第二十四話:遭遇
今回は全て現時間
討伐依頼のあった魔物を切り裂き、倒し終えると、剣に付いた血を振り払い、鞘にしまう。
「これで、依頼完了?」
「だな」
確認を促せば、二人に頷かれる。
チームワークも討伐依頼を始めた頃と比べると、良くなってきていた。
結理たち『迷宮の砦』が今回受けた依頼は、初めての討伐依頼の際に会ったラウラたちが受けていた『ゴブリン退治』である。
現在の時点で、三人の実力なら、初期のように二匹で苦戦することもなく、棗の援護も加え、倒すことは出来た。
「それじゃ、帰るか」
「あー、うん」
棗の言葉を聞き、煮え切らない態度で返事をする結理に大翔がまさか、と言いたそうな顔をする。
「まさか、何匹か逃がした、なんて言わないよな?」
そう聞かれ、結理は違う違う、と首を横に振る。
「じゃあ、何だよ」
「いや、さ、倒したのはいいんだけど、点々と血の痕があったんだよね」
怪訝な顔をする二人に、結理は吃りながら言う。
「辿る? 辿らない?」
「つか、辿ったら辿ったで巻き込まれフラグが半端ないんだが?」
とか言いながら、廉たちと再会したら、確実に面倒ごとに巻き込まれる率が上がるため、このぐらいどうってことはないのだが、どうにも嫌な予感しかしない。
「迷うなら、助けてさっさと自警団に預けろよ」
棗の言葉に二人は彼を見て、
「それだ!」
と言うがーー
「それだ! じゃねーよ」
対する棗も、この後輩たちは、と呆れながら、そうツッコむ。
この場でもし、廉たちがいたなら、誰かが代わりに二人にツッコみ、誰かが棗に同意するかのように、彼の肩に手を置いていたのだろう。
それはそれで、年上であるはずの棗に対する面々の扱い方にも問題あるのだろうが、そこは約三~四年の付き合いで慣れてしまった棗にも問題はあるのだろうが。
「とりあえず、辿ってみるか」
それに頷き、三人は血の痕を辿った。
☆★☆
点々と続く血の痕を辿り、歩く三人。
だが、ある程度進むと、血の痕は途切れ、それ以上進むことは出来なかった。
「引き返すか?」
「でも、人の血だと夢見が悪いですよ?」
途切れているなら、止血か何かしたのか、モンスターたちにやられてしまったのだろう。
動物や魔物の共食いなどならまだ良いが、もし、人だとしたら放っておけないし、恨まれたくない。
そう話し合う棗と大翔に、結理は耳を傾けつつ、ふと臭ってきた臭いに反応する。
(これはーー)
「血の臭い」
「は?」
「今、何て?」
結理の呟きに、二人が彼女に目を向ける。
顔を歪め、結理は二人に答えることなく足を進める。
「あ、おい……」
二人も慌てて、結理を追い掛けた。
「…………」
結理の足が止まり、ようやく追いついた二人だが、先程よりも顔を歪めた結理の後ろから、顔を覗かせる。
「うわっ……」
「これは……」
それを見て、二人も顔を歪ませる。
一体何が遭ったのか、と尋ねたくなるほど、三人の目の前には惨状が広がっていた。
元は何だったのか、分からないぐらいにぐちゃぐちゃになっており、臭いのせいか、肉食獣が近づいてきた形跡はない。
「何か、関わらない方がいい気がするんだが?」
「ああ……」
青ざめながら、恐る恐る声を掛ける大翔に、棗は同意するが、結理から返事はなく、周囲を見回している。
「なあ、鷹もーー」
「二人とも伏せて!」
大翔が話しかけようとすると、何か気が付いたらしい結理が声を上げる。
慌てて二人が頭を下げれば、瞬間、何かが頭上を通り過ぎる。
「な、な……!」
「言いたいことは分かる。でも、犯人が戻ってきたみたいね」
本気でどうしようと、言いたそうな顔をする結理に、二人はマジか、と言いたそうな顔で返しつつも、三人とも周囲に耳を澄ます。
「チッ、外したか」
「だが、まだこの辺にいるはずだ。探せ」
「ハッ!」
二人の男の声に、従うような何人かの声。
