。
「私たちの中の誰かへの興味とかならまだしも、感情的なことだったら、お断りしたいんだけど?」
好意を向けられて悪い気はしないが、何分他人からの視線に敏感な人物が約一名居るので、一度そう言って関わり方を変えるしかない。
「興味半分、感情半分、かな」
「それはまた……」
何と言えば良いのやら。
「正直に言うと、アクセルと似たようなタイプの人が居るって聞いたから、一度ぐらい話してみたかったんだよね」
ウィルの告白に、全員の視線が結理に向く。
昨日もその話をしていた上に、ここまで言われて、彼らの目的の人物が彼女でないことなど、誰が想像できるというのか。
「……私か」
「この中で、あんたほどの情報収集能力を持つ人なんて、他にいないでしょうに」
珍しく、自分のことを言われているのだと気づいたらしい結理に、朱波が呆れた目を向ける。
「いや、ごく稀だけど、私たちを口実に、姫様に近付きたいって人がいるじゃん」
「それは否定しないけど、この人たちの目的は、間違いなくあんたよ。結理」
王女であるシルフィアに少しでも近付きたいがために、側に居る廉たちを利用してまで近付く輩は確かにいるが、その場合はシルフィアは廉たちを利用したことで拒絶するし、女性陣が口撃し、それでも駄目なら、男性陣が武力解決するというのが、お決まりのパターンとなりつつある(というか、男性陣の武力解決は、結理がヤバい空気を放ち、朱波辺りがゴーサインを出しかねないので、そのための措置とも言えたりする)。
「それで、話したかったっていうのが、本題?」
「いや、本題はそれが本当かどうかの確認、かな」
ウィルの返事に、結理は笑みを浮かべる。
「なら、その確認は出来た?」
「うん。出来たと言えば出来たけどーー」
ウィルは、一度そこで区切る。
「確証を得るためにも、情報収集対決をしてみようか」
「は?」
「何を言い出すんだ。いきなり……」
結理だけではなく、特に口を出さずに状況を見守っていたアクセルも顔を顰める。
「話を聞いたり、みんなの反応を見る限り、君も情報収集が得意なんだよね? なら、アクセルと勝負してみない?」
「嫌です」
笑みを浮かべるウィルを気にした様子もなく、結理は返す。
(即答か)
内心そう思いつつ、結理の即答っぷりにそれぞれの反応はバラバラである。
結理の反応に慣れている五人はやっぱり、という意味で。
シルフィアやレイヤはその早さに驚き。
そしてーーウィルは苦笑し、アクセルは目を細めたのみ。
「理由を聞いても?」
「面倒くさい」
「……」
「だから、やらない。そんな理由じゃ、駄目?」
「せめて、他の理由は無かったのか」
「無い」
「こっちにも即答かよ」
呆れたように言う廉に、再び即答レベルで返す結理。
本当は面倒くさい以外にも理由があると言えばあるのだが、それでも一番始めに来る理由は、『面倒くさい』だ。
それに、結理はそんなことをするために、この能力を得たわけではない。
「そもそも情報収集で勝負しようとも思わないし、勝負するために情報収集してる訳じゃない」
大体、どのようにして勝敗を付けるつもりなのだ。
最初は何気ないきっかけで。そして、それを繰り返しているうちに、メンバーとしての役割が情報収集担当になって。今では、彼女の無くてはならない能力の一つとなった。
それを勝負するために利用するなど、結理としては何か嫌だった。
「まあ、気持ちは分かるけどね」
「うん」
朱波と詩音が同意する。彼女たちも何となくだが、その気持ちは分かるのだ。
ーーせっかく得た能力や立場を、勝負に使いたくない。
「……まあ、本人もこう言っているわけだし、その話は諦めてくれないか?」
廉もやんわりとではあるが、ウィルにそう告げる。
結理の頑固さもそうだが、何より本人が拒否しているのだから、仲間としてはそれを尊重してやりたい。
「そうだね。アクセルもその気が無いみたいだし」
「俺を引き摺りだすな」
結理に断られたのは、ウィルにも原因があるからで、アクセルには何の非も無い。
そんな彼の言葉を見計らったかのようなタイミングでチャイムが鳴り響く。
「……あ」
「やれやれ、もう時間かぁ」
「それじゃ、俺たち戻るから」
「おう」
誰かの声が洩れ、自分たちの教室に戻っていく朱波たちを見送ったことで、そのまま面々は解散するのだった。
☆★☆
「……」
休み時間。図書館から借りた本を返却するべく、廊下を歩いていた結理は、溜め息混じりに立ち止まり、振り返る。
「それで、何でついてくるの?」
「暇だし」
「なら、朱波たちの所に行けば?」
「図書館に行くんでしょ? なら、一緒に行く。どんな本があるか知っておきたいし」
珍しいことに、ついてきたのは廉と詩音の二人であり、結理の質問にもそれぞれがそう返す。
「……なら、いいけど」
変なことをしたり、おかしなことが目的でなければ、結理としては放置するのみだ。
それに、この二人なら、そんなにおかしなこともしないだろう。
そう思って再び歩き出した彼女に、廉と詩音は顔を見合わせ、肩を竦める。
本当は結理が何を調べているのか、偵察のつもりでついてきたのだが、行き先が図書館であることから、もし良い本の一つでも見つけたら、借りてみるのも良いかもしれないと、二人は思う。
そしてーー
「……」
「……」
「……」
結局、偵察どころか好みの本を見つけたがために、結理に貸し出し方法について聞くことになったのは言うまでもない。




