第四十六話:夏休みの宿題
「しまった」
「どうしたんですか?」
何かを思い出したかのように声を上げた廉に、シルフィアが首を傾げる。
「宿題、忘れてた……」
「何してんのよ……」
廉の言葉に、朱波が呆れる。
夏休み前に配られた大量の宿題。
夏休みの初め頃にいくらか進めていたから良かったものの、それでもいくつかは残っていた。
「もしかして、終わってーー」
「る。けど、写させるわけないでしょ」
やや期待しながら言う廉に、ばっさりと断る朱波。
それなら、と別方向に目を向ける廉だが、視線に気づいた詩音は、「進んでないとこ、一緒」と見せられないという意を示す。
それに、がっくりと肩を落とす廉。
「つか、こっちにもあるのか。夏休みの宿題」
そんな三人の様子を見ていた棗がそう言えば、朱波は肯定する。
「見ての通り、あるわよ。私と詩音はあと少しで終わるけど、廉は忘れてたみたいだからね。最終日までに終わるかどうか……」
今の朱波の言葉に補足すると、詩音の場合、進んでない所が今回は偶然にも廉と重なっただけで、他のが終わってないわけではない。
「廉、ちょっと見せて」
「え、まあ、良いけど……」
結理に言われ、使ってない宿題のプリントを見せる廉。
「……」
「どうかしたのか?」
「うん、ちょっとね……」
プリントを見ながらそう言うと、朱波からはテキストを見せてもらい、見比べる。
「姫様。城のどこかに図書館……または図書室ってある?」
「あるけど……どうかしたんですか?」
結理の確認に、シルフィアは首を傾げる。
「いくつか読めない字がある」
「は?」
「先輩たちも見て。所々、読めない字があるでしょ?」
「あ、本当だ」
結理に渡され、棗と大翔がプリントとテキストを見比べる。
確かに字や基礎的なことはユーナリアから教わったが、それはユーナリア自身が教えられる範囲で、ということであり、学校などで学べる専門的なことは、あまり教えてもらっていない。
「どういうことだ?」
「多分、言語認識の会話は出来るけど、こっちでの文字の書き方は、覚えたときと一緒なんだと思う」
「つまり、今発覚した分からない所は覚えろと?」
「そういうことね」
肯定する結理に、その場の面々が顔を引きつらせる。
「うわぁ……」
「それが、結理たちの夏休みの宿題か」
廉の言葉に、そうなるわね、と結理は二人にプリントとテキストを返しながら肯定する。
「まあ、英語の代わりに、この世界の共通言語を覚えるつもりで頑張れば何とかなるでしょ」
「お前なぁ。簡単に言うけど、前は時間があっただけで、今はそんなに無ぇぞ?」
廉たちにはまだ言ってないが、学院に行くとなれば、本当に時間は限られてくる。
「先輩。人ってその気になれば、何でもできるんですよ?」
「何でも出来たくはねぇよ……」
思わずそう返す棗。
実際の良い例が目の前にいるのに、誰が好き好んで万能キャラになる必要があるのだ。
「さて、と」
結理は立ち上がる。
「姫様、図書館まで案内してもらえますか?」
☆★☆
こつこつと靴音を立てながら、四人は王城内を進む。
「着きましたよ。ここが、我が城の図書館です」
シルフィアが扉に手のひらを向けて、そう告げる。
扉と外観から察するに、図書室というよりはシルフィアの言う通り、図書館と言った方がいいのだろう。
そのまま扉を開けて中に入れば、大量の本棚と本が四人を出迎えた。
「凄い……」
「国中から集められてますからね。ですが、歴史的価値のある本まであるので、さすがに全てを閲覧することは出来ませんが、言語に関わることでしたら、多分問題はないかと」
「すみません。わざわざ説明まで……」
シルフィアに謝罪すれば、彼女は首を横に振る。
「いいえ。離れ離れになっていたとはいえ、お喚びしたのは我々です。お三方が困っているのなら助け、サポートするのは我々の義務ですから」
「っ、」
そんなシルフィアの笑顔を見た結理は、思わず息を呑んだ。
「おい、結理」
何故か二人の後ろに隠れる結理に、棗が声を掛ける。
「ダメっ、心が浄化されるっ」
何か姫様から後光が見えた、と訴える結理に、大翔は追い討ちを掛けるように言う。
「いっそのことされろ。そして、その腹黒さを消してもらえ」
「何か酷い言われよう!」
お前も何で言うかなぁ、と言いたげな棗の視線に気づきながらも、大翔は続ける。
「事実だろうが」
「うぐっ……」
そんなやり取りをする後輩二人に、棗は溜め息を吐くと、「時間がないんだから、さっさとやるぞ」と促し、シルフィアは、といえば、三人を微笑ましそうに見ていた。
☆★☆
カッカッカッ、とペンの音が部屋の中に響く。
「廉、うっさい」
「しかも、進んでない」
同じ所をペンで何度もコンコン、とつつく廉に苛立ったのか、朱波と詩音がそう指摘する。
「って、言われてもなぁ」
「何なら、私たちも図書館に行く?」
「いや、それは……」
詩音の問いに、廉は行かない、と首を横に振る。
「それに、結理たちなら大丈夫よ。現地人であるフィアも一緒だし」
だから、心配しないのと言う朱波に、心配はしてないと廉は返す。
たとえ仮に結理がシルフィアに、シルフィアが結理に危害を加えようとしても、一緒にいる棗や大翔が止めるだろう。
(だから、大丈夫なはずだ)
その前に自分は、目の前の夏休みの宿題をどうにかしなければならない。
そう思うと、一気に疲れが出てくる。
「ほらほら、現実逃避してないで、さっさと残りも片づけちゃうわよー」
朱波が手を叩き、注目を集めてそう言えば、廉は微妙に悔しそうな顔をする。
「くっ、それが王者の余裕かっ」
「何の王者よ」
ふざけたこと言ってないで、手を動かせと朱波は告げる。
「ん、終わった」
「は!?」
「ほらー、詩音も終わっちゃったー」
これで終わり、と言う詩音に、廉は信じられなさそうだが、残ったのは廉だけだよと暗に告げる朱波。
「ぐぬぬ……」
悔しそうな廉だが、今は唸ってる場合じゃないと切り替えて、夏休みの宿題に向き合うのだった。
青い空に白い雲。燦々と太陽が照らすその大地だが、残暑を感じさせながらも、木々は彩り始める。
異世界に来て、すでに半年。夏の終わりは近い。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
夏休みといえば宿題です
それでは、また次回




