第四十四話:結理の実力
「休憩はもう良いですか?」
「ああ」
訓練場で互いに間合いを取る。
「本当は、明日の方が良い気もしたんですがね」
「ははは。そこまで気を使わせるつもりは、無かったのだがな」
結理としては、模擬戦とはいえ、一戦を終えた状態のレガートとは、あまり戦いたくはなかった。
なので、翌日でも良かったのだが、レガートとしても騎士団長としていろいろとやることがあるので、二戦連続にはなるが、廉たちの言い分もあるので、戦えるのなら結理と早く戦ってみたかったのだ。
「確か、それは木剣でしたよね?」
「そうだが?」
「なら、私は大翔と同じように、木刀で相手します」
「木刀……?」
レガートは、先程も大翔が出してきていたな、と思い出す。
「まあ、いい。先程も許可をしたし、一人だけダメというのは平等ではないからな」
「ありがとうございます」
結理は礼を言う。
本当に平等さを求めるのなら、結理も木剣にするべきなのだ。
(さて、騎士団長の実力、見せてもらいますか)
(勇者たちも認めるほどの力、見せてもらうぞ)
互いが互いを見据える。
「いざ尋常にーー」
「勝負!」
模擬戦第二回戦が始まった。
☆★☆
「最初から本気で行くぞ!」
本当に本気らしく、猛スピードでレガートは結理に突っ込む。
「うわっ!」
結理は慌てて横に避ける。
「何ていうか、普通だな」
「ああ、普通に避けたな」
大翔と棗がそう感想を口にするが、見ていた騎士たちは声を上げる。
「はぁっ!? あれが普通!?」
「ふざけんな!」
「普通は避けられねーよ!」
まあ、そうだろうな、と思う二人。
「でも、苦手なものに対する素早さは、尋常じゃないもんね」
朱波がくすくすと笑いながら言うが、その点については、大翔と棗も同意だった。
「む、避けられたか」
「避けられたか、って……まさか、今ので片付けるつもりだったんですか?」
呆れたように言う結理に、レガートは違う、と告げる。
「単なる小手調べだ」
「そーですか……」
ふーん、と結理は思う。
おそらく、気をつけるべきは魔法の使用状態と最後に大翔に向けて放った剣風。
(身体強化無しで、防げるとは思えないけどーー)
見極めれば、避けられるかもしれない。
「だが、俺もかなり早い方なんだがなぁ」
レガートは唸るように言う。
「まあ、いきなりあの速さを目の前で見せられれば、誰でも驚きますよ」
「そうは見えなかったんだが」
レガートの言葉に、結理は苦笑する。
「私自身、身内からも似たようなこと言われましたがね」
模擬戦やモンスターなどとの戦闘で、いつの間にか表情が消えることがある。これは結理自身も自覚しているのだが、元の世界でスポーツをやっていたときも、兄弟妹からは無表情になってる、と指摘されたほどだ。
(無意識に力が入るんだろうけど)
結理としてはそんなつもりはないのだが、気づいてないのだろう。
「魔法は使ってないよな?」
「使ってませんよ?」
(ということは何だ? 身体能力だけで避けた、ということか)
レガートは結理を怪訝そうに目を向ける。
「さっきアドバイスをしてただろ。木剣は使わないのか?」
「使いませんよ」
即答だった。
「それに、今回は一対一ですから、必要ないと判断したんですがね」
相手の人数が多くない限り、結理としては二刀流で戦うつもりはない。今回は相手がレガートという一人だけなので、木刀だけと決めていた。
「そうか」
「廉たちが何を言ったのかは知りませんが、私は私の実力を示すだけです」
次はこちらから行きます、と結理は駆け出すのだった。
☆★☆
「相変わらずブレないし、おっかないな。あの幼馴染は」
廉の感情の籠もった言い方に、朱波と詩音は苦笑いする。
見ていれば、騎士団長であるレガート相手に、物凄い速さで木刀を打ち合いに行っている。レガートの顔を見ても、まだ余裕はあるらしい。
(俺、仮にも勇者のはずなんだけどな)
あれだけの技術力があれば、結理の方が勇者に相応しいのではないのか。
ふと、廉はそう思う。
「ねぇ、廉。今、結理が勇者やった方が良い、って思ったでしょ」
「そういう顔をしてたか?」
それを聞いて、朱波は首を横に振る。
「違うよ。でも、結理は勇者にはなれない」
「何で」
その問いに、朱波は笑みを浮かべて答える。
「あの子は、東雲のものだから」
ビシッ、と指を指して言う朱波だが、四人の表情は「何言っちゃってんの、この子は」と言いたげなものだった。
「……まあ、東雲が鷹森と仲が良いのは知ってるが、なぁ?」
「あ、ああ……」
歯切れの悪い男性陣に、
「……何を勘違いしてるか分からないけど、百合とかじゃないから」
断じて無い、自分はノーマルだ、と朱波は告げる。
「私も違う」
不安になったらしい詩音も念のため、と否定の意を示す。
だが、そんな時だった。
結理たちの方から突風が吹き、見ていた廉たちに襲い掛かる。
「な、何だったんだよ。あれ……!」
「どうやら、剣風の余波だったみたいね」
レガートの木剣と結理の木刀がぶつかり合い、その余波だったらしい。
(さて、結理はこれからどうするのかしら?)
