第五十四話:後夜祭と体育祭当日
「明日、体育祭もあるのに後夜祭?」
「後夜祭とは言っているけど、一時的なものでしょ?」
文化祭の後片付けをしながら、ふと出た疑問を結理が口にすれば、朱波がそう返す。
「ま、いいんだけどね」
たとえ今いる場所が異世界でも、少しでも楽しく、思い出に残ればいいのだ。
☆★☆
「後夜祭とはいえ、さすが良い所の学校よね。後夜祭用のドレスまであるなんて」
それぞれドレスアップした朱波と詩音、同級生たちを見ながらそう言う結理に、廉が呆れたような目をしていた。
「つか、お前は着ないのか」
未だに制服のまま、個々でデザインの違うドレスの友人たちを眺める結理に、相応に着飾った廉が尋ねる。
そもそも、後夜祭用のドレスが個々でデザインが違うのは、一部の生徒たちの我が儘から始まったものであり、その対策として、女子生徒たちのドレスは個々で違うデザインのものとなったのだ。
「嫌よ。動きにくい」
「いや、動きにくいとかの問題じゃないだろ」
面倒くさくても着飾っている者は着飾っているのだ。たった一人の我が儘など、認められるはずがない。
「情報収集には動きやすさが必要なのよ」
「まあ、そうかもしれないけどさ……」
「廉。納得しちゃダメでしょ」
結理の言い分に思わず納得しそうになった廉だが、朱波が冷静に突っ込む。
「そうですよ。せっかく、皆さん用で新調したのに」
しゅん、と落ち込んだ表情を見せるシルフィアに、結理はぎょっとした。
「え、そうだったの?」
「何のためにあちこち計ったと思っているのですか……」
確かに、休日を利用して、王城勤務のメイドたちに身長やスリーサイズを計られたことはあった。
ただ、結理も結理で服飾関係なのは予想していたのだが、その目的が、まさか後夜祭で着るためのドレスとは予想しなかったのだ。
あー、とか唸りながらも、結理は気まずそうにシルフィアへと尋ねる。
「なら、着替えてくるわよ。多少の改造は許してくれるなら、ね」
「どう改造するのか不明ですが……ユーリ様なら大丈夫だと思いますので、構いませんよ」
「ありがとう、王女様」
あっさり許可したシルフィアに礼を言えば、結理は着替えるためなのか、その場から離脱する。
「フィア。改造ってことは、絶対に戦闘服だぞ。あいつの場合」
「え」
廉の補足に、シルフィアは思わず固まった。
「装飾品などを変える、とかではなく?」
てっきりそのつもりで聞かれたと思ったから、シルフィアも許可したのだ。
「そのレベルならいいんだけどねぇ……あ、武器収納型ドレスに一票」
「戦闘型ドレスに一票」
「お前ら、何してんだよ……」
それぞれ片手を上げて、意見を言い合う朱波と詩音に、分かっていながらも廉は尋ねてしまう。
「結理のドレス改造が、どのパターンになるか賭けてるの」
「俺たち的には両方に一票」
「大翔たちまでやるのかよ!」
やはりというべきか、予想通りの答えを返してくれる朱波に対し、横からも似たような意見が聞こえ、廉は思わず声を上げた。
「意外とそのままだったりして」
「レイヤ、お前もか」
こちらでの友人にまで言われ、廉は頭を抱えた。
「ん? 何が?」
「いや、何でもない……」
話を聞いていたのかいなかったのか、何のことだ、と尋ねるレイヤに、気にするな、と廉は返す。
しかも、自覚なしとか、一番面倒くさいパターンである。
「そういえば、結理のドレスの色って、何色なの?」
実はドレスを決める際に、色をどうするのか、という問題も出ていた。
この世界には黒髪の持ち主がいなくはないのだが、彼女たちに似合う色となると、どのような色だとその人を引き立てられるのか、と迷うことが多いらしく、同じ黒髪持ちである結理や朱波、詩音もそのことに例外ではなく、どの色が似合うのか。本人たちの意見も取り入れながら、試行錯誤したのだ。
「まさかとは思うけど、白にはしてないわよね?」
白いドレスというと、ウェディングドレスが真っ先に思い浮かび、「してないわよね?」と、ややしつこいぐらいに朱波が尋ねる。
「え、はい。ユーリ様は、青とか緑とかそちらの方がいい気がしたので」
これはシルフィアの直感である。
結理は色のことを特には言わなかったが、シルフィアとしては、青や緑はともかく、白は何か違うと思ったのだ。
「つか、お前らでさえ似たような色なのに、鷹森が色を重ねてくるか?」
大翔の疑問は確かであり、結理は特に朱波と被らない色を選ぶことが多かった。
「でも、結理の性格上、白を選ぶ確率は低いわよ?」
買い物で服を選ぶ場合、白系の物を買うこともあるが、どちらかといえば、結理は黒系を好んで選んでいる。
「でもまあ、似合ってるのなら、いいんじゃねーの?」
大翔の言葉に、面々が「何言ってるんだ」という顔をするが、彼が自身とは逆方向を示したことにより、納得せざるを得なくなった。
