第二十八話:そして、時は現在へ
何故か早く目が覚めた三人は居間に集まっていた。
「いよいよ、か……」
「ようやくだ。ようやく会える」
長かったな、と言う二人に、結理も頷く。
「思えば、居間から始まったもんね」
そっと床を撫でれば思い出す。
おそらく、目覚めた初日から部屋の掃除をさせるのは、ユーナリアぐらいだろう。
これから旅立つのだと思うと、少し寂しくなる。
「それで、結理。お前、酔いの方は大丈夫か?」
「問題ありません」
昨日、間違えて酒を飲んだことを言っているのだろう。そのことについては、一番に目が覚めた結理が、台所で水を飲んでいた際に居間へ来た棗と大翔から話を聞いたため、知っていたというわけなのだが。
棗の問いには何故か、が頭に付くが、特に調子が悪いという訳でもないので、結理はそう返す。
「なら良いが」
特に分かりやすい問題がなければ、二人も特に気にしない。
そして、軽く息を吐きーー
「それじゃあ、朝食の用意をしますね」
最後になるかもしれない、この家での朝食を結理は用意するために、席を立つ。
「ああ、頼む」
二人の返事を聞き、結理もはーい、と返す。
一方、そんな話し声を聞きながら、ユーナリアは階段に座り込んでいた。
「…………」
ユーナリアもユーナリアで目が覚めたのだ。
(たった、半年だ)
三人がこの家から去る日が来ることは分かっていたことだし、それが今日になっただけだ。
それでも、ユーナリアは賑やかな日々を、自分でも何だかんだで楽しんでいたと知り、顔を伏せる。
面倒くさがりなのも理解していたし、三人にこの世界や国について教えるのも面倒で、最初はやりたくなかった。
(それなのに……)
真面目に聞いて、分からないところを質問してくる三人に、ユーナリア自身、気づかないうちに楽しみながら、魔法に剣技、魔物の種類や生息地とする動物たちなど、いろいろ教えていった。
特に、魔法と剣技の相性が良かったのは結理だったが、彼女がメインとする属性に問題があり、その点については、念を押して注意しておいた。
次いで、剣技の相性が良かったのは大翔であり、棗の場合は銃器系との相性が良く、魔法とも相性が良かった(大翔が魔法との相性が悪いわけではない)。二人には苦手属性対策もさせた。
その合間に三人はギルドで採取依頼や討伐依頼、狩猟依頼などをして経験値を積み、ユーナリアは教えたかいがあると分かり、嬉しくなるが、それは三人との別れが近づいていることも示していた。
そこまで思い出し、ユーナリアは顔を上げると、この日のためにわざわざ用意していたものを取りに行くために、部屋に戻った。
☆★☆
「師匠ー?」
最後の最後までこれか、と思いながらも、ユーナリアを結理が階段下から呼ぶ。
「ああ……」
素直に降りてきたユーナリアに、もしかして起きてたのかな? と内心首を傾げる結理だが、大翔たちが待ってるので、一緒に居間に行き、四人で朝食を摂る。
「この料理ともさよならか」
ユーナリアの言葉に、三人の食べるために動かしていた手が止まる。
「そう、ですね」
結理はそう返しながら、手を再び動かし始める。
寂しいのはみんな同じだ。
朝食が終わり、後片付けをすると、三人は二回の自室へ荷物を取りに行く。
最初来たときと服装は違うものの、異世界転移時の荷物を持ち、家の玄関を出る。
「師匠。今まで、ありがとうございました」
「こっちこそ、ありがとうね。あと、これも」
「……?」
頭を下げる三人に、いつの間に着替えたのか、女モードのユーナリアもありがとう、と返す。何だかんだ言いながらも、お互いにとって、有意義な半年間だった。
何かを取り出すような仕草をするユーナリアに、三人は首を傾げる。
「餞別よ。まずはナツメ」
「これ……」
それを見て、棗はやや顔を引きつらせた。
「好きな子の心も射抜けるように頑張りなさい」
「は、はい……」
何ともいえないユーナリアの言葉に、棗は吃りながらも何とか返した。
ユーナリアからの餞別は弓だった。銃器を扱う棗としては、何で弓? 状態だったのだが、弓で先日の事を思い出し、弓はどちらかといえば詩音だよなー、とどこかで思いながらも、好きな子云々は別にして、ユーナリアから受け取る。
「次はヒロト」
「はい」
「これは、属性付与の魔剣。属性は同じ水の属性だけど、対雷属性の効果も持ち合わせてるから、不利だと思ったときには使いなさい」
「あ、ありがとうございます」
ユーナリアが大翔を見ながら、意外とまともな物を渡し、棗の時はからかっていたのか、と尋ねたくなるような言い方をしていたため、思わず何ともいえない視線を向ける三人だが、そんな視線を受けながらも、ユーナリアは最後に結理の方を見る。
