第三十五話:結理と黒竜
「ここが、黒竜の住処……」
目の前に見える洞穴を見て、結理は呟く。
結理たち六人は現在、黒竜がいると教えられた場所に来ていた。
あの後、装備を整え終えた棗たちとともに、ゼルが来るのを待ち、遅れてごめん、と謝る彼がアンネリーゼに責められながらも(他人から見れば、いちゃついているように見えなくもない)、黒竜がいるであろう洞穴がある森へ向けて、足を進めたのだがーー
「ゼルさん」
「何だ?」
「さっき聞くの忘れてたんですが、竜って属性を持っているんですか?」
その問いに、ゼルはあー、と上を見る。
「無くはないぞ。竜にはそれぞれが持つ属性が、色として体の表面上に出てるからな」
「火属性なら赤、水属性なら青、といった具合にね~」
ゼルの説明をアンネリーゼが付け加えて説明する。
「つまり、黒竜はーー」
「黒だから闇、だな」
棗が言おうとした答えを、ゼルは言う。
「…………」
大翔が結理に目を向けるが、結理は何も返さない。
ーーああ、やっぱり、そうなのか。
体の色が属性を表すのなら、黒竜というぐらいならその体は黒であろうその竜が持つ属性など、予想できる。
(黒竜は、私の闇に反応するのかな?)
同じ闇ならどんな反応をするのか、興味はあるが、所詮は人間と竜だ。感覚が違う可能性だってある。
「怖い~?」
黙り込んだ結理に、アンネリーゼが首を傾げて尋ねる。
「いえ。ただ、黒竜はこの辺りに住み着かないみたいなので。普通は人が居ると、すぐに襲いかかるから、黒竜自身も人を遠ざけるって、本にあったぐらいなんで、まだ信じられないだけです」
「相変わらず博識ね~」
「あはは……」
アンネリーゼとの会話がズレていることは今に始まったことではないし、アンネリーゼ本人もあえて的外れなことを言っているので、それに気づいているゼルと結理、簡単な装備確認をしながらはなしていた棗と大翔は何も言わない。
「それでも、実際の体験に勝るものはありませんから」
そして、その数分後、結理たちは洞穴に辿り着き、冒頭に繋がる訳なのだがーー
「ここが、黒竜の住処……」
目の前に見える洞穴を見て、結理は呟く。
「いよいよ、か」
誰かがごくり、と唾を飲んだ。
黒竜と対峙してないのに、どくんどくん、と鼓動が激しい。
「よし、行くぞ!」
ゼルの声で、六人は中に入っていった。
☆★☆
ああ、まただ。
また、誰かがここに来た。
そう思いながら、体を起こす。
『数は全部で六つ』
以前より少ないし、どうにかできるだろう。
だからもう、放っておいてくれないか?
☆★☆
六人は黒竜の前に立つ。
身体は黒い鱗に覆われ、黒い目が六人を見つめる。
『今度は君たち? 懲りないね、人間は』
突然聞こえてきた声に驚くも、それは目の前の黒竜のものだと理解する。
「悪いが、お前さんを倒さないと俺たちは帰れないから、出来れば大人しくしていてほしい」
ゼルの言葉に、黒竜は何も返さない。
「無視、か」
ゼルは肩を竦めた。
一方、そのやりとりを見ていた結理は、黒竜を観察していた。
「やっぱり、属性は闇っぽいな」
隣に立った棗が小声でそう言うが、結理は何も返さない。
「同じ属性だから、気になるか?」
「それは否定しない。それに……」
話せる、というのが結理には気になった。
話せない方が正しい、という訳でもないが、おそらくこの竜は成竜なのだろう。
「ゼル~、どうするの~?」
アンネリーゼが尋ねる。
確かに、このままでは埒が明かない。
『どうするの? 戦うのか戦わないのか』
黒竜は六人に目を向けたまま、そう尋ねる。
『やらないのならーー』
黒竜が息を思いっきり吸い込み、
『ここから出ていけーーーー!!!!』
「うわっ」
ブレスを吐き出した。
慌てて逃げる面々だが、結理は黒い魔法陣を展開して、防壁を張る。