「うーん、驚かせるつもりだったのに、気づく方が早かったか」
苦笑する結理に、一番に反応したのは朱波だった。
「フィア……、ナイス!」
シルフィアに向かって親指を立てる朱波だが、向けられたシルフィアは笑顔で頷き返し、そのことに結理は遠い目をしながら見ていた。
「結理、大丈夫?」
おーい、と詩音が結理の前で手を振ればーー
「ハッ!」
「朱波のは今更だから、遠い目をしないの」
どこかわざとらしくも我に返った結理に、詩音が朱波たちを見ながらそう言えば、「ああ、そうだった……」と結理が返す。
さて、ここで、三人のドレスについてだが、基本的なデザインは変わっていない。
というのも、首から胸(というか腋というべきか)の部分まで開いているパターンか、首の後ろのリボンで止めるパターン、背中が大きく開いたパターンという三つのドレスパターンに分けられている(シルフィア含めた女性陣は最初のパターン)。
胸下から腰に掛けて斜めに大きめの襞があり、裾は膝までで、足元はタイツやストッキング、靴などで色合いや全体を調節してある。
他の部分ーー結理の場合は、長い白の手袋と上着を着用している(もちろん、竜二体との契約模様を隠すためのものである)。
「でも、やっぱりユーリ様は青や緑がお似合いですね」
自分の見立てが当たったことに対し、シルフィアが嬉しそうにそう告げる。
「普段着だと確か、ジャケットを着てることが多かったよな」
元の世界で、とは言わない廉だったが、事情を知る者であれば、大体のことは察せられる。
「黒一色の時もあったわよね」
「闇夜のカラス」
そういえば、と朱波が言えば、同意するように詩音が頷きながら言う。
「あのねぇ……」
私の私服なんかどうでもいい、とばかりに結理が口を開けば、後夜祭用の出し物が始まる放送が会場全体へと響く。
『それでは、後夜祭名物のミスコン及び男装女装コンテスト、開始です!』
男女それぞれの歓声が上がる。
「……ミスコンに、男装女装コンテスト?」
廉が不思議そうにすれば、「そういえば」と言いたげにシルフィアとレイヤが説明を始める。
「ミスコンは、言葉通り、学院一の美少女や美人を決めるコンテストだ。出場者は事前申請で、投票権は生徒全員にある」
「男装女装コンテストも同様で、男装の方は女子生徒に、女装の方は男子生徒に参加資格があります。ミスコン同様、投票権は生徒全員にありますが、事前申請は必要なく、参加の常連以外は毎年飛び入りが多いんです」
なるほど、と六人は納得した。したのだがーー……
「何で私を見るの」
「そして、同時に何で私も見るの」
「いや、お前ら。二人で行けんじゃね? と思って」
というのも、向けられた視線の先は結理と朱波であり、大翔はそう言う。
「そう言う大翔も、女装コンテスト、行けるんじゃない?」
「化粧とかなら、やってあげるけど?」
二人揃って笑顔でそう言えば、大翔は間を置くことなく謝罪した。
「いや、謝るから、それは止めてくれ。というか、止めてください。すみませんでした」
「本気で謝られてもなぁ……」
そんな大翔に、二人は逆に困惑した。
ほとんどがノリでのやり取りなのに、本気で謝られたりしては、一体どうしろというのだ。
「ま、出る出ないはいいとして、だ。俺たちは俺たちで食事も楽しめばいいだろ。……おい、結理。欲しければ、取ってくればいいだろ」
「行ってくる!」
ちゃっかり料理を手にしていた廉は、自身の手元を注視していた結理に気づいたため、取りに行くことを勧めれば、結理はすぐさま料理の方へと飛んでいく。
「……あの子。料理を使えば、出場してくれそうよね」
「その場合は、もれなく付き添い及びパートナーになるのは決定だぞ?」
「止めときます」
もしかして、と告げる朱波だが、棗の言葉にあっさりと却下する。
そのことに、即答だな、と思いつつも、自分たちも料理を利用してまでパートナーになるのは(どちらかといえば)嫌なため、そこまでは口にしない。
(それに……)
様々な料理を口にしては、どこか幸せそうにしている結理に、悪い気もするのだ。
「とりあえず、回収してくるわよ」
すでに後夜祭も折り返し、ミスコンの発表が始まっている。
朱波が溜め息混じりに言いながら、結理の方へと向かっていくのを、面々は苦笑いしながら見送るのだった。
☆★☆
翌朝。
パンパン、と空砲などが鳴り響き、何かが行われることを示していた。
全員、前日までの楽しげな雰囲気とは違い、どこか気合いのある、真面目な表情で一点を見つめている。
そんな中、一つの声により、一斉に歓声が上がる。
『さあ、これよりセントノース学院高等部による体育祭の始まりです!』
全員の目的はただ一つ。
狙うは、優勝のみ、だ。




