第五十二話:文化祭当日・一日目
「何でこんなことに……」
「ちょっと、早く持ってってよ。文句は後で聞くからさ」
「分かったよ」
廉が遠い目をしながら告げれば、教室を区切るように存在する仕切りから、結理が咎めるような言い方をする。
そのことに、仕事に戻りますか、と渡された料理などを当番のクラスメイトたちと注文をした客の元へと運んでいく。
結論から言えば、廉たちのクラスは喫茶店をすることになった。
メニュー決めから受付に調理担当、接客担当に宣伝担当など、二日ある文化祭で必要な役割を決め、少しずつ準備を行ってきた。
「でも、良かったわね。裏方に回れて」
隣でせっせと腕を動かす朱波に言われ、同じように腕を動かす結理は、溜め息を吐きたくなった。
「けど、明日は表だよ? 結局は表裏両方に立つことになるじゃんか」
「確かにね。まぁとりあえず、私たちは早く料理を作らないと」
もうすでに明日の担当に対し、嫌そうな顔をする結理に、朱波はそう返す。
確かに、今結理が言った通り、現時点で裏方のメンバーは二日目となる明日には表に出ることになっており、表メンバーは裏方に回ることになっている。ただ、状況次第では、この状況をそのまま維持することにもなっているため、判断基準としては、本当に状況次第である。
だが、そんなことを言っている暇もなく、やってくるお客さんたちはいるので、注文が入るたびに現裏方調理担当の二人は、その腕を同じく調理担当のクラスメイトたちとともに動かすしかないのだ。
「そうね」
廉に言っておきながら、自分だけ文句を言うのは駄目だと思い、結理は調理に集中する。
嘆くのは後回しだ。
☆★☆
「お待たせしました」
「は、はい……」
営業スマイルで席に案内したり、料理を運ぶ彼女に、客として来た男子生徒が顔を赤らめる。
そんな状況を、仕事しながら「あーあ」と言いたげに見ていた廉が、同じく担当が一緒で隣にいた友人に尋ねる。
「なぁ、いつも以上に輝いて見えるのは、俺の気のせいか? レイヤ」
「俺に聞かれてもな」
廉の言いたいことは分からなくはないが、少なくとも彼女との付き合いはレイヤの方が短い。
「お待たせしました」
「あ、ああ……」
そして、最初はどこか違和感があった和服少女ーー言わなくても分かるとは思うが、詩音であるーーも、現在では不思議なくらいに溶け込んでおり、彼女と同じように営業スマイルで対応しては、客の男子生徒の顔を赤くしていた。
ちなみに、詩音の和装制服は結理の手作りであり、詩音の場合は和服の方が似合いそうだから、という理由からそうなったのである。
「こらぁ、ホール係。早く料理取りに来んか!」
「しまった。忘れてた」
横から届いた声に、廉がはっとして料理を取りに行く。
「朱波もホール係に回ったんだから、早く運んで!」
「お、おう……」
廉とレイヤが戸惑いながらも、料理を運んでいく。
そう、彼女というのは、朱波である。少しずつ増えてきた客に対し、接客担当が中々追いつかないため、一時的に手伝いで裏方から回ったのだ。
そんな中で「見た目は良いのに、何で性格が残念なんだろう」と失礼なことを考えつつ、営業スマイルを忘れずに、廉は料理を運んでいく。
見た目云々を彼女たちに知られれば、何を言われるのか分からないが、結理たち女性陣を見て、
(何で、結理も出て来ないのかなぁ。それなりに美人なのに)
と、廉は素直にそう思った。
廉としてはよく見る、三人仲良く並んでるときも華があるが、個々としてもそれなりの華やかさはある。
「おい、あまり見てんな」
盆で廉の後頭部を軽く叩いて注意してくるレイヤに、悪い、と謝りながら接客に戻る。
そんな廉を余所に、レイヤが朱波と詩音へと目を向ければ、詩音が軽く頭を下げ、朱波が小声(というか、距離的に口パクに見えなくもない)でありがとう、と言ったのだろう。
そんな彼らにやれやれと思いながら、面々に関しては、不思議な関係だよな、とも思うレイヤ。
「……ま、気にしても仕方ないか」
あまり深く突っ込んで、トラブルに巻き込まれるのだけは避けたい。