「っ、」
『え?』
黒竜は驚いた顔をする。
だが、それに気づかず、六人は入り口を出る。
「はぁっ、はぁっ、間一髪だったな」
ゼルの言葉に、アンネリーゼが無言で頷く。
「どうしたんですか?」
洞穴の中を見ていた結理に気づいた青年が尋ねる。
「来る」
それを聞き、面々は洞穴に目を向ける。
『ありえないありえないありえない』
ありえない、を連呼しながら、黒竜は洞穴から姿を現した。
「っ、何なんだ!?」
黒竜がありえないと言う理由が分からず、戦闘態勢を立て直す六人。
『ありえない、人間がーーガッ!』
何かを言い掛けた黒竜に、結理が横から殴りつけるーーというか、拳で殴ったわけではなく、持っていた道具を投げつけただけなのだが。
「ゆ、ユーリちゃん……」
アンネリーゼが顔を引きつらせて、結理の名前を呼ぶ。
「人間の私が黒髪黒目の黒持ちで悪かったな」
道具を回収しつつ、げしげしと黒竜の顎を蹴りながら、結理は言う。
(いや、鷹森の場合はーー)
闇属性と口に出されるのを止めるための行動だろう。
大翔と棗はそう思いながら、黒竜を蹴り続けている結理を見ていた。
「つか、鷹森の言い方だと、先輩と笠鐘も当てはまるよな」
髪も目も茶色な大翔は、結理以外の黒髪黒目の二人を上げる。棗が何か言いたそうな顔を大翔に向けるが、大翔本人は気づかない振りをしていた。
『グ、ルルル……』
その声を聞き、結理は距離を取り、黒竜は唸りながら起き上がる。
「お、おい……」
「まさか~、怒った~……?」
やや下がりながら、顔を引きつらせ、ゼルとアンネリーゼがありえない、と言いたげに黒竜を見上げる。
「え、マジ?」
「こんなに大きかったんですか!?」
「怒らせたのはお前なんだから……どうにかしろよ、鷹森」
ゼルやアンネリーゼ同様驚く棗に、大きさに驚く青年。怒らせた責任を取るように言いながら、横目で結理に目を向ける大翔。
「…………」
結理は結理で返事をせず、黒竜を見上げていた。
そしてーーその場には黒竜の咆哮が響き渡った。
☆★☆
「こいつ……」
「やっぱり、鱗は固いわね~」
洞穴から出てきた黒竜は牙や爪、尾を使い、六人へ攻撃する。
だが、ゼルたちとてやられてばかりではなく、反撃するも、やはりというべきか堅い鱗に阻まれる上に、結理が黒竜の攻撃の隙を見て、鱗の間に攻撃しようとしても、黒竜の反応速度の方が早く、放っても防がれてしまう。
「どうします?」
棗がゼルへと尋ねる。
「どうする、と言われてもなぁ」
「せめて~、竜殺しの剣ぐらい持つべきだったかしら~?」
黒竜の攻撃を避けながら、そう話し合う。
「竜殺しの剣……」
結理はポツリ、と呟く。
『…………』
竜殺しの剣と聞き、黒竜は無言になるも、攻撃の手は緩まない。
「……少なくとも、動揺させられたみたいね」
「そうか?」
黒竜の動きを見ていた結理の言葉に、大翔がそう見えない、と返す。
(とはいえ、黒竜の速さをどうにかしないと)
動きに関する魔法が無いわけではないが、使えるかどうか尋ねられれば、微妙な所である。
結理とて効果などを知識として覚えていても、使えないものはもちろんあるが、使えなければ使えないで、相性の問題だと割り切り、別の魔法に移行させ、使える魔法の練習をする。
そして、生活に必要なものーー主に料理関連だがーーには意地でも覚えようとするのだから、彼女の線引きはよく分からない。
「え……」
黒竜との速さの差を埋める策を結理が考えていると、『クォォオオ』という聞き慣れない咆哮のようなものが彼女の耳に届いた。
いや、結理だけではなく、大翔と棗にも届いていた。二人は二人で、一度顔を見合わせ、周辺に目を向けるが、ゼルとアンネリーゼは首を傾げていた。
『……あっちみたいだよ』
