第六十三話:ギルドへ
冬休み前の最後の休みに、結理と朱波の二人はギルドに向かっていた。
「何か良い依頼があると良いけど……」
「そうね。まあ、私たち全員、討伐依頼できるし、少しぐらい難易度が高くても問題ないでしょ」
「まあね。もし無ければ、採取系でも良いんだけどね」
そうは言いながらも、やっぱり討伐系がいいと思ってしまう二人だが、さらにもっと我が儘を言うのなら、ドロップ系モンスターの討伐依頼なら、なお良しだ。
「やっぱりというべきか、王都じゃ欲しいもの全部は揃わないかーーって……」
「え、何? この空気……」
話しながら、ギルドに着いたので、中に入ってみれば、異様な空気を二人は捉える。
もし、今この場所に初めて来た者がいたとして、王都のギルドはこんな風なのかと問われれば、常連の冒険者たちは否定するだろうし、何度も来ている朱波だけでなく、一度でも来たことのある結理ですら『違う』と感じるほどの異様さなのだ。
そんな空気の違いに戸惑っていれば、二人が来たことに気づいた男が、どこか嘗めたような表情をしながら近づいてくる。
「おう。ここは、お前らのような嬢ちゃんが来る場所じゃねーんだよ」
「あいにく、私たちはすでに冒険者なのでご心配なく」
朱波が笑みを浮かべながら、そう返す。
というか、目の前の人物の実力が計れていない時点で、男の実力も大体分かるというものなのだが。
「あ? お前らが冒険者? 笑わせてくれる」
「私たちを見て、弱いと思うなら間違いですよ」
「何……?」
案の定、高笑いする男だが、結理の言葉に笑みを消す。
「朱波。早く掲示板の方へ見に行こう」
「そうね」
「待てよ!」
相手にしていても埒が明かないからと、結理が促し、朱波が同意すれば、男が声を荒げるようにして叫ぶ。
「何ですか?」
「そこまで言うなら、俺と戦って勝ってみろよ」
面倒くさそうなのを滲ませながら振り向けば、男がそう告げる。
「どうする?」
「帰るの遅くなったら、絶対怒られる可能性が大きい気がする」
「今日は休みだし」
「明日も休みだし」
「……」
「……」
互いに顔を見合わせ、話し合った後、少し無言になりーー
「依頼探そう」
「そうね」
二人の出した結論はこうだった。
だが、無視されたことに苛立ったのか、男は再度叫ぶ。
「おい! 無視するな!」
「……嫌ですよ。面倒くさい」
「なっ……」
だが、今度こそ本気で面倒くさくなったのか、結理が本音でぶった切れば、絶句したかのように男は声を洩らす。
「うわー、見事なまでに一刀両断」
そんな状況を見ていた朱波が、くっくっと笑う。
「……表へ出ろ。小娘ども」
男の言葉を聞いた周囲の冒険者たちは息を飲むと二人に目を向け、男の近くにいた取り巻きらしき冒険者たちはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ちょぉっと、言い過ぎたなぁ。あの二人」
「俺たちの実力も知らないくせに、これだから」
「兄貴の逆鱗に触れたら、誰も無事では済まされないっていうのに……」
取り巻きたちの会話に、目を細めて聞いていた結理だが、朱波に目を向ける。
「……これ、問題になるよね」
「ならない方がおかしいでしょ」
ですよねー、と結理は苦笑した後、確認する。
「ねぇ、やっちゃっていい?」
「構わないけど、手は貸さなくていい?」
「気持ちだけで十分、って言いたいけど、私たちセットで扱われてるみたいだから、否が応でも手は借りないといけないかも」
「そっか。まあ、背中は任せるけど、手加減はしてあげてよ? 可哀想だから」
「分かってる」
とりあえず、作戦会議を終了すれば、二人は男たちに目を向け、問い掛ける。
「それで、どれだけの人が私たちの相手をするの?」
☆★☆
「うーん……」
「何か微妙ね」
掲示板前で二人は唸る。
さて、男から喧嘩を売られた後のことだが、結果は結理たちの圧勝となった。
何があったのかを説明するのなら、男は取り巻きたちと組んだことにより大人数となり、対する結理と朱波は二人という分かりやすい人数差が出来てしまったために、さすがに、と二人に加勢しようとする冒険者たちもいたのだが、
「あ、大丈夫ですから、応援だけお願いします」
と二人が返したため、加勢しようとしていた冒険者たちは退かざるをえなかった。
「良いのか? 助けを呼んだって、いいんだぜ?」
「その言葉、そのまま貴方にお返ししますよ。私たちの実力も計れてない、貴方にね」
その様子を見ていた男の挑発するような言い方に、結理が同じように返す。
「テメェ……」
「だって、事実でしょ」
「っ、行けっ、お前らっ!」
男の言葉に、取り巻きたちが掛かってくるのだが、結理は溜め息一つ吐くと、朱波に目を向ける。
「朱波。取り巻きたちの一部は任せた」
「はい、任されました」
返事をしつつ、詠唱破棄で発動した風により、取り巻きたちが巻き上げられながら空に飛ばされれば、その一方で、朱波から手加減するように言われていた結理は鞘に入った状態の剣のまま突っ込み、そのまま素振りをするかのように、取り巻きたちを倒していく。
「それで、残るはあんた一人だけどどうする?」
「くそっ、覚えてろよ!」
朱波が手についた砂を払うかのように、両手を払っているのを余所に、結理が尋ねれば、男は捨て台詞とともに逃げていく。
「ま、とりあえず」
「私たちの勝ち、でいいかな」
そして、周囲にも男たちが隠れていないことを確認すれば、そう言いながら二人はハイタッチする。
まあ、そんなこんなで、掲示板前にいるわけなのだが。
「どうしようか?」
欲しいようでいらない、いらないようで欲しい、という依頼ならいくつかあったのだが、これだ、と言えるものが特にないのだ。
ちなみに、海岸沿いの依頼については職員たちに質問済みであり、見事に空振りとなった(この時期に海岸沿いや海沿いに行く人なんていないという理由がほとんど)。
「明日、出直す?」
「そうね……」
はっきり言って、次の休みに来るにしても、その時には冬休みに入るため、ますます依頼があるのか無いのか、怪しくなってくる。
「時間掛かるけど、作ってみる?」
「そうなると……味と食感、見た目の三つから捜さないとね」
とりあえず、海や海岸沿いの依頼は一時的に諦めるとして、まずは出来ることから始めないと、と二人はギルドから出て行く。
ただーー
「あいつら。最近、食事に対することでしか、行動してないんじゃないのか?」
「ま、そのおかげで、美味いもんが食べられてるんだから、ありがたいと思わないとな」
「何が入ってるのか、分からなくてもか?」
「……それは言うなよ」
結理たちよりも先に、ギルドに来ていた廉と大翔が、彼女たちのやったことを一部始終見ていた上に、そんなことを話しながら、ギルドから出て行く二人を見送ったのだった。