どこか面白そうな笑みを浮かべる朱波に対し、
(結理……)
模擬戦とはいえ、心配そうな目を向ける廉だった。
☆★☆
「これだけ打ち合いしているにも関わらず、木刀はともかく、木剣が壊れないのが不思議なんですが」
レガートの扱いが上手いのかは分からないが、結理としてはかなり強い力で打ち合いに行っていたのだが。
「ふっ、仮にも訓練用とはいえ、騎士団で使われてるものだからな。その程度で壊れてもらっては困る」
「まあ、そうですね」
王国が誇る騎士団で使われる木剣だ。少しばかり強く衝撃を与えられたからといって、壊れるような代物ではない。
「逆に言わせてもらうなら、俺としては木刀が壊れない方が不思議なんだが」
「私の手作りですから、あっさりと壊れてもらっては困ります」
レガートの言葉に、結理はそう返す。
たとえ大翔の時に壊れたとしても、自分の時に壊れたとしても、また作ればいいだけだ。
「ある意味、そちらの方が凄い気がするんだが……」
いくら材料と生成魔法、技術があろうと、普通は木剣や木刀を作ろうとは思わない。
職人でもない限り。
でも、結理は職人ではない。ウェザリア王国へ召喚された勇者の幼馴染だ。
結理の場合、出来るからやった。教えてもらって出来たからやっただけで、出来ないことが完全に無理だと判断した場合だけ諦める。
「そうですか? まあ、私にも出来ないことはありますからね。仮に負けたとしても、作った武器のせいにはしたくはありませんから……勝ちます!」
「こっちもそのつもりだ!」
軽く間を取っていた二人は、再び木刀と木剣をぶつけ合う。
(とはいえ、さすが騎士団長というべきか)
木刀を手にし、結理は模擬戦とはいえ、レガートが強いと感じていた。弱いとは思ってはなかったのだが、その強さは予想以上なのではないのか、と結理は思う。
(ならーー)
「っ、」
いきなり現れた木剣に、レガートは距離を取る。
「少しの間、木剣に変えます」
この木剣が、どれぐらい耐えられるのかは分からないが、レガートの持つ木剣が耐えられているのなら、問題はないだろう。
「……」
だが、レガートもそう簡単には仕掛けない。
結理が木剣に持ち替えた理由は分からないが、迂闊に攻撃しない方が無難だろう。
(やっぱり、警戒してくるか)
もちろん、結理の方はそんなこと予想済みである。
(でも、どうするべきか……こっちから仕掛けた方が早いだろうけど、問題はカウンターだ)
数回の打ち合いで仕掛けられたときの威力は把握したが、カウンターはまだ把握しきれてはいない。
つまり、カウンターでやられる可能性もあるわけで。
「チッ」
思わず舌打ちすると、そのまま結理は木剣を横に振る。
その剣風はそのまま、レガートに向かっていく。
「面白い」
そう口にすると、レガートは同じように剣風で返す。
もちろん、それも結理に向かっていきーー
「ヤバっ……」
慌てて後方へ一回転して下がる。
「ほぉ、そんなことも出来るのか」
「ええ、まあ……」
褒めるような口振りのレガートに、結理は完全に顔を引きつらせていた。
(ヤバい。完全に癖であの避け方しちゃった)
結理としては、今の避け方はあまりしたくなかった。
(でも、今回は仕方ないか)
だが、今回はと頭を振り、仕切り直す。
(出来るだけ、手の内を見せないうちにーー勝つ!)