黒竜が目を向けて、結理たちに教える。
そちらに目を向ければ、自分たちに向かって走ってくる動物たちがおり、六人の足元を次々と過ぎ去っていく。
「これは、森の動物たち……?」
驚くアンネリーゼに、黒竜は結理たちに目を向けて言う。
『君たちも早く逃げた方がいいよ』
「何言ってーー」
『動物たちがこっちに来てるって事は、ここに来るのも時間の問題でしょ?』
この黒竜は頭が切れるらしい。
『それに、僕が足止めして共倒れになれば、君たちには願ったり叶ったりのはず。まさかーー』
黒竜は言う。
『ーー自分たちも戦うなんて言わないよね?』
ゼルとアンネリーゼは黙った。
結理たちとしては、彼らの判断を待つしかないのだがーー
「結理?」
勝手に歩き出した結理に棗が名前を呼ぶ。
面々も目を向けるが、無視をしているのか一人、近くにあった木の上の方まで登っていった結理は、動物たちが逃げてきた方に目を向け、バッグから出した双眼鏡を覗く(視力も微妙にだが、上がっているとはいえ、限界がある)。
そして、結理が状況を教えようとした次の瞬間だった。
ドカァァン。
爆発し火柱が立ったかと思えば、次には地響きが起こる。
「っ、爆発音の後は地響きか」
「鷹森、どんな状況だ!」
舌打ちし、マジかよ、と言いたそうな棗に、大翔が叫ぶ。
「かなり遠くで一瞬だけど火柱が立った」
「つまり、地響きはその影響か」
「でも、ここが森なせいか、火の手が早いみたいで、周辺が燃え始めてる」
「もう時間の問題って事か」
厳しそうな表情で赤く染まりだした空を見上げるゼル。
『だから、早く逃げろって言ったのにさ。聞かない君たちが悪いんだよ』
「だからって、ここにいるわけにもいかないでしょうが」
地面に降りた結理に言われ、黒竜は無言になる。
「しかも、運が悪いことに、近くに町があるから、町まで火の手が延びれば厄介どころじゃない」
「大翔。お前でもどうにかできないのか」
結理の言葉を聞いた棗が尋ねるが、大翔は首を横に振る。
「広域の雨は?」
「出来ないことはないだろうが、威力は低いぞ?」
大翔の返事に少し思案する。
避難以外で行うなら、火の手が広がるのを抑えることぐらいだ。
「威力は今は関係ない。町までほぼ水浸しに出来れば、森の被害も抑えられる。それにーー地面に水気を少しでも与えれば、火の進行も抑えられるはずだし」
「だが、問題は土壌だ。水が染み込まなければ意味がないぞ」
『それについては問題無いと思うよ。君が僕に対して攻撃してきたとき、何発か外したでしょ。地面がぬかるんだ場所ーーそれがその証拠』
結理の言葉に棗が疑問を口にするが、黒竜がその場を示しながら、疑問を打ち消した。
「ちょっ、何で火事を止める前提で話してるの~? 避難とか考えないの~!?」
アンネリーゼが器用に焦りながらも間延びした口調でそう告げるがーー
「え、でも、一人ぐらい気づくと思いますよ? 空がこんなに赤いんですから」
結理はそう返した。
今はほとんど日が沈んでしまい、ほとんど夜だ。太陽が沈んだのに空が赤いのだ。変だと気づけばいいのだが、可能性は低い。
「ゼル~」
困ったようにゼルに目を向けるアンネリーゼだが、彼女に目を向けられたゼルは肩を竦めた。
そんな彼を見て、反対派は私だけなのね、とアンネリーゼは肩を落とした。
「とりあえず、原因を見に行ってみるか」
危険ラインのギリギリまでだが、とゼルが付け加え、一行は黒竜とともに移動することになった。
☆★☆
そこは赤く染まっていた。
木々は燃え上がり、空を赤く染め、煙が天高く。動物たちは逃げ回る。
「うわぁ……」
「これは……」
限界ギリギリの場所から見てみれば、思っていた以上に火の手は広がっていた。
「どうします?」
「そうだな……」
尋ねられ、ゼルは思案する。
