第三十一話:王都まで、もう少し
宿を取った後、四人はギルドで採取依頼と討伐依頼を受理してもらった後、近くの森に来ていた。
四人というのは、騎士の青年も一緒で、曰く、三人の能力を理解しておきたいとのことで、三人も三人で自分の身は自分で守れ、と言えば、分かりました、と青年は頷いた。
採取依頼の内容は、とある実と花の採取。高い木の上にあるため、木を上る必要があるのだが、そこは有り得ない身体能力を得た三人にとって、難しい問題ではなかった。ただ、実と花を取るのに、誰が一番多く取れるのかを競ったのだが、有り得ない跳躍力で木のてっぺんまで行った結理が一人で上部を担当したため、結局勝負自体は有耶無耶なまま、終了した。
討伐依頼の内容は、その実と花を使い、討伐対象を討伐するというものだった。
ギルドの人曰く、他の生物の環境の為らしい。居すぎてもダメ、居なさすぎてもダメ。つまりーー
「食物連鎖」
実と花ーーというより、花の蜜を好物とする討伐対象に対し、大抵の冒険者たちが(討伐対象を)誘き出すために花を使うのだが、三人の場合はーー
「蜜と実が欲しけりゃ、大人しく討伐されろ」
と、脅したのだが、討伐対象の方もそう言われて、大人しく討伐されるわけもなく、最終的にはごめんね、と謝った結理が止めを刺した。
ーーこんな感じで、討伐依頼もクリアした。
さて、無事(?)に二つの依頼をクリアすれば、後は換金するだけだ。
町に戻るために歩いていれば、ズドンと遠くで何かが倒れる音がする。
「おい、今の音……」
「ばっちり私も聞きました」
「じゃなきゃ、鳥があんなに飛ぶわけがない」
棗の確認を取る言葉に、結理と大翔が周囲を見回す。
「なぁ、何か嫌な予感がするんだが?」
それを聞き、青年はそうですか? と首を傾げるが、音はどんどん近づいてくる。
そしてーー
『グワァァァァアアアア!!!!』
森全体に響くような咆哮とともに、そいつは姿を現した。
「ほら、出たぁぁああ!!」
「ロックベア!? Bランクのモンスター!?」
言わんこっちゃない、と叫ぶ棗に、青年が名前とランクを口にする。
「は!? Bランク!?」
「どうすんだよ!」
ランクを聞き、余計に危険だ、と判断したのか、驚く棗に、大翔は結理に叫ぶようにして尋ねる。
「逃げるに決まってるでしょ」
「即答だな、っと……」
そう返しながら、走り出そうとした結理だが、何かに気付いたかのように目を見開くも、すぐに元の表情に戻ると、走り出す。その事に気付いたのか否か、二人と青年も慌てて走り出す。
途中、棗が攻撃され、躓きそうになるも、上手く立て直し、再度走り出す。
「ちょっ、気を付けなよ?」
「ああ。だが、結理。俺たちに加速魔法を掛けろ。追いつかれるぞ」
「そうだ!」
注意すれば、後少しで追いつかれそうだから、加速魔法を使え、と棗が言えば、大翔も同意したように言う。
「ああもう! “加速”!!」
「わっ!」
やや自棄になりながら、結理が魔法を発動すれば、いきなり加速したためか、青年が転びそうになる。
「大丈夫ですか?」
「何とか……」
尋ねる結理に、大丈夫だと青年は返す。
「このままだとマズいわね」
このまま行けば町だが、たとえ町に他の冒険者たちがいたとしても、ロックベアを森の外に出すのは危険だ。
舌打ちし、結理は足を止める。
「鷹森!?」
大翔が驚いたように結理を見る。
「先行ってて。後で必ず追いつくから」
そう言う結理と何か言いたそうな大翔たちとの距離は、“加速”の影響か、どんどん開いていく。
「さて、と」
結理はロックベアを見上げる。
「ロックベア。Bランク相当。頑丈な岩のような肌を持ち、ちょっとやそっとでは傷つけるのは不可能」
淡々と、結理は本から得たロックベアの特徴を告げる。
「その、血走った目。何だ、子供でも誘拐されたか殺されたのか。それとも、仲間を殺されたのか」
結理が逃げる際に目を見開いたのは、ロックベアの血走った目を見たからだった。思い当たる原因をいくつか上げるが、興奮状態のせいか、聞こえているのかどうかすらも怪しい。
所々に傷があるため、何かと戦っていたのは間違いないだろう。棗が聞いた何かが倒れる音も、おそらく何かと戦っており、そのせいで木々が薙ぎ倒された音だろう。
結理はロックベアが来た方を見る。
「何があったかは知らないが、私たちは何も知らないし、お前の仲間を殺してもない」
ロックベアが拳を振り上げると、地面を抉るようなクレーターが、先程結理のいた場所に出来上がる。
地面にぶつけた拳を上げてみれば、そこには何もなく、驚きながらなのか怒りながらなのか、周囲を見回すロックベアに、拳を躱した結理は近くの木の枝の上から、その状況を見ていた。
「さすがに、今のは危なかった。当たってたら、死んでいたわね」
はぁ、と溜め息を吐く。
そして、気配を消し、その場から去った。
森をひたすら走る。
「大翔、大丈夫か?」
「え? ああ……」
棗の声に、我に返ったのか、大翔は何か言ったか、と顔を上げる。
「結理なら大丈夫だ。前よりはマシだ」
「それは……」
大翔が心配していたのは、以前ーー魔族の時と同じパターンだからだ(第二十四・二十五話参照)。
あの時も結理を一人残して、自分たちだけで助けを求めたのだが、今回は“加速”による影響だ。
