第五十六話:体育祭、後半戦
「第四競技は応援合戦も兼ねた魔法の撃ち合い合戦。危険なので注意しましょう、か」
パンフレット(しおりともいう)を見た後、結理は目の前で行われているものへと目を向ける。
「おわっ、危ねっ!」
流れ弾のように八人が座っていた場所へと飛んできた火の玉に、廉が咄嗟に避ける。
「おい、一年! 危ないから、下がってろ!」
上級生に言われ、面々は少しばかり後方へと下がる。
「あ、花火が上がった」
「うわ、煙が……」
花火のように綺麗に花開くものもあれば、ぶつかり合うことで生じる煙が近くにいた面々を襲う。
「今年が最後だからなぁ!」
「決着つけるぞ!」
どうやら、上級生に因縁がある者同士がいたらしく、そこだけ激しく撃ち合われていた。
「わー……先輩方、容赦ないですねぇ」
シルフィアが遠い目をしながら言う。
「ちょっ、フィア。しっかりしろ!」
慌ててシルフィアを正気に戻そうとする廉に対し、結理は水分補給をする。
「さて、と」
軽く手首を捻ったりして、準備運動をする結理に、棗が恐る恐る尋ねる。
「な、なぁ、何かするつもりか?」
「参戦しようかと」
結理のその言葉に、まるで衝撃が走ったかのような表情になる六人。
「え? マジで? 本気?」
六人を代表して、朱波が尋ねるのだが、結理はうん、とあっさり肯定した。
「そっか。マジかぁ……」
朱波が溜め息混じりに、頭を抱えながら、そう口にする。
「で、使用属性は?」
「雷属性辺りで行こうかと」
ちなみに、メインとしている闇属性魔法を使わないのは、後で目立たないようにするためと、走る前に身体を傷つけないためである。
だが、本音を言えば、退屈に飽きたのと各魔法の使用レベルを上げたいというのが本音である。
「よし、やろう」
そう言って、魔法陣を展開し、雷撃を放つ。
「ひっ!」
「きゃあっ!」
「あ、ヤバっ」
小さな悲鳴を聞き、結理がしまった、と言いたげに慌てて魔法陣を消す。
「結理……お前、わざとか」
「あのねぇ。いくら私でも、わざとやってあんなミス、出来るわけないじゃない」
さすがに、結理もそんな器用なことは出来ないのだがーー
「お前ならやれそうだから、言ってんだよ」
疑いの目を向けたままの廉に言われ、結理はそっと目を逸らす。
「それより、そろそろ時間だから、行ってきまーす」
「逃げたわね」
「逃げたな」
次の競技を理由に、その場から離脱する結理を見て、朱波と大翔がそう告げる。
「じゃあ、時間も時間だし、俺も行ってくる」
「気をつけなよー」
結理の時とは違い、廉には素直にそう告げ、見送る朱波。
「さて、それじゃあ私たちは被害者がいないか。確認に行きますか」
とりあえず、被害者がいないことを願いつつ、後で結理にも謝らせるために、先に自分たちで確認に行くことにする面々だった。
☆★☆
第五競技・チーム対抗リレー・予選。
(第五競技はチーム対抗リレーの予選。出場者は廉と私だけど……)
軽く準備運動をしながら、走る方向を確認するかのように結理は目を向ける。
今回はチーム対抗なので、走者の待機場所には廉たち一年生だけではなく、同じチームへと振り分けられた上級生たちもすでにいた。
「とりあえず、俺たちは全力で走って、後は上級生に任せればいいよな?」
追いついてきたらしい廉が横から確認するように尋ねる。
「そうね。後は、さっきの競技の影響が出ないことだけは祈らないと」
「どういうことだ?」
「魔法が発動される時間差ってこと。走ってる最中に魔法が発動なんて、洒落にもならないわよ」
「確かにな」
走る方向を見ながら言う結理に、廉は納得する。
走っている最中に暴発されては溜まったものではない。
「ま、地雷は処理できるだけしとくつもりだけど……廉はどうするの?」
「そうだなぁ……けど、処理できるならしとくよ」
暴発したら相殺するという結理に尋ねられ、廉もそう返す。
下手をすれば、障害物競争みたいになる可能性もあるが、そこも楽しんでしまえばいいのだ。
「それじゃ、お互いに」
「目指せ予選突破、だな」
そのまま別々の方向へと、二人は歩いて行った。
☆★☆
第六競技・借り物競走。
「第六競技は借り物競走か。出場者は……レイヤね」
朱波がパンフレット(しおりともいう)とすぐ側にいるレイヤを見ながら言う。
「じゃあ、行ってくるよ」
「おう。頑張れ」
集合場所へと向かうレイヤに、面々が見送る。
そして、競技は始まり、レイヤの番になる。
「……」
「何を引いたのかな?」
「さあ?」
借り物が書かれているであろう紙のある場所に到達し、借り物が書かれている紙を見て固まったレイヤに、面々は不思議そうな顔をする。
(これ、どうしろっていうんだ……?)