「原因って、あれですかね?」
結理が指した先に面々が目を向ければ、明らかに『原因です』と訴えているような真っ黒な玉がそこにはあった。
「何か、嬉しいような悲しいような」
「微妙ですね」
何とも言えない感想を言う棗と大翔に、青年が首を縦に動かす。
「どうにか出来そうか?」
「どうだろう? 目測でだけど、私でもあそこまでの距離は難しいですよ。火もありますし」
「火が無ければ行けるのか」
「いや、そういう問題じゃないでしょ」
棗と結理の会話を聞いていた大翔がそうツッコむ。
「鷹森。仮に行けたとして、行った後のことを考えろ。どうするつもりだ」
『うん、君も十分ズレているよね』
「ですよねー……」
やはりどこか微妙にズレたようでズレてないことを尋ねる大翔に、黒竜が思ったことを口にする。青年も青年で、そのことに苦笑する。
「とりあえず、火事は少しでも鎮火する様に広域で雨は降らせるが……」
雨雲を空に出現させながら、大翔は言う。
「あの黒い球体をどうするか決めろよ」
そう言い終えると、大翔は先程出現させた雨雲から“雨”を発動させ、この辺一帯に雨が降らせ始めたーー
のだが、
「……なぁ、火が収まるどころか消える気配すら無いんだが」
初めは少し様子を見ていたのだが、かれこれ三十分ぐらい雨を降らせているにも関わらず、火が弱まる気配はない。
「先輩」
「やってる」
結理が目を向ければ、いつの間にか棗が火に向かって手を伸ばし、制御しようしていたらしいが、上手くいかないらしい。
「闇なら光属性が効果的だよな」
そう言いながら、光属性の攻撃をゼルが真っ黒な玉に放つがーー
「弾いた!?」
バチリ!! と音を立て、ゼルの攻撃を弾き返した。
そのことには驚きながらも、光属性が弾かれたため、うーん、と唸りながらどうするべきか考える六人に、溜め息を吐いた黒竜はガッ、と結理の頭を掴む。
「え゛っ」
『少し我慢して』
いきなりのことに驚いた結理だが、黒竜は気づかない振りをし、そのまま真っ黒な玉に向かって、一直線にーー飛んだ。
(ああ、頭を掴まれてなければ、周りが山火事でもなければ良かったのになぁ)
なんて思っている結理は、痛みで感覚が麻痺してきたんだなー、とも思った。
『変なこと考えてるところ悪いけどさ』
落とすから、上手く着地してね。
そう言われ、結理の頭を掴んでいた黒竜の手が離され、結理は結理で真っ黒な玉の前に落とされた。
「っつ、うわぁ……」
黒竜がちゃんと予告してくれたため、結理は上手く態勢を立て直したものの、真っ黒な玉が黒いオーラを放っていたため、思わずそう呟いてしまう。
「それで、私にどうしろと?」
『君ならどうにか出来ると思って。闇を持つ君なら』
黒竜の言葉に、やっぱり気づいていて連れてきたのか、と結理は思った。
『背後からの君への攻撃は、僕が防ぐから』
黒竜の言葉に、一つ溜め息を吐き、
「まあ、連れてこられた以上、やらないわけにもいかないし、君が守ってくれるのなら、ありがたいけど」
そう言って黒い手袋をし、真っ黒な玉へ手を伸ばす。
黒い火花を散らす真っ黒な玉に一瞬、手が止まりそうになるものの、結理は恐る恐る手を伸ばし続ける。
「いっ……!」
真っ黒な玉を手にすることは出来たが、先程の比ではない黒い火花が放たれ、さらには黒い炎の様なオーラを放ち、結理の手から逃れようとしていた。
手に走る痛みに顔を歪めながらも、森に広がる火に目を向ければ、真っ黒な玉を手にしたことと降り続ける雨の効果もあってか、収まりだしていた。
『壊せないの? それ』
黒竜の問いに、結理は再び真っ黒な玉へ目を向ける。
利き手ではない方の手で玉を持っていたため、壊そうと思えば壊せないことはなさそうだが、あっさり壊れてくれるかどうかは甚だ疑問ではある。
