第七十一話:新たな季節と出会い
第四章:学院・二年生、笠鐘詩音編
真実に近づくまで、あと一歩
第四章、スタートです
「全員、無事に進級できて良かったわね」
「本当だよな」
朱波の言葉に、廉が同意する。
季節は春。出会いと別れの季節と称されることもある春は、廉たちにも例外なく訪れていた。
というのも、試験をクリアした面々だが、今度はその数日後に控えていた卒業式の準備や練習に追われることになった。
そしてーーついに、その日が訪れる。
「卒業、おめでとうございます。ミレーユさん」
「ありがとう、みんな」
最高学年だったミレーユに編入試験や学院見学などでお世話になったため、廉たちが挨拶しに行けば、彼女は笑顔で礼を言った。
さすがというか、元生徒会長というだけあって、新旧生徒会役員だけではなく、彼女自身の友人にも囲まれていた。
「あんまり話すことはなかったけど、これからも頑張ってね。意外と二年生からが大変だから」
勉強も部活もそれ以外も、とミレーユは言う。
「大丈夫ですよ」
『勇者』という大役と比べるのもどうかと思うが、目の前にある『進路』という問題は、『勇者』ほど大変ではないだろう。
それにーー廉たちは元々、二年生だったのだから。
「あんまり、お役には立てませんでしたが、声を掛けていただき、ありがとうございました」
一方、結理は結理で、暗部の部長である彼女ーーネルファリアに挨拶をしていた。
「貴女、私が来月から最高学年だと知ってて、言ってますよね?」
顔を引きつらせながら、ネルファリアは返す。
確かに、ネルファリアは二年生で、さらには部長として、結理と会っていた。
だが、彼女が部長となったのは、先代が部長を辞めたからで、その元部長は面々の前にいた。
「それにしても、顔すら知らない私に、わざわざ挨拶しに来なくても良かったのに……」
「最初で最後……もしかしたら、今後、会えなくなる可能性もありますから、言えるときには言っておこうかと。結局、先輩である貴女と、まともに話したことはありませんでしたから、せめて挨拶ぐらいは、と思っただけです」
苦笑する彼女に、結理はそう返す。
後になって、「やっぱり、言っておくんだった」と後悔したくないのだ。
他の場所でも似たようなことが起きており、泣きながら抱き合う者たちもいた。
青い空に桜の花びらが舞ったその日と同じように、数週間後の今日。廉たちは入学式と始業式を迎え、今は今年度のクラスの確認をしていた。
「まあ、組が分かれたのは仕方ないけどね」
そう、去年は編入だったので、クラスがバラバラになることは無かったのだが、さすがに今回はそうもいかなかった。
「俺と結理、詩音が同じクラスで、朱波と大翔、先輩が同じクラスだよな」
「姫様は、朱波たちと一緒だよね」
「はい」
「レイヤは、俺らと同じクラスだしな」
「また一年、よろしくな」
「おう」
バラバラになる者たちもいれば、一緒になる者たちもいる。
バラバラになった者たちの中には、分かりやすくこのクラス分けを嘆く者たちもいる訳で。
「うわぁぁぁ、マジかぁぁぁぁ……」
「そんなに落ち込むなって。まだ来年があるだろ?」
「一年って長いんだよ!」
そんなやり取りをする彼らを見て、結理は苦笑いする。
彼女たちも、小学校や中学校では、クラス分けで一喜一憂したものである。
「まあ、ストッパー同士が同じクラスで良かったのは幸いね」
「変に一・五で分けられたら、心配になるからな」
そんな二人の言い分を聞き、自分のことを言われているのだと理解した結理が、むっとしながら反論する。
「私は無闇に切りかからないわよ」
「知ってる。けど、それでも心配になっちゃうのよ」
彼女の性格を知っているがための心配。
「うん。朱波の心配性は変わらないもんね」
「心配性って……心配させてるのは、結理でしょ!?」
分かってないと言いたげに朱波は叫ぶが、怒ったように叫ぶのではなく、どちらかといえば注意するかのような感じで叫んだので、慣れている面々も慌てて止めに入るような素振りはない。
「けど、ありがとうね。心配してくれて」
一方、朱波も朱波で恥ずかしかったのか、「ふん」と頬を赤くしながら顔を背けているのだが、言われた本人である結理は笑みを浮かべて、そう返す。
そんな二人のやり取りを見ながら、微笑ましく笑みを浮かべていたシルフィアは廉に近づくと、こっそり話し掛ける。
「これはこれで、日常的で良いですよね」
「そうだな」
廉も思っていたことなので、否定はしない。
(みんなでわいわい騒いで、それが日常で)
本来、それは変わるはずの無い光景で。
言われなければ『魔王』なんていう存在の脅威があるとは思えないほど、穏やかで。
それでもーー
(それでも、この不安は何だ……?)
