第四十三話:大翔の実力
さて、場所は移って、以前廉たち三人が魔力測定と属性検査を行った専門部署に、結理たちは連れてこられた。
「うーん……」
唸るのは、この部の長ことウォーリー・レイム。
魔力測定の方では、言わなくとも分かると思うが、結理たち三人も計測器を見事に破壊し、廉たちの時と同様、ウォーリーが悲鳴を上げたのだが、そこは割愛する(必要も無かったのだろうが)。
そして、三人の属性検査に移行したのだがーー
「何も出ませんね」
水晶に手を当てたままの結理に、記録係らしい女性が水晶を見てそう言う。
「あの、少し様子を見に来たのですが……どうかしたんですか?」
様子を見に来たらしいシルフィアが、唸るウォーリーに目を向け、首を傾げる。
なお、大翔と棗はすでに終えており、やはりというべきか、他の属性も反応したのだが、主に使っているだけあって、それぞれ水属性と火属性が色濃く出ていた。
だが、問題はその後だった。
結理が水晶に手を当てれば、不思議なことに何の変化も起こらなかった。
そのため、ウォーリーも理由が分からずに唸っていたのだが。
「あ、殿下。それが、彼女だけ何の反応もないんですよ。今までこんなこと無かったから、どうしたものか……」
「本当に、何も出てないんですか?」
ウォーリーの説明に、シルフィアは訝る。
「はい、真っ暗です」
まるで、何かを覆い隠すかのように、黒い何か以外は水晶に何も無い。
「全部の属性を検査出来るんですよね?」
「うん。全部っていっても、闇属性以外だけど」
「……」
棗の問いにウォーリーは答えるが、それを聞き、無言になる面々。
(闇属性以外、って)
(それって……)
「全部って言わない!」
思わず結理が突っ込む。
「う……言い方は悪いけど、もし仮に、君が魔族だっていうなら、水晶が闇属性に反応するかもしれない。水晶は闇属性に反応しないわけじゃないし。でも、君は人間でしょ?」
人間なら闇属性は無いから反応しないよ、とウォーリーは言う。
(それって、闇属性持ちの人間は、無反応ということになるわけだよね?)
ユーナリアは人間の中にも闇属性を持つ者がいると言っていた。
とにもかくにも、ウォーリーが知らないのか信じてないのかは分からないが、水晶の変な機能のお陰で、結理が闇属性持ちだと知られる心配は無くなった。
「でも、本当に何でだろう?」
「なら、また後で調べてもらえますか?」
「そうだね。故障かもしれないし」
不思議そうな朱波に対し、シルフィアに言われ、ウォーリーは頷いた。
ただ、それを聞いた結理は一人、内心で叫ぶ。
(姫様ーーーー!!!!)
そんな彼女を、大翔と棗が何ともいえない目で見ていた。
☆★☆
さて、結理に余計なフラグが立ったところで、一行は騎士団訓練場に向かう(なお、シルフィアは自身の仕事のために自室に戻った)。
「ん? 終わったのか?」
「団長さん?」
「今は訓練場にいるはずですよね? 何でここに?」
その途中、騎士団長であるレガートが気づき、声を掛けてきたのだが、訓練中のはずである彼がいることを不思議に思った廉は尋ねる。
「お前たちが前に言ってただろ。他の三人は自分たちより強い、と。だから、その実力を見てみたいと思ってな」
六人が合流したと知ったため、早速その実力を知りたくなったらしい。
そのままレガートを入れた七人で騎士団の訓練所に向けて歩き出す。
だが、それを聞いた結理はどこか嫌な予感を感じながらもレガートを指して、廉たちに尋ねる。
「この人に何を言ったのよ」
「今、団長さんも言ったけど、結理たちが騎士団に勝てる的なこと」
朱波の返答に、やっぱりと言いたげな表情を浮かべる結理たち。
(にしても、この人が、レガート騎士団長か)
以前、騎士団副団長であるスタッカート・ナルフェルから聞いた、騎士団長の名前だが、廉たちの会話から、目の前にいる人物が騎士団長であり、名前がレガートだということを頭に入れつつ、結理は言う。
「私、騎士団の実力知らないんだけど」
「大丈夫だろ。鷹森なら」
「おい。その自信はどっから出てくるんだ。あんたも関係者でしょうが」
明らかに他人事のように言う大翔に、関係者であることを結理ははっきりと告げる。
「大丈夫だよ。団長相手に、廉でもギリギリで負けたんだから」
それを聞き、本当か、と目を向ける三人に、廉はぎこちなく頷く。
「ふーん。で、今度は私たち三人が実力を計ってもらえと?」