(それに、この玉を置いたであろうフードも気になるし……)
実は、火事の発生場所ーー真っ黒な玉のあるこの場所に来る時に、自分たちとは反対方向ーー町のある、逃げる動物たちと同じ方向へ向かうフードを深く被り、マントを靡かせていた人物を結理は見ていた。
その人物は木々を挟んだ反対側の道を自分たちと同様に走っていたが、すれ違いながらも目にしていた結理としては、その人物がこの玉をこの場所に設置したんではないのか、と推測していた。
「とにもかくにも、玉は壊すから、少し離れてて」
壊すために少し離れるように言えば、黒竜は小さく頷き、距離を取る。
火が収まった場所を通り、棗たちも駆けつけてくるが、黒竜が玉を壊すことを説明したらしく、五人もある程度の間を開ける。
そんな気配を感じつつ、結理は念のため、壊れても問題の無い武器ーーいつも通りの未だに残っている失敗作だがーーを取り出し、真っ黒な玉に向かって振り下ろす。
カキン。
そんな軽いような音が響く。
「手触りとか見た目とか合わないなぁ」
何度も、何回も刃をぶつけているが、やはりカキンカキンと音が響く。
見た目は黒い玉で、手触りは普通なくせに、硬さは鉄やアルミに近い銀の塊のようなものらしい。
「…………」
地味にイラッとしてきたため、同じ失敗したものだが、成功作寄りの武器に変え、そこに“武器強化”の魔法を掛けて武器の強度を上げると、真っ黒な玉に向かって振り下ろす。
ちなみに、結理を見ていた面々は、結理から出るオーラから上手くいかなかったことを理解し、顔を引きつらせていた。
ピキッ。
そんな音がし、持っていて爆発されても困るので、突き刺した武器とともに、空に向かって投げる。
ドカァァァァン!!!!
巨大な爆音を立て、玉は消滅した。
「あの球体、上手く消滅したみたいだな……」
少し様子を見て、そう安堵し、結理に近づく五人だが、
「結理?」
どこかぼんやりしていた結理に棗が首を傾げる。
「半分以上の魔力を持って行かれました……」
「は……?」
何言ってるんだ、と言いたげな面々に、結理は説明する。
「何か、私は気づかなかったんですが、魔力を少しずつ、それもかなりの量を玉に吸い取られてみたいで……」
「残りの魔力で魔法は……」
「使えないことも無いけど、高火力系や広範囲系のいくつかは無理。かといって、攻撃魔法に加えて、援護や支援は出来なくはないけど、防御と治癒は最優先に使うつもり」
「そうか………」
結理の返答に、ふむ、と棗とゼルが思案する。
元々の目的は黒竜退治なのだが、戦力の一人である結理が前衛から抜けて、後衛に回ったとなれば、依頼の完遂する可能性が少しばかり下がることとなる。
『君たちは、さ』
どうするべきか、と考えていた二人に、黒竜が声を掛けたため、六人は黒竜に目を向ける。
『僕を倒しに来たようだけど、つまり、僕がそこからいなくなれば良いんだよね?』
『黒竜を倒す』、ということは、言い換えれば『黒竜がそこからいなくなる』、ということだ。
「間違ってはいないが……何をするつもりだ」
ゼルが警戒するように剣に手だけ掛ける。
だが、そんなゼルの危機感に対し、黒竜は結理に目を向ける。
「え……」
「何か、お前を見てるな」
理由が分からず、怪訝な結理に、大翔が見たままの状態を口にする。
『…………』
「…………」
「……何か分かったか?」
思わず黒竜に見つめ返していた結理に、棗が尋ねるが、結理は苦笑してごまかした。
「いや、目を見ただけじゃ分からないよ。何かを訴えてる、っていうのは分かったけど」
訴えてる? とアンネリーゼと青年が首を傾げる。
「それに、私の口からは上手く説明できないんですが」
結理の言葉に、棗と大翔はひしひしと嫌な予感を感じていた。
絶対、闇属性持ちの結理に、黒竜が付いて来る、という予感だ。
