第三十八話:白と黒
「どうにかならんのか。この空気」
耐えきれずに棗が言う。
現在、一行は王都に向かう旅の最中である。今歩いている道をそのまま行けば王都に着くのだが、道を進む一行の空気は悪かった。
「私のせいじゃないです。後ろの二人のせいです」
ーー主に、契約者を得た二人のせいで。
「だが、一部はお前だろうが」
結理の言葉を聞き、他人事みたいに言うな、と棗は言外に言う。
「はぁ……分かりましたよ。ノワールもブランも喧嘩しない。いつまでもそうしてるなら、置いていくからね?」
仕方ない、と溜め息を吐きながら、契約者という責任から結理が二人を止めに入る。
「……」
「……」
二人は互いを睨み合う。
そして、視線が合うと、ふん、とそっぽを向き、結理は深い溜め息を吐いた。
予想はしていた。
でも、言わなくてはいけない。
何故こうなった、とーー
☆★☆
では、ここでちょっと簡単な説明を。
以前にも説明したが、黒竜の人間形態時の名前が『ノワール』、竜形態時の名前が『ダーク』である。
そして、結理が言った『ブラン』は白竜の人間形態時の名前である。もちろん、竜形態時の名前も決めてある。
白竜との契約後、あからさまに不機嫌オーラを放つノワールを宥めつつ、結理たちは白竜の名前を決めたのだ。由来は言わなくても分かると思うが、黒竜と逆の白と光を示すものである。
「安易だな」
「ぐっ……」
大翔の言葉に、見た目の色と属性から付けたため、結理も否定はできない。
だが、今はどうでもいい。
今は、この空気をどうにかしなければいけない。
「……先輩。この二人、ここに置いていきます。本人たちもそれを望んでいるようなので」
その発言に、え、と顔をする棗たち。
「冗談ーー」
「私がいつ、冗談を言った?」
「ーーじゃないよなぁ……」
大翔の言い掛けられた言葉が遮られるも、やっぱり冗談じゃないな、と思う二人。
結理も冗談を言ったことが無いわけではないが、今回は本気である。何より、気が本気だ。
「お前ら、鷹森の奴、本気で置いていく気だぞ」
一応、教えといてやるか、と大翔は忠告する。
「えーー」
「あの様子だと、冗談じゃないみたいだし、これ以上お前たちが揉めるのなら、俺たちもお前たちをここに置いていくから」
「……」
そのまま前を歩いていく結理の後を大翔はついていく。
竜たちは棗に任せておけばいいだろうが、結理とこれ以上距離が空くのはマズい。距離を空けすぎれば、後で合流しようにも合流しにくくなる。
「ちょ、ちょっと待った!」
「何だ」
「ぼ、僕たちも行きます!」
声を掛けられたため、大翔は振り返ると、走って追いかけてきたらしいノワールたちが一緒に行くと告げる。
「揉めないか?」
「揉めません!」
「……」
「……」
しばらくの間、互いに睨み合う。
そして、大翔が溜め息を吐いた。
「鷹森の前まで来たら、揉めるんじゃねーぞ? もし揉めたら、フォローは出来ないからな?」
分かったと頷くノワールとブランを見て、棗と青年が肩を竦める。
「じゃあ追いかけるか」
そう言って、結理を追いかけ始める一行だった。
☆★☆
ひゅるるる、と風が吹く。
どこからか取り出したペロペロキャンディーを口に入れ、側にある木の上から王都に続く道の光景を眺める。
見ていれば、護衛されているらしい商隊が王都方面に向かっていた。
盗賊や魔物に出会さないといいね、なんて他人事のように思っていたが、数分後には自分たちもあの場所を通るのだ。もし、出会したら倒せばいいだけなのだが、何といっても面倒くさいという気持ちの方が勝る。
それにしてもーー
「……遅い」
結理はそう呟く。
結理本人にそんな早く歩いたつもりはないが、背後からついてきていたはずの大翔がいなかったのを見ると、引き止められたのか、四人の元に戻ったのだろう。
それに、竜たちが騒いでいたり、何か問題が起きたとしても、棗たちが一緒だから、多分、心配は無いだろう。
「って、それは少し無責任か」
契約者は結理だが、棗たちに押し付けたようなこの状況は、ペットを飼う際に絶対に世話をすると言ったのに、結局放置することになり、母親がそのペットの世話をしているという状況に似ている。
「……」
結理は溜め息を吐いた。
「もう少しだけ、待ってみるか」
空を見上げ、そう思うのだった。
☆★☆
「空気を悪くして、すみませんでした」
「なので同行させてください」
頭を下げる二人、ノワールとブラン。
結理は軽く頬を引きつらせ、大翔は軽く肩を揺らし、口元を手で隠しながら、何とか笑いを堪えようとしている。
それに対し、棗は呆れたように見つめ、青年は諦めたように遠くを見ている。
「まさか、この一連の流れは、大翔の案?」
必死に笑いを堪える大翔に、結理は睨みつける。
「いや、俺は一回、鷹森に謝った方がいいかもしれないって、言っただけだ」
それに対して、目を向けられた棗が頷けば、結理は溜め息を吐いた。
「しょうがないなぁ」
「ってことは……」
結理が肩を竦めれば、ノワールたちはそっと頭を上げる。
「まあ、私たちは契約者だから、あまり離れられないしね」
ノワールたちの表情が明るくなり、ありがとうございます、と再度頭を下げた。