それを聞き、本当に面倒事かよ! と言いたくなりながらも、周辺の確認をする大翔に対し、結理と棗はこれからどうしようか、と思案する。
「どうする?」
「とりあえず、町までは戻らないと。こっちが不利」
棗の問いに、結理はそう返す。
向こうに何人いるか分からない以上、三人で対処できるとは思えない上、かなりの実力者だとすれば、逆にやられかねない。
「使えそうな道具は?」
「いくつかあるけど……失敗作もあるから、どう作用するかは分からない」
「まともに使えるのは?」
「閃光弾五個と催眠スプレー三つ。後は失敗作の武器」
失敗作の武器、と聞き、何であるんだよ、と思う棗に、結理は苦笑する。
「他の失敗作で言えば、痴漢撃退用スプレーと先輩の発砲で爆発するガス缶」
「痴漢撃退用って、何であるんだよ……」
「つか、先輩の発砲で爆発するガス缶って危険物、持ってないで師匠に処分してもらえよ」
これまた何故あるのか分からないものを上げる結理に、棗が呆れ、周辺の確認をしていた大翔が話に加わる。
「まあ、投げたときに先輩が缶に向かって発砲してくれれば、逃げる時間稼ぎには出来るよ」
「火はどうするんだよ」
「そこは先輩の火属性に頼ろうかと」
人差し指を立てて言う結理に、おい、と思う二人。
仮にガス缶を使うにしても、被害が大きいのか小さいのか分からない上、結理たちが巻き込まれないとも限らない。
別に爆炎を防げなくもないのだが、そもそも、三人がメインに使う属性に問題があった。
ユーナリアから魔法について聞いた際、属性について教えられ、彼女(女モードなので、彼女)により、属性検査をしたのはまだ良く、異世界人故か全属性が使えると分かったのだが、中でも相性面も考慮し、メインとして使うのは、大翔が水属性、棗が火属性、そしてーー結理が闇属性となった。
ユーナリアに魔力の流し方などを教わりつつ、三人は注意事項も教わった。
『先に言っておくとというか、言わないといけないから言うけど、ユーリ。あんまり闇属性は使わないように』
『理由は何ですか?』
『基本的に闇属性は魔族が持ってるんだけど、人間が属性として持つことは出来ても、発動すると副作用みたいに体に負担……異常を来すらしいのよ』
『負担って……血が出たり、臓器に傷を負ったりするって意味ですか?』
説明が妙に生々しいな、とユーナリアは思いつつ、
『そう思っておきなさい。だから、ユーリはなるべく闇属性を使わないように。それ以外なら問題ないけど、闇属性だけはダメよ』
と、死にたくなかったら使わないことね、とユーナリアは結理に忠告する。
『私だって、自分の弟子に死なれたら困るのよ。後で責められるのはともかく、いなくなられたらなられたで悲しいから』
そう言いながら、目を逸らすユーナリアだがーー
『それに、ユーリなら剣技あるし、問題無いわよね』
そう言われ、問題無くはねーよ、と結理が返したのは、いい思い出だ。
さて、話は戻して、血溜まり付近で屈みながら作戦会議をする三人だがーー
「まさか、他にもないよな?」
「えっと……あ、催涙スプレーがありました」
棗の呆れ混じりな視線に、鞄の中からスプレー缶のようなものを取り出す結理。
さっきからどうも空気がどこかギャグっぽいのは気のせいか? と尋ねたくなるほど、どこかほのぼのとした空気になっているが、これでも必死に作戦を立てているのだ。
相手が多人数であることを予想し、逃走前提で作戦を立てるのだが、誰が囮となって誰を逃がすのかで一悶着あった。
「お前、自分が女だって、分かってないだろ」
「だからって、後方支援の先輩が残っても意味ないですよね? 死角はともかく、近距離に持ち込まれたら、やられるかもしれないんですよ?」
「まあなぁ」
その点については、棗も同意する。
少なくとも、遠近両方で応戦できる結理や大翔に比べ、弓や銃器など、後方からの攻撃をメインとするタイプの棗は、どうしても近距離に持ち込まれるとやられるイメージがある。