「こいつ、分かってないみたいだが?」
仕方ないので、結理を示しながら、大翔が黒竜へそう言えば、
『……分かった、話すよ』
と間を少し空けて、小声で言った。
別に話せと言ったわけでもないんだが、とも思いつつ、黒竜は少なくともそう判断したらしい。それに、それを指摘して事情などが聞けなくなることも望んではいない。
『僕には兄さんがいたんだ』
兄? と疑問を持ちながらも、六人は口を挟まずに耳を傾ける。
『僕ら竜は本来、別の場所に住んでいるんだけど……』
黒竜の説明を纏めるとこうだ。
黒竜の兄は、ある日いきなり住処を去った。その理由は不明で、弟である黒竜にも思い当たることも無かった。
そんなある日、風の便りで魔王についての噂が黒竜の耳に入った。さらには、ある国が勇者召喚及び選定をしたことも。
「それで、もしかしたらどちらかに兄も関わっているんじゃないのか、と思ったのか」
勇者召喚、と聞いてヒヤリとする三人だが、無言で頷いた黒竜に、今度は罪悪感が湧いてきた。
(何か悪いことした訳じゃないのに、凄く気まずい……)
それが、本音だった。出来れば、今すぐにでもこの場から離脱したい。
『ある程度経ったある日、僕は兄さんを捜すために旅に出ることにしたんだ』
それを聞き、結理は一瞬固まった。もちろん、棗も大翔もすぐに気づいたが、気づかない振りをした。
『町から街へ、いろんな人や種族を見てきた』
優しい人もいれば、酷い人もいる。平和な場所があれば、戦争をしている場所もあったのだと、黒竜は話した。
『でも、兄さんは見つからなかった。入れ違いの可能性も考えて、ある程度待っても気配すらなかったから、僕は旅を再開させ、この場に着いた』
「でも、長く居すぎたせいで、俺たちのようにお前を討伐しようとする連中がやってきた」
ゼルの言葉に、黒竜は無言で肯定を示す。
『でも、君たち人間にしたら、僕ら竜は脅威でしかないんでしょ? それなら仕方ないよ』
自嘲気味に言う黒竜に、何も言えない面々。否定もしないし肯定もしない。逆の場合として、竜を使役している者たちもいるのだから。
『だから、考えた。誰かの使役竜になれば、兄さんを捜すのも少しは楽になるんじゃないのかな、って』
黒竜はずっと待っていた。
自身の持つ闇属性の影響を受けない人を。この人なら大丈夫だと思える人を。
黒竜に目を向けられたことに気づいた結理は黒竜を見返す。
「それが~、まさか~ユーリちゃん?」
アンネリーゼが確認するかのように、間延びした口調で尋ねる。
「え……」
何を言い出すんだ、と言いたげに、ぎょっとした結理がアンネリーゼに目を向ける。
「だって~、ユーリちゃんを見てるじゃない~」
それについて、否定はしないが、かといって、竜を使役できるかどうかは別だ。
「もし仮に、使役者になったとして、私の制御下から離れても、責任取れませんよ? それに、私より黒竜の実力が上なら、制御すら不可能なはずですし」
結理の言い分は尤もだった。
結理が黒竜よりも強ければ問題はないが、弱ければ問題が起きたときに対処できるかどうか、分からない。
『それについては、多分問題ないよ』
「根拠は?」
『契約者として主従関係になれば、たとえ暴れても言うこと聞かせられるでしょ』
「……えー……」
主従関係、と聞き、少し引いた結理だが、使役者、つまりは契約者で主従関係になることは本人も理解している。
結理としては、契約しても主従関係ではなく、友人など協力できる関係でいたい。
(この、断れない空気は何なんだ)
確かに黒竜と契約してしまえば、『黒竜討伐』という依頼は一応達成され、黒竜の兄捜しも出来る、という一石二鳥な誘いだがーーよくよく考えれば、『召喚札』による召喚魔力及び召喚獣が使用する魔力(姿・名前記入済みのみ)、通常時と戦闘時における魔法使用(高威力・広範囲系含む)、と結理だけ魔力面でのデメリットが大きい。そこに黒竜と契約し、召喚・黒竜への魔力供給のことを考えるとーー