「そして、最後にユーリ」
「はい」
「ユーリのは、これよ」
差し出された物を見て、結理は首を傾げた。
「これって、『召喚札』ですよね? 良いんですか? 私だけ二つも」
ユーナリアに差し出された二枚の『召喚札』へ目を向けていた三人に、彼女は説明する。
「今の貴女には、その二人の能力が必要よ。けど、必要ないと判断したら返しに来なさい」
「はい、ありがとうございます」
「あともう一つ」
結理が受け取ろうとすれば、ついでとばかりに、『召喚札』の束を渡してくるユーナリア。
「師匠……」
さすがにこの量は……と、遠慮したくなる量の『召喚札』に、結理の顔が引きつる。
確かに、予備とかがあれば良さそうなものだが、それでもこれは頂けない。
「出来れば、その半分だけでいいのですが」
「後で取りに来られても困るのよ。数に限りがあるから」
減らしてくれ、と告げてみるが、ユーナリアに引く気配はない。
だからって、その量はバッグに入りきらないだろ、と思う三人。
(そりゃあ、今から向かう先が、この家よりは広いと思うけど……)
どこか失礼なことを思う結理。
それでも、師からの餞別なら、どちらかといえば受け取った方が良いのだろう。
「はぁ、分かりました。全部貰っていきます」
結理が溜め息を吐くと、三人で『召喚札』を結理のバッグに入れる。
「そういえば、鷹森のバッグって、他の物も入ってるんだよな?」
「そうだね」
「入りきるか?」
大翔の言葉に、亜空間バッグの中を見て、許容量の余裕があるかどうかを確認する。
何せ、結理のバッグの中は生成魔法で作った物の方が多い。
見た目的にはまだ入りそうだが、ぎゅうぎゅう詰めにする必要もないし、いくら余裕があるとはいえ、入れすぎたら意味がない。一応、スペースを空けてみてはいるが、果たしてユーナリアから渡された『召喚札』全てが入るかどうかは疑問である。
「俺たちの方に入れておくか?」
「うーん……」
結理は思案する。
別に、自分への餞別だからと、迷っているのではなく、大翔たちの方へ入れてもらうことに申し訳なく思っているのだが、明らかに入りきりそうにないのでーー
「そうしようかな」
素直に願い出る。
それを聞き、分かった、と二人は頷くと、それぞれのバッグに『召喚札』を詰め込む。
数分後、三人が全てを詰め込み終わると、それを見ていたのか、息を吐くユーナリア。
「あと、言っておくことがある」
そう言えば、三人はユーナリアを見る。
それを確認すると、ユーナリアは深呼吸し、静かに話し始める。
「あえて名前は言わないが、俺には弟が居る」
「弟、ですか?」
結理は首を傾げる。それに、ユーナリアは頷き、続ける。
「ああ。そいつが今、どこでどうしているのかは知っているがーー」
そこで一度切り、ユーナリアは告げる。
「もし会ったら、絶対に俺の名前は出すな」
「……良ければ、理由を聞いてもいいですか?」
怪訝する三人だが、代表して棗が尋ねる。
「あいつは、勝手に家を出た俺を嫌ってるから、話せばお前たちがケガするかもしれない」
その程度で、と思うかもしれないが、ユーナリアがそうなると思っているのなら、そうなる可能性もあるということだ。
「師匠は、仲直りしたくないんですか?」
結理が尋ねる。
一方で、尋ねられたユーナリアは苦笑いする。
「確かに、出来るなら、前みたいに話がしたいが……無駄だろうな。向こうは聞こうとしないだろうし」
「やってもないのに、諦めないでください!」
ユーナリアの言葉を聞き、結理は叫ぶ。
「ユーリ?」
「師匠たち兄弟は、同じ世界に居るのに、永遠に会えないわけがないでしょ? なのに、何で諦めてるんですか! そんなこと聞かされたら、家族の元に戻れる見込みの無い私たちはどうすればいいんですか!? 私にも兄弟妹は居るから、気持ちは分からなくはないですが、師匠にはまだ会えるチャンスがあるんだから、諦めないでくださいよ!」
叫びながら言ったためか、結理は軽く息切れし、肩が揺れる。
「鷹森……」
「…………」
「…………」
そんな結理を見て、大翔と棗は心配そうな顔をし、ユーナリアは目を逸らす。
とある事情から、鷹森家の家事の大半を行っていたのは、結理と彼女の妹だ。結理の苦労を知る大翔たちとしては、結理が自身の兄弟妹を心配するのも無理はない、と思う。
「ありがとうな」
「!」
「お前が心配してくれるだけでもありがたいよ」
「師匠……」
「ありがとう、ユーリ」
笑顔でユーナリアにぽんぽん、と頭を撫でられると、息を吐きーー
「私はそんな年齢じゃないって、言ったじゃないですか」
結理はそう返す。
