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ウェザリア王国物語~グラスノース編~  作者: 夕闇 夜桜
第二章:異世界召喚、鷹森結理編
24/87

第二十三話:『迷宮の砦』


「じゃあ、口頭で言うから覚えろよ? 上から、フィート・ウェザリア王子殿下。年は二十五。王位継承権第一位にして、この国の王太子。次期国王は彼だと言われている。次に、ソーノ・ウェザリア王子殿下。第二王子で年は二十三歳。王位継承権第二位だが、兄であり、次期国王となるであろうフィート殿下の補佐をされている。本人もフィート殿下が国王になることには賛成であり、国王になる気もないため、ソーノ殿下を国王にしようとしていた者たちは、ほとんどがフィート殿下派の者たちだ。まあ、それでも諦めが悪い奴もいるみたいだが、ソーノ殿下がフィート殿下が継承権を放棄した場合、自分も放棄して弟であるクラウス殿下に王位を譲り、自身はそのまま補佐でいるつもりなのだと言ったとの噂だ」

「つまり、上に立つ気はないと」

「ああ、そんな感じだ」


 結理(ゆうり)たち三人はユーナリアに、この国の歴史から王族について教えてもらっていた。

 そして、今は現国王陛下の子供たちーー王子と王女について、ユーナリアから教えてもらっていたのだが、やはりややこしい状況である。

 ユーナリアの説明が分かりにくいわけではないが、話を聞く限り、ソーノという第二王子は面倒くさそうな人物だと結理は思う。


「じゃあ、続けるぞ」


 ユーナリアに言われ、頷く三人。

 ユーナリアの口頭は、結理が紙に纏めつつ、記憶しているので、大翔(ひろと)(なつめ)も特に気になった点がある場合以外は口を挟まない。

 三人が頷いたのを確認し、ユーナリアは再度説明を開始する。


「アルフィーナ・ウェザリア王女殿下。第一王女で年は二十一歳。聡明で母親である王妃様似。クラウス・ウェザリア王子殿下。第三王子で年は二十。表情を表に出さない上に、何を考えているのか分からないが、無愛想だと覚えておけ。最後に、シルフィア・ウェザリア王女殿下。第二王女で、年はお前たちと同じ十七。セントノース学院に通っている」

「ちょっ、一辺(いっぺん)に言われても、覚えきれませんって」


 残り三人を纏めて説明され、大翔はそう言うものの、ユーナリアは俺は最初に言ったぞ? と目を向ける。


「というか、師匠(ししょう)

「何だ」

「他の方たちにも詳しいし、末姫(シルフィア殿下)に至っては、学院に通っている事まで知っているんですね。ストーカーですか」


 メモしたことを整理しつつ、辛辣にユーナリアへそう言う結理。


(ちげ)ーよ。十年前にシルフィア殿下が学院に入学したと、国民全体に知らされたんだよ」

「なるほど。だからといって、一国民である師匠が、第一王子と第二王子の王位争いに詳しい理由にはなりませんよね?」


 顔を上げずに尋ねる結理に、顔を引きつらせるユーナリア。

 大翔と棗もそういえば、とユーナリアに目を向ける。


「人には言えない情報網って奴があるんだよ」


 悪いか! というユーナリアに、それなら構いません、と結理は返す。

 誰にだって言いたくないことはあるし、いざとなれば、知る方法なんていくらでもある。


(知識や情報は、最大の攻撃力にして、防御力)


 そう思いながら、動かしていた手を止める。


「こんな感じかな?」


 三人に見せる。


「ああ、なるほど」


 棗が一人頷く。

 紙には親子関係から派閥、王子たちの言葉がメモされている。

 言葉についてはユーナリアが言ったものを書いただけなので、本当に言ったことかどうかは分からないが。

 他にも、適当だが、丸の中に国名を書き、超簡易的な地図がある。


「見ることができれば、作れるんだけどね」


 海に面した場所など、実際の地図に近いものが作れるかもしれない、と結理が言えば、お前なぁ、と呆れた目をする大翔と棗に対し、ユーナリアは苦笑いを浮かべていた。


   ☆★☆   


「よぉ、『迷宮の砦』の三人じゃないか」

「あ、ゼルさん」


 三人で依頼リストを見ていれば、話しかけられたので、結理が振り向いて声の主の名前を呼べば、相手はよっ、と軽く手を挙げる。


 ゼル・マルトウィーク。

 結理たち『迷宮の砦』の知り合いであり、冒険者の一つ、『壮大な創造者たちグランド・クリエイターズ』の一員である。


 一週間近くユーナリアを捜していた結理たちだが、ずっと捜すわけにも行かないので、この場所に来ていたのだ。


 世界各地にあり、グランドライトにもある『冒険者ギルド』にーー


(そういえば、ゼルさんと会ったのも、依頼リスト前(ここ)だったっけ)