そう決めた矢先だった。
「ならば、これはどうかな?」
「ーーッツ!?」
レガートの言葉に、慌てて回避する。
「今のも無理か……」
残念そうなレガートだが、結理としてはレガートが全然残念そうでないことは理解していた。
(木剣、持ってくれるといいけど)
そう思い、軽く息を吐き、相手に目を向ける。
今のところ、仮にも騎士団の備品である木剣が壊れなければ問題ない。今更感はあるが。
結理は片足を引き、体勢をやや低くする。
レガートばかり仕掛けさせるわけにも行かなければ、結理としても試してみたいことが出来たのだ。
(……三、二、一)
次に、内心でカウントダウンし、レガートに放つ。
「ーーむ!」
結理の持つ木剣からあり得ないほどの風が起こり、レガートを襲う。
そして、その隙にレガートの背後を取った結理がそのまま木剣を振り下ろすーー
☆★☆
「何だよ、アレ!?」
見ていた廉が声を上げる。
普通、木剣であそこまでの風は起こせない。しかも、その余波は廉たちが見ていた場所にまで届いたのだから、それだけ広域の剣風だったのだろう。
「朱波」
「んー?」
このチームで風と言えば朱波である。
彼女は目を結理たちに向けたまま、答える。
「あれは魔法じゃないよ」
「いや、魔法だろ? どうすればここまで届くんだよ」
冗談だよな? と問いたくなる廉は悪くないが、朱波は目を廉たちに向けて否定する。
「いや、魔法じゃないよ。魔力、感じなかったし」
第一、結理はまだ魔法を使うつもりは無いだろうし、と付け加える。
使いどころも含めて、いろいろと探っているのだろう、と朱波は判断していた。
何せ結理である。相手から得られる情報をある程度得てから、どうするか判断する。
今回唯一、一種類だけの魔法使用を許されたのだ。
「そう簡単に、結理が魔法を使うと思う?」
答えは否、だ。
相手の力量を理解せずに突っ込むのは控える。もし、回避できなければ、相手の情報ーー癖や魔法や武器の使い方ーーを読み取るまで。
「そういや、木刀はどこ行ったんだろうな」
「バッグの亜空間じゃね?」
何気ない廉の疑問に、大翔が答える。
「は?」
「いや、亜空間だよ。お前ら、ギルドでバッグ貰ったんだろ?」
大翔が尋ねれば、ああ、あれかと思い出す三人。
確かにあれは便利である。上限が無いわけではないが、それでも無限に入りそうな許容量はありがたいものである。
「本人曰く、武器も亜空間にあるから、そこから取り出しているらしい」
「亜空、間……?」
「はっきりとは分からんがな」
大翔たちだって、結理と一緒にいたからとはいえ、知らないものは知らない。亜空間について知っていたら神の領域だ。
「けど、木刀ってのも、結理らしいわよね」
「そうなんですか?」
いきなり聞こえた背後からの声に、廉たちは驚きながらも振り向く。
「フィア」
「王女様」
「ようやく休憩に入れました」
にっこり微笑みながら疲れましたよ、と告げるシルフィアに労う一行。
「ご苦労様」
「それで、今はユーリ様とレガートが戦ってるのですね」
廉の隣に立ち、シルフィアは模擬戦をしている二人に目を向ける。
「まあな」
「一応、廉が鷹森に本気出すなとは言っといたんだが、どうなることか」
肩を竦めて言う大翔に、シルフィアは首を傾げる。
「本気を出されたら、何か困ることでも?」
「大ありだ。この辺一帯が血溜まりになる」
廉の言葉に顔を引きつらせるシルフィア。
「そ、そんなにですか……?」
「ま、本人も分かってるから、やらないとは思うけど」
「な、なら良いけど……」
朱波のフォローっぽい言葉に、安堵の表情を見せるシルフィアだが、実際の所は誰にも分からないのだ。
結理が今現在で本気を出しているのかいないのか、なんて。
「けど、結理は家族や友人が傷つけられると、かなりの確率でキレるから、注意しておきなさい」
「……」
それを聞いたシルフィアがピシリと固まる。
「多分、フィアもその内に入ってるから」
「つまり、私が傷つけられただけでキレるかもしれない、と?」
うん、とあっさり肯定する面々。
「特に酷かったのは、結城の時と廉と私の時だったよね」
「ああ、あの時か。確かに酷かったな」
どこか思い出しながら言う朱波に、廉は頷く。
なお、結城というのは、結理の双子の兄である(廉たちから言わせれば、見た目以上に性格の方が似ているとのこと)。
「何かあったんですか?」
シルフィアはそう尋ねる。
廉たちが話している内容は召喚前のことなので、シルフィアが分からない上に知らないのは当たり前なのだが、尋ねられた朱波たちはやや遠い目をしながら答えた。
「三人とも死にかけたの。主に結理関連で」
「え……」
再度固まるシルフィアと棗と大翔。