「それもある」
「わー、嘘っぽーい」
廉の言葉に、明らかに信じてないであろう言い方で返す結理。
というか、完全に今の実力や戦力、使える魔法とかを見るためのものだろう。
そんな面々を見ていたレガートが尋ねる。
「それで、最初は誰がやる? 誰からでもいいし、まとめて掛かってきても良いぞ?」
「いきなり団長が相手するの?」
「普通の騎士じゃ、お前らが圧勝だろ」
詩音の言葉に、仮にも勇者の仲間だからな、と付け加えて返す。
「私、団長相手に勝てないよ? 廉が勝てないなら無理」
「何言ってるんだ。剣道出来るんだから大丈夫だろ?」
戦うのを回避しようとする結理に、廉は剣が扱えるなら大丈夫だろ? と言う。
「相手はプロだよ?」
「お前もある意味では、プロだろ?」
「ある意味では、ね」
それは間違ってないのだが、その相手が騎士団長とか笑いたくても笑えない。
しかも、三人は冒険者だ。騎士と冒険者は違う。
「それで、どうするの?」
「一対一の方が良いのかな?」
「安全第一。これは絶対」
どうやら、レガートと結理たちが戦うのは決定事項らしい。そのため、試合形式と順番を決める。
そして、少し顔を見合わせーー
「とりあえず、先輩は除外ね。剣とか使い慣れてないし、遠距離メインだし」
その点については、大翔も同意した。
次に決めるのは、結理と大翔のどちらが先にレガートと戦うのか、ということなのだがーー
「ねぇ大翔、先に行く?」
「いやいやいや。廉がギリギリで負けたなら、俺は負けるの決定的じゃねーか!」
いい笑顔で言う結理に、大翔は叫ぶ。
「つか、今思ったが、何故俺が基準になってんだ」
「お前を基準にした方が分かりやすいからな」
「……」
廉の言葉に、棗がそう返せば、何故か肩を落とす廉だった。
そうこうしているうちに、騎士団の訓練所が見えてきたらしい。
「他の三人は知らないよな? あれが、騎士団の訓練所だ」
剣のぶつかる音や槍などのぶつかる音。汗臭さも感じるがーー
「血の匂い」
結理の鼻が正確にそれを捉えた。
呟いただけなのだが、聞こえたらしいレガートがぴくりとする。
「血の匂い?」
「いや、つい最近、冒険者での依頼で血を見たので、敏感になってるだけですよ」
廉たちの視線に耐えながらも、内心焦りながらの棗のフォローに、気のせいだったみたいです、と結理も誤魔化す。
ちなみに、最近の依頼というのは魔族との遭遇と卒業試験での依頼のことである。
(そういえば、魔族との遭遇は、結理が気づいたから遭ったんだよなぁ)
その時のことを思い出し、棗はそう思う。
「そうか。ならいいんだ」
一応、納得はしてもらえたらしい。
(マズいな。少量で反応するとか、敏感どころか過敏になってきてる)
だが、結理も結理で、自分の状態が普通ではないと理解していたため、口元を軽く手で支える。
「結理。無理しちゃダメ」
近くにいた詩音が小声で言うが、それを聞いた結理は驚くものの、小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫。ありがとう、詩音」
それを聞き、詩音も頷いた。
「で、誰が相手だ? 全員か?」
レガートの問いに、三人は顔を見合わせる。といっても、相手をするのは、結理と大翔なのだが。
「じゃあ、俺が行く」
「いいの?」
確認する結理に、大翔は頷く。
「表向きは、その方がいいだろ」
「ん、気持ちは嬉しいよ。まあ、頑張ってー」
一歩前に出て、溜め息混じりに言う大翔に、どこか嬉しそうにしながらも、分かりにくいような声で結理が応援する。
「お前を後にしてやったんだから、後で何か奢れよ!」
「はいはい」
キッと目を向けて指を指す大翔に、結理が適当に返事していれば、一行は訓練場に到着した。
☆★☆
さて、模擬戦をすることになったものの、安全第一ということで、真剣ではなく木剣を使うことになったのだが、大翔が慣れてないということで、少しでも慣れるためにと軽く素振りをしていた。
「どう?」
「どうって言われてもな」
大翔の微妙な反応に、結理は首を傾げて言う。
「木刀あるけど? というか作ったけど?」
「あるのか? まあ、木刀があるなら使わせてはもらうが」
使う? と亜空間バッグから出された木刀に目を向けながらも、結理から受け取る大翔。
木剣もいいが、木刀の方がしっくりくるのは何故だろうか?