「くそっ、自分の魔力量が恨めしい!」
近くの木に拳をぶつけ項垂れる結理に、それを見た大翔がポツリと呟く。
「ああ、魔力の無駄遣いか」
「大翔!」
目に見えて余計に落ち込んだ結理に、棗が「何余計なこと言ってくれてんだ!」と叫ぶ。
「ゆ、結理。無駄遣いじゃないからな? 使わないと増えるばっかだし……」
とりあえず、結理を励まそうとする棗だが、浮上する気配はない。
「なぁ」
一方で、大翔は黒竜に尋ねる。
「鷹森を選んだ理由は何なんだ?」
『ん?』
大翔の問いに黒竜は首を傾げる。
そして、アンネリーゼがニヤニヤしているのだが、誰一人気づいていない。
「この場の人間なら、あいつ以外にも契約者に出来る奴は他にもいるだろうが」
付け足すように言えば、ああ、と黒竜は理解したのか頷く。
『まあね。本当は兄さんの件も彼女を通じて話そうと思ったんだけど、必要無くなっちゃったし。あと契約者の件について、彼女を選んだ理由は、属性の関係と黒を持っていたから、っていう理由だけだよ』
大翔の問いににっこり笑顔でーー実際、表情は分かりにくいがーーそう答えた黒竜だが、結理が闇属性持ちだとバレるのを恐れていることに気づいていたらしい。
「あー、それより、大翔」
「何ですか?」
微妙に浮上したらしい結理を確認しつつ、棗が呆れたような、面倒くさそうな、説明に困る表情でアンネリーゼを指す。
「誤解を解け。よくわからんが、今お前が不機嫌そうに結理を助けたためか、お前が結理を好きだと思われてるぞ」
「は? というか逆に、今のどこに恋愛要素があったのか、教えてもらいたいんですが」
棗の言葉に大翔の不機嫌そうな表情が、もっとあからさまになる。
「確かにそうね。大翔は朱波みたいなのがタイプだし」
「おいこら、鷹森。情報を捏造したってことは、俺に喧嘩売ってんだよな?」
何か琴線に触れたのか、結理が若干黒い笑みを浮かべ、その放たれた言葉に大翔が顔を引きつらせる。
明らかにこの場の空気が恋愛色、というより、今すぐにでも戦闘しそうな二人の雰囲気に、棗は頭を抱え、ゼルは無言で距離を取り、アンネリーゼは仲がいいわね的な笑みを浮かべ、青年はオロオロとしていた。
「いくら魔力が半分しかなくても、大翔が私に勝てるわけ無いでしょ……つか、情報を扱うの、私の方が得意なんですけど」
「…………」
結理に根本的なことを言われて思い出した大翔に、あーあ、て言いたそうな顔をする棗。
結理の場合、得てくるときは普通なのにーーというか、ハッキングなどを普通とは言えないのだがーー、広めるときは色々と酷かった(なお、そのときの話は省く)。
『……あのさ、話すの再開してもいいかな?』
そんな六人を見ながら戸惑いつつ、黒竜は恐る恐る尋ねる。
「いいよ」
あっさり頷いた結理に、小さく頷き、黒竜は口を開く。
『使役契約、しますか?』
「使役契約は却下で」
黒竜の質問に、結理は即答する。
「……ん?」
「あれ?」
「今……」
「ユーリちゃん……?」
「おい、嬢ちゃん。今、何つった?」
何か気になったらしい五人に、結理は首を傾げる。
「……? 『使役契約は却下で』って言ったけど」
「使役契約『は』って、何だよ! 『は』って!」
分かってないらしい結理に、棗が叫びながら教える。
「え、主従関係とか嫌だし。それに、誰かを使役するのも嫌だから」
なるほど、と理解したらしい結理の言葉に、五人よりも黒竜は困った表情を浮かべる。
「だってよ」
『え、でも……それなら、普通の契約ならいいんだよね』
残念だったな的な言い方をする大翔に、黒竜はそう返す。
