第三十三話:真実を
王国騎士団副団長ことスタッカート・ナルフェルが町に来たのは、事件が起こり、結理たちが情報収集を始めた翌日だった。
彼らは着いた早々、状況確認のために、ギルドに入っていった。
「騎士団の奴ら、着くの早くね?」
「私、情報仕入れたの昨日なのに、ほぼ二日で着くとか、何なのよ」
そんな騎士たちの行動を見て、大翔と結理はそう告げる。
情報収集の際、スタッカートたちが二日前ーー四人が町に着く前に騎士が来るのは決まっていたらしい。それにしても、王都から来たとはいえ、この町に着くのは早すぎる。
「どうせ馬車だろ。じゃないと、こんなに早いわけがない」
「案外、たまたま近くにいたから向かわされただけだったりして」
「まさか」
馬車による移動ではないのか、と言う棗に対し、偶然近くにいたから、と言う案を出す結理に大翔がそれはあり得ない、と返す。
(まあ、そうなんだけど)
確かに、棗の言う通り、馬車による移動もあり得るが、本来は別の場所に行くつもりだったのではないのか? と結理は考える。
(例えば、グランドライトとか)
門番をしていた男の話を聞いた騎士団が調査に向かうために、偶然立ち寄ったこの町でギルド前の不自然な人集りに疑問を持ち、話を聞くために中に入っていったのなら、納得できなくはないが。
(それだと、二日前の騎士たちが来るという決定が無意味になる)
嘘が混ざっている可能性があったので、半信半疑で聞いていたが、この騒動といい、騎士たちの到着といい、どうも状況がおかしい。
「騎士さんは何か知らないの? 私たちの発見及び追跡って騎士団長辺りの命令でしょ?」
「あ、はい」
青年に尋ねると、頷かれる。
彼の場合は、廉たちの仲間の捜索を団長から指示を出され、捜しに来たパターンだ。青年が三人の発見報告を通信魔法で報告したのかどうかは分からないが、彼の場合、してない可能性もあるため、何とも言えないが。
「けど、王国騎士団副団長かぁ。どんな奴か見てみたいな」
「あ、査察に入るみたい」
大翔の言葉に、ギルドで事情を聞いたらしいスタッカートたちが、ギルド職員たちと共に今度は自警団の建物に入っていった。
☆★☆
『………も、……ち……も…いて………』
『……たちは、……たわ!』
『ら……が?』
『…りま……よ』
耳を澄ませる。
自警団の建物の扉前では、冒険者たちや町の人たちが不安そうに集まっていた。
そこから少し離れた場所に四人はいた。
「どうだ?」
「昨日話したエリート志向っぽい騎士と自警団、副団長たちが揉めてるっぽい」
途切れ途切れになりながらも聞こえてくる会話から、中の様子はよく分かる。
「あー。どうせ『俺たちは何も聞いてない』みたいな言い訳をして、怒られたんだろうな」
「で、俺たちの様な冒険者たちや近所の人たちが話したけど、聞いてくれないとか抗議したんだろ?」
「みたい」
結理の態度に棗は首を傾げる。
「何か、お前にしては情報があやふやだな」
「“聴力強化”使ったけど、声が大きいから耳が痛いのよ。それにノイズも凄いし」
先程から顔を歪めながらも、耳をすまし、自警団の建物内の会話を聞いていたのは結理である。
向上した身体能力に、魔法で“聴力強化”しているとはいえ、この雑音はどうにかならないのか、と結理は思う。おかげで、途切れ途切れの会話内容まで推測しないといけなくなった。極端に分からないでもないのが救いだが。
「ふざけんな! だから、知らないって言ってるだろうが!」
「~~っ!」
突然聞こえてきた大声に、結理は思わず耳を手で覆う。
“聴力強化”のため、大声は普段の何倍もの声に聞こえる。魔法を解除すればいいのだろうが、そう簡単には解除できない。
(でも、限界だ)
さすがに聴力を失いたくはないので、“聴力強化”を解除する。
「おい、大丈夫か?」
「誰かが叫んだ。“聴力強化”解いたのに、頭に響いてくる」
「知ってるよ、外まで聞こえてきたからな」
頭をぐらぐら揺らしている結理に目を向けながら、棗はそう返す。
しかも、大声は未だに外まで響いており、静かになる気配がない。中にいる面々や“聴力強化”していた結理にとっては堪らない大声らしい。魔法を解除した結理はともかく、中にいる面々には、頑張れ、としか言いようがない。
(それにしても……)