心のどこかで感じてしまう、嫌な予感。
「レン様?」
「いや、何でもない」
そんな不安が浮かぶような表情を表に出すことなく、今は進級したという事実を素直に喜ぶことにする廉だった。
☆★☆
進級後、最初のホームルームを終え、クラスメイトたちが話したり、帰る準備をする中、廉たちも帰り支度を話しながら進めていた。
「よし、じゃあ帰るか」
「進級祝いにどっか寄ってく?」
「あー……」
ホームルームの終了早々、廉たちのクラスに顔を出して、面々の支度が終わるまで待っていた朱波の言葉に、廉は何とも言えない声を上げる。
そもそも、この世界に来たのは、元の世界で進級してからのことだったので、どうも何らかのフラグと引っ掛かりを覚えてしまう。
「久々に街に行ってみる?」
「けど、フィアはどうするの? 一人だけ置いていくわけにもいかないし、もし連れて行くのなら、上手くカモフラージュしないと、誘拐とかされたら笑えない」
ここでネックになるのは、シルフィアなのだが、詩音の疑問にみんなで唸る。
「結理。どうにか出来ない?」
「出来なくはないけど、少し時間を貰うことになるよ?」
朱波の問いにそう返す結理だが、「どうしようかな」と脳内で案を考える。
いくら廉たちも一緒とはいえ、出来る限り、シルフィアがシルフィアだと分からなくしなければならない。
服については今は制服しかないので、服を変えることは出来ないので、変えられるとすれば、顔の印象と髪ぐらいだろう。
「ああ、じゃあ任せた」
「朱波も付き合ってちょうだい」
「分かったわよ」
一人で出来ないこともないのだが、人手というのは無いよりも有った方がいい。
「それじゃ、ちゃちゃっと変身しちゃおっか」
「えっ、あの?」
戸惑うシルフィアに、結理はどこから取り出したのか、様々なメイク道具を指の間に挟んで持っていた。
「おい、結理。何かいろいろと言いたいが、これだけは最初に聞いておく。それ、どうした?」
「ああ、これ?」
廉の問いに、指で挟んだメイク道具を見ながら、結理は答える。
「仕事道具を、この私が手放すわけ無いじゃーん」
「仕事道具……?」
聞き返す廉だが、結理はにっこりと笑みを浮かべて躱すばかりである。
(つまり、詳しく聞くな、と)
この幼馴染なら、『仕事道具』と答えずに、別の言い回しが出来たはずだ。なのに、『仕事道具』とは言いながらも、詳しくは説明しない。
もしかしたら、暗に何かを示しているのだろうが、今の廉たちには情報は少なく、判断できる材料もほとんど無い。
「じゃ、朱波。髪の方は任せた」
「はいはい。前にあんたの髪で遊んでいたから出来なくはないけど、簡単な感じにしておくわよ」
「別に良いよ。私も出来る範囲でやるから」
そう会話して、数十分後。
「はい、完成。我ながら上手く出来たと思うけど」
「うんうん。やっぱり、どんな髪型でも似合うなぁ」
シルフィアに鏡を見せながら、結理と朱波は感想を尋ねる。
朱波としては、この時ばかりはシルフィアの髪が長くて良かったと安心していた。短いのなら短いなりに工夫も出来たのだが、やはりロングの方が、どうしてもバリエーションが多くなる。
「あの、城の担当メイドたちも上手いのですが、こういう感じは初めてです」
本当に初めてというのは、シルフィアの反応で分かる。
だが、今結理がしたようなメイクは、この世界には無い。
「廉も何か言ってあげたら?」
「いや、その……」
いきなり感想を求められ、廉は言い吃る。
そもそも元が良いシルフィアなので、化粧をすれば余計に綺麗に見えるのは分かっていた。
そこに、自身だけではなく、他者も着飾ることに慣れた二人の技術が加われば、もっと綺麗に見えることは、予想できたのだ。
ただ、目の前にいる幼馴染たちの策に嵌まるようで嫌なのだが、頬を赤くするのは止められず、結理は内心でニヤニヤと笑みを浮かべるだけに止め、朱波は背を向けて、肩を小刻みに揺らし、シルフィアは小首を傾げている。
大翔や詩音たちは状況が分かっているのか、微笑ましそうに見守っている。
「お前らの技量が凄いとしか……」
廉がそう言った瞬間、結理のハリセンが炸裂した。
ただ、平らな部分で叩いたのではなく、蛇腹の部分で叩いたので、痛さは言わずとも分かることだろう。
「痛ってぇ!」
「素直に言わんか。素直に」
廉の感想など、彼が言わなくとも、表情を見れば分かる。
「あ、ユーリ様。私は分かってますから、これ以上、レン様を叩いて上げないでください」
「ま、姫様がそう言うなら」
シルフィアの制止に、結理はあっさりと引き下がるが、彼女自身、最初から何度も叩くつもりはなかった。