「ちなみに、竹刀は作ってはみたけど、ダメだった」
「だろうな」
王都に来るまで竹林は無かったはずだ。というか、竹すら無かったはずだ。
そんな結理に、
(それなのに、よくやろうと思ったな)
というか、やってみたのか的な目を向ける大翔。
「挑戦はタダよ? 大翔」
「なら、お前が先に行くか? 鷹森」
結理の言葉が癇に触ったのか、尋ねる大翔に、
「嫌よ」
即答である。
そんな二人を見ていた仲間たちは思う。
「なーんか、仲が良くなってませんか? あの二人」
朱波の言葉に、詩音がうんうんと頷く。
「まあ、半年は一緒だったんだから、仲良くはなるだろ」
棗がそう答えるも、朱波は廉を一瞥する。
「まあ、そうなんだけど」
「あ、やるみたいだね」
詩音が言うのと同時に、結理が四人の方へ戻ってくる。
「何話してたの?」
「木剣から木刀にするのと、さっきの話の続き」
「さっきって、何か奢るとか言ってたやつ?」
「うん」
結理は頷く。
「頑張り次第では奢るって。廉が」
「ちょっと待て」
話を聞いていたらしい廉がストップを掛ける。
聞き捨てならないことを聞いたぞ、と廉が目を向ければ、ん? と結理に首を傾げられる。
「何で俺になってんだ」
「ノリ?」
「ふざけんな。お前が約束したなら、お前が奢ってやれよ」
「まあ、そうなんだけどねー」
廉の言葉にそう返す結理。
確かに、奢ると言ったのは結理で、廉ではない。
そのことは結理も理解している。
大翔の方に目を向ければ、木刀を軽く振っていたり、握っていた手を開いたり閉じたりしていた。
「どうだ、出来そうか?」
「はい、何とか」
レガートに声を掛けられ、大翔は頷くと、二人はある程度の間合いを取る。
「念のため、ルールの確認だが、安全を優先して使うのは、木剣」
「俺は木刀ですがね」
木刀? と内心疑問に思いながらも、レガートは続ける。
「次に、魔法を使用する場合は一つだけ許可する」
「はい」
大翔は頷く。
(にしても、魔法で使用できるのは一種類か)
レガートの強さがどのくらいなのか分からない以上、あっさりと使用する魔法を決めるわけにもいかない。
(とにもかくにも、俺は出来ることをやるまでだ)
少なくとも、大翔の後に模擬戦をすることになっている結理には、レガートがどのような戦い方をするのかは見せられる。その上で何らかの策でも立てていてもらえばいいだろう。
(まあ、立てないで、ただ見ている可能性も否定できないが)
というか、そちらの可能性の方が大きい。
「じゃあ、始めるぞ」
「はい」
こうして、大翔とレガートによる模擬戦は始まった。
☆★☆
レガートの持つ木剣と大翔の持つ木刀がぶつかり合う度に、カンカンと軽い音がその場に響く。
「確かに、レンよりはやるみたいだな」
廉たちが言うのも分かる、とレガートは思う。
戦っていて分かったのは団員たちだけではなく、騎士団全体で教えられる使い方とも違う、木剣(大翔の場合は木刀)の、独特の使い方である。
大翔としては、ユーナリアから剣の扱いを教えられたため、木刀も同じように使っていた(その点に関しては、木剣でも良かったのでは、という疑問もある)。
本命は、といえば、この後に控えた結理の方だが、レガートとしては、大翔もそれなりに実力があり、もっと強くなれるというのが分かる。
そう言われて嬉しいのか、大翔は笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。けどーー」
「む?」
「鷹森の前だと、余裕でいられないと思います」
それを聞き、レガートは結理を一瞥する。
自分たちの模擬戦を見る彼女は、普通の少女にしか見えない。だが、廉も大翔も彼女にはーーおそらくという仮定ではありながらもーー余裕ではいられないという。
「それだけ強いのか?」
「強いって言うか、俺を相手にこれだけ時間掛かるってことは、鷹森相手だと、勝つのは難しいですよ」
模擬戦を開始して、一体、何分経ったのだろうか。
模擬戦なので、勝敗はあまり関係ないのだが、やはり騎士団長という地位にいるレガートには勝っておきたいと大翔は思う。
「ますます楽しみになってきたぞ」
「俺も、見るのは楽しみですよ。二人の試合は」
でも、と大翔は続ける。
「まだ俺が相手なのには、変わりありませんがね!」
大翔は木刀を高く振り上げると、レガートに向けて、思いっきり振り下ろす。
