第五十話:進化する召喚術
ある程度の間を空けて、二人はその場に立つ。
「それで、ルールはどうするんですか?」
「ルールは前に言った対戦形式と同じように自由と言いたいところだけど、それだと永遠に戦うことになるから、どちらかが倒れるまでとさせてもらうわ」
「分かりました」
フィオナの説明に、結理は首肯する。
一方で、廉たちはそんな二人を見守るように、観客席にいた。
現在面々がいるのは、セントノース学院の敷地内に存在する『魔法専用闘技場(通称、魔専場)』と呼ばれる、読んで字の如くな魔法専用の闘技場である。
闘技場であるため、対戦用フィールドがあれば、観客席ももちろんある(廉たちがいるのは、その観客席)。
「……可哀想に」
「本当だよな」
廉の言葉に、大翔が同意する。
「どういう意味ですか? あれでも彼女は強いですよ?」
「いくら強くても結理には勝てんよ。結理は俺のストッパーをするぐらいなんだから、少なくとも俺に近い実力が無けりゃ、意味ないだろ?」
「な、なるほど……」
フィオナもそれなりの実力者であることを告げるシルフィアに、廉は彼女の疑問に答えつつ、近くで壁に背を預けていた少女に目を向ける。
「それにしても、良かったんですか? ミレーユ生徒会長」
「うん? それは今更なんじゃないのかな?」
自分たちと同様に、二人へ目を向けていたミレーユに廉は尋ねるが、彼女の言う通り、今更である。
「それに、私がいなければ、魔専場は開放されないし、君たちはすでに追い出されてるはずだからね」
どこか間違ってる? と首を傾げるミレーユに、廉は「いえ」と返す。
「それに、私はもう生徒会長じゃなくなるから、これが最後の仕事になるかもね」
どこか寂しそうな雰囲気を放つミレーユに対し、二人の戦いが始まろうとしていた。
☆★☆
「先攻はお譲りします」
「そう? なら、後悔しないことね」
結理の言葉にニヤリと笑みを浮かべ、フィオナは魔法を発動する。
「“ウォーター・クラッシュ”!!」
激しい水流が結理に向かっていく。
だがーー
(彼女のメインは水属性か……)
そう推測し、結理は冷静に対処するために、防壁を展開する。
「“防壁”」
「なっ……!」
驚く彼女を余所に、今度は結理が魔法を発動するために、あるものを取り出す。
「次はこっち」
「チッ……!!」
てっきり魔法が来ると思い、フィオナは先走って回避行動を取るが、自身の身にも、先程いた場所にも何も無いことに、彼女は思わず小さく舌打ちした。
「あれは……」
一方、結理の取り出したものに見覚えがあった大翔と棗が反応する。
結理は取り出したものーー『召喚札』を上に掲げ、その名を喚ぶ。
「来て、『朝焼けのユーゼンベルグ』」
「召喚魔法!?」
光り輝く魔法陣を見て、フィオナが驚きの声を上げる。
そして現れたのは、明るいーー朝焼けのような髪色の幼い少年。
「一体、何のつもり……!?」
「そのうち分かるわよ」
「まあいいわ。私が消し去ってやる」
不敵な笑みを浮かべる彼女に、ユーゼンベルグが困った表情で結理を見る。
「相手をしてあげて」
面倒くさそうな、どうでも良さそうな風に言われ、ユーゼンベルグは苦笑いで相手である彼女を見た。
「な、何よぉ……」
「言ってる場合? 『日向のユーゼンベルグ』。倒せるなら、倒して見せなさい」
思わず身構えるフィオナを余所に、『朝焼けのユーゼンベルグ』は朝焼けのような髪色から日向のような髪色に変わり、姿も『朝焼けのユーゼンベルグ』の時より背が伸び、少年の姿になる。
「嘗めないで!」
先程の『朝焼けのユーゼンベルグ』よりも強くなったと感じ、フィオナは叫ぶ。
「貴女……実は自分が楽をするために、喚び出したとかじゃないでしょうね?」
召喚者である者の中には、楽をしたいがために召喚獣に戦わせる者がいる上に、負ければ召喚獣のせいにする者もいるのだ。
フィオナはそのことを気にしているのだろう。
「ああ、安心して。それは無いから」
もちろん、結理も召喚者の中に召喚獣を責める者がいるのは知っているが、(主に戦闘面で)何かしたからといって、結理としては召喚獣であるユーゼンベルグたちを責めるつもりはない。
「なら、あんたが相手しなさいよ!」
「ユーゼンベルグを倒せたら、相手をしますよ」
楽をするために喚んだんじゃないのなら、自分で戦えというフィオナに、暗に却下する結理。
「ふん、こんな奴ーー」
「仕方ないか。『夕闇のユーゼンベルグ』。これで難易度は三になったわよ」
「くっ!」
攻撃しようとしたフィオナに対し、結理は再びユーゼンベルグの姿を変化させる。
『朝焼けのユーゼンベルグ』から『日向のユーゼンベルグ』に変わったときと同様に、日向のような髪色は夕闇のような髪色に変わり、背もまた伸びる。
「ちなみに、勘違いしてると困るから言っておくけど、ユーゼンベルグはあと二回変化可能だから、その二回後の奴も倒せないと相手できないから」
「卑怯よ!」
