第四十話:再会
「八百屋に青果店、魚屋と肉屋に花屋。魔法具店に本屋、服屋に鍛冶屋。あそこが王城で、あっちは自警団。それでギルドは……うん、大体把握した」
ギルドを出て、見て回った場所を復唱しながら覚えていく。
「お前、よく覚えられるな……」
結理の記憶力に戦慄を覚えながらも、感心したような言い方をする棗。
「これでもまだ、人並みだと思いますよ?」
結理も一度にまとめて把握はしていない。今だって、異世界転移の恩恵であり、身体強化の一つである視力強化により、城の次に街が見渡せる場所ーーというか宿で借りた部屋の窓ーーで位置確認しているだけだ。
「とりあえず、食料調達行ってきまーす」
そう言って、窓から飛び降りた結理に、「ああ、行ってこい」と返して、ハッとした後、凄い勢いで彼女に目を向ける大翔。
慌てて駆け寄って下を見てみれば、結理本人は何事も無かったかのように、綺麗に着地して歩いていた。
鷹森結理の謎と、人外っぽさが増えた瞬間である。
なお、着地したときに足が痺れて涙目になりかけたのは、彼女だけの秘密である。
「大翔ー」
「何ですか?」
棗に声を掛けられ、振り返れば尋ねられる。
「俺も外行くが、お前、どうする?」
それを聞き、
「行きます」
即答だった。
☆★☆
「うぅん……」
軽く伸びをする。
ずっと室内にいたせいか、外の空気が気持ちよく感じる。
「もう、ちゃんとやらないから、こんなときにまで残るのよ?」
「廉、結理たちと合流したら、文句言われるかもよ?」
「うっせぇ」
茶髪のーー廉と呼ばれた青年は二人の少女からの言葉に、不貞腐れる。
「つか、何で夏休みの宿題が異世界でもあるんだよ」
「何度目よ」
そんな廉の言葉に、呆れたように目を向ける二人。
宿題やる度にぶつぶつとそう言われれば、怒りを通り越して呆れてくる。
「でも、結理と先輩がいないのは痛いわよね。去年の内容なら、結理は確実に覚えているだろうし、先輩も文系・理系共に出来るから、いたら教えてもらえられるんだけど」
はぁ、と溜め息を吐く少女、朱波とそれに頷くもう一人の少女、詩音。
相変わらず、この面々は再会できずにいる幼馴染たちの有り難みが身に染みているらしい。
そのまま歩いていくとーー
「ちょっと、誰か!」
「ん?」
何やら叫び声に気づいたらしい朱波が首を傾げる。
「誰か、そいつ捕まえて!」
「ひったくりか?」
ひったくりに遭ったらしい女性が、ちょうど廉たちの前で息を整えるために立ち止まる。
それを見て、三人は互いに顔を見合わせる。
「どうする?」
念のため確認を取る廉に、二人は笑みを浮かべ、
「そんなの」
「決まってるじゃない」
困っている人がいたら、助けられる範囲で助ける。
「廉。ここは引き受けるから、ひったくりを追って」
「後でちゃんと追いかけるから」
「分かった」
行けという二人に頷き、廉はひったくりを追いかけるために走り出した。
☆★☆
「結局、二人も出てきちゃったんだね」
棗たちと合流というか、会った結理は苦笑した。
手には買い込んだのであろう野菜や果物の入った袋があった。
「そして、そんな俺たちを、ちゃっかり荷物持ちにしてくれてるお前は、これからどうするんだ?」
「次は肉類。魚類は腐ると面倒だから後回し」
後は鍛冶屋行って、武器のイメージ調達かなー? と、結理は思案する。
そのまま歩いていれば、後ろが騒がしくなる。
「ん、何だ?」
何か叫ぶ女性とバッグを持って走って来る男。
それだけで察するにーー
「ひったくりみたいだな」
「……」
それを聞いた結理が一歩踏み出すと、勢いよく走って来た男に対し、無言で足を引っかける。
そして、引っかけられた男の方はというと、それはもう見事に転んだ。
「このアマ……っ!」
男は素早く起き上がると、転ばした結理を睨みつけ、ナイフを出し、向けてくる。
それに対し、周囲から軽く悲鳴が上がるが、結理は気にしてないのか、平然と二人に尋ねる。
「ねぇ、私って、ひったくりに恨まれるような事したかなぁ?」
「足引っかけただろうが」
「ふむ。でも私、そんなことやってないけど?」
大翔が淡々と告げるも、わざとらしく首を傾げ、結理は知らばっくれる。ナイフが向けられてるにも関わらず、だ。
(わざとらしっ!!)
