第四十五話:大切な
「学校、ですか?」
国王であるエフォート直々に呼び出された結理、棗、大翔の三人は、内心首を傾げる。
現在三人がいるのはエフォートの執務室であり、そこで話を聞けば、廉たちやシルフィアの通う学院に通わないか、という誘いだった。
「ああ。どうせなら、君たちも学校に通って、勇者たちと一緒にいた方が良いだろう?」
「まあ……そうですが」
いつか来そうな話だったが、意外と早かった。時期的に考えると、通うことになるのは、秋ぐらいからになるだろう。
ただ、三人が戸惑うのも無理はない。
元々三人は学生だったので、その申し出はありがたいが、問題は学力である。学院での実力と自分たちの実力に開きが無ければまだいいが、開きがあればあるほど結理たちの方が辛くもなるし、下手をすれば学院に通う者たちから変なものを見るような目を向けかねられない。
「まあ、今すぐ返事が欲しいわけではない。どうするのか、ゆっくり考えてくれ」
エフォートはそう言うが、実際の所、あまり時間はない。猶予があるとしても、最低で一週間ぐらいだろう。
「分かりました」
棗がそう返すものの、どうするべきかの問答はすでに始まっているのだ。
そのままエフォートに向けて軽く礼をし、執務室を出る三人。
少なくとも、これから過ごす一日の大半は、三人での話し合いの時間になるだろう。
☆★☆
結理は一人、息抜きで城の廊下を歩いていく。
シルフィアに教えてもらった、廉たちを召喚した魔法陣の場所に向かっている最中である。
自分たちが召喚されたという魔法陣に関して、ユーナリアも詳しいことは知らない上に、あまり教えてももらえなかったのだが、廉たちを召喚した魔法陣を見れば何か分かるのではないかと思い、シルフィアに召喚した魔法陣がある場所を聞いた、というわけである。
「ここか」
城から繋がる塔の中へと入っていけば、それはあった。
床に書かれたその陣は光り輝いてはいないものの、それが自分たちを喚んだものだと理解できる。
「……」
少しばかり召喚陣に指で触れつつ見ていた結理だが、ふと視線を感じ、そちらへ目を向けるもそこには誰もおらず、気のせいかと再び視線を召喚陣へと戻す。
(どうすれば帰れる?)
廉が魔王を倒すために喚ばれたということは、普通に考えれば、魔王を倒せば、元の世界へ帰れるということなのだが。
(復活すらしていない魔王の復活を待ったとしても、帰れるのはいつになるのか分からない)
だからこそ、今のうちに出来ることはやっておくべきだと、結理は思う。
(そのためにはーー)
ポケットからメモ帳とペンを取り出し、召喚陣を書き写して、その隣に見ただけで分かったことを記入していく。
召喚陣に組み込まれていたのは、言語問題の解消、身体能力の上昇、陣を介して互いの次元を繋ぐ扉の役目。
「って、最初と次のはともかく、最後のはなんやねん!」
バシッとメモ帳を床に叩きつけるが、すぐに拾い上げる。
「物に当たっても仕方ないし、調べてみるか」
そう言いながら塔を出ると、学院の件もどうするのかを考えつつ、城内に戻る結理だった。
☆★☆
城内の廊下を歩く結理は、前から歩いてくる人物を見て、端に寄る。
「お前、勇者のーー」
「……?」
結理は頭を下げていたため、相手の顔は分からないが、目の前で止まった足と掛けられた声で理解した。
そっと顔を上げれば、予想通りーーこの国の第三王子、クラウスが結理を見ていた。
「あの、何か?」
「こんな所で何をしていた」
「何って……城内を見て回っていただけですが」
問いに問いで返すクラウスだが、苛立つこともなく結理は答える。
それよりも、背後の騎士の目が結理は気になった。
(うわぁ、めっちゃ睨んでるよ)
失礼なことをするな、怒らせるようなことをするな、お前は認めない、と目が訴えていた。前者二つはともかく、後者(三つ目)は黒髪だからか? と結理は邪推してしまうが、視線が視線だけに気のせいではないように思えてくる。
「そうか。確か勇者は、お前を含めた三人を捜していたんだよな? 勇者が国王である父に頼んでいたが」
「はぁ、そうみたいですね」
何と返せばいいのか、苦笑いになる結理。
勇者になる代わりに、結理たち三人を捜してほしい。
そう国王に告げたのは廉らしいが、実は朱波の入れ知恵らしい。
「“引き受ける代わりに、自分たちの要求を聞いてほしい”ですか。あの三人らしいといえばらしいですが」
「余程、お前たちが大切だったんだな。特に、お前に対しては」
「はい……?」
はて、この目の前にいる第三王子殿下は、何を言っているのだろうか?