“聴力強化”で頭に響く大声とは、難儀なものだが、三人にとっては異常な身体能力の弊害が分かった瞬間でもあった。
「この件、あいつらに投げるか?」
関わるのを止めて、スタッカートたちに任せっぱなしにするのか否かを尋ねる棗。
自分たちが持つ情報など、どうせ調べれば分かることばかりだ。
「なら、分かったこと紙に纏めて渡して来ようか?」
軽く復活したらしい結理が尋ねる。
「だが、どうする? ギルド前の建物に依頼の山があるんだろ?」
「だから、その件も書くんでしょうが。匿名希望で」
小声で言う大翔に、結理も小声で返す。
「でもまあ、物語なら主人公が解決する場面だけど、これは物語じゃない上に、私たちは主人公じゃないからね。だから、先輩がこの件から退くって言うなら、退きますが」
それを聞き、棗は思案する。
おそらく、今が関わる関わらないの判断が出来る最後の部分だろう。
そして、棗は決めた。
「……この件には、もう関わらない」
「え……」
「分かりました」
棗の言葉に、青年は驚き、結理と大翔は了解の意を示した。
「じゃあ、宿に戻って、今までのことを纏めましょうか」
それを聞き、棗と大翔は頷いた。
今の状態で関わるわけには行かない。もし関われば、取り返しの着かないことに巻き込まれる可能性もある。
だからこその判断だった。
自分たちの情報をどのように扱うかは分からないが、騎士団の副団長なら大丈夫だろう。彼なら間違った使い方はしないはずだ。
そう思いながら、忘れないうちに纏めることとなり、一行は宿に戻った。
☆★☆
その日の夜。
コツコツ、とある建物の内部を歩く影がある。
そして、目的の部屋に侵入すると、部屋の主がいることを確認し、持ってきた荷物の中から取り出したものを部屋にあった机の上に置く。
だが、そのときだった。
「何者だ?」
背後から首にナイフを向けられ、当てられていることに影は驚く。いや、驚いたのは一瞬だけだった。
目を背後に向けると答える。
「その前に確認したい。貴方が騎士団の副団長で合っているか?」
その問いに、背後の人物は答えない。
「……無言は肯定だと受け取るが、渡すものが渡すものだけに、本人の口からちゃんと聞きたいのだが」
「こちらの質問に答えてないだろ」
それを聞き、そのことについては答えるつもりは無いんだが、と影は思う。
「答えなければ、このままだぞ。お前としても、朝になって突き出されるのは嫌だろ?」
(なるほど、それは確かに嫌だな)
だが、名乗るわけにはいかない。
「確かにそうだが、最初に言ったはずだ。貴方が騎士団の副団長か、と。出来れば、本人確認も兼ねて団長の名前も聞いておきたい」
「言うと思うか?」
「言わないだろうな。だが、私としては副団長本人に渡さなければならない。でなければ、この町の騒動は片付かない」
背後の人物は驚く。
「何か、知っているのか」
「副団長本人で無い限り、貴方に答える義務はない」
影はそう返す。
というか、おそらく、背後の人物は十中八九、王国騎士団の副団長、スタッカート・ナルフェルだろう。
すると、軽い舌打ちが聞こえた。
「俺が、お前のこだわる騎士団の副団長、スタッカート・ナルフェルだ。団長はレガートという」
予想通り、ということもあり、こちらも名乗る。
「どうも、ご丁寧に。それと申し訳ありませんが、私が名乗るといろいろと厄介なので、職業だけでも。私は情報を扱う者で、今回の件も仲間とともに独自に調べていました」
振り向いた影に、背後、いや正面の人物ーースタッカートは眉を顰める。
「ちょっと待て。調べていた? 独自に?」
「はい」
影は頷く。
「私は、貴方に私たちの集めた情報を伝えるために、この場に来たんです」
「……何で俺なんだ」
「貴方なら、間違えずに使ってくれると思ったので」
結局はそこなのだ。
間違った使い方をすれば、真実には辿り着けない。
影はスタッカートに紙の束と何かが入った袋を差し出す。
「これは?」
「私たちが集めた情報を纏めたものとその証拠。貴方が信じる信じないは別にするとしても、情報の方には嘘はないから」
それに、と影はスタッカートと目を合わせて告げる。
「これ以上、関わると危ない気がするから私たちは退きます。でも、誰かがこの件の真相を明らかにする必要がある」
「それを俺がやれと?」
目を細め、スタッカートは尋ねる。