だが、そんなレイヤを余所に、トラブルというのは意外な所からやってくるものであり、あの六人に関わった以上、そのほとんどが避けられないということを、今の彼が知る由もない。
☆★☆
さて、客の波も収まり、この隙にとばかりに担当者たちは休憩に入り、廉たちも様子を見ながら、休憩することにした。
「そもそも、何で厨房側に余裕があるのよ」
「そこがおかしいわよね。普通、ホール係が厨房側に早くしろって言うはずなのに」
不機嫌そうに自作の弁当に箸を突っ込みながら、結理と朱波がそう愚痴る。
「結理と朱波の速度が尋常じゃないからだろ」
「つか、どんな作り方してんだよ」
ふと思った疑問を口にした大翔に、二人はにっこりと笑みを浮かべる。
「目の前で見せようか?」
「止めとく。何か後悔しそうだ」
それを聞き、「あっそう」とあっさりと引き下がる二人に、面々は不思議そうな顔をする。
いつもならここで、「いいの? 本当に? 後悔しない?」と食い下がるはずなのだが、二人にはそんな様子が微塵もないからだ。
「不思議そうにしてるけど、あれはやらないといけないことであって、休憩時間まで料理したくない」
「それに、材料の問題で、午後の分が足りなくなったら、文句言えないし」
二人の言い分は尤もだった。
「二人とも、ご苦労様です」
シルフィアが労うように、頭を下げて言う。
「いや、それを言うなら、午後から入る姫様たちが大変じゃないのかなぁ」
「へ?」
結理の言葉に、シルフィアは不思議そうな顔をしていたが、言った張本人はもう我関せずと言いたげに、弁当を口にしていた。
だが、それが本当になるのだから、恐ろしいことで……
「姫様、注文していいですか?」
「シルフィア様。こっちもお願いしまーす」
「シルフィア様ー、注文お願いしまーす!」
「は、はい~……」
次々と注文を言われ、パニックしそうになりながらも、シルフィアは何とかその役目を果たそうと必死である。
「何で分かった?」
「ん? 普通、姫様が給仕してくれるなんて、滅多にないじゃない。それに、姫様はどんな格好をしていても映えるからね。学校の行事とはいえ、『シルフィア王女派』……姫様ファンの人たちは貴重な給仕姿であれ、見逃そうとはしないだろうし、そういう物好きもいるでしょ」
「姫様派に物好きって……」
聞き逃さなかった廉の表情に、結理は笑みを浮かべて言う。
「やだなぁ、そんな顔しないでよ」
「お前が不安になるようなこと、言うからだろ」
それを聞き、結理は困ったような顔をする。
「大丈夫だよ、姫様は。廉がいるんだから」
だが、廉の表情は晴れない。
「安心しなさい。全力でサポートしてあげる。幼馴染としてね」
だから、早く助けに行ってあげなさい、と結理は廉の背中を押す。
「あのなぁ……」
「私は一人でも大丈夫だから」
困惑気味の廉に、さっさと行けと言わんばかりに、手をしっしっ、と払う。
「なら、代わりに朱波か詩音を連れてけ」
「なーに言ってんの。朱波抜けたら裏方が、詩音抜けたら姫様がパニクるじゃない」
「なら……」
「大翔も棗先輩も当番中です」
廉が言いそうなことを結理が先回りして封じる。
ちなみに、レイヤの名前が出ないのは、自分のクラスがこんな状態なのにも関わらず、他のクラスに助けを求められたからだ。しかも、戻ってくる目処が分からないため、二人とも彼の名前は上げなかったのだ。
「じゃあ、少し待っとけ」
「……?」
廉の言葉の意味が分からず、結理は首を傾げながら、大人しく言われた通りにその場で待っておく。
ただ、その途中で、ぎゃあぎゃあ言う声が聞こえてきたのだが、結理は聞かなかったことにする。
(どうしようかなぁ)
ただ単に、宣伝役として校内を回るだけでは半分手持ち無沙汰のようなものである。それなら、楽しみながら宣伝した方が、時間が無駄にならずに済む。
ただ、全ては連れ次第だが。
結理がどう回ろうか考えていれば、廉が戻ってくる。
「本当に待ってたな。しかも、大人しく」
「待っとけ、って言ったのはあんたでしょうが」
何を言ってんだ、こいつは、と思う結理だが、廉としては、彼女が大人しく言うことを聞くような者でないことぐらい、理解していたための発言だった。
