第六十一話:期末試験Ⅱ
「それで、これが来るんだよなー」
「それで、って何だよ」
廉の言葉に、教科書とノートに向かい合っていた大翔が呆れたように返す。
「それよりも、潔く諦めて勉強しなさい」
朱波の誕生日パーティーの後、期末試験という直視したくない現実を目の当たりにした面々は、赤点だけは回避するべく、必死で勉強している最中なのである。
「そうですよ。今回の試験は、次の学期に関わるんですから」
「関わるって、どう関わるんだよ……」
「そ、それは……」
珍しくせっせと手を動かしながら提出課題を片付けながら言うシルフィアに、教科書を見ながら廉が問い返せば、彼女の手が止まる。
「困らせるようなこと言わないの。テストが関わる事なんていくらでもあるでしょ」
「まあ、そうだが……」
言うまでもなく、試験が関わるといえば、主に成績面である。
「それに、学年末よりはマシでしょ?」
一年で習ったことの確認のような学年末試験。
半年いなかった三人より、廉たちの方がどちらかといえば有利にも聞こえるが、それよりも今期に習ったことだけが範囲にされている中間試験や期末試験の方が、楽といえば楽ではないのだろうか。
「とりあえず、提出課題だけでも終わらせないと。どっかの教科担当が提出課題から問題作る的なこと言ってたし」
「でもそれ、結局習った範囲から問題を出すって、言ってるようなもんだよな」
朱波が辞書を開きながら言えば、棗が間違えたところを消して書き直しながら返す。
「こうやって勉強してると、何か受験を思い出すな」
そう言う廉に、ボキッという音とともに、動きを止める二人。
「受験……」
「だと……?」
はっ、と口を押さえるが、もう遅い。
「言っておくが、私はかなり根に持つんだからなぁ!?」
「知ってるよ! そして、声デカい!」
「あ~……そういや、普通に行けば俺、受験生なんだよなぁ」
「ちょっ、先輩。俺たち一年生ですからっ。まだ一年余裕ありますからっ」
片や高校受験のことを思い出したらしい結理を廉が宥め、片や遠い目をしながら言う棗を大翔が必死にこちらへと戻そうとするのだが。
「二人とも、少し退いて」
背後から聞こえてきたその声に、けど、と言おうとした二人だが、声の主が手にしていた物を見て、大人しく場所を空ける。
そしてーー
「~~っ、」
「~~ッ、」
ぱっしーん、という音が二発響き、周囲にいた面々が何事、と少しばかり目を向けてくるのだが、叩かれた二人はそれどころではなく、それを見ていたいつもの面々は「あー……」と言いたげにしているため、気づかない。
一方で、声の主こと朱波はその手にしていた物ーーはりせんを二人に見えるようにしながら、はりせんの先を空いている左手の上で上下に動かしている。
「お二人さん。気持ちは分かるけど、ただでさえ日にちも時間もないんだから、そろそろ本気出してくれない?」
「だからって、はりせんは無いよ。はりせんは」
「言うなら口で言えば良かったじゃん」という結理に、「言っても聞きそうに無かったから、はりせん(という名の強硬手段)を使ったの」と朱波が返す。
「でもさすがに、ぶっ通しはキツいぞ?」
「売店辺りで何か買ってこようか?」
大翔の言葉に、結理が尋ねる。
「それで、誰が行くの?」
「ああ、それは……」
詩音の問いに、もちろん、と言わんばかりに朱波がくじを出す。
「……ですよねー」
文句はないのだが、何となく予想は出来ていた。
「じゃあ、一斉に引くよ」
せーの、と面々がくじを引く。
その結果ーー……
「……」
「……」
特に会話もなく、二人は売店までの廊下を歩いていく。
「どれにする?」
「とりあえず、お茶系とジュース系でいいんじゃないのか?」
売店に到着し、どんなものが売っているのか、一通り確認した後、相談してどんなものを買うのかを決める。
「じゃあ、私たちの分は買い出し組の特権で好きなやつを買おうか」
「だな」
とりあえず、先に自分たちの分を決め、その後に残った面々の分も決めて、会計を済ませれば、後は戻るだけである。
「……何か、これからパーティーするようなラインナップみたいになっちゃったね」
「言うな。というか、菓子系やデザート系まで買ったからだろうが」
「うぐっ」
だが、金銭的余裕があったのと、残った面々に飲み物だけだとどうなのか、と思って追加しただけなのだが。
「けど、どうせ食べるんでしょ?」
「まあな」
即答である。
そんな話をしていれば、目的地である教室が見えてくる。
「ただいまー」
「お帰りー」
そんなやり取りしながら、買ってきたものを手渡す。
「とりあえず、適当に見繕ってきたけど」
「おお、ゼリーがある」
買ってきた中身を見て、朱波が驚きの声を出す。
「そりゃあ、あるでしょ。寒天やゼラチンまであるんだから」
逆に無ければ、この世界にゼリーは存在してない。
「何というか、ファンタジー世界に不釣り合いだと思うと、イメージが音を立てて崩壊していくな」