「まあ、いざとなったら銃器でぶん殴るから安心しろ」
「それじゃ、銃器じゃなくて鈍器です」
だから、大丈夫だという棗に、大丈夫じゃないから、と返す結理。
「おい、こっちに来るぞ」
大翔の言葉に黙る。
「マジでどうするよ」
本日何度目かになる問いを棗が尋ねれば、結理はこっそり顔を覗かせる。
「仕方ないか」
「どうするつもりだ?」
軽く伸脚運動する結理に、怪訝な表情をする大翔だが、その後の答えを聞いて、棗が声を上げる。
「私が向こうに行って囮になるから、二人は逃げて。奴らの仲間と鉢合わせしたら、何とかやり過ごして」
「ふざけるなよ。一人でどうにかできると思ってるのか!?」
「先輩、声大きい」
声に驚き、慌てて棗の口を塞ぐ。
ちなみに、結理が棗を押し倒したような感じになっているのだが、三人とも、この状況をどうするのかを考えるのに必死で、その事に気づいてないのだが、果たして良かったのか悪かったのか。
「おい、今声がしたぞ!」
「早く捜せ!」
「っ、」
男がそう言い放ち、三人の顔に焦りが浮かぶ。
(本当にどうする!?)
(通り過ぎろ通り過ぎろ通り過ぎろ……)
(こっちに来るなこっちに来るなこっちに来るな……)
そのまま硬直する三人は、必死にそう思う。
ドクンドクン、と心臓の音が大きく聞こえ、大翔が男たちの様子などを確認し、結理が周辺の気配を必死に探る。
(感じ取れる気配の数は五つ……。っ、早く……早く、通り過ぎて……!)
必死にそう祈る。
命じていた男たちも入れれば、その数は七人となり、明らかに不利だと分かる。
しかも、異世界間を移動したためか、身体能力が上がっているらしく、他の五感ほどではないにしろ、嗅覚は通常よりも鋭くなっているのか、血の臭いのせいで鼻がおかしくなっているため、結理は現時点で嗅覚で感じ取れるものは信用していない。
「大翔」
「何だよ」
結理が小声で話しかければ、大翔も小声で返してくる。
「あいつらを走って振りきれる自信はある?」
「さあな。だが、聞いてきたからには理由があるんだよな?」
目だけは男たちに向けながらも、そう尋ねてくる大翔に、結理は頷き、説明を始める。
「私たちは異世界間を移動してきて、身体能力が上がった。そこまではいい?」
「ああ」
「現地の人たちと比べれば、もちろん優れている部分はあるだろうし、向こうが魔法を使えば、対等に戦えたりするかもしれない」
つまり、と結理は続ける。
「二人が本気で逃げれば、あいつらは撒けると思うし、魔法を使えば、確実に距離を離して、助けも呼べる」
「言いたいことを早く言え」
結理の説明を聞き、何を言おうとしているのか予想できたのか、大翔が促せば、小さく息を吐き、結理は真面目な顔で告げる。
「私が囮で攪乱させるから、先輩と一緒に町にーーグランドライトに戻って」
それを聞き、二人は目を見開く。
「正気で言っているのか?」
「正気よ。第一、この中で誰の足が一番早いと思ってるのよ」
結理が本気になれば追っ手から逃げ切ったり、撒いたり出来ることを二人は知っていたが、大勢を相手にそれが出来るとは思えなかった。
「本気か」
「二人なら大丈夫だって、分かってるからね」
確認を取る大翔に、結理はあっさりと頷いた。
彼女の自分たちに対するこの信頼は何なのだろうか、と時折二人は問いたくなる。
「二人が行って戻ってくるまでの時間稼ぎぐらい、私は引き受けるよ」
だから、私を信頼して、と結理は告げる。
少し、二人は無言になる(棗の方は話せない状態だが)。
そして、大翔が呟いた。
「分かった」
それを聞き、棗が目を見開き、結理は微笑む。
「ありがとう、大翔」
「ただし、速攻で行って、速攻で戻ってきてやるから、それまでは絶対に死ぬなよ」
それを見て、んー、と棗が声を上げ、結理がああ、と手を外す。
