第六十七話:白銀の夜
「結構、積もったなぁ……」
シルフィアを見送った後、少しばかり外に出てみれば、結理は未だに降りながらも、すでに積もった雪を見て言う。
(大丈夫。まだ大丈夫)
深呼吸をして、息を整える。
「誕生日おめでとう、兄さん」
一緒に祝えない代わりに、空へと幻影の皿に載ったケーキを掲げ、そう告げる。
いつも一緒だった誕生日だが、今年は別々でありながらも、互いへ向ける祝いの言葉だけは同じだ。
「ありがとうな、結理」
「っ、」
いきなり聞こえてきた声と頭の上に感じる重さから、はっと周囲を見回すのだが、そこには何もなく。
「気の、せい……?」
思っていた以上にホームシックが酷く、ついには幻聴まで聞こえたのか、と結理は自嘲する。
「……って、私は何やってんだ」
彼女の手から、幻影の皿に載ったケーキが、小さな光となって消えていく。
そして、完全に消えたのを理解すれば、次に何を思ったのか、結理は靴や靴下を脱ぎ、裸足になる。
「うん、本物だ」
本物かどうかの確認なら、いちいち靴を脱がなくとも、手で確認すれば良かったのだが、雪に触れたことにより、どうやら頭が少しばかり冷えたらしい。
「こりゃあ完全に寝れそうにないなぁ」
だが、冷えたのは頭だけではなかったらしく、目も冴えたらしい。
「……」
どうしようかと思案していれば、よく知るとまでは言わなくとも、気配を感じたので振り返る。
「お前、何してんだ?」
「……」
「何だよ、その目は」
「いえ別に」
そこにいたのは防寒着を着たクラウスだったのだが、結理は思わず何とも言えない表情になる。
「つか、何やってんだよ」
「言わないとダメですか?」
「ああ」
問われ、確認すれば、頷くクラウスに、結理は溜め息を吐く。
「散歩ですよ、散歩。これで良いですか?」
「嘘っぽいな」
適当感満載の返答をすれば、クラウスが疑いの眼差しを向けてくるのだが、実際嘘なのだから、否定も肯定もせずに結理は言う。
「別に信じなくても良いですよ。信じてもらうために言ったわけじゃないですし」
だから、クラウスが信じようが信じまいが、結理には関係ない。
「……そうか」
「何ですか。文句があるなら言ってくださいよ」
「いや、特にない」
「そうですか。では、私は行きますから」
「ああ」
脱いでいた靴と靴下を手にすると、結理はクラウスに背を向けて、その場から去っていくーーのだが、ある程度の場所まで行ったところで振り返る。
「あ、無いとは思いますが、付いてこないでくださいよ」
「付いていかねーよ。子供じゃあるまいし」
というか、実は付いてきてほしいのか、とクラウスが疑いの眼差しを結理に向けるのだが、すでに背を向けている彼女は気づかない。
「……ったく」
結理の去った方向を見ながら、クラウスは息を吐くのだが、先程彼女のいた場所に何かを見つけたのか、少し目を細めると、すぐにその場から立ち去った。
「で、何で付いてくるんですか」
「俺の行きたい方にお前がいるだけだ」
歩き始めて数分後。
結理は横目で背後の人物を見ながら問うのだが、そう返されてしまう。
(こいつ……!)
顔を引きつらせながらも、「相手は王子、相手は王子」と結理は自身に言い聞かせる。
「なら、お先にどうぞ。私は別方向から戻りますから」
「お前の部屋は向こうだろう」
「ぐっ……」
結理が廉たち同様に客間を使っていることを知っているためか、クラウスにわざわざ遠回りする必要がないと指摘され、何とか笑みを浮かべていた結理の顔は再び引きつる。
「ま、女は大人しく部屋に戻るんだな」
「残念でした。私は大人しく戻るような奴じゃないので」
そう返されたことにより、ぴくりと何かに触れたのか、クラウスの表情が少し険しくなる。
「いいから戻れ」
「嫌です」
「戻れ」
「しつこいと嫌われますよ?」
そう言い合いながら、互いに睨み合う。
「……それにお前、裸足じゃねーか」
「あ」
少しばかり赤くなった結理の足へ目を向けて言うクラウスに、忘れていたと言いたげに彼女が声を洩らす。
「あ、って、今気づいたのか」
「いや、脱いでたこと思い出して」
「あのなぁ……」
思わず呆れたように言うクラウスだが、当の本人である結理は特に気にした様子もなく、そのまま靴下と靴を履いていく。
だがそこで、ふと思ったのか、結理はクラウスに尋ねる。
「もしかして、気を使ってくれたんですか?」
「何で俺が、お前に気を使う必要がある」
「確かにそうですね」
そもそも、二人の接点など、数えられる程度であり、クラウスが結理を気にするほど接してきたわけでもない。
「……」
「え、何!? ちょっと!?」
「静かにしろ。夜中だぞ」
そこで何を思ったのか、近づいてきて自身を抱き上げてきたクラウスに、結理がぎょっとしていれば、そう指摘される。
「っ、大声出させるような事してるのそっちでしょ!?」
クラウスの指摘が間違ってないのは結理も分かっているのだが、嫌なものは嫌であり、それでも下ろせ、と彼に訴える。
けれど、そんなのを気にすることもなく、クラウスは腕の中で暴れる結理を抱えたまま歩き出す。
「良いから、大人しくしておけ」
下ろせと言っているのに、宥めるようにそう言われて、結理が大人しくなるはずもない。
「嫌だ。下ろして」
「断る」
「お願いだから、下ろして」
「断る」
「いいから、下ろして!」
二人の睨み合いと言い合いに、ぞんざいさが加わるのだが、結理が叫ぶように言う。
「断る。靴を履いたとはいえ、そんな足でまともに歩けるとは思えんからな」
「そうかもしれないけど……下ろして」
結理だって自分の足なのだから状態は分かっているし、クラウスの言い分も分かる。
だが、それでもやっぱり、この抱え方ーーお姫様だっこは嫌なのだ。
「諦めの悪い奴だな」
そんな結理に、クラウスが溜め息を吐く。
(諦めの悪い奴?)
結理が気になったのはそこだった。
でもーー
「……よりはマシよ」
「何か言ったか?」
いきなり大人しくなり、小さく呟いた結理に、クラウスが尋ねるが、返事はない。
だが、結理が大人しくなったため、ようやく大人しくなったか、とクラウスが息を吐けば、そのまま彼女の部屋へと向かって再度歩き出す。
「……」
そして、そんな二人を見ていた人物がいたのだが、二人が気づくこともなく、小さな光の粒子を残しながら、その人物はその場から姿を消した。