一方で、レイヤもレイヤで戸惑っていた。
書かれていることが、よく分からず、角度を変えてみても分からない。
「何か難しいのでも引いたのか?」
眉間に皺を寄せているのを見ると、どうやら難しいらしい。
「多分そうかも。けど、他のチームの様子も見ると、それなりに難しいみたい」
レイヤ同様、考え込んでいる他の走者たちに、詩音がそう告げる。
「あ、こっちに来た」
「どうしたんだよ」
こちらにレイヤが向かってきていることに朱波が気づき、彼の到着と同時に大翔が尋ねる。
「その……とりあえず、相談しようと思って」
とりあえず見てくれ、とレイヤから差し出された紙に、面々が覗き込む。
「ああ、そういうことか。えっと……」
書くもの貸して、と朱波が手を出すのだが、
「こんな時に筆記用具を持ってくる奴、いないだろ」
と、大翔に返されてしまう。
もちろん、朱波も分かってて言ったことなので、怒ることはしない。
「全く、借り物が『召喚札』とか何なのよ」
「うおっ!?」
「え? え?」
後ろから聞こえてきた声に驚き、朱波が変な声を上げ、レイヤが戸惑いの声を出す。
「ちょっ、いつの間に戻ってきたの!?」
「さっき。みんな一緒に何か見てたから、何してるのかなーって」
「で、どういうこと?」
説明要求する朱波に、今度は背後から廉が口を挟む。
「先に答えを言えば、この用紙の答えは『召喚札』ってことだな」
「なるほどな。もし本当に『召喚札』なら……確か結理はたくさん持ってるよな?」
「まあ、あるけど……一枚ぐらいなら良いよ」
棗の確認に頷き、結理が何も書かれていない『召喚札』をレイヤに渡す。
「あ、ああ……」
戸惑いながら受け取るレイヤに、「ほら、さっさと行く」と言って、ゴールに向かわせる。
「で?」
にっこり微笑む朱波に、二人とも目を逸らす。
「二人とも、大人しく白状した方が身のためだと思うぞ?」
「脅迫!?」
「何を人聞きの悪い」
大翔の言葉に、オーバーリアクションする結理だが、大翔は笑って誤魔化す。
「お前らは借り物競争の方を見てたから知らんかもしれないが、俺も結理も予選突破したし、終わったからこっちに来ただけなんだが」
チーム対抗リレーの予選が終わったことを説明する廉に、結理がうんうんと首を縦に振り、同意する。
「今更だけど、何で『チーム対抗』なのに予選があるのかしら」
「それは、この体育祭が私たちのいる普通科だけではなく、騎士科などの他の科も参加してますから。それに、普通科だけでも何チームかありますから、レン様たちが出ました予選は、普通科代表を決めるためのものだったりしているんです」
朱波の疑問に、シルフィアがそう答える。
「あー……だから、この人数なわけね」
場所のほとんどは普通科が占めていたが、よく見れば他の科も確かにあった。
「そういえば忘れてたけど、学院って普通科以外にも科があったんだよな」
編入前に見せられた学院のパンフレットに、普通科以外の説明があったのを思い出す。
「そうなの?」
「俺たちの場合は、廉たちがいるから、っていう理由で普通科を選んだようなものだから、学校案内的なものは見てないんだよな」
首を傾げる結理に、大翔がそういえば、と思い出したように言う。
「簡単に学院にある科を説明するのなら、まずは私たちのいる普通科。次に、魔導科、騎士科、作法科、産業科、商業科、医学科と続きます」
シルフィアが説明していく。
「まあ、午後の部最初の競技でした魔法の撃ち合い合戦は魔導科の独擅場だったのですが、ユーリ様の魔法で些か混乱したみたいですね」
「……」
シルフィアの言葉に、ひく、と結理が顔を引きつらせる。
「医学科の生徒は参加者もいるといえばいますが、基本的には怪我した人の治療を担当している人の方が多いですね。産業科と商業科の人たちも、このような行事の場合だと何が売れたりするのか、という調査を一部の生徒がしているみたいですし」
ほら、とシルフィアが示したところに面々が目を向ければ、確かに何かを調べている人がいる。
「なるほどね」
ふむ、と結理が納得したかのように頷く。
