第四十八話:転入生
「鷹森結理……じゃない、ユーリ・タカモリです。ユーリって呼んでください。皆さん、よろしくお願いします」
「えっと、ナツメ・ヒトウだ。よろしく」
「ヒロト・アマミです。よろしく」
慣れない自己紹介にやや苦戦しながらも、セントノース学院普通科の制服に身を包んだ三人は自己紹介を何とか終える。
その途中、席に着いていた廉と偶然目が合った結理は、にっこりと笑みを浮かべた。
「ああ、やっぱりな」
「やっぱりね」
「やっぱり……」
担任に言われた席に着く結理たちを見て、廉、朱波、詩音の三人は予想通りだったことに驚きが半減するどころか、やっぱりかという思いの方が強かった。
その後、担任から明日の予定を話された後、解散になったのだがーー……
「これは嫌味か。お前ら」
野次馬たちをどのように掻い潜ったのか、笑顔で廉の前に立つ結理。
そして、廉の隣に立っていた朱波と詩音は、完全に呆れた目を結理に向けていた。
「どーも、幼馴染三人集」
「結理。その言い方は止めろ」
よっ、と声を掛ける結理に、廉は苛立っているのか、そう返す。
「いいじゃん、事実だし。それより……ああ、いいや。言うの止めとく」
「?」
肩を竦め、何やら気になる言い方をする結理に、廉は訝る。
「え、タカモリさんって、シノハラくんたちと知り合いだったの?」
早速、名前を覚えたらしい女子生徒に尋ねられ、うん、と結理はあっさりと頷く。
「知り合いも何も、幼馴染だし」
「えええええ!?」
教室内に驚きの声が広がる。
「レン。お前……」
何か言いたげなレイヤに、廉がストップ、と手を前に出してそう告げる。
「羨ましいのなら止めとけよ。あいつはキレると怖い」
「確かにな。キレると斬り掛かってくるし」
廉の言葉に、いつの間にいたのか、大翔が同意するかのように頷く。
「キレると斬るを掛けて……ぷっ」
「いや、今のは笑うところじゃないから……」
口元を隠し、小さく笑う結理に、朱波が突っ込み、微妙に貶されてたんだよ、と暗に伝える。
「うん、分かってる」
それじゃ姫様、と結理がシルフィアの方に目を向ければ、
「はい。では、場所を移動しましょうか」
頷きそう告げたシルフィアは面々を連れ、場所を移動した。
☆★☆
「で、事情説明ですが……何故、貴方たちがいるんですか?」
「いや、隠されると聞きたいじゃん」
やや呆れた目をしながらシルフィアが尋ねれば、そう言うレイヤを筆頭に、立ち聞きをしていたらしい面々がうんうんと頷いていた。
何故レイヤたちがいるのかというと、ふと気配を感じた結理が「ちょっと待って」とシルフィアにストップを掛けながら扉を開けたため、そこから雪崩れ込んできたのだ。
ちなみに察した何名かは逃げ出したが、シルフィアも結理も追いかけるつもりはない。
「はぁ、姫様。どうします? 内容によっては、聞かれたらいろいろとヤバいですよ」
「そうですね……」
戻ろうとしない面々を見て、溜め息混じりに尋ねる結理に、シルフィアが思案する。
あっさりと許可をして、廉たちが異世界人だとバレては、大騒ぎどころではない。
「すみませんが、戻ってもらえますか? 少々話したいことがありますので」
互いの顔を見合わせるレイヤたちだが、シルフィアに頭を下げられては引き下がるしかない、と全員戻っていく。
それでも念のため、と結理が防音結界を張り、それを確認したシルフィアが口を開く。
「さて、全員同じクラスということに関してですが……特に隠すわけでもないので言いますね。貴方がた六人が友人であり、幼馴染ということもあったということなので、同じクラスに入れておくようにと、お父様が命じたみたいです」
それを聞いた面々は納得したかのように頷くのだが、その反応は三者三様となった。
なお、シルフィアの『みたい』というのは、担任からそう聞いただけであり、父親である国王から直接聞いたわけではない。
「国王命令なら、仕方ないよな」
「うん」
「感謝すべき」
上から廉、朱波、詩音である。
「まあ、私は別のクラスでも良かったんだけどね」
そう言う結理に、廉たちが叫んだり慌てたりしながらも三者三様に反論する。
「うおおおい! なに地味に怖い事言ってんだ!」
「あんたが別クラスだと、私たちの心臓が持たないわよ!」
そう廉と朱波が叫び、
「私たちを殺したいの?」
「お前だけ別クラスとか……」
詩音は静かに見つめ、大翔は溜め息混じりに頭を抱えた。
「あ、俺。年上だから、関係ないや」
「えー」
そして、我関せずな態度を取る棗に、そんな面々の意見を聞いた結理が納得できないと言いたげに返す。
「えー、じゃない。前もあんただけ別の組になって、不安で仕方なかったんだから! というか、先輩は我関せずという態度をしないでください。この中で最年長なんですから」
朱波の指摘に、でもなぁ、と棗も答える。
「変につっこむとケガするのが、このチームのルールだろ?」
「いや、そうなんだが……」
廉が否定せずに肯定する。
そんな光景を見ながら、シルフィアは微笑む。
「……ふふっ」
「どうしたの?」
微笑んでいたシルフィアに、詩音が首を傾げながら尋ねる。
「いえ、ただクラスを同じにしてもらって正解だったな、と」
結理たちが合流するまでの学院生活で、シルフィアが廉たちに見せてもらえた笑顔は少なかったが、学院でも全員集合した途端、まるで心配事が無くなったかのように、楽しそうに話し合っている。
「うん、その点に関しては感謝してる。結理が一人にならなければいいだけだから」