一行が歩いていれば、何やら騒がしい前方が見えてきた。
「何だ?」
「何かと、戦ってる……?」
首を傾げる大翔に、目を細めて見つめる結理。
「戦ってる?」
「何か刃みたいなのが見えました。……って、あれ?」
よく見てみれば、それは見覚えのあるーー先程面々を待っていた時に結理が見たものだった。
どうした、と言いたげな面々に、
「さっきの商隊か!」
結理はそう叫ぶ。
大翔たちが結理の元に辿り着くまでの間、側を通り過ぎていったのは結理が見た商隊のみで、その後に冒険者らしき者や別の商隊が王都から出て行ったぐらいだ。
「どうする?」
「うーん……私たちもあそこを通らないと王都に入れないしなぁ」
だからといって、巻き込まれたくはないが、見て見ぬ振りもしたくはない。
「……ノワール、ブラン。一度戻って」
「何か策でも?」
微妙に不服そうなブランに、見てみ、と結理は目を向けさせる。
「向こうには護衛もいるらしいからね。竜二匹が出る幕は無いと思うよ」
「俺たちだけ参戦する、ってか?」
「黒竜や白竜を動かすのはいいけど、退治されたことにされているからね。今はまだ二人を動かすわけにも行かないでしょ」
二人と契約してから、そんなに日が経ってない。下手に正体をバラせば、王都に入れなくなる可能性もある。
「それに、こっちには頼れる人物がいるしね」
その言葉とともに視線を向けられた頼れる人物(?)は、首を傾げていたが。
「それじゃあ、加勢に向かうか」
そう言って、四人は駆け出した。
☆★☆
「くそっ……!」
「魔物の凶暴化は話に聞いていたけど、ここまでとはね」
さすがにこれは、と冷や汗が流れる。
商隊の護衛へ加勢しているのはいいが、相手にしている魔物たちが元々自己判断ができないのか、それとも凶暴化しているせいで感情制御できないのかは分からないが、この状況は厄介だ。
結理が相手にしているのは魔物のボスらしいが、青年曰く、知恵はある魔物とのこと。だが、ボロボロになりながらも、ボスは立ち上がり、何度も攻撃を仕掛けてくる。
「そういえば、先輩は?」
「銃と魔法で応戦中だ。できるだけ近づかれる前に撃ってるが、時間の問題だぞ?」
予想以上の魔物の強さに、背中合わせになりながら話す結理と大翔。
それを聞いて、棗の方をちらりと見てみればーー
「次から次へと……こいつら、ゾンビかよ! すっげーウザい!!」
「……」
滅多に怒らない棗が苛々しているのを感じ、思わず無言になる結理。
銃も魔法も乱射しているのだが、人に当たってないのを見ると、理性や冷静さは残っているらしい。
「というか、鷹森がボスをどうにかしてくれれば早いんだが?」
「あいつら、知恵があるくせに退こうとしないのよ。あれだけボロボロなら、知恵が無くても察せるはずでしょ!?」
大翔の声で視線を戻した結理は、飛びかかってきた魔物を苛々しながら切り捨てる。
「まあなぁ」
ボスの状態も把握できないほど凶暴化しているらしい。または、単に最初から連携が取れていないだけか。
だが、自分たちが話していられる余裕があることにも驚きだった。
「さて、どうする? 参謀殿?」
「そんないいものじゃないわよ」
魔物たちを切り裂いていけば、魔物たちの血が弧を描き、地に落ちる。
「はぁ……」
それは、誰の溜め息だったのか。
「大翔、ボスを仕留める。少しだけ援護、お願い」
「分かった」
目を閉じて集中し、剣に魔力を込める。
その間、大翔は結理を一瞥しながら、襲いかかってきた周囲の魔物たちを倒していく。
そして、そっと目を開けた結理は軽く深呼吸をしーー
「これで最後にしとこうか」
その言葉とともに、ボスを一瞬にしてーーその細長い身体を、まるで丸太を細かく切ったかのように、寸断した。
次にチン、と鳴ったかと思えば、結理が刃を鞘にしまう音だった。
「終わった、のか?」
「一応、ね。でも、連携が取れていないのは確認できた」
「だな」
結理の言葉に、大翔は頷く。
「でも、この状況を見ると、別のボスがいるのか?」
「うーん……」
未だ戦闘中の面々に目を向ける。
「……雑魚を一斉に倒すか」
「は?」
今の聞き間違いじゃないよな、と言いたそうな大翔を無視して、結理は歩みを進める。
「いい加減に……」
そして、剣を振り上げ、
「しろーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
振り下ろした。
「うおっ!」
大翔は間一髪で避けたものの、地面にはその痕がーー轟音が響いたかと思えば、その影響なのか周囲の木も倒れてーー残っていた。
ただ、不思議なことに、魔物だけが全滅していた。
「……」
「まあ、本人が清々しそうな顔をしているんだからいいだろ」
何か言いたげな大翔に近づいてきた棗がポン、と肩に手を乗せてそう告げる。
それでもやらかした張本人は、というとーー
(や、やりすぎた)
内心反省していたため、まだ良かった方なのだろうが。
読了、ありがとうございました
誤字脱字報告、お願いします
今回は旅再開&魔物たちとの戦闘でした
次回、『王都到着』
王都に到着した一行
宿を取り、ギルドへ向かおうとしたのだが、護衛していた冒険者たちからギルドのある噂聞いた一行は……
それでは、また次回