「本当に囮になるつもりか?」
「先輩。私が頑固だって、知ってますよね?」
結理はこうと決めたら、間違っていると分かったとき以外は、意思を変えない。
絶対にそうだ、と決めつけるというよりは、一人ぐらいそういう考えを持つのがいてもいいだろう、という意味の方が近い。
例えるなら、推理もののドラマや漫画を見て、犯人を推理する時のようなものだろう。
だが、何人か怪しい人物がいて、誰かと特定できず、共犯や利用されたなどと推理した場合、それぞれが犯人であろう人物の名前を上げても、結理は『みんながその人物を犯人と思うなら、私はこの人を犯人って思っておくよ』と返す。
みんなが信じている中、唯一、結理は疑うことにしている。
そして、彼女は言うのだ。
『念のため』
『そういうのが、一人ぐらいいてもいいでしょ?』
結局、教室みたいな所の場合は、一人責められるのだがーー疑った時に責められた場合、結理は気にしない。
それでも彼女は、仲間を見捨てるようなことはしない。
疑っても、最終的に擁護してしまうのは、彼女の人柄か否か。
「ああ、よく知ってるよ」
棗は頭を掻きながら、起き上がりつつ、そう返しーー
「嫌ってほどにな」
小さく笑みを浮かべる結理を見ながら、そう付け加える。
結理や大翔だって、棗の言いたいことが分からないわけではない。
この世界は自分たちの知っている世界ではなく、油断すれば、あっさり命を失うような世界であり、危険に満ちた世界だ。
全員で地球世界に帰るためにも、誰一人欠けてはいけない。
「ならーー」
「途中までは一緒だ」
何か言い掛けた結理を遮り、棗はそう告げれば、それを聞き、肩を竦めた結理も二人に告げる。
「奴らがそうさせてくれるかは分からないけど、行けるところまでは一緒に行くつもりですよ」
だからーー
「その間、二人の背後は絶対に守るから」
「それは……こっちの台詞でもあるんだが」
そうは言いながらも、二人は結理に対し、任せた、と返した。
☆★☆
男たちに見つからないように、足を進める。
あの後、間一髪で見つかることも無く、結理が軽く別の草むらを揺らすなどして、男たちの気を逸らしたため、あの場所から抜け出した三人は現在、男たちの気配を感知しつつ、逃走中である。
「奴ら、追ってきてはないよな?」
「まだ大丈夫。向こうが気配を消しているならまだしも、感じ取れる範囲でなら、私たちからは離れてるから」
大翔の問いに、結理は頷く。離れているとはいえ、油断大敵だ。
「それより、さ。最初に見たあの血溜まり、あいつらの仕業かな?」
「さあな。でも、確率は高いだろ」
そんなことを話しながら走る。
「っ、大翔、ストップ!」
「えーー」
いきなりの制止に驚く大翔を余所に、結理は大翔の襟を引っ張ると、先程まで大翔がいた場所に何かが飛んでくる。
「これは……ナイフか?」
「ナイフはナイフでも、これはスローイングナイフですね。投げナイフのショーとかで使うナイフです」
飛んできた何かを叩き落とし、見てみた棗の問いに、あっさりと説明する結理。
そんな彼女に、何でそんなことを知ってるんだ、と棗が目を向ければ、あからさまに目を逸らす。
「すまん、鷹森」
一方で、危なかったと思いつつ、結理に礼を言う大翔だが、今は謝っている場合じゃない、と返される。
「まさか本当に、誰か隠れているのか?」
辺りを窺う三人へ再びナイフが投げられるが、間一髪で回避する。
「先輩、それ貸して」
「何に使うんだ?」
その問いに答えず、棗が拾ったナイフを一つ受け取り、何を思ったのか、見つめる結理。
「投げナイフ系は消耗品。だからって、相手が持っているナイフを使い切るまで待ってられない」
「ん? まあ、そうだな」
「つまり?」
言いたいことは分かるが、いまいちピンと来ない棗に、大翔がそれで、と促す。
「対抗するか、走って逃げるしかない」
「だろうな」