シルフィアはともかく、棗と大翔の場合、二人が廉たちと会う前後のことなので、知らないのは無理もない(というのも、大翔に関してはその時いなかったと言った方が早い)。
三人にとっても、結理にとっても、あまり思い出したくないことでもある。
そんな中でフラッシュバックするのは、広がる赤と涙を流しながら何度も謝る少女。
『ごめっ、なさいっ』
結果的に自分たちが無事だったから良かったが、死んでいれば彼女がどうなったかなんて大体の予想はつく。
「まあそれでも、この通り無事だし」
だから大丈夫という朱波に対し、廉や詩音にも心配そうな表情を向けるシルフィアたち。
そもそも結理が朱波たちを気にするのは、この件が一部起因しているのだが、いくら同郷者である棗たちもそれは知らない。
「でも、結理に話したのバレると怖いから、内緒にしておいてよ」
お願い、と頼まれれば、断ることはできない。
彼女だって、当事者の一人なのだからーー……
☆★☆
「身のこなしが良いな」
「そりゃどーも」
木剣を振り下ろした結理だが、気配を感じ取ったレガートがすぐに振り向き、木剣を一閃するも、やや空中にいた結理は自身の持つ木剣を利用して軌道を逸らし、上手く避けたのだった。
だがレガートに褒められたところで、今はあまり嬉しくはない。
「だが、甘い!」
「当たり前ですよ。手を抜いてますから」
気配だって、完全に消したわけではない。
レガートがどのくらいまで気づけなくなるのか、試してみたのだ。
「本人の目の前で言うか」
「それが私ですから」
相手が誰であれ、鷹森結理はこのような場合、平常運転である。
「面白い。だが、本気を出してはもらえんか」
「お断りします。本気出すな、と勇者様たちから言われていますし、第一ーー」
やや残念そうなレガートに、結理は告げる。
「ーーこの地を血の海にするつもりはありません」
「血の海だと……?」
怪訝な様子のレガートを余所に、結理は続ける。
「とはいえ、騎士のプライドに失礼かもしれないので、若干、本気を出します」
そう言うや否や、結理が体勢を変えると、それに応じるように、レガートも体勢を変える。
「若干でもありがたーーッツ!!」
そして、レガートの言葉は最後まで放たれることなく遮られ、代わりに焦りのようなものが現れる。
レガートの目の前には、結理の右手にある木刀。だが、レガートの持つ木剣は結理の左手にある木剣を受け止めていた。
「最低ラインギリギリまで落としましたから、これで勘弁してください」
「いつの間に……」
レガートの頬へと汗が流れる。いくら騎士団長をしているレガートといえど、今の結理の姿は捉えられなかった。
それだけ、早かったということか。
「いつって、さっきですよ。会話中にです」
「いや、分かるが。いや、あの場からどうやって、ここに来たんだ?」
二人の間には間があったはずだ。それをーー訓練も何一つ受けていない少女が、一瞬にして詰められるとは誰が予想しただろうか。
「企業秘密です」
実際、企業でも何でもなく、秘密でもないのだが、結理としてはその方が良い気がしたので、そう答えた。
「結理!」
「ん?」
模擬戦が終わったと判断したのか、廉たちが結理たちの方へと駆けてくる。
「何、本気出してんだよ! 一瞬、焦ったぞ!?」
一瞬どころかかなり本気で焦っていたように見えるのは、見間違いではない。
「ごめんごめん。あれでも、最低ラインだったんだけどさ」
これでも、結理は頑張った方である。
相手が騎士団長なのに、実力が見えるか見えないかの最低ラインまで妥協しての攻撃だったのだが、さすがに長引きそうなら、結理も“手加減”を緩めて、早期決着を付けるつもりではあった。
「でも、とりあえず、最悪な結果にならなくて良かったじゃない。するつもりもなかったけど」
「……ああ」
結理は肩を竦める。
なお、最悪の結果というのは、どちらにとっての、ではなく、どちらにとっても、という意味だ。
そんな風に話す廉と結理を見つつも、レガートは何気なく木剣に目を向ける。
「……?」
何でこんな所が? と疑問に思い、内心首を傾げる。
(木剣が黒ずんでいる……?)
そこは、結理が最後にぶつけてきた部分。
木剣の、その部分だけが、まるで焼けたように黒ずんでいた。
(確か、あいつの属性は不明とか言っていたが……まさか、な)
ふと浮かび上がった可能性を否定しながらも、レガートは未だに固まったままの部下たちの方へと歩き出した。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
模擬戦、終了
レガートに一応、勝利した結理だけど、レガートもレガートで本気出していませんので、その点も含めると……
それでは、また次回