その後、ユーナリアに見送られ、グランドライトを出るために、三人は歩き出した。
☆★☆
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
棗が心配そうに尋ねれば、平気だ、と結理は返す。
三人はグランドライトを出るために、郊外に向かって歩いていた。
棗が心配しているのは、ユーナリアが兄弟の話を持ち出したことで、若干忘れかけていた家のことを結理が思い出してしまったためだ。かといって、棗や大翔が自分たちの家族について、何の心配もしていないわけでもないのだが。
「それで、王都までは、各街にあるギルドの依頼を受けながら目指すんだよな?」
「そのつもり。宿代とか掛かりそうだし」
大翔の確認に、結理は頷く。今日中にグランドライトを出られたら、野宿か宿の二択になるが、無駄に広いこの町は、端から端に行くまでに意外と時間が掛かる。
宿代がいくらするかは分からないが、王都に着くまで、食事などのことも考えれば、その分の余裕も持たせる必要がある。そのためには、依頼をしながら貯金するしかない。
「こりゃあ、早めに王都に着くかランクを上げるかしないといかんな」
「この前、上げたばかりなのに?」
棗の言葉に、結理が首を傾げる。
実際、そう簡単にランクアップなど出来ない。簡単なのは最初だけで、あとは努力と経験と地味に依頼を行うしかない。
「まあな。餞別を貰ったとはいえ、今から行くと、出られるか出られないかの二択な訳だが」
大翔が対雷属性用の魔剣を見て言う。
時間から言って、微妙である。走って間に合うかどうかも分からない。
「出られたとしても、入れなくなるかも」
「…………」
結理の言葉に、二人は足を動かしながら思案する。
「とりあえず、行くだけ行ってみるか」
迷っていても仕方ないため、行くことにした。
ーーのだが。
「だーかーらー、テメェらみたいなガキが、冒険者なんて有り得んだろうが」
「…………」
三人は別の意味で門前払いを食らっていた。
ギルドカードを見せて、正式登録された冒険者であることを示したのに、有り得ないの一点張りだ。
三人の横を通り過ぎていくものたちを見れば、貴族街の物らしい馬車やいかにも強そうな冒険者はあっさりと通されていた。つまり、門番のような役目をしているこの男は、人を見た目で判断するタイプらしい。
お前らなんか、俺一人で十分だ、と示しているのだ。
「先輩……」
「気持ちは分かるが、落ち着け」
結理が暗に殺っていいですか、と尋ねれば、棗が宥める。大翔も苛立っているのか、抜く気満々である。
もちろん、棗も苛立ってはいるのだが、後輩二人を落ち着かせるのが先だ。
いっそのこと強行突破もありかもしれないが、そんなことをして犯罪者になるつもりはない。
「それより、ずっと気になっていたが、そんなに弱そうに見えるのか?」
三人の中でそれなりに強い結理に棗は尋ねるが、結理は言い方について尋ね返す。
「オブラートに包む? ストレート?」
「ストレートで頼む」
「ん」
結理の質問に顔を見合わせた棗と大翔だが、ストレート、と頼んだ棗に分かった、と結理は頷いた。
「私的には、友人っていう色眼鏡もあるけど、二人は同ランクの人たちと比べれば、強い方だと思う。おそらく、弱く見られたのは、私たちの見た目と発する空気が原因」
これまた何とも言えないことを言われ、二人は苦笑いする。
しかも、見た目と空気とか、どうにも出来なさそうである。いや、空気ばかりは時間が掛かりそうだが。
そもそも、三人が現時点で身に着けている服装も、それなりに問題があるのだが、本人たちは気づいていない(結理は黒系、大翔は青系、棗は赤系の戦闘用装束を着ている)。
「んー……」
唸りながら、どうする? と話し合った結果ーー
「あと一回だけ言ってみる。それでもダメなら……」
奥の手を使うから。
結理の言葉に、二人も賛同した。ただ、その『奥の手』に嫌な予感がするのは気のせいか。
「私たちを通してください」
「まだ諦めてなかったのか」
やれやれ、と門番らしい男は肩を竦ませる。
「通してくれるまで、諦めるつもりはありませんから」
「あー、分かった。好きにしろ」
「はい、そうします。でもーー」
次も同じようなことをしたら、強行突破します。
満面の笑みから無表情に切り替え、殺気を放ちながら、そう付け加えると、結理は二人の元へと戻る。
ただ、肝心の二人は、その場で固まっていたのだが。
「二人とも、どうしたの?」
「…………」
結理は首を傾げるが、二人が我に返るのに約一分は掛かった。
「ハッ!」
「あ、戻ってきましたね」