棗と大翔もそう思いつつ、口には出さない。今この場には証人が何人もいるのだから。
「おい! 刺されたいのか!」
だが、男に関しては、相手が悪いとしか言いようがなかった。
それを聞いた周囲の大人たちが子どもたちを遠ざけ、結理は少しだけ目を細める。
(スイッチが入ったな)
そう思いながら、ブンブンと所構わずナイフを振り回す男に対し、棗と大翔は、あーあ、と言いたそうな顔で見ていた。
「うるさいし、刃物を振り回すなんて、危ないでしょ。大人なら子どもの見本になるような行動しないと」
「いっ!?」
気がつけば、ナイフの刃は無く、結理が男の膝裏を蹴れば、バランスを崩したらしい男は後ろに倒れる。
そして次の瞬間、いつの間に剣を抜いていたのか、結理は「残念でした」とでも言うかのように、男の首に剣を向ける。
「でもさ、人から物を貰うときは許可を得ないといけないって、知らない?」
「えっ? えっ?」
首を軽く傾げる結理だが、いつの間に取ったのか、その手には男によりひったくられたバッグがあった。
信じられないのか、自分の手元と結理が持つバッグを交互に見る男。
「あーあー、こんなに取っちゃって……ちゃんと持ち主に返しなよ?」
中身に軽く目を通し、財布らしきものを確認すると、男に目を向け、そう告げる。
なお、言うまでもないが、他人のバッグの中身を見るのは失礼である。たとえ、結理が金銭よりも食べ物の方に反応するとしても、だ。
「……くそっ!」
「泥棒は犯罪だから、二度とやるなよー」
男は舌打ちして、立ち去ろうとすれば、結理は大声でそう告げる。その事にぎょっとする男だが、次の瞬間には先回りしていたらしい騎士たちにより、捕まっていた。
それを確認すれば、パチパチと拍手が起き始め、気づけば周囲の人々から賞賛を受けていた。
「さ、行こうか」
「待て待て待て」
「今の空気で行くつもりか!?」
何もなかったかのように振る舞う結理に、棗と大翔が正気か、とあり得ないものを見るかのように言う。
だからなのか、すぐに気づくはずの結理が、珍しく気づくのに遅れた。
「結理……?」
「ん?」
いきなり自分の名前を呼ばれ、声がした方に振り向くと、結理はこれでもかというぐらいに目を見開く。
対する声の主も驚いているのか、目を見開き、固まっているようで動かない。
「本当に……本当に、結理たち、か?」
棗と大翔を視界に収めながらも、信じられないと言いたげに、一歩踏み出す。
だが、自分が間違えるはずがないのだ。
幼馴染の顔を。
親友の顔を。
仲間の顔を。
だから、彼のために、結理は一歩出て、笑顔で告げる。
「久しぶり、廉」
それが正しいと、間違っていないと、それだけで、その言葉だけで、十分理解できる。
目の前の三人が本物だと。
「あ、ああ……」
どうやら、混乱が解け始めて、冷静になってきたらしい。
一瞬でも彼女に見惚れていたことを理解し、パニックになる廉。それと同時に安堵している自分にも驚いた。
そんな彼に気づいているのかいないのか、バッグをひったくられたであろう女性が来たことに気づいた結理は、彼女にバッグを渡す。
「はい、おねーさん。これ、おねーさんのでしょ?」
「ええ、ありがとう」
「一応、中身確認しておいてください。多分、大丈夫だとは思いますが」
「そうね」
結理の言葉に頷き、軽く中身を確認する女性。
先程結理が見たときは、貴重品類は大丈夫そうだったが、女性の持ち物に不備があってはいけない。
「結理……?」
「ん、朱波も詩音も久しぶり」
女性とともに来たのか、廉と同じく驚いたらしい結理たちを見る朱波と詩音。
「結理~」
「あ、朱波!?」
朱波にいきなり抱きしめられ、結理は驚いたものの、すぐに理由を理解した。
「良かった。無事で」
「朱波たちも無事で良かった」
安心したのか、涙ぐむ朱波に微笑みながら、結理も彼女を抱きしめ返しながら、そう返事をする。
短くも長い期間を経て、こうして無事に一行は再会したのだった。
ーー隣国、リヴェルト国。
とある広い場所に人々は集まっていた。
その中心には、成功を祈るように、胸の前で手を合わせるその姿から明らかに位が高いであろう金髪の少女と、眩しそうに目を細める魔導師のような銀髪の少女がいた。
人々の目の前には、輝きを放つ魔法陣。
「大丈夫、ですよね……?」
「大丈夫」
中々その上に現れないものに、気を抜かずに見守る。
そして、それは現れた。
「っつ……」
「っ、ここはーー」
茶髪の少年と黒髪の少年が。
どこか不思議そうに周囲を見回す二人に対し、成功に安堵しつつも、「二人?」と銀髪の少女は不思議に思う。
だがそれよりも、金髪の少女は自らの、人々の想いを口にしていた。
「私たちを助けてください、勇者様!」
これが――リヴェルト国の王女と、異世界から喚ばれた勇者たちとの出会いである。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
さて、今回で第二章は終わり、次回から第三章に入ります
次回、『登城』
やっと再会できた六人
廉たちに連れられ、結理たちは王城に行くのだが……
今年の更新は今回で終了ですが、次回は年が明けてからの予定です
それでは、また次回




