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ウェザリア王国物語~グラスノース編~  作者: 夕闇 夜桜
第三章:夏休み後半・学院編
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第五十五話:体育祭、前半戦


「体育祭、始まったな」


 軽く伸びをしながら言う廉に、結理が面々を見ながら尋ねる。


「この中で最初に競技に出るのって誰?」

「えっと、確か……」

「俺だな」


 自分だと答えた棗に、それぞれ準備を始める走者たちを見ながら、不安そうに聞き返す。


「え。先輩、大丈夫なんですか?」

「何がだ?」

「みんな、加速魔法で加速する気満々みたいですよ?」

「つまり、遅れると明らかに点が入らないから、一位になれと?」


 走る競技の出場者たちが加速魔法で加速し、一番になるのを狙っていることなど、棗も理解している。

 そもそも、この体育祭では、魔法の使用を禁止されてはいない(されているものも無くはないが)。


「いや、さすがにそこまでは求めてません。ビリじゃなけりゃ良いんです。ビリじゃなけりゃ」

「なら、良いが……」


 目指すのが優勝とはいえ、最下位でなければ、別に一位でなくとも構わない。

 そして、体育祭最初の競技が始まろうとしていた。


   ☆★☆   


 第一競技・障害物競走。


「第一競技は障害物競走、か。出場者は棗先輩だけど……」


 競技別に集合と予定開始時間が記されたパンフレット(しおりともいう)を見た後、結理は現在走っている棗に目を向ける。


「あの人。運動神経良いけど、やっぱり加速魔法には勝てないみたいだな」

「あんたの目にはどう映ってるのよ……」


 うーん、と言いながら見ていた廉に、朱波が呆れた目をする。


「先輩。加速魔法を使わないね」

「確か、先輩は使えるはずだけど、温存してるのかな?」


 加速魔法については詩音も気づいたようで、不思議そうな顔をしているが、少なくとも、こちらに来てからほとんど一緒にいた結理からすれば、自身でさえ取得していたのだから、棗が取得してないのはおかしく、出た結論は今のような、温存しているのではないのか、というものだった。