結理は内心首を傾げた。
廉たちが国王に捜索依頼をしたのは、バラバラでいるよりは、一緒にいた方が互いに安心できる、という気持ちから来ているのではないのか、と結理は思う。
確かに、クラウスの言う通り、廉たちは結理たち三人が大切なのだろうが、特に結理に関しては、とはどういうことか、結理には理解できなかった。
「ことある事にお前の名前が上がっていたからな」
「ああ、そういうことですか……」
違うのか? と聞きたげなクラウスに、結理は納得した。
(どうせ、あの三人のことだ。結理ならこの場合は……とか言ってそうだ)
あっさりと予想できた。しかも、一人になってないかということも、心配していたのだろう。
(あとで聞いてみるか)
口を開くかどうかは分からないが、そこは長年の付き合いである。上手く聞き出すことが出来るだろう。
「確かに、あの三人は、そう思ってるかもしれませんね」
「お前は違うのか」
幼馴染であるために、何を知ってて何を知らないのか、どこまで教えていいのか、どこまで踏み込んでいいのか、互いに発する空気でいやでも分かってしまう。
それでも、あの三人ーー今は五人だがーーにとって、結理はいなくてはいけないほど、一緒にいたのだ。
「……違いませんよ」
やや間が出来たが、結理は答える。
「あの三人は大切な幼馴染であり、あの五人は仲間ですから」
結理が守りたくなるほどの、闇を見せたくないほどの仲間。
「そうか」
「はい。でも、私は勇者ではありませんから?」
「……うん?」
クラウスは一瞬、首を傾げ掛けた。
「どういうことだ?」
「この国だと、勇者は“勇者の仲間まで勇者”と呼ぶときがあるみたいですから。それを考えると、私は勇者ではないことを説明しなくてはいけません」
結理にしてみれば、自分が勇者など似合わない、と思っている。性格などを考えると、どちらかといえばラスボスだろう。
「魔族と疑われてもか?」
「それは、仕方ないですよ。この見た目ですし」
確かに、結理は黒髪だから疑われても仕方がないが、魔族は黒髪に赤い眼である。
もちろん、眼だけは違うが、それでもぱっと見魔族に見えてしまうほど、黒=魔族というイメージはそう簡単には覆せない。
「よく分かってるんだな」
「ええ、自分のことですから」
自分のことだからこそ、分からないはずがない。
たとえ同じ黒髪を持つ朱波や詩音、棗まで疑われたとしても、結理は誤解を解くために走り回るのだろう。
(もし仮に、私が魔族側に付いたら、廉たちはどうするんだろ?)
