第六十九話:年越し、そして新年
十二月三十一日。元の世界では大晦日に該当するこの日。
異世界であるこの世界では、元の世界とは違うところがありながらも、行事としての年末年始が無いわけではなく、年越しの準備をしたりする。
廉たちの場合、結理が先日風邪を引いた影響か、年末年始の用意はこの日まで長引いていたのだが、何とか昼過ぎには終えることが出来そうだった。
その間、約五日である。
「異世界に来て、初めての年越しだな」
「そうだね」
そんな年越しの準備で慌ただしい城下を、廉と結理の二人は歩いていた。
「それで、ずっと懸念事項だったお節料理の海系材料はどうなったんだ?」
「安心して。朱波と一緒に何とか完成させたから」
先程昼過ぎに用意を終えられそうだとは言ったが、完全に用意が終えられるかどうかは分からず、さらにその残りの用意も終わらせるために来たというのが、二人がこの城下に居る理由でもあった。
「それで、何が必要なんだ?」
「あ、ちょっと待って」
廉に問われ、結理がポケットからメモを取り出す。
「えっと、まずは榊と御神酒用のお酒だね」
「神棚にやるやつか?」
「部屋には無いけど、形だけはね」
元の世界では酒などに年齢制限があるため、購入は出来なかったが、こちらでは必要となれば購入できるため、ある意味便利といえば便利だが、何があろうと最終的には自己責任である。
ちなみに、札や破魔矢などは、神職関係者である詩音が準備中である。
「俺さ。大晦日にこういう準備するのは神様に失礼だって、テレビか何かで聞いた気がするんだけど」
「今回はしょうがないでしょ。季節ごとのある物と無い物の把握から調達まで、あちこち走り回ってたんだから。ま、向こうにある物とは似ている物ばかりだから、多分あると思うけど。つか、無いと困る」
このまま無ければ、榊の方は刈りに行くと言いそうな言い方である。
「一応、確認するが、もし無ければどうするつもりだ?」
「榊は刈りに行く。似たような植物なら、前に図書館所蔵の図鑑で見て覚えてるし、御神酒はまあ……来年作るしかないかな」
とはいえ、もし作ることになっても、酒の味など知らないから、こちらの大人組の舌を頼るしかないのだが。
「結局、そうなるのか」
「そうなるわね」
否定しない結理に、思わず呆れた目を向けてしまった廉は悪くない。
「作り方は……知ってるよな。お前なら」
変な知識を持つ結理が酒類の作り方を知らないはずがない。
「もちろん」
「毎回思うが、よくそういう変な知識を仕入れられるよな」
「そう言うけどさ、チームの情報収集担当を嘗めないでよ」
以前話したと思うが、家族や友人が必要とする情報は、元の世界の場合はインターネットを利用したり、使える情報網を駆使しながら手に入れていたのだが、この世界の場合は、インターネットなど便利な物は無いので、人脈という情報網を利用していたりする。
しかも、結理の記憶力は良い方なので、仮に忘れたとしても、もう一度見たり聞いたりすれば、そうだった、と思い出すことも出来る。
「ま、今はそんなことより、榊と御神酒を手に入れることが最優先だよ」
「だな」
そのまま二人は、思い当たる場所から順に見て回るのだが、最終的に年末年始の準備に追われる城下を走り回ることになるのである。
☆★☆
一方、王城に残った面々は、といえばーー
「お節良し、お雑煮の準備良し、年越しそば良し」
料理面で作り忘れが無いか確認するのは朱波である。
「あけは……」
「あ、しお……」
背後からの声に振り向きながら返事をするのだが、全て告げることなく、途中で途切れた。
その理由としては、詩音がその場に倒れていたからだ。
「ちょっ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄る朱波に、詩音は「大丈……」と言い掛け、かくっと気を失う。
「ちょっ、詩音!?」
結理の次は詩音かと、朱波は溜め息を吐きたくなったが、彼女は札と破魔矢の作成で霊力をずっと使い続けていたのだから、それで気を失っても仕方ない。
「ご苦労様、詩音」
小さく微笑み、そう労いつつ、ベッドへ運んだ後、「それじゃ、今から休む詩音の分まで頑張りますか」と残りわずかの準備へと、朱波は気合いを入れ直せば、ドアの方からノック音がする。
「どちら様?」
「東雲、いるか?」
来訪者に尋ねる朱波だが、そう返される。
「……何だ。大翔たちか」
「何だ、って何だよ」
顔だけ覗かせ、来訪者を確認した朱波が溜め息混じりに言えば、どこか不機嫌になった大翔がそう返す。