「それに、私が聞かないのは、冗談とかその辺の時だけだよ。少なくとも、私には今の廉が冗談とかじゃなく、待っとけって言ったように聞こえたんだけど……違うの?」
「いや、冗談で言ったつもりはないけど……」
どうも調子が狂うというか、何というか。
そのまま二人して歩き出す。
「で、待たせた理由は?」
「お前と一緒に誰か宣伝に行って来いって言ったら……」
廉はやや遠い目をする。
『あ、私は無理』
『私も今は無理です』
『っていうか、男連中に行かせれば?』
即答する詩音に、シルフィアがやや半泣きになりながら料理を運び、朱波が大翔と棗を指す。
『あのなぁ、こんな状況の中で頼むのか?』
『それに、お前が行った方が、誤解されてもすぐに説明できるし、納得してもらえるだろ』
シルフィア同様、料理を運びながら、棗が呆れたようにし、手が空いたのか大翔が結理のいる方を一瞥しながら言う。
『つーか、そんなの自分で行けよ。そして、爆ぜろ』
『そうだ! そうだ!』
『そこまで言うか!? みんな何か酷くね!?』
現在当番中のクラスメイトたちに言われ、廉はぎょっとするが、どう見ても手が空いているのは自分だけであり。
『はぁ、分かったよ。俺が行く』
『初めからそうしておけよ……』
そして、そのまま結理の方へと戻ってきたというわけだ。
「言ったら?」
「断られた」
廉はみんなの言葉を省いて、そう説明する。
さて、現在二人は、歩きながら話しているのだがーー
「つか、これずっと歩いてないと駄目なのか?」
「歩き出してそんなに経ってないのに、そんなこと言わないでよ」
廉の愚痴に、結理がそう返す。
「まあ、気持ちは分からなくはないから、それなりに考えてはいるけどね」
「例えば?」
「あれ」
結理が指したのは、窓の外に見える校舎外にある飲食系の露店。
「さっき昼食べたばかりだろうが」
「暇よりはマシでしょうが」
マジか、と言いたげな廉に対し、結理はそう返す。
時間が時間である。休憩時からそんなに時間は経っておらず、そんなに空腹でもないが、何もないよりはマシだろうと、結理は判断したのである。
「まあ、今のうちに楽しんでおくのも、ありだと思わない?」
どうせ明日も忙しくなるのは目に見えている。
それなら、今のうちに少しでも文化祭を楽しみたいではないか。
「気持ちは分からなくはないが、クラスメイトたちをもっと信じてやれよ」
何故、この幼馴染は一人で何でもしようとするのか。
廉には、そこが分からなかった。
「信じてるよ?」
でもね、と結理は言う。
「何が起こるか、分からないからさ」
彼女の言いたいことが分からないわけではないのだが。
「一人で対処しようとするな。あと、お前がフラグを立てたから、嫌な予感がしてきたぞ」
「やだ、私の言う何が起こるか分からない、ってクレーマーのことなのに?」
「具体的に言うな。具体的に」
だが、廉とて予想していないわけではないし、結理に対処する気があるのも分かる。
自分たちの後ろには、シルフィアたち王族が控えているのだが、彼女たちの権力をあまり使いたくないのも、また事実である。
(せめて、事が起きるのは、結理がいないときにしてくれよ)
廉だって、異世界とはいえ、学校行事である文化祭は楽しみたい。
本来なら、何一つ問題が起こらない方が好ましいのだが、自分たちにトラブルメーカーな面がある分、避けられないのだろう。
だからこそ、起こるとすれば、最小限のトラブル程度にしてほしい、と廉は思ってしまうのだ。
「でもまあ、何も起きないことが、一番だろ」
「確かにね」
思ったことを口にすれば、同意するように結理が頷く。
万能そうな彼女にだって、手が届かない所もあるし、出来ないことも存在することは、自分たちが一番よく分かっている。
「とりあえず今は、自分たちの仕事を全うしよっか。みんなも頑張ってくれているから」
結理の言葉に頷けば、宣伝用看板を手に、二人して校内を歩いていくのだった。
「……」
「……どう?」
「何で、あの二人を一緒にすると、甘い雰囲気にならないのかしら?」