というわけで、と走り出す後輩二人に、棗も慌てて追いかける。
「ちょっ、いきなり走り出すなよ」
そう言いながら、何とか追いついた棗だが、走っている位置としては一番後ろではなく、先頭にいる大翔と後ろにいる結理に挟まれたちょうど真ん中にいた。
一方で、一番後ろで走っていた結理は、次々と背後から飛んでくるナイフを捌いている。
「っ、キリがない上に、最っ悪!」
そう吐き捨てる結理に、先を走っていた大翔たちの足も止まる。
「やっと見つけたぞ」
部隊長らしい男の一人が現れ、その周辺を部下であろう者たちが囲む。
見れば見るほど、男たちの姿は変わっていた。
黒髪に赤い瞳。
「まるで魔族ね」
そう呟く。
結理たち三人が聞いたユーナリアからの話に、勇者と魔王の伝説があった。
その中に魔族というものも出てくるのだが、魔王の部下であり、配下である魔族は、人間たちを次々と襲った。その被害は酷く、ウェザリア王国を含めた周辺の国々が軽くパニックになったのだが、そこはさすが国王、というべきか。当時の国々の王たちは冷静に対応し、被害を最小限に止めた。最終的に魔王を倒した勇者のお陰とも言えなくはないのだが、それでも国民たちは当時の国王に感謝したという。
その時に聞いた魔族の大半の容姿が、黒髪に赤い瞳だった。
黒髪という時点で、自分たちや廉たちへの不安はあるものの、向こうには召喚されるのを直接見ている王族や彼女の護衛たちがいる。
もちろん、廉たちについては召喚主が何とかしているだろうという、他力本願のようなものだが、結理たちとしては、召喚主が近くにいない上、廉たちと同郷者という証拠物品が元の世界から持ってきた物のみであり、黒髪という事実だけで差別されないか心配なのだ。
実際、黒髪黒瞳である詩音が通れている以上、変に気にする心配も無いのだが、警戒する者は警戒するし、国の中枢である王城や王宮に敵である魔族を侵入させては、その国の警備体制も疑いかねない。
結理に至っては闇属性のせいで、かなりの行動制限が掛かりそうだが。
「先程、見たものは他言無用にしてもらえないか?」
とまあ、結理が勇者伝説の内容とその時感じたことをふと思い出していれば、正面の男の台詞に、三人で顔を見合わせる。
どういうことだ? という意味での顔を見合わせたのではなく、どうやってこの状況を打破するのか、という意味でだが。
「出来れば、見なかったことにしてほしい」
後ろから現れた男にそう言われ、とっさに身構える三人。
「そう身構えなくとも、君たちに危害を与えるつもりはない」
「……信用しろって言われても、この状況をどうにかしてもらわないと、私たちとしても困るんですが」
最初に話しかけてきた男の言葉に、結理は顔を引きつらせてそう返す。
「こちらだって、君たちが守ってくれると分かれば、さっさとここを去る」
「私たちは何も見てませんよ。私たちがここで見たのは、依頼対象と殺気を向けてくる貴方たちだけですから」
男の台詞にそう言えば、大翔と棗が顔を引きつらせながらも、そうです、と同意する。
嘘も方便だ。
「なるほどな。だが、お前はそこの二人より、嘘をつくのが上手いらしいな」
最初に話しかけてきた男の台詞に、結理は横目で大翔たちを見るが、二人は顔を思いっきり横に振る。
「元から嘘ついても無駄だった、というわけね」
嘘発見器のような魔法を作動させていたのなら、嘘をつかずに素直に話していれば良かったのだろうが、そもそも発動してるかしてないかなど、分かるはずもない。
「うん。だから、忘れてね」
後から来た男が笑顔でそう告げれば、結理から笑顔が消える。
「二人とも、ここまでね」
「……分かった」
一緒に行けるところまでは一緒に行くという約束だったため、結理の言葉に大翔が頷く。
「まさかとは思うが、逃げるつもりか?」
「だとしたら?」