「そろそろ時間だからな。昼をどうするのか、聞きに来た」
「あー……」
時間を確認してみれば、昼食にするにはちょうどいい時間である。
「けど、詩音がぶっ倒れてるから、あまり長いこと部屋を空けられないんだよねぇ」
「つーことは、札と破魔矢は出来たんだな」
「そうなるね」
大翔の言葉に、朱波は同意するように頷く。
部屋を留守にするなら、置き手紙をすればいいだけなのだろうが、詩音も詩音で何も食べずに、部屋の主である朱波を待つわけにも行かないのだろう。
「はぁ、ちゃっちゃと作っちゃうから、少し中で待ってて」
溜め息混じりに言う朱波に、ようやく部屋へと通された大翔と棗は、室内にあった席に着く。
「部屋なんて、みんな一緒かと思ったけど、違うんだな」
「あんまり他人の部屋、じろじろ見ない方がいいよ」
軽く部屋を見回す大翔に、背後からそう声を掛けられる。
「うわっ!」
「よ」
驚く大翔を余所に、棗は軽く手を挙げる。
「倒れたって聞いたが、もう起きて大丈夫なのか?」
「ん。ところで、朱波はどこにいるの?」
「台所。昼飯作ってる」
今起きたのか、それとも起きていたのかは不明だが、部屋の主である朱波の姿が見当たらないため、二人に尋ねる詩音に、時間と台所を示す棗に納得したのか、「そっか」と返す。
「廉と結理は……ああ、足りない物の買い出しだっけ」
そして、廉と結理の居場所については、聞こうとして思い出したらしい。
「榊はともかく、御神酒用の酒が手に入るかどうかが分からないって、言ってた気がするが」
「ああ、確かに言ってたな。それに、小さくても、松竹梅もゲットできるならしてくるとも言っていたしな」
「もしかして、門松用なのかな?」
連想するのは、今詩音が言った通り、門松なのだが、ドアの前または近くに大きな門松を置くとなると、邪魔な上に通れる廊下の幅は狭くなる。
おそらく、結理のことだから、ミニチュアサイズにしたりするとか何か考えているのだろう。
「ま、無茶しないように廉も付けたんだから、大丈夫じゃない?」
朱波が昼食を運びながら、そう告げる。
「何か、廉が知ったら怒りそうだな」
この数時間後、榊と御神酒などを手に帰還した二人を出迎え、六人は新年を迎えるための食事(といっても、すき焼きだが)を用意を開始するのだが。
「で、何で私の部屋?」
「一番安全そうだから?」
結理の問いに、笑みを浮かべながら朱波がそう答える。
「それなら、廉の部屋の方じゃない?」
「いや、確実にこっち」
自分の部屋よりも、と言う結理に、廉は否定する。
「はいはい、それじゃあ開始するわよ」
やや納得できなさそうな結理を余所に、年越しそばもあるから食べ過ぎないように、と朱波が注意しながら、肉や野菜などの具材を鍋に入れていき、蓋をする。
ちなみに、鍋は鍋でもすき焼きの理由は、男性陣が肉を食べたいと言ったからだ。
「もういいか?」
「待ちなさい。半煮えが許されるのは白菜ぐらいだよ」
別に完全に煮えていなくとも問題ないのは白菜だけではないのだが、味が染み込んでなくてもいいのなら、という結理の言葉に、廉は手を引っ込める。
やはり、誰だって食べるのなら、美味しいものの方がいい。
「そろそろ良いかな?」
「そうね」
様子を見ていた朱波が鍋の蓋を取れば、中から美味しそうな匂いがしてくる。
「ちゃんと野菜も食べろよ、男共」
早速、肉から取り始める男性陣にそう言いながらも、結理も自分の分を取り始める。
「ん~~」
「あっふ」
熱いからか、上手く美味しいとは言えないらしいが、表情から満足そうなのが伝わってくる。
「濃さは大丈夫?」
タレの濃さについて問えば、それぞれ首を縦に振りながら頷かれる。
その確認を終えると、朱波と結理は減った分を鍋に追加して、再度煮えるのを待つ。
「それにしても、もう年越しで、新年になるんだね」
「だな」
あと数時間で新年になる。
この世界に廉たちが来て、半年以上が経つが、いろいろと初めてとなる経験がたくさんあったと思う。その最たるものが召喚による異世界トリップだが。
再び煮えたことを確認して、みんなで鍋を突きあう。
「二人とも。少し代わるから、もう少し食べなよ」
「こう見えて、結構食べてるよ?」
ずっと具材を鍋に入れたり、確認したりしている結理たちがあまり食べてないと思ったらしく、詩音がそのことを指摘するも、二人はちゃんと食べてるよ、と苦笑しながら返す。
「んなわけ、無いだろうが。付けた分、ほとんど減ってないぞ」