ちなみに余談だが、文化祭の集客ランキングの上位は、産業科と商業科、その連合軍の出し物が占めていたらしく、普通科内では廉たちのクラスは三位という結果だった(一位と二位は上級生のクラスが得ている)。
「さてそれじゃ、もう一っ走り行ってきますか」
軽く伸びをした後、結理はそう言いながら、立ち上がった。
☆★☆
第七競技・クラス対抗リレー。
「さて、第七競技……? はクラス対抗リレーだけど、本当にリレーが好きだよね。この学校」
「言うな。つか、最後の方は大体がリレー系の競技だろ」
「盛り上がるもんねぇ」
結理の愚痴に廉が返せば、朱波が横からそう告げる。
クラス対抗リレーの準備が進められる中、そのトラック内では玉入れや綱引きが行われており、シルフィアが競技参加中のため、今この場には不在である(まあ、結理が競技数を断言できなかった理由もここにはあるが)。
「クラス対抗らしいけど、点数配分はどうなるんだよ」
「学年ごとにやって、一位のクラスがいるチームに点数が入るみたい」
廉の疑問に、パンフレット(しおりともいう)を見ながら結理が答える。
「策はあるの?」
そんな詩音の問いに、
「加速魔法を最大で掛ける」
と廉が返すのだが、パンフレット(しおりともいう)を閉じてしまいながら結理が告げる。
「止まるときは注意しなよ。最大で掛けて、いきなり止まると転けるから」
「へいへい」
結理たちは実際に転け掛けたことがあるため、その点からそう注意するのだが、特に気にした様子もなく返事をする廉に、結理と大翔、棗が駄目だこりゃ、とでも言いたげに頭を抱えたり、振ったりする。
完全に諦めモードであるその三人に、苦笑いする他の面々。
「でも、結理はどうするの?」
「ん? 何が?」
ふと思ったように聞く朱波に、結理は不思議そうに聞き返す。
「何がって、作戦よ」
「ああ……特に無いよ」
それに、え、と面々が結理に目を向ける。
「え、何もないの?」
「モンスターとの戦いじゃあるまいし、やらないよ。廉もいるし」
走者順は廉の一つ前。
少しばかり遅れても、後に控えている廉が向上した身体能力を持って、取り返してくれるはずだ、と結理は思っている。
ーーただ、彼女に遅れるつもりすらないのだが。
「それもそうね。でも、廉と結理が同じチームな上に、男女混合はありがたかったわね」
あっさりと納得する朱波に、シルフィアが不思議そうな顔をする。
「そうなんですか?」
「意外と速いんだよ。こいつら」
「五十メートル走、何秒だっけ?」
大翔の言葉を受けて、朱波が廉と結理に尋ねる。
「平均より若干速め」
「す、凄いのか分かりませんね……」
微妙な表情をするシルフィアだが、それも仕方がないことで、廉たちがいた元の世界とこの世界の『平均』がそもそも同じなのかどうかすら分からないのだ。
そして、廉たち召喚組の身体能力が上がっている以上、二人の記録の基準になっているであろう『平均』も当てにならない。
そもそも五十メートル走自体、この世界にあるのかどうかすらも怪しいのだが、シルフィアやレイヤが聞いてこない時点で、それはそれで特に問題ないのだろう。
「それはまあ、今から見れば納得すると思うから」
とりあえず、走っているのを見て、自分で判断しろ、と暗に言う棗に、シルフィアはぎこちないながらも頷く。
「けど、結理」
「ん?」
「この前の騒動とさっきの件で注目されてるみたいだから、あまり暴れないようにしないと」
朱波の言葉に、結理は頷く。
「そうだね。なるべくなら、加速魔法は使いたくないけど、ビリにもなりたくないからね」
「そうなると、良くて二位か」
「だね」
やはり目標は変わらずに優勝だけど、良くて二位狙い。
「じゃ、そろそろ行くから」
「でも、ここまで見送りしなくても良かったのに」
呼び出しされそうだから、と言う廉に対し、もう、と言いたそうな結理だがーー
「別にこういうことがあってもいいじゃない」
と朱波に返されてしまう。
「お二人とも、頑張ってくださいね」
笑顔で見送るシルフィアに、「行ってきます」ではなく「勝ってきます」と返す二人だった。
競技は始まった。
特に問題もなく、走者は順に回って行った。