ふと思いついたある可能性。
廉たちを裏切るつもりはないが、無いとは言い切れない。
勇者として立ち向かってくるのか、仲間として説得してくるのか。
結理には予想できない。
☆★☆
「塔?」
「はい。ユーリ様が、レン様たちを召喚した場所を教えてくれない? と言われたので」
ダメでした? と首を傾げるシルフィアに、構わない、と返しつつ、廉も尋ねる。
「でも、教えてよかったのかよ。ああいう場所って、普通は立ち入り禁止場所じゃないのか?」
「普通は、立ち入り禁止場所ですよ。でもまあ、あそこは何も置いてない上に、向かったのはユーリ様です。レン様たちの言ったことを信じようかと」
「いやいやいや、信じすぎても駄目だからね?」
シルフィアの言葉に、朱波が注意する。
「分かってる。……って、あら?」
前方に見えてきた複数の影に、シルフィアは珍しいと言いたげに目を見張る。
「あれ、結理と……クラウス殿下?」
朱波の隣にいた詩音が首を傾げる。
一方、廉たち四人が見ていることなど知らない結理たちは、というとーー
「……」
結理は無言でクラウスに目を向けていた。
何故、あまり話したこともない高位の人物に、喧嘩を売られているのだろうか。
そして、先程までの空気はどこに行ったのかと聞きたくなるほど、二人とその後ろの騎士の放つ空気は悪くなっていた。
(いや、喧嘩というよりは、単なる悪口っぽいけど)
結理は一人、そう自問自答をする。
何かやったっけ? と思い出せるだけ思い出してみる。
(廊下で擦れ違うときも、ちゃんと頭下げていたし、姫様相手でも口調以外での問題は無かったと思うけど……)
そもそも、文句を言われるほど、変なことをした覚えもない。
(……あ、今の状況か)
納得しかけた結理だが、それだけではこの状況に至るまでの理由としては弱い。
「どうした? 図星で話せなくなったか?」
「いいえ、まさか。一応、忠告しておきますが、夜中に外を歩くときは背後に注意した方が良いですよ」
少しばかり黙っていたせいで良いように誤解してくれたみたいだが、微笑みながらそう告げる結理に、クラウスは鼻で笑う。
「レガートの奴を倒したからって、良い気になるなよ」
「別に良い気にはなってませんよ。忠告って言ったじゃないですか」
目を細め、睨みつけるかのようなクラウスに、ふふふ、と微笑んだままの結理。
「……」
「……」
「……」
「……」
それを、四人ーー廉とシルフィア、朱波と詩音は、やや遠い目をしながら見ていた。
「な、なあ。俺、竜と虎が見えるんだが、あれは幻覚か?」
「いえ。多分、現実かと。私にも見えてるので」
廉たちには結理たちの背後に竜と虎が見えるが、シルフィアにも似たようなものが見えていた。
「っていうーか、何であの子は買わないでいい喧嘩を買ってるのかな」
「……」
「……」
「……」
正論にも聞こえる朱波の言葉を聞いて、少しの間、三人は無言になる。
「でも、あいつと言い合い出来る奴を久々に見たぞ」
「私も、お兄様と言い合える人を初めて見ました」
まあ、大体相手が落ち込んで帰るか戻っていきますが、とシルフィアは付け加える。
なお、廉の方は、異世界に来てから、という前置きがある。元の世界では、嫌になるほど目の前で結理と相手による舌戦が繰り広げられていた。
「似た者同士なのかもね」
そんな二人の言葉を聞いた朱波がそう言う。
「類は友を呼ぶ。確かに珍しいけど、元の世界で結理と毒舌っていうか、舌戦合戦出来るのは、結城と友愛君ぐらいだしね」
「え、誰?」
そして、付け加えられた言葉と名前に、シルフィアが首を傾げる。
「廉か朱波がこの前話したと思うけど……結理の兄弟だよ。結城と結理が双子で、友愛君は二人の弟」
「双子って言ったが、結城が兄で結理が妹な。まあ、双子に見えんから不思議だがな」
言ってなかったっけ、と言いながらも説明する詩音と廉に、納得するシルフィア。
なお、この国では、双子だからと蔑まれることはなく、育児や跡継ぎ争いなどを無視すれば、逆に喜ばれるほどである。これは、ウェザリアだけが特別なのではなく、ウェザリア王国がある大陸内でも似たようなことを認めている国もあるぐらいで、双子が生まれた家族が移住してくることもあるほどだ。
「でも、合うときは合うよね。あの二人」
「あの二人の場合は、合ったら合ったで怖い。特に性格」
思い出しているのか、そう言う朱波と性格を強調する詩音の言葉で、三人は思わず遠い目をする。結理が饒舌になるのは、自分たちのこと以外だと家族のことぐらいだ。
「そ、そうなんですか……」
そんな三人にシルフィアは戸惑いを隠せなかったが、それでも思ってしまったのだ。
出来ることなら、彼女や廉たちの家族に会ってみたい、と。
だが、後にそれは、思わぬ形で実現することになるのだが、今のシルフィアが知るはずもない。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
今回、結理の兄弟の話が出ましたが、彼女は四人兄弟妹です
それでは、また次回