結理と朱波も、次が煮えるまでの間に食べたりもしているのだが、食べ終えないうちに次々取っているため、減ってないように見えるのだ。
もちろん、これ以外にも原因はあるのだが。
「誰かさんが横から追加したりしなければ、もっと少ないはずなんだけど?」
「そうでもしないと、俺たちが食べるばっかでお前らの分が本当に無くなるだろうが」
そんな廉の言葉に同意するかのように、詩音が頷く。
「それに、結理は私たちの中でも特に動き回るんだから、きちんと食べないと駄目」
「えー……そこまで言っちゃう?」
これでは、母親に注意される娘みたいだ。
「朱波もだよ?」
「わふぁってる」
分かってる、と言いたかったのだろうが、口にものを入れていたせいもあり、おかしな言い方になっている。
「ん、そろそろ時間だから、年越しそばの用意してくる」
「手伝う?」
「大丈夫。あと汁作るだけだし」
だから、鍋の番お願い、と朱波に言われ、結理は了承する。
時計を見れば、新年まであと四十五分である。
いつもなら、テレビを見ながら、それぞれが家族で過ごしている時間でもあるのだが、家族で過ごすという点だけはこちらも同じらしく、シルフィアも廉たちと年越ししたそうな顔をしながらも、今は国王であるエフォートたちと過ごしている。
ちなみに、廉たちがシルフィアたちと一緒にいないのは、召喚者であるとはいえ、家族の時間を邪魔したくないという理由と、自分たちがいることで少しでも気まずくさせるわけにはいかないという理由からである。
「はい、年越しそば。出来ました」
そう言いながら、朱波が六人分の年越しそばを持ってくる。
「何とか年内には、食べ終わりそうだな」
現在の時刻は、十一時三十分過ぎであり、それを確認した大翔がそう言う。
そして、冷めないうちに、六人は年越しそばを食べ始める。
「どう?」
「凄い謎の安心感を感じる」
感想を尋ねる朱波に、結理がそう返す。
「何その感想」
「でも、結理の言いたいことは、大体分かるけどな」
苦笑する朱波に、年越しそばを食べながら納得の意を示す棗。
「まあつまり、家で食べてるのと変わらない、ってことだよ」
「それなら、いいんだけど」
最初からそう言ってよ、と朱波も年越しそばを口にする。
そんな面々が年越しそばを食べ終え、年越しまであと五分となる。
「今年は色々あったよな」
「だね」
そこから思い出すのは、これまでの思い出。
「進級したかと思えば、いきなり異世界に召喚されてな」
「それで、離れ離れになって」
「三人を探すために勇者になって」
「この世界について、学ぶために学院に入って」
「夏休みに再会して」
「文化祭とかの行事も経験して」
この一年、本当にいろいろとあったものだ。
「……ん?」
「どうしたの?」
もう何度目になるのか、本日最後となる具材を入れて、煮えるのを待っていれば、何か感じたのか聞こえたのか。結理が立ち上がると、窓際に近づいて外を見る。
「何かあるのか?」
「いや、こっちでも、花火上げるときは上げるんだなぁ、と思って」
尋ねられたので結理がそう返せば、廉たちも一度箸を置くと、窓際まで見に行く。
「花火って、冬の方が空気が澄んでいるから、綺麗に見えるんだよねぇ」
「今年最初の豆知識がそれ?」
結理の言葉に、朱波がそう返す。
「私は夏の花火派だけど」
「何よ。それ」
どうでも良いことである。
「豆知識が、挨拶より先なのはどうかと思うが」
「それじゃ、挨拶しますか?」
廉の言葉に結理がそう問い返せば、にやりと笑みを浮かべながら、六人はほぼ同時に告げる。
「明けましておめでとうございます」
「そして、今年もよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる詩音に、朱波が噴き出す。
「それ、いつもやってるの?」
「仮にも神社で育った娘だからね。一応、形だけでも丁寧に挨拶しておかないと」
丁寧に、とは言っても、頭を下げただけではあるが。
「あ、鷹森はケーキ付き」
「知ってるよ」
弟妹の誕生日が年末年始にある結理の言葉に、その事を知る廉がぞんざいに返す。
「とにもかくにも、だ。今年も何事も無いことを祈ろう」
「大翔、それフラグ」
朱波がすぐさま突っ込めば、面々が噴き出し、再び騒がしくなる。
「ほらほら、もう煮えてるから、早く食べちゃうよー」
煮えたことに気づいた結理が、鍋の蓋を開けて告げれば、面々も鍋の方へと戻ってくる。
そんな風に過ごしながら、空に輝く大輪の花が開く音を聞きつつ、六人の異世界で過ごす新年の夜は更けていった。