それに対し、影は黒い目を細めて返す。
「私は一度無茶をして、あちらさんに目を付けられそうになりましたから、この件に関する情報も集められそうにありませんし、貴方に情報を渡すことも出来そうにありません」
「どういうことだ?」
「詳しくは、渡した紙に書いてありますので」
そう言って、紙を示す影。
最後ににっこりと笑みを浮かべ、それでは、というと、部屋を出ていった。
「…………」
部屋に一人残されたスタッカートは、部屋の明かりを点け、渡された紙に目を通す。
「これは……!」
そして、そこに書かれていたことに、目を見開いた。
「うーん……やっぱり、お偉いさんに近いと人と関わるもんじゃないわね」
軽く伸びをしながら、建物から出てきた影ーー鷹森結理は言うと、一度、振り返り、建物に目を向ける。
「真実を見つけてくださいね、スタッカートさん」
そう言うと、結理はその場から去っていった。
☆★☆
翌日、結理から渡された情報を元に調査をしたスタッカートは、ギルドの向かいの建物に入っていった。
それを見て、結理は小さく笑みを浮かべた。
「その様子だと、上手く渡せたみたいだな」
棗が結理を見ながら言う。
「冷や冷やしましたよ。名乗ろうにも名乗れないし、後ろから刃物当てられたし」
「でもまあ、信じてもらえたんじゃねーの?」
結理の言葉に、ほら、と大翔がギルド前の建物を示す。
最初静かだったのが、何やら騒がしくなり、建物の扉が開かれる。
「逃げるということは、認めるんだな」
「つか、何でんなモンをお前が持ってんだよ! それは俺がーー」
「隠した、んだろ? 分かってるよ。こっちも何故か一緒に渡されたからな」
その手には証拠物品と写真があり、それを見せながら、スタッカートは言う。
「……アレ、何だ?」
聞いてない、と言う棗に、結理は言う。
「見ての通り、証拠物品と写真ですよ。まあ、写真の方は現像に時間が掛かりましたが」
「時間が掛かった、ってことは、薬品使ったのか」
「大変でしたよ。ギリギリで乾いてくれたから良かったですが」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
溜め息を吐き、棗は頭を抱えた。
何故、そんな物がこの世界にあるのか聞いても、はぐらかされそうな気がするからだ。
それに、と棗がそっと目を向ければ、結理はニコニコと笑みを浮かべている。
(まあ、これで私を追わせた奴も牽制出来てればいいんだけど、そう簡単にはいかないよなぁ)
その反面、それでもいいか、と思う。
牽制出来ているなら、それでもいいが、他にも手はいくらでもある。
それに、姿も違うから、すぐには分からないだろう。相手に気づかれる前に、この町を出ればいいだけなのだが、王都に向けて、旅を再開するまでは滞在するつもりだ。
(騎士団がいるから、下手なことは出来ないだろうし)
そう思いながら、結理は二人に尋ねる。
「さて、これからどうする?」
「ギルド行って、状況の確認だな。この状態なら、すでに一~二枚ぐらいはあるだろ」
「じゃあ、ギルドに行こうか」
そう言って、三人はギルドに入っていく。
「……?」
スタッカートは振り向く。
(今の声……)
「副団長、どうかしましたか?」
団員の騎士が不思議そうに首を傾げる。
「いや、何でもない」
きっと気のせいだと思ったスタッカートは、自分の仕事をするために、部下に指示をするのだった。
そして、依頼書の山は建物からギルドへと移され、依頼書の枚数や内容をギルド職員がほとんど総出で確認し、問題ない物からランクごとに張り直された。
「これで、事件解決だな」
今回の件は、依頼書がギルドに戻れば良かったのだ。
向かい側だって、素直に返していれば、こんな大騒ぎにはならなかったのだが、たった今解決した以上は騒いでも仕方ない。
「それにしても、何か忘れてる気がするんだが……」
大翔はそう言うが、時間も時間だから、と昼食を食べるために移動し始める三人だった。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
何とか事件解決(?)しました
何という消化不良……
次回は『合同依頼』
ゼルたちから『合同依頼』に誘われた一行
その内容とは……
それでは、また次回