「ああ、そうだな」
レガートが木剣で受け止めると、大翔は一度距離を取る。
(さて、ここからどうすっかな)
大翔とレガートは、互いにまだ一度も魔法を使ってない。
どんな魔法を使ってくるのかは分からないが、気をつけておいて損は無いはずだ。
でも、このまま互いにじっとしているわけにはいかない。
「まあこれは、見よう見真似になるんだろうがーー」
カン、と音がする。
「二刀流!?」
朱波が声を出し、廉たちや騎士たちも驚くが、結理はやや分かりにくいものの、目を細め、反応する。
「結理、まさかあのために大翔に渡したのか?」
「まさか。私は大翔が二刀流を出来るなんて知らないからね。分かってて渡すなんて事はしないよ」
棗の確認に結理は否定する。
結理としても、大翔が木刀と木剣を手にして、二刀流になるとは思わなかった。
相手をしているレガートを見てみればーー
「面白い。来てみろ!」
レガートはレガートでこの状況を楽しんでいるらしい。
「奢る約束、無かったことにしてやろうかな」
「止めてやれ」
棗に止められ、チッ、と舌打ちする結理。
「まあ、大翔にはまだ二刀流は無理だよ」
「そうなの?」
不思議そうな朱波に、どこか不機嫌そうに結理は答える。
「剣を持って数ヶ月の奴に、二刀流なんて早い」
「わー。結理せんせー、きびしー」
微妙に棒読みな朱波だが、
「朱波。短剣持って、前線出てみる?」
「ごめん」
想像したのか、謝るのは早かった。
「でも、それなら結理も言えるんじゃないのか?」
「……」
何も知らなさそうな棗に、無言になる四人。
「知らないことがあるのは、良いこと」
静かに告げられた詩音の台詞が、妙に染みる面々だった。
☆★☆
「さっきの勢いはどうした?」
大翔は木剣を手にし、二刀流にはなったものの、慣れてないせいか、一刀の時より隙が出来ていた。
「っ、」
レガートの攻撃を避けるだけも精一杯らしい。
「バランスが取れてない」
「そうなのか?」
結理の呟きに、廉が尋ねる。
「大翔!」
「何だよ」
呼ばれたため、目線はレガートに向けながら、大翔は尋ねる。
「左手、動かせてない! 左右別々に何とか動かすか、片方しまって! バランスが取れてないせいで、軸がぶれてる!」
「っ、」
それを聞いた大翔は、木剣から手を離す。
「いいのかよ。模擬戦とはいえ、あんなことして」
「模擬戦だから、まだいいの。それに教えなかったら、最後まで気づかない可能性だってある」
廉の言葉に、結理はそう返す。
「まあ、それで負けても、奢ることは決定だけどね」
約束は約束だ。負けたとしても、頑張ったということには変わらないので、結理としては、約束は守るつもりだ。
「っ、ならーー」
「身体強化の魔法か」
「みたいだね」
大翔が魔法を発動し、棗と結理は冷静にそう判断する。
(私じゃあるまいし、大翔にとって正解なのかどうかは、結果次第だけどね)
だが、いくら異世界転移の影響により、身体強化されていても限界がある。
「ふむ。動きも戻り、良くなったな。あの少女の助言のおかげか?」
「まあ、そうでしょうね」
どこか納得したらしいレガートに、大翔も頷く。
慣れてもないのに、見よう見真似でよくやろうと思ったものだ。
「だが、その程度で勝てると思うなよ?」
「なっーー」
ニヤリと笑みを浮かべ、駿足で間を詰め、木剣を一閃したレガートは、大翔を吹き飛ばす。
「うわぁ、出たよ」
「これは……決まったな」
痛そう、と呟きながら、朱波と廉はそう言うのだった。
「っつ……」
「ご苦労様」
模擬戦を終え、自分たちの方へ来る大翔に、結理はそう労う。
「ギリギリだったが……結局、負けちまった」
それを聞いた結理は首を傾げる。
「私、本気出して敵討ちした方が良いのかな?」
「止めろ! お前が本気出すと、訓練場が血の海になるわ!」
「失礼な」
廉の言葉に、結理が不機嫌そうに返す。
「でもまあ、本気を出そうが出さなかろうが、頑張るまでだけど」
大翔から木刀を受け取りつつ、ブン、と軽く振り下ろす結理だった。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
今回は模擬戦。レガートvs大翔でしたが、勝者はレガートでした
次回も模擬戦、結理の番。勝つのは……?
それでは、また次回