「止めてよ。デザート系の無い世界なんて」
ゼリーを見ながら、小さく告げたはずの廉の言葉が聞こえたのか、結理がそう返すのだが、それを聞いていたのか、「問題はそこか?」と、棗が問い返す。
「先輩は何を言っているの?」
「美味しいものは正義、なのに」
「可愛いものも、ね」
「あ、でも、私はゼリー、好きですよ?」
「……」
女性陣の会話に、思わず無言になる棗。
「お前ら、本来の目的から離れすぎじゃないのか?」
珍しく大翔が突っ込む。
「あと一時間は許して」
「一時間後は、最終下校時刻だろうが」
騙されないぞ、と返され、舌打ちする結理。
「とりあえず、飲んだり食べたりしながらでも、切りの良いところまでは終わらせようか」
詩音に言われ、切りの良いところまでは終わらせることに、面々は同意する。
そして、分からないところは教え合ったりするという、そんな日々が続き、期末試験当日を迎えることとなった。
☆★☆
「どうだった? 手応えは」
やっと終わった、とぐったりしていた廉に、結理がそう尋ねる。
「わざわざ聞きに来るお前ほど、出来た気はしねぇよ」
「何でもかんでも、私は出来ないし、解けなかったところもあったんだけど?」
「ほら、二人とも。次は実技だから、さっさと行って準備するよ」
二人の会話を聞きながらも、動こうとしなかったためか、朱波がそう促す。
「へーい」
「実技って何するの?」
返事をする廉とは逆に、結理が尋ねる。
「多分、対戦かなぁ。一学期の時は、騎士科との模擬戦だったけど」
「結理なら大丈夫」
確か、と思い出しながら言う朱波に、詩音が大丈夫だと告げる。
「でも、問題は内容ですよね。実技だけは毎回内容が変わりますから」
「そうなの?」
廉たちよりも長く在学しているシルフィアである。
不思議そうな朱波たちにも、試験について説明する。
「普通科での実技試験は、他の科と同時に行うことが多いんです。たとえば、皆さんが一学期の時に経験した騎士科との模擬戦のように」
相手が魔導科なら、魔法に関する試験となり、作法科ならマナーの実践。商業科と産業科の場合は、街での屋台や露店での売り上げ勝負など、その内容は様々である。
なお、医療科との試験が無いのは、医療科で扱う薬品などに危険物もあるからである。
「なので、いくら規則性を探して、合同試験先を先読みしようにも、それは先生たちの思うつぼなんです」
「つまり、対策しようにも出来ないわけか」
そうなりますね、とシルフィアは頷く。
「そうなると、問題は作法科、商業科と産業科と行うことになった場合か」
騎士科と魔導科はどうにかできるとしても、今上げた三つの科は六人にとって、問題がある。
「相手が作法科なら、朱波は大丈夫じゃない?」
「あんたたちと一緒にいながら、私に作法云々があると思う?」
「遠回しに失礼なこと言ってないか? 東雲」
詩音の言葉に返した朱波だが、それを聞いた大翔がそう告げる。
「自信が無いなら無いって言えばいいのに」
「逆に変な知識と対応を身に付けている結理なら、余裕じゃない?」
「変な、って失礼な」
朱波の言葉に、結理は苦笑する。
「いや、普通なら知らないことを、お前は知っているわけだから、『変な』知識だ」
「ちょっと調べれば、出てくることだよ?」
「それは、お前らのやり方だからだろ」
「ちょい待ち。それって、私も含んでないよね?」
廉と結理の言い合いに、朱波がストップを掛ける。
「お前はお前で……アレだろ」
「うわっ、何か誤魔化された」
何と言えばいいのか、と考えながら言ったためか、中途半端に答えた廉に、朱波も朱波で何とも判断のしにくい表情で返す。
そして、そんなやり取りの後、移動してみれば、実技試験は魔導科との合同試験であり、内容的には習ったことの実践と魔法の撃ち合い合戦であった。
だから、
「体育祭の時も思ったけど容赦ねぇ……」
と、誰かがつい言ってしまうのも、しょうがない。
ちなみに、遠慮なくぶっ放しているのは、廉たちだけではないので、撃ち合い合戦に関しては、決して彼らだけのせいではない。
そして、バタバタと慌ただしかった期末試験も何とか終わった一週間後。
試験結果のほとんどが、それぞれに返されるのだがーー
「……ですよねー」
筆記試験の方はともかく、実技試験の試験結果を見た廉たちは、そう言うしかなかった。
習ったことの実践に関しては、きちんと点数などが書かれていたのだが、
『撃ち合い合戦:判定不能』
と記されていた。
おそらく、魔導科所属の面々も同じように記されているのだろうが、逆にあの状況下で、どのように判断しろと言うのだろうか。
「ま、無事に試験は終了したわけだし、もう少し頑張れば冬休みだしな」
楽しみだ、というレイヤに、気が早い、と面々が突っ込むのだが、自分の席で窓の外を見ていた結理に廉は気づく。
「……」
もうすぐ、冬が来る。