「……チッ」
「おい、わざと逃げ道作ったくせに、その舌打ちはねーだろ」
黒竜の言葉に対し、舌打ちした結理に呆れたらしい棗は溜め息混じりに返す。
そう、結理は逃げ道として、『普通の契約』という逃げ道を用意しておいたのだ。使役も主従関係も嫌がる結理と契約するには、普通の契約しかない。特に相手が竜だと、問題が起きたときーーしかも結理でも対処できない問題ーー、厄介である。
「それに、クーリングオフ効かないじゃない」
「そっちの『契約』じゃねーから」
お前は何言ってるんだ、と大翔も軌道修正に掛かる。このままでは話が永遠に脱線しかねない。
ゼルたちは「クーリングオフ?」と首を傾げていたが、ここは異世界なので、もちろんあるわけがない。それに、三人が異世界人と知られると厄介なので、バレない程度のフォローだったのだが、結理が望む関係は対等だ。相手が竜だろうが、それは変わらない。
「それで、契約するのは良いが、どうするんだよ」
「これ使う」
その疑問に結理が取り出したのはーー
「『召喚札』?」
「この子の持つ魔力の一部さえ加えれば、すぐに喚び出せるだろうし」
何も書いてない『召喚札』である。
頷き、不可能ではないよね? と黒竜に確認を取る結理だが、黒竜は苦笑いする。
結理の場合、魔力のことを考えれば、手間は増えるが、慣れているということもあり、他の召喚獣のように『召喚札』での召喚したほうが効率的だ。
『僕も初めてだから上手く行くかどうかわからないけど、少なくとも僕ら竜を『召喚札』で喚び出そうとした人はいなかったよ』
「でしょうね」
あってたまるか、と言外に言いつつ、それを聞いていたゼルたちが尋ねる。
「それより、どうしていきなり契約するなんて言い出したんだ。渋ってただろ」
「それもそうなんですが、これって『合同依頼』じゃないですか。メリットとデメリットを比較して、契約で方が付くなら、そっちの方がいいかな、って」
「でも~、契約するなら~気をつけないと~」
「ユーリちゃんの気持ちは嬉しいけど~」とアンネリーゼは言うが、あっさりと判断して騙されました、なんて笑えない。
「それで、私はどうすればいいのかな?」
『本来なら、契約者の体の一部に契約者だと示す跡を残すんだけど、今回は『召喚札』を通じるからね。思った以上に、大きな跡を残すことになるかも』
それに顔を歪める棗、大翔、アンネリーゼの三人。
「おい、結理。もう一度、考え直せ」
「お前に傷があるなんてバレたら、俺たちが東雲たちから怒られるんだからな?」
「ユーリちゃん。女の子なんだから~、見た目には気をつけなよ~」
三人の言葉に、結理は小さく溜め息を吐き、一つずつ返していく。
「まずは先輩。考え直すつもりはありません。大翔が言ったことに関しては、私からちゃんと説明するし、アンリさんのは冒険者になった時点で今更ですよ」
「それはそうだけど~……」
結理の正論とも言える言い分に、アンネリーゼは肩を落とす。
「嬢ちゃん……いや、何でもない」
ゼルも何か言いたそうな顔をしてしたが、言っても無駄だと判断したのか、言うのをやめたらしい。
「ほ、本当に、契約するんですか?」
青年も不安そうに聞いてくるが、結理は苦笑いで返した。
何度聞かれても契約はする、という意思表示である。
「それじゃあ、黒竜」
結理は一歩踏み出すと、何も書かれていない『召喚札』を示し、
「契約、さっさとしちゃおっか」
黒竜に向かって、笑顔でそう告げた。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
今回、黒竜と対峙した一行
結局、こんなオチです
次回は『黒竜の名前』
呼び名も兼ねて黒竜の名前を決めることになった一行だが……
それでは、また次回