「やっぱり、加速魔法で速力を上げてくるか。ならーー」
走者たちを見ながら、結理は呟いた後に襷を受け取ると、
「遠慮なく、本気で行かせてもらおっか」
と口にし、走り出す。
そして、次の走者である廉がコースに立ったのを確認した後、襷を外し、渡すための用意を始める。
『おーっと! 一年三組、アンカーに襷が回ったぁーーーーっ!!』
だが、隣のコースを走っていた人物が次の走者へと先に襷を渡したのを結理が捉えたのと同時に、そんな実況が耳に入る。
「っ、ごめん。後は任せた!」
「ああ!」
軽く息切れしながらも見送る結理にそう返し、廉は受け取った襷を掛けながら走り出す。
「は、速い……」
「ここまでとは……」
そんな彼らを見て、そう洩らすシルフィアとレイヤに対し、それなりに付き合いのある面々の意見や反応は普段通りだった。
「つか、前より速くなってねーか? 特に廉」
「そうだね。まあ、走り回ってれば、嫌でも速くなると思うけど」
最終的にはこんな言われようである。
「で、一位は三組か」
「けど、一年一組の結理と廉を嘗めてもらっちゃあ困るのよねー」
ふむ、と言いたげな棗に、ニヤリと笑みを浮かべながら朱波が返す。
はっきり言って、あの二人のことは朱波たちが一番良く知っているのだ。
「前から思っていたんだが、どうしてそこまで信頼できるんだ?」
疑問に思ったのか、尋ねるレイヤに、「そうねぇ……」と思案するような顔をして朱波が言う。
確かに、『幼馴染』という理由だけでも納得できそうだが、どうしても無理な部分は生じるわけで。
「親友だから。結理たちが信じてくれるから、私たちも信じられる」
結局はその部分なのだろう。
廉たちは無茶さえしなければ、朱波たちが何をしようが大丈夫だろうと判断しているし、朱波たちも朱波たちで、あの二人なら「大丈夫」とか「何とかしてくれる」と思っている。
おそらく、互いにそう思わせてくれる何かがあるのだろう。
だから、朱波たちも二人を心配させない程度には、好き勝手出来るのだ。
「そして、サポートする事も出来る」
付け加えるかのように言う詩音に、聞いていた棗が溜め息混じりに言う。
「けど、あの二人はすぐに無茶をするから、ストッパーが必要なんだよ」
「それを、アケハ様たちがやっている、と……」
「まあね」
シルフィアの確認のようなものに、朱波が頷き返す。
『ついに、一年一組にも襷が回り、アンカーに突入!! しかも、速い! 速い! 三組に追いつきそうだーー!!』
廉が走っていることに気づいたらしい実況がそう告げる。
「ーーっつ!!」
「本命は、チーム対抗リレーだけどなぁっ!」
追いついてきた廉に驚く、隣の走者ーー三組の生徒にそう叫びながら、ついに廉が隣に並ぶ。
「よしっ!」
それを見て思わずガッツポーズをする面々。
「行けっ! 廉!」
「そのまま追い越せぇぇぇえっ!」
廉たち一組と隣を走る三組の生徒へのチーム自体の応援も加わったことで、さらに過熱する。
そして、声に出さないながらも、結理がトラック内から二人のレースを見守る。
(よし、このままーー)
走ろうとすれば、相手が加速魔法を使ったのか、再び引き離される。
「っ、このーー」
廉も加速魔法を発動して追いつこうとするのだが、速度は変わらずにいた。
(加速魔法が上がらない? 結理の奴、襷に何かしやがったな……)
廉が襷に何かしたのでは、と思った理由としては、彼女から受け取ったものが、この襷以外に思いつかなかったからだ。
「っ、こうなったらーー」
ーー向上した身体能力で追いついてみせる。
完全にそれ頼みだが、加速魔法が使えないのだから仕方がない。
「加速魔法無しでこの速さっ……!」
シルフィアが息を飲む。
廉が加速魔法を使ってないことなど、展開されていない魔法陣を見れば、一目瞭然である。
そしてーー
「さすが、我が幼馴染」
同じく見ていた結理は、口角を上げ、ふっと笑みを浮かべていた。
☆★☆
第八競技・チーム対抗リレー・本選。
「だぁーっ! やっぱり、予選で落ちとけば良かった……」
戻ってきた廉の第一声がそれだった。
「何を今更」
「そうよ」