「先程もそう言っていたように聞こえたけど……それは、どういうこと?」
何故、結理を一人にしない方がいいのか。
はっきり言って、シルフィアには訳が分からなかった。
「結理はさ。私たちや初対面のはずのフィアとも普通に話していたけど、ああ見えて人見知りなところもあるからね。一人にしたり、別のクラスにすると、ちゃんと馴染めてるかどうか、何だかんだで心配になっちゃうんだよ」
だがそれでも、彼女の真面目な性格が幸いしてか、友人や仲間と呼べる面々はそれなりにおり、特に元々兄妹の中でも長女であるせいか面倒見が良いため、年下や後輩から懐かれることが多いのだが、本人はそのことに微妙な苦手意識があるらしい。
「でも、その気持ちは分かります。ユーリ様なら、どうにかしてくれそうな感じがしますし」
「うん。でも、廉の前で言わないであげてね」
地味に落ち込むから、と詩音が目を向けた先では、廉が分かりやすいぐらい落ち込んでいた。
どうやら、様子から察するにシルフィアたちの話とは別に、結理たちから何か言われて落ち込んでいただけらしい。
だが様子を見ていれば、数分後には何もなかったかのようにあっさりと復活するだろう。少なくとも、廉は結理たちの暴言とも言える言葉をスルーできるぐらいのメンタルは持ち合わせているのだから。
「れ、レン様なら大丈夫ですよっ!」
あくまで廉に聞こえるように、シルフィアはそう告げる。
「そうそう。廉は結理と違って、努力家タイプの天才だし。だから、大丈夫」
「それは嫌みか? 詩音」
「それは嫌みなの? 詩音」
詩音の言葉に反応した廉と結理だが、廉はともかく、結理が思わず反応したのは、自分が天才とかだと思われているのではないか、という勘である。
実際、二人が努力家タイプの天才だというのは間違ってはないが。
「時々、忘れた頃に笠鐘って毒を吐くよな」
思わずそう口を開く大翔だが、はっとして口を閉じるがもう遅い。
「大翔、後でゆっくり話そうか」
にっこり、と微笑む詩音に目を逸らす大翔。
はっきり言って、結理と詩音だと毒の割合が違う。
「はいはい、詩音も冗談はそこまでにしときなさい。本気で距離を取り始めてる二人がいるから」
そう言う朱波が目を向けたのは、棗を盾にしている廉と結理の二人。
「二人も、本気でびびるなよ」
「び、びびってないが?」
「ひ、久しぶりすぎて、油断してた」
棗の言葉に対する二人の返事に、朱波と大翔が二人を引っ張りにいく。
「なら二人とも」
「早く先輩の後ろから」
「「移動しろ」」
ぐい、と同時に引っ張られ、大人しく従う廉と結理。
だが、それを見ていたシルフィアが首を傾げる。
「以前、レン様がユーリ様の、ユーリ様がレン様のストッパーだと聞きましたが、お二人のストッパーはシオン様なのですね」
「いや、今のは稀だから、それは正解じゃない」
シルフィアの言葉を、棗が訂正する。
「……えっと、つまり、以前の話から言うと、やはりレン様たちはユーリ様の暴走ストッパーというわけですか?」
「いや、姫様。それ微妙に違う」
「違うのですか?」
話を聞きながらも何を言ったんだ、と言いたげな結理を余所に、詩音は首を横に振って否定すれば、それを聞いたシルフィアが再度首を傾げる。
「確かに、私たちは結理のストッパーだけど、結理は廉の暴走ストッパーでもある。これが、正しい答え」
そう説明しながら、詩音は「結理だけで止まらなかったら、私たちも動くけど」と付け加えて説明する。
「……何というか……凄い、ですね」
「ちょっと待て。何か話の方向がおかしくなってきたぞ?」
「何言ってるの。いつものことじゃない」
「結理……お前な……」
顔を引きつらせるシルフィアに気づいた廉だが、その後の結理の言葉に、思わず呆れた目を向けてしまう。
「事実でしょ?」
確かに、事実ではあるが。
それに、と結理は言う。
「廉が軌道修正してくれるでしょ?」
「人任せにするな。お前も一緒に軌道修正するんだよ」
「でも私が言ったら、拗れるでしょ。時と場合によるけど」
お前が言うか、と廉は視線を送るが、にゃははは、と結理は笑って誤魔化す。
「それでも、お前がいるのといないのとじゃ違うんだよ。時と場合によるが」
「わー、私って信頼されてるんだねー」
びっくりー、と驚いてないのに、驚いたような言い方をする結理に、廉は頭を抱えた。
「でもまあ」
そんな呟きが聞こえ、廉は顔を上げる。
「廉の頼みなら、無理でない限りは引き受けるよ。我が幼馴染殿?」
笑顔でそう言われ、廉は一度目を見開くも、次の瞬間には肩を竦める。
「全く。いつまで経っても、お前に勝てる気がしねぇよ」
「私も、そう簡単に勝たせるつもりはないよ」
そして、二人で笑っていれば、そのことに気づいたらしい朱波たちがどうしたの、と言いたげに首を傾げていたが、二人は何でもないよ、と返す。
廉たちがセントノース学院に来て、早半年。
(今日は二学期初日だが、やっとこの学院でも全員集合したんだ)
これから先の学院生活が楽しみじゃないわけがない。
廉は窓から空を見上げ、思う。
ーーせめて、自分たちが無事だと、知らせられる方法があればいいのに、と。
地球・日本のどこか。
「……っ、」
何かを感じ、思わず振り返る。
「ん? どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
隣にいた友人に話しかけられるも、先程の感覚は気のせいだと思い、少女は自身の自宅への帰路につくのだった。