最初に話しかけてきた男に聞かれ、結理が返しつつ、大翔と棗は周辺を囲んでいた男たちの部下の合間を探す。
「逃がすわけないでしょ」
「まあ、逃げ切れれば、だけどな」
男たちの言葉に、再度結理が横目で大翔たちを見れば、二人は頷く。
そして、こっそり用意していた閃光弾を投げれば、その場は白い光に包まれる。
「っ、閃光弾か。早く捜せ!」
結理たちに最初に話しかけてきた男が叫ぶ。
「無理です! 大半が目をやられてます!」
部下たちの言葉に、最初に話しかけてきた男は、悔しそうな顔をする。
「でも、それは向こうも同じはずだから、回復次第、すぐに捜せ」
後から来た男の台詞に、部下たちはその場で声を上げるのだった。
☆★☆
「はっ……はっ……」
不安定な道を走り、ある程度離れたところで、二人を近くの木に凭れさせる。
「視力のこと、すっかり忘れてた」
はぁぁあ、と深い溜め息を吐く結理。大翔たちは視力が回復してないのか、二人して周囲をきょろきょろ見回していた。
「今回ばかりは自分の体質に感謝ね」
一人、苦笑いする。
常人より回復力が強いためか、結理は擦り傷や切り傷などのケガをしても大体次の日には治っていたのだが、まさか視力回復まで早いとは、さすがに予想外だった。
とはいえ、完全に回復したわけでもないので、ぼやける視界を何とか頼りに、身体強化の魔法と重量変化の魔法の重ね掛けをして、二人を背負いながらバランスの悪い道を走ってきたのだ。
「…………」
来た道を振り返る。
男たちもそうだが、ナイフ投げの主の姿も捜さないといけない上、この状態で攻撃されれば、結理でも捌ききれるかは分からない。
一番良いのは、大翔たちの回復だが、いくら身体能力が高くなっていても、結理のようにすぐに回復するわけでもなければ、回復系の魔法やアイテムは温存と決めていたので、男たちの気配が近づいてきた際に二人の視力が回復していなければ、無理矢理にでも使おうと、結理は決める。
さて、これからどうしようか、と思案する。
男たちなら追ってくるだろうし、もし追いつかれたら、二人を守らないといけない。
(師匠……)
結理は思わずユーナリアを思い浮かべる。
魔法についても剣技についても、様々な道具についても教えてもらった。
『ちゃんと使いこなせるかは貴方たち次第』
女モードの時にそう言われたのを思い出し、投げられ、現在は結理の手にあるスローイングナイフを見る。
おそらく、最初ーー血溜まりに辿り着いた際に攻撃してきたのは男たちであり、それ以降は、男たちではない別の誰かが攻撃してきたのではないのか、と思案する。
「ああもう、何でこういう時にいないのよ……」
溜め息混じりにそう呟きながら、思わずナイフを握りしめ、顔を伏せる。
実際、面々からいろいろなことで頼られる結理だが、意外とメンタル面が弱かったりする。
それでも、先程男たちを相手にしたときのような話し方は、役目:言い負かせられる自信:素=五:二:三の割合での話し方であり、ある種の責任感からだ。なお、素での言動のみだと、いろいろと大変であり、問題発言しかねないので、省略させてもらう。
「……来たか」
ふと感じた気配に結理は顔を上げ、木に凭れさせていた二人を見る。
「二人とも、回復した?」
「ああ、何とかな」
結理の問いに、大翔がそう返す。
「もう追いつかれそうだけど、走れる?」
「さすがに、今の状態でこの道を走るのは無理があるぞ」
やっぱりそうか、と結理は思いながら、肩を竦める。
「結局、作戦通りになるわけか」
「すまん、俺たちが足を引っ張ってるよな」
「謝るぐらいなら、回復薬使ってください。その間は時間稼ぎしますから」
結理の呟きを聞いた棗の言葉に、結理はスローイングナイフをしまい、剣を用意する。
そして、二人が回復薬を使用したのを横目で確認すれば、飛んできたナイフを結理は叩き落とす。