呆れたような、何か言うことすら諦めモードの面々に目を向けた後、結理にも目を向ける廉だが、「ん?」と首を傾げられただけで、あっさりと躱されてしまう。
「まあでも確かに、リレー系は補欠なら良いって言ったけど、本選まで出るとは私も廉も言ってないもんね」
そう、廉たちは本来なら補欠要員だったのだが、いつの間にか走者として登録されていたので、走っただけである。
それに、自分たちのチームが勝つためなら、力を出し惜しみする理由なんかない。
「それは予選で言えば良かっただろ」
棗のそんな意見に、「ほー」と呟きながら、結理は彼に目を向ける。
「先輩は良いですよねー。走らなくて良いし」
「こっちは暇なんだが」
ぽろっとそう言ったのが悪かった。
「へー、なら代わりに出ます?」
「い、いや、いい……」
廉のあの走りを見せられた後の、彼が出場予定の競技に代わりに出てみれば、どんな反応をされるのかなんて、簡単に予想できる。
それに、廉と結理の組み合わせという勝利の方程式を崩したくもない。
「とりあえず、だ。予定だとチーム対抗リレーで終わりみたいだし、そこの二人が本気出せば優勝出来るんじゃないのか?」
「微妙な無茶ぶり、言ってくれるわね」
「俺、さっきほとんど本気で走ったんだけど?」
大翔の言葉に結理は顔を引きつらせ、廉が冗談だろ、と告げる。
「二人とも、他の人たちを待たせることになるから、そろそろ行ったら?」
延々と続きそうだと判断したのか、珍しく詩音が促す。
「ん。じゃ、優勝もぎ取りに行ってくる」
「その言い方はやめなさい」
冗談じゃなくなりそうだから、と思いながらも、面々は見送った。
二人は集合場所に着くまで、少しばかり話す。
「さっきの今で、大丈夫?」
「ああ。アンカーじゃないだけ、大丈夫だ」
先程のクラス対抗リレーではアンカーだった上に、加速魔法が一部発動せず、結果がどうであれ、廉は向上した身体能力だけでゴールしている。
廉の言葉に、そうねぇと返しながら、結理は言う。
「私が第二走者で、廉が第三走者。まあ一年だから、妥当といえば妥当よね」
いくら二人が早くても、上級生の中には二人よりも早い人物だっているのだ。
「あと、さっきみたいな事するなよ?」
「何のことー?」
あくまで知らない振りをしようとする結理を無視し、廉は続ける。
「クラス対抗の時、襷に何かしただろ」
「……まあ、ね」
目を逸らしながら、何かしたことは認めながらも、何をしたのかは言わない。
「とにかく、何もするなよ? 絶対にだ」
「分かったわよ。先輩たちも巻き込みたくないし」
素直に了承する幼馴染に、廉は「ったく」と呟く。
だが、結理の巻き込みたくない、というのは事実なのだろう。
(大丈夫。まだ何も起こらないだろうし、起こさせない)
各走者の待つ場所で、結理はそう思う。
チーム対抗リレー・予選の時もクラス対抗リレーの時も何も起きなかった。
だからといって、この本選で起きないとも限らない。
仮に起こったとしても、早急に対処すれば問題ないだろう。
(もしもの時には頼みますよ、勇者様?)
「ーーっつ!?」
何か感じたのか、同じく各走者の待つ場所にいた廉が、左右をきょろきょろと見回している。
そうこうしているうちに結理の番へと回り、バトン代わりの襷を手にすると走り出す。
『普通科Bチームと騎士科、第二走者に移行! ーーっと、両者同時に第三走者へと移りましたぁぁあっ!!』
Bチームというのは、廉たちがいるチームである。
そして、そんな実況とともに、結理の手から廉の手へと襷が渡される。
「行っけぇぇぇぇええ!」
珍しく結理が声を上げる。
「ーーっつ!」
並んでいた騎士科の生徒よりも、少しばかり早かった廉の手から第四走者である上級生に襷が渡る。
「あと、一人……」
次々と走者たちで回される襷は、最後の走者となるアンカーへと渡り、各チームのアンカーである三年生が時折隣の走者を確認しながら、ゴールを目指す。
その間、思わずーーほとんど無意識に手を握りしめて拳を作った者がいたり、行け、と応援する声が飛び交う。
そしてーーついに、勝者と優勝チームが決定した。