詩音の問いに、風魔法で廉たち二人の様子を見ていた朱波が疑問系で返す。
いや、ならないというよりは、なりかけたのにたった一瞬で何も無かったかのような空気に戻っていたのだ。
「いや、させようとしても無駄だろ」
「あの二人の場合は『恋人』っていうより、『兄妹』って言った方が納得できるぞ。雰囲気的に」
男二人の言葉に、聞いていたらしいクラスメイトたちも頷く。
「今、『兄』と『妹』のつもりで言った?」
「ああ。だって、廉の方が誕生日は先だろ」
朱波の確認に、棗が頷く。
確かに、面々の誕生日を思い出してみれば、廉と結理のどちらが先か聞かれれば、廉の方が先である。
「フィアにはどう見える?」
シルフィアに詩音は目を向ける。
「わ、私もどちらかと言えば、兄妹ぐらいにしか……」
「ああ、だからか」
シルフィアの言葉で、朱波が納得したかのように返す。
廉が好きなはずのシルフィアが、結理に嫉妬とまでは行かなくとも、やきもちを妬かない理由が分からなかったのだが。
(そりゃあ、兄妹に見えてるなら、ライバル視するレベルは下がるわよね)
それに、あの二人は異性というよりは、互いを『幼馴染』として認識している。
だから、どんなに周囲が二人をくっつけようとしても、二人がーー主に結理がーー意識しない限り、難しいのだろう。
「長く一緒にいたせいで、互いに気づいてないんじゃないのか?」
「いや、さすがに……うーん……」
「でも、二人に恋愛感情が無いのは事実」
「……」
大翔の言葉に、その可能性もあるか、と朱波は唸るが、その後の詩音の言葉で黙り込む。
「結局、そこなのよね」
朱波が溜め息混じりにそう呟く。
「ですが何故、レン様とユーリ様なんですか?」
「いや、別に廉である必要は無いんだけど、結理の場合だと性格が問題なんだよねぇ」
シルフィアのふとした疑問に、朱波がそう答える。
「今じゃ大翔も棗先輩もいるけどさ。兄弟妹を除けば、私たちや廉ぐらいなんだよ。あの子の性格をよく知ってるのは」
ずっと一緒にいたから分かる。
廉のことだから、自分たちのこともよく見ていて、分かっているのだろう。
「まあ、だからかな。今までを知ってる私たちとしては、幸せになってもらいたいんだよ。特にあの二人には」
結理は自分たちのためなら、自身を顧みない。
そんなことを繰り返してれば、彼女はいつか傷つき、死ぬ可能性もあるのだが、このーー今いる場所が異世界だから、洒落にならない。
「お二人は幸せですね。皆さんにそう思ってもらえて」
微笑むシルフィアに、「そうね」と朱波はどこか寂しそうな顔をしながら返す。
「もしかしたら、私たちは二人を出汁にして、変わらずにこのままでいたいだけなのかも」
詩音がそう告げれば、面々は黙り込み、廊下から聞こえてくる声が響く。
「客足も減ってきたことだし、そろそろ店仕舞いするか?」
「減ってきたっていうより、もういねぇじゃん」
空気を変えるためなのか、終了時間を尋ねる棗に、大翔がそう返す。
「大翔。お前なぁ……」
「だって、事実だし」
頬を引きつらせる棗に、大翔がニヤリと笑みを浮かべるが、そんな二人を無視し、「ああ、そうだな」と返して、少しずつ片づけ始めるクラスメイトたち。
「みんなノリが良いっていうのか、何ていうのか」
「本当だよね。さっきまで私たちのやや暗い話を聞いてたはずなのに」
詩音の感想っぽい意見に、今度は朱波が頬を引きつらせた。
先程まで自分たちの話を聞いていながら、何も聞いてこない上に、尋ねてもこない。まあ、尋ねられたら尋ねられたで返答に困っていたのだろうが、その気づかいが今はありがたかった。
「あ、誰か宣伝役の二人を呼び戻しに行ってきて」
「あ。じゃあ、私行ってくる」
クラスメイトの女子に言われ、朱波が教室から出て行く。
「あいつも大変だな」
「うん。朱波もそれなりに苦労してるからね」
そんな朱波の背中を見ながら、思わず出てきたであろう大翔の呟きに、詩音は同意した。
セントノース学院の文化祭一日目は、何の問題も無く終了した。
明日は二日目である。
まだまだ先は長い。