「ねぇ知ってる? ナイフ投げって、敵に武器を与えることになるから、戦闘には向かないだよね」
そう言いながら、コツコツと、ある一ヶ所に向かうと、剣を一閃する。
葉は舞い、木が倒れる。
「……っ、」
木が倒れて現れたのは、怯えた目を結理に向ける、見るからに自分たちより年下であろう少女がそこにいた。
「どうも、ナイフ投げの主さん」
笑顔でそう声を掛ける結理に、少女はビクリとしながらも、ナイフを構える。
「うーん……」
が、結理は困った顔を浮かべる。
自分たちに攻撃してきたから、敵と判断してもいいんだろうが、殺気は感じない上にーー
(人間、か)
そう、人間。
きっと、自分の居場所を荒らされたのだと思い、近くにいた結理たちを敵と判断し、狙った。
そして、男たちと一緒にいたのを見て、結理たち三人が男たちとグルではないのか、と少女は考えたのではないのか。
もし、そうだとすれば、結理たちとしては、この少女を巻き込まないように戦わないといけない。
(無関係だろうこの子を巻き込むわけにはいけない)
だから、彼女の誤解を解き、あることを頼まなければならない。
剣をしまい、腰を下ろし、目線を合わせる。
「いくつか聞きたいんだけど、いいかな?」
少女は一度戸惑い、目を逸らすも、ゆっくり頷いた。
「ありがとう。私たちには時間が無いから、直接聞くけどーー」
結理は単刀直入に尋ねる。
「君は私たちが、この森を荒らしに来たと思ったんじゃない?」
そう尋ねれば、少女の目は見開かれ、頷かれる。
それを見て、やっぱりか、と思う結理。
「答えてくれてありがとう。もう一つ聞いていい?」
少女は頷く。
「ここから町に出ることは可能?」
「……なくはない」
ぼそりと呟かれるが、結理は聞き逃さなかった。
きっと、出れなくはない、と言ったのだろう。
嘘にしろ、本当にしろ、『結理が怖い』と思っている以上、今の少女に嘘をつく理由はない。
「そっか」
そう頷き、別の方へ視線を向ける。
「じゃあ、一つお願いしてもいい?」
少女は首を傾げる。
「あそこに座り込んでいる二人を、町まで連れて行ってくれないかな?」
「なん、で?」
結理の問いに、少女は尋ねる。
三人の命を狙ったのに、何故自分にそんなことの頼むのか、少女には分からなかった。
そんな少女の前に立ち、結理は返す。
「この森に詳しいのは君だから」
と。
「私たちが知らない道も、君は知ってるはずだから、私は道案内を貴女に頼むの」
少女は小声でそう告げる結理と木の隙間から、彼女が何を見ているのか、と目を向ける。
そこにいたのは、男たち。
「あ……」
三人を追いかけてきたのだと、少女は理解したが、先頭に立っていた男の一人と目が合い、結理の後ろに隠れる。
一方で、結理は横目で大翔たちの様子を確認すれば、二人はすでに立ち上がっており、頷かれる。
「合図するから、走ってあの二人を案内して。出来る?」
「う、うん」
少女はよく分かってない様子だが、結理としては、ありがたかった。
「三……二……一……行って!」
結理に言われ、少女は、大翔たちの方へ走り出す。
「こっち」
少女に言われ、顔を見合わせる大翔と棗だが、結理に目を向ける。
それを見て、早く行け、と結理は示すと、それを理解したのか、大翔が棗を引っ張っていった。
そしてーー
「…………」
大翔たちが行ったのを見て、さて、と結理は目の前の男たちを見据える。
「それで、お前だけで俺たちの相手をするつもりか?」
男の問いに、ああ、と結理は返す。
「少なくとも、お前らの人数を半分にする事は出来る自信はあるからな」
先程話したときと様子が違うと思いながらも、怪訝し訝る男たち。
「さて、死にたい奴から掛かってきなよ」
結理はニヤリと笑みを浮かべ、剣を抜く。
「全員まとめて相手してやる」
そう告げた彼女の目には、役目を果たそうとする責任感、そしてーー少しばかりの狂気が含まれていた。