二枚の『召喚札』を見せながら告げた結理に、フィオナは悔しそうにしながらも叫ぶ。
「別に構わないよ。非道とか何と言われようと、私は知ったこっちゃ無い。それは、周りが言っているだけなんだから」
「……」
「それに、今は勝負の最中。余所見してる場合?」
「くっ……」
悔しそうなフィオナに、結理は容赦なくユーゼンベルグを変化させる。
「次はこの子。『暗闇のユーゼンベルグ』」
「……」
「けど、もう最後まで見せるよ。『漆黒月下のユーゼンベルグ』」
そう結理が名前を告げた瞬間、夕闇のような髪色は暗闇、漆黒と変化し、垂れた獣耳にも見える、一部だけ微妙に跳ねた髪型。顔は青年のようになり、身長は結理よりも高くなると、彼の背中にある黒い羽がその場に舞った。
「先輩、あれって……!」
「ああ……結理が描いていた対の片割れだな」
この対戦を見ていた大翔と棗が気づく。
「知ってるのか?」
「ああ、合流前に師匠宅で鷹森が描いていたのを見てたからな」
廉の疑問に、大翔がそう返す。
ユーナリアから光属性と闇属性への対抗手段が不明だからと、結理へ戦闘手段の一つに、と渡された『召喚札』。それに結理が描いたのが『白』と『黒』の対の存在である。
ユーナリア宅で結理が描いていた様子を見ていた二人は、その『黒』が『漆黒月下のユーゼンベルグ』であり、あの時描いていたデザインもとい人物ではないのか、と推測する。
ただ、微妙に絵と実体が違うのは、仕方がないことなのだろうが。
「なっ……なっ……」
『漆黒月下のユーゼンベルグ』をやや頼りなさげな風に指を指しながら、フィオナが有り得ないとでも言いたげに、小刻みに震えていた。
それを見て、ユーゼンベルグは苦笑する。
『別にここまでしなくても……』
「あんたを召喚し始めたら、『漆黒月下』まで喚ばないと、後々、面倒くさいでしょうが」
何言ってんだ、と結理はユーゼンベルグの言い分をばっさりと両断した。
「あ、貴女……」
「ん?」
「魔族だったの……?」
「何故、今までのやり取りでそう判断したのか、説明してもらってもよろしいでしょうか?」
フィオナの言葉に、結理が冷静に返す。
「そ、それは……」
『多分、俺の姿のせいかと……』
「ああ、そっか。面倒くさいなぁ」
答えようとしたフィオナを遮り、告げたユーゼンベルグに、本気で面倒くさそうにする結理。
『にしても、彼女を少々虐めすぎでは?』
「あ、やっぱりそう思った?」
それを聞き、ユーゼンベルグは呆れた顔をする。
『貴女という人は……』
「ま、戻っていいよ。不意打ちの危険も無さそうだし」
『分かりました。ではまた、いずれ』
ユーゼンベルグの呆れ顔をスルーして状況確認を済まし、戻る許可を出す結理に頷きながら、彼はその場から姿を消す。
「大丈夫ですか?」
「あ……その……」
首を傾げる結理に、戸惑うようにフィオナは視線を逸らす。
「ごめんなさい。ユーゼンベルグをどうしても見せておきたかったから」
「……理由を聞いても、いいかしら?」
「貴女みたいなのを防ぐため、かな。あんまり戦いたくないから」
そう言いながら、結理は観客席に目を向ける。
フィオナも同じように目を向ければ、そこには廉たちだけではなく、他の生徒たちもいた。
「まあ、仲間たちにも見せておきたかったので、いい機会にはなりましたけど」
「あんなに逃げ回っていたのに?」
「あれは、相手にするのが、本気で面倒くさかっただけです」
特に取り繕うこともなく、そのまま告げる結理に、フィオナが顔を引きつらせる。
「……貴女、意外とストレートに言うのね?」
「そう、ですか?」
フィオナはええ、と首肯した。
「それに貴女、かなり手を抜いていたでしょ?」
それに結理は苦笑した。
どのような結果になろうと、ユーゼンベルグだけで片づけようとしていたのだから、手抜きと言われても、否定できない。
「まあ、私は負けたと思ってませんし、いつかもう一度、再戦しましょう?」
「その前に、先輩の戦意をぼろぼろにした上に、無くしておきます」
「……私、貴女と絶対に再戦すると決めたから、覚悟してなさい」
静かに闘志を燃やすフィオナに、頑張ってください、と上から目線で返す結理。
「これから結理、大変だろうなぁ」
「あら、近くにいる私たちに飛び火する可能性があるんだから、他人事みたいに言ってる場合じゃないんじゃない?」
「特に廉や私たちは、何度も同じ目に遭ってる」
素直に感想を洩らす廉に、朱波と詩音が今までの経験からそう返す。
しかも、否定できないために、廉自身、何とも言えない。
「……」
「まあ、何だ。元気出せ」
がっくりと肩を落とす廉に、同情すると同時に、いつか自分たちにも被害が来るんだなぁ、と遠い目をしながら思う大翔と棗。
実際は、もう被害が来ているのだが、本人たちは気づいていない。
「それじゃ、そろそろ結理を迎えに行くことにしますか」
朱波に言われ、面々はこちらに向かってきているであろう結理たちの元へ向かうのだった。