「でも、最下位(ビリ)じゃないから良いかな」


 だが、競技はまだ始まったばかりである。

 たとえ最下位だとしても、後で取り戻せばいいのだ。


   ☆★☆   


 第二競技・二人三脚。


「第二競技は二人三脚。出場者は朱波と詩音だけど……」


 結び目を確認しているらしい二人に目を向ける。


「朱波ー、詩音ー。頑張ってー!」

「任せて!」


 声援を送れば、どうやら聞こえたらしく、朱波が親指を立てて、そう返す。

 そうこうしている間に、二人の番が回ってくる。


「「せーのっ」」


 バトンを受け取り、二人はそのまま息を合わせて走り出す。


「つか、最初はお前と朱波がペアになるかと思ったんだけど、詩音とペアというのも珍しいよな」

「そうね。けど、何でもかんでも私と朱波をペアにしないでほしいんだけど?」


 廉の言い分に同意しつつ、きちんと止めてほしいことを口にする結理。


「仕方ないだろ。お前らが固まってるから、いやでもそんなイメージになるんだよ」


 確かに、それは否定できないし、廉も廉で、結理が朱波とあまり離れようとしない理由も、何となくだが理解している。


「そんなこと言ったら、廉たちも一緒じゃん」

「そ、それは、確かにそうだが……」

「みなさん、お二人の応援しましょうよ……」


 横道に逸れかけた二人に、シルフィアがどこか呆れたような、疲れたような様子で、正論を告げるのだった。


   ☆★☆   


 第三競技・パン食い競争。


「第三競技のパン食い競争には大翔が出場、な訳だけど……」

異世界(こっち)にもあるんだな。パン食い競争」


 異世界という場所では不釣り合いにも見えるパン食い競争だが、目の前で実際に行われているのだから、否定できるわけがない。


「そうね。ただ、食べ物がパンじゃないのも気になるけど」


 朱波の言う通り、パン以外にも何かが混じっている。


「あれ、まさかドーナッツか?」

「つか、揚げ物系までないか? ほらあそこ」


 廉と棗が見つけたらしい。


「うわぁ、悲惨なことになる予感……」

「特に油、だよね」


 特にかぶりついた後の口周りのことを考えると、貴族令嬢を筆頭に貴族の者たちにはさせられないのではないだろうか。


「揚げ物系は止めて、せいぜいクッキーとか焼き菓子系にしとけばいいのに」


 それを聞いた朱波が、ならこれは、とばかりに案を出す。


「シフォンケーキとかもありじゃない? あとは、マドレーヌとかさ」

「あとは、メロンパンやロールパン、クロワッサンに菓子パン系とかマカロンとか?」

「和菓子系も捨てがたい……」


 それを見て、廉は思う。


「お前ら、ただ単に食べたいだけだろ」

「そうよ。悪い?」

「帰りに似たような材料でも買って、こっちでも出来るか試してみようかなぁ」


 廉に対し、文句は言わせないわよ、という朱波を余所に、結理が必要となるであろう材料を思い浮かべていく。


「ゆ、ユーリ様。もしよろしければ、私にもいただけますか? 私、食べてみたいです」


 どうやら、シルフィアの興味という名のアンテナに掛かったらしい。


「えー、姫様も食べるなら、手を抜けないじゃん」

「えっ、駄目ですか……?」


 結理の言い方に、シルフィアが不安そうな顔をする。


「あ、いや、そういう意味ではなく……それに、何人増えようと大丈夫ですから。手間を掛けて、きちんと作りますからっ」

「それなら、いいのですが……」


 やはりどこか心配そうなシルフィアに顔を引きつらせつつ、さて、どうしたものか、と結理は思う。

 今は毒味の心配よりも、上手くできるかどうかということと作ることが決定事項になってしまったことの方が気になって仕方がない。


(やるだけやってみますか)


 出来なかったら出来なかったで、謝るしかない。

 とりあえず、やるだけやってみよう、と結理は決めるのだった。


   ☆★☆   


「やってきました。お昼時~、ってことで」

「オープ~ン」


 結理と朱波が、重箱のような弁当の蓋を開けていく。


「おお~」

「これは凄い」


 その中身を見て、感嘆の声を洩らす面々。


「相変わらず、手を抜かねえよな。お前ら」


 そう言いながら手を出す廉に、結理がその手を叩く。


「文句あるなら食べなくてもいいわよ。私たちの分が増えるだけだし」

「いや、文句はないし、食べるから」


 そんなやり取りも笑顔で流すと、面々はそれぞれ中身へと手を伸ばす。


「ん~、美味い!」

「美味しいです」

「ありがとうね、二人とも」


 レイヤとシルフィアの感想に礼を言いながら、結理と朱波が小さくハイタッチする。


「つか、重箱なんて、いつの間にか作ったんだよ」

「あ、作ったことには気づいたんだ」


 大翔の言葉に、朱波がよく気づいたね、と返す。


「ちなみに、私作(わたしさく)で、実は文化祭の準備期間前後からやってました」


 それを聞き、うん? と棗が不思議そうに尋ねる。


「でも、あの時って、確か対戦してなかったか?」

「先輩。その辺の細かいことには触れないでもらえますか?」


 にっこりと笑みを浮かべ、牽制するように結理は言う。


「でも、綺麗です」

「時々、この子がどこでそういう知識とかを仕入れてくるのか、私にも分からないのよねぇ」


 重箱を褒めるシルフィアに対し、朱波が疑いの眼差しを無言で食べ進める結理に向ける。


「前にも言ったと思うけど、そういうのは気にしなくていいから」


 朱波の視線に耐えきれずに、結理はそう返す。


「ねぇ、この後の魔法合戦って、何するの?」

「ああ、それはですね……」

「説明するより、実際に見てみた方が早いと思うぞ」


 パンフレット(しおりともいう)を見ていた詩音の問いに、シルフィアが答えようとするのだが、レイヤが遮るようにしてそう答える。


「確かにあれは、説明するよりも見た方が早いですね」


 納得するシルフィアに、詩音が不思議そうに首を傾げる。


「見てのお楽しみというものですよ」


 ふふ、と微笑むシルフィアに、益々(ますます)分からないと言いたげに詩音は首を傾げるばかりだった。


 ーーセントノース学院高等部体育祭・午後の部開始まで、あと数分。



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