我に返ったのを確認すれば、二人は結理へ何ともいえない目を向ける。
「何ですか?」
「お前さ、割と本気で脅したよな?」
「脅したなんて失礼な」
棗の言い分に、結理はそんなわけ無い、と言うが、直に殺気を浴びたであろう門番らしい男はガクガク、とその場で小刻みに震えていた。
「ありゃ、完全にトラウマになったか?」
結理が目を向ければ、ヒッ、と小さく悲鳴を上げた。結理が「小物……」と呟いたが、二人は聞こえない振りをした。
「……明日にするか」
「そうね」
「そうだな」
大翔の呟きに、二人は頷くと、三人は数時間前に出たユーナリア宅へ引き返すのだった。
☆★☆
「何、してるんだ?」
何の感情を浮かべず、ユーナリアは三人を見下ろす。
「し、師匠……」
「何、してるんだ?」
三人は顔が引きつらないように必死だが、絶対引きつっているだろう。
「あの、この街を出るために、門に向かったんですが……」
「追い返されました」
本当のことなのだが、ユーナリアが男モードなせいか、目を細める彼に凄みがあるのは気のせいか。
「お前ら、冒険者なら問題ないはずだろ?」
「そうなんですが、私たちが冒険者だと信じてもらえず、追い返されました。本当にすみませんでした」
「ったく……」
結理の謝罪に、ユーナリアは頭を抱えた。
(おそらく、こいつらが見た門番は、あいつだろう)
どんな奴が門番だったのか、予想はつく。
貴族を優先とし、自分より実力が無いと判断すれば、すぐに強気になり、こちらが攻撃できないことを良いことに、通らせようとはしない。
少しばかり実力があるからと庶民や平民を見下し、グランドライトの住民からは頗る評判が悪い。特に冒険者たちからは住民以上に評判が悪く(ユーナリアもその経験者であり、ゼルたち『壮大な創造者たち』の中でも、結理たちの様な扱いをされた者もいる)、中には彼を殴り、捕まった冒険者もいる。
なお、男の実力はEランク程度なのだが、それでもEランク冒険者たちと比べれば弱い方であり、そんなに威張れるほどの実力ではない(大翔や棗が相手をしても、男が勝てるかどうかは疑問だが)。
(それにしても……)
三人はこの半年間でかなりの実力者にはなったが、弱いわけではない。中でも結理は慣れていたかのように、抵抗も見せずに剣を手にし、ユーナリアが指摘する所が無い、構え方をしていた。
それだけで、ユーナリアは結理が実力のある経験者だと理解していたのだがーー
(あの男は気づかなかったのか)
または、それを気づかせなかったのかは分からないが。
「結理の奴、最後の最後に殺気で脅してましたから」
棗に小声で教えられ、ユーナリアは再び頭を抱えた。
あの男が結理の殺気で正気ではいられず、恐怖から通そうとしてもおかしくはないが、結理はまた後で来る的なことを言ったのだろう。
(仕方ない。少しだけ手助けしてやるか)
そう決めたユーナリアは、どうにかして三人を王都へ向かわせてやろう、と策を練り始めるのだった。
☆★☆
翌朝。
「先輩、大翔、大変!」
「な、何だよ……!?」
ノックしながらも、許可を出さないうちに、いきなり部屋へ入ってきた結理に二人は驚く。
「師匠が居なくなった」
「はぁ!?」
どういうことだ、と尋ねようとすれば、結理は「師匠の置き手紙」と紙を差し出す。
『少し出てくる。お前たちは朝食食べたら、門番を確認しに行け。昨日と(門番が)代わってなかったら引き返してこい』
と、そう書かれていた。
結理に目を向ける二人だが、困った表情を返される。
そして、溜め息を吐いた棗は言う。
「とにかく、今から朝食食べて、確認に行く。そして、師匠を捜す。いいな?」
棗の確認に、二人は頷き、朝食を済ませ、門番の確認をするために、玄関を出る。
「じゃあ行くか!」
「はい」
「師匠をとっとと見つけて、王都に行きましょう」
棗の言葉に、二人はそれぞれ返す。
こうして、弟子三人による約二週間にも渡るユーナリアの捜索が始まったのだった。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
さて今回は、ようやく旅立ちかと思いきや、まさかの滞在延長
時系列は、この話から第二十一話冒頭へ繋がり、第二十三話(の現代時間部分)~第二十五話を終え、次話である第二十九話へと続きます
三人の戦闘用装束についてですが、基本的に(夏冬での違いがあるだけで)普段着となるのはこの装束です
次回は『王都へ』
門を通過し、ようやく王都を目指すことが出来た三人
でも、そんな三人の後を追う謎の影が見え隠れしていた
結理たちはどうするのか、そして影の正体とはーー
それでは、また次回