「まあ、俺たちが心配していてもキリがないし、この辺りで待っといてやるか」
そう言って、三人は足を止める。
(だから、早く戻ってこい)
そう思う棗は、自分たちが逃げてきた道に目を向ける。
「それにしても、ロックベアが追ってこないのを見ると、結理が何かしたのか、俺たちが何とか逃げ切れたのか……」
実際の所、結理自身は何もしてないのだが、そのことを棗が知るはずもない。
大翔に目を向ければ、明らかに落ち込んでいた。
青年は青年でどうしよう、とおろおろとしていた。
(それでいいのか、王国騎士団よ)
その意見は尤もだった。
「っ、先輩。やっぱり俺ーー」
「どこに行くつもり?」
「どこって……って、ん?」
棗に様子を見に行く、と伝えようとした大翔だが、違和感を感じて、立ち上がりながら顔を向ければ、驚いた顔をしていた棗がおり、青年も同じく驚いた顔をしていた。
「私、鷹森結理。約束通り、ちゃんと追い付きましたよ?」
そう言う結理に、中腰状態だった大翔は、長い溜め息を吐き、その場に座り込む。
「ったく、何なんだよ……」
そんな大翔に、結理は心配させてごめんね、と微笑む。
なお、結理が自然と、それも心から笑みを見せるのは珍しいことであり、廉たちでも滅多に見られないというのはここだけの話(だからといって、全てが全て愛想笑いとかではない)。
「結理? いつ来たんだ?」
驚きから復活したらしい棗の問いに、結理は苦笑する。
「今来たとこ。ロックベアはあのまま放置してきた」
「ああ、そう……」
「とにかく、無事で良かったです」
呆れ混じりな視線を向ける棗に、青年は本心からそう思っているのか、笑顔でそう告げる。
「あ、うん、心配させてすみません」
とりあえず、心配させたという謝罪をし、青年から視線を逸らす。
(この状態でのフラグ系は全て潰す)
結理としては、廉たちと再会するまでは、恋愛フラグだろうが死亡フラグだろうが全て折るつもりでいるので、それっぽくなる雰囲気は全力で回避するつもりだ。
「そろそろ夜か」
空を見上げて、棗がそう言う。
沈もうとしていた夕日に空が照らされ、赤と紺が混じり合い、幻想的な空になっている。
「だねぇ。まあ、依頼は達成したし、あとは換金するだけ……なんだけど」
そこで一度区切り、結理は告げる。
「でも、ちょっと休憩させて。三人以上に猛スピードで来たから、さすがに動けない」
結理はそう言ったが、実際はかなりキツいらしく、どうやら“加速”の多重掛けによる反動が来たのだろう。
「分かった」
「…………」
了解の意を示す棗に、大翔は大翔で顔を伏せたままだった。
☆★☆
「さて、と、休憩は終わり。ギルド行こうか」
「俺たちは構わんが、お前は大丈夫なのか?」
軽く伸びをして言う結理に、棗が尋ねる。
「大丈夫です。少し楽になりましたし、町に戻ったら、ちゃんと休むつもりですから」
そうか、と返す棗に、結理は笑顔を返す。
「ん? どうしたんだよ?」
大翔は大翔で立ち直ったのか、いつの間にか立ち上がって準備をしており、何か思案していたらしい青年に尋ねる。
「皆さん、凄いですね。さっきの討伐といい、ロックベアからの逃走といい……」
「慣れですよ。騎士団でも訓練してるんですよね? それと似たようなものです」
青年の言葉に、結理はそう返す。
「さ、町は見えてきてるから、さっさと戻ろう」
そう言って、四人は町に戻るために歩き出すのだった。
☆★☆
「はぁ……」
ベッドの上で横になりながら、息を吐く。
ギルドでの換金後、宿に戻り、少し遅い夕食を食べた後、各自部屋に戻った。
「やっぱり、無茶しすぎたかな」
心配させないつもりでいたのに、結局は心配させてしまった。
「…………」
再び息を吐き、目を閉じる。
「全く、何なんだか」
目を開き、そう言うと起き上がる。
「もしかして、貴方たちにも、心配させたのかな?」
二枚の『召喚札』を手にし、結理はそう尋ねる。
「…………」
少しの間、二枚の『召喚札』を見た後、何も書いてない『召喚札』を何枚か取り出すと、部屋の中にあった机の上に置き、結理はイスに座る。
「さすがに、二人だけじゃ、大変なところもあるからね。仲間は必要だから」
そう言って、『召喚札』に描いていく。
「君たちの『王』と、この国を守るもの、そしてーー」
描いた中でも最強の存在。
「私の、最強の剣であり盾」
目を閉じ、姿をイメージする。
(もし、危なくなったら、私たちを助けて)
召喚する面々が適わない敵が現れたら、この三人が最後の砦。
目を開き、描いた者たちの名前を最後に書くと、イスから立ち上がり、窓から外を見る。
無数の星々と月が空を照らしている。この町の、それぞれの住宅から漏れ出る光が、この世界が元の世界ではなく、異世界だと嫌でも分かる。
「もうすぐだ。もうすぐで会える」
結理は窓から離れる。
ーー王都まで、もう少し。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
さて今回は、騎士の青年とともに依頼を行いました
次回はちょっとした事件が起こります
でも、それを解決するのは、次話に名前が出た人です
それでは、また次回