「じゃ、茶番はこのぐらいにして、街に行くなら、早く行こう。時間、無くなるよ?」
詩音の言葉に、「いや、茶番って……」と思いながらも、そうだな、と同意して、それぞれ荷物を手にする。
「よし、行くか」
そのまま、一行は昇降口に向かうのだがーー
「あ、ごめん。教室に本忘れたから、ちょっと取ってくる」
「明日じゃ駄目なの?」
途中で何かに気づいたような声を上げた結理に、朱波が尋ねる。
「返却期間まで、そんなに無いからね。どうせなら、全部読んでおきたいし」
「ま、別に急ぐわけでもないが、時間が無くなるから、なるべく早くしろよー」
廉の言葉に、分かってるー、と返しながら、本を取りに行った結理を面々はやれやれと言いたげに見送るのだが。
「で、どう思う?」
「全部読んでおきたい、っていうのは本音なんだろうけど、どこまでが本当なんだか」
新年以降、結理が何かを隠し、調べているのは分かっていた。
当初は『彼女が話すまで待とう』となったのだが、ついには待ちきれなくなり、自分たちでも行動してみるのだが、結理は面々の行動を想像して、上手く隠しているのか、結局何について調べているのかは分からずじまいとなった。
「……いつになったら、話してくれるのかな」
ぽつりと呟かれた詩音の問いは、誰一人答えることなく、空へと消えていった。
一方、廉たちのそんな会話などつゆ知らず、結理は一人、教室に向かっていた。
それにしても、校舎を完全に出る前で良かった、と結理は思う。もし、寮の前まで行っていたら、本については完全に諦めないといけなくなっていたのかもしれないのだから。
階段を上りきった際、かつん、と靴と床がぶつかり、静まっていた廊下に響き渡る。
そして、そのまま教室の前まで来たのは良いが、結理の動きは唐突に止まることとなる。
(……! 誰か居る!?)
つい癖で隠れてしまう結理だが、まだ生徒もいる校舎内である。
もし、不審者なら、今の時間でそんな危険は冒さないだろうが、一応、すぐに対処できるように準備しておく。
まあそれでも、一番可能性が高いのは、クラスメイトか他のクラスの誰かなのだろうが。
「……何、してるの?」
「……!」
扉から姿を現し、尋ねてみれば、中に居た人物は驚いたのか、(中が静まり返っていたせいもあるのだろうが)びくりとしながらも、結理の方へ振り返る。
「……」
「そこ、私の席だよね?」
黙っている相手に、結理は再度問い掛ける。
そんな彼女の問いに、相手は視線を結理から手にしていた本へと向ける。
「……少し、」
「?」
「少し、この本を見てたんだ」
「本って、女神伝説の?」
「そう」
相手ーー同い年だろう少年の手にしていた本を一瞥し、結理が確認すれば、頷かれる。
「ふーん。けど、今は私が借りてるから、読みたかったら私が返してからになるだろうね」
「そうだね」
そもそも、図書館から借りてきた本には、貸し出しカードや図書館所蔵であることを示す印などがあるため、誰が借りたのかもすぐに分かるようになっている。
だから、図書館の所蔵印を見たであろう彼も、特に疑問を口にはしなかったのだろう。
「はい」
「ん?」
「取りに来たんでしょ?」
「ああ……」
結理は本を受け取る。
一瞬警戒したが、図書館所蔵の本に何かすれば、後が何かと面倒くさいし、第一、彼に対する警戒は解いてないので、危害を加えられそうになっても何とかなるだろう。
「それじゃ、僕はもう行くよ。少しだけ本の中を見たことは謝っておく。ごめん」
「その程度で謝る必要はないよ。出しっぱなしにした私も悪いし、君が見たのは図書館の本だからね。それ以外だったら、許さなかったかもしれないけど」
少年は目を見開くと、眩しそうに目を細める。
「ありがとう」
結理としては、礼を言われるようなことを言ったつもりはないが、これはこれで素直に受け取っておく。
その後、少年を見送った結理は、本を鞄に入れると、廉たちの所まで駆け足で戻る。
「本を取りに行くだけなのに、何してたんだよ」
「ごめんごめん」
廉にどこか責めるような目を向けられるが、結理は笑って誤魔化した。
先程までしていた教室でのやり取りを、わざわざ言う必要が無いと思っての判断だった。
「じゃあ、行くか」
そのまま一行は、街に向かって歩き出す。
ただーー女神伝説の本を見ていた少年の名前を結理は翌日、知ることになる。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
今回より、第四章です
メインは、章タイトルにもある詩音
それでは、また次回