 結理はそのときのことを思い出す。






 さて、ユーナリアにより、この世界での一通りの常識を得た後、結理たちは、何故か女モードになった(着替えた)ユーナリアに連れられ、ある場所に来ていた。


「冒険者、ギルド……?」


 棗が店名らしきものが掛かれた看板のようなものを読み上げる。

 一方で、結理と大翔はーー


「ついに来たわね」

「ああ。ファンタジーの定番だもんな」


 そんな会話をしていた。

 常識や文字を頭に叩き込んだ時点で、薄々だがそんな感じはしていた。

 物語的展開なら、ギルド行きは見るだけという意味でも、有りだったのだろう。

 ギルドの中に入り、ユーナリアにより、受付嬢たちに紹介された三人は、ギルドで冒険者としての登録を済ませたのだがーー


「久しぶりだな」


 声を掛けてきた男性に、ユーナリアは不機嫌そうな顔をし、三人は三人で、誰だろうと小声で話す。

 目的としては、依頼をするために来たのだろう、と三人は男性にそっと目を向ける。

 一方で、男性は笑みを浮かべていた。


「受付行ったら、ミラたちが面白いことを教えてくれたからな」


 情報源はそこかよ、と舌打ちしてユーナリアは呟く。

 二人の様子から、どうやら知り合いらしい。

 しかも、ユーナリアとしては、三人も一緒という、この状況を見られたくなかったらしい。


(さて、この状況で『師匠(ししょう)』って呼んだらどうなることか)


 予想パターンは二つ。

 一つは、師匠って呼ぶな、と怒る。

 もう一つは、笑って誤魔化す。


 たとえ、この状況を誤魔化したとしても、後で怒られそうだ。

 だから、この場合はーー


「ユーナリアさん、ユーナリアさん」


 名前を呼ぶこと。

 つんつん、とつつきながら、結理は「誰ですか?」と尋ねる。

 その意味が伝わったのか、ああ、とこれまた面倒くさそうにユーナリアは頷く。


「ああこいつはーー」

「俺は、ゼル・マルトウィーク。『壮大な創造者たちグランド・クリエイターズ』っていうチームの一人だ」

「『壮大な創造者たちグランド・クリエイターズ』……?」


 紹介しようとしていたユーナリアの横から、男性ーーゼルにそう名乗られるが、チームについてはよく分かっていなかった三人は首を傾げる。


「そういえば、さっきもチーム名について聞かれたよな?」


 付けてないけど、と付け加えつつ、そう言う大翔に同意する二人。


「一応、チーム登録はしといた方が良いぞ?」


 一つの依頼の報酬が受けた人数で山分けになるが、ランクの上がり方は変わるからなとゼルは言う。

 (れん)たちの方では言っていなかったが、ランクの上がり方には決まりがある。

 冒険者ランクはSABCDEFの7つであり、順にランクアップすることは、前に言ったと思うが、その上がり方は地道に依頼を受けることで上がっていく。

 FからEにはすぐに上がっても、EからDへ上がるには、ひたすら依頼を受け、経験し、上げていくしかない。


「ゼル。それは私の台詞だ」

「ん? そうだったのか? それなら悪かったな」


 不機嫌そうなユーナリアに言われ、ゼルは謝りつつ、それにしても、と三人に目を向ける。


「お前が一度に三人も弟子を取るとは、驚いたぞ」


 息を吐き、腕を組みながら、ユーナリアも三人を見る。


「それは私も驚いた。でも、あの子たちは自分でどうにかするタイプだから、あまり何か言うこともなくて助かってるわよ」


 それを聞き、そりゃ良かったな、とゼルは返す。

 今もチームについて話し合っている。


「チーム名、どうする?」

「どうするって、どういう意味だよ」


 結理が尋ねれば、大翔が逆に尋ねてくる。


「チーム名、登録する? しない?」


 それを聞いて、ああ、と思案する二人。


「三人とも、先に説明させてくれない?」


 (うな)る三人に、ユーナリアが割って入ってくる。

 女モードな上に外に出ているためか、口調が完全に女モードであるユーナリアに、何ともいえない視線を向ける結理。


「ユーナリアさん」

「何よ」

「完璧だけは()めてください。ムカつきますから」


 結理の言葉を聞いて、大翔と棗は苦笑いして、ユーナリアにこっそり教える。


「多分、師匠(せんせい)無駄に(・・・)女らしいから、拗ねているだけですよ」


 それを聞き、子供か、と突っ込みたくなるユーナリアだが、それ以前に、結理も結理で女らしいと思うがーー


「性格が全て台無しにしてますがね」


 大翔の一言で同意し、結理に睨まれたのは仕方がない。


「ばっちり聞こえてるんですが?」


 横目で大翔たちを見つつ、そう言う結理に顔が引きつる大翔と棗、ユーナリアは溜め息を吐き、ゼルは笑みを浮かべていた。


「い、いや、別に悪口でも陰口でも無いからな?」

「そ、そうだ。一応、フォローはしたんだからな?」


 大翔と棗がそう言うがーー


「先輩、フォローになってない。つか、『一応』はいらない」


 と結理に言われ、地味に落ち込む棗。


「それより、ユーナリアさん。説明を再開させてください」

「中断したのはお前だろうが……」


 結理の言葉を聞き、ユーナリアはぼそりと呟く。

 その後、ユーナリアから依頼リストの説明を聞き、結理たちはチーム名について相談をし、受付に移動して、チーム名を登録した。


「チーム名は『迷宮の砦』」


 こうして、異世界人三人による冒険者チーム『迷宮の砦』は生まれたのだった。






「依頼探しか?」

「はい。久しぶりに三人で討伐系か狩猟系に行こうかと」


 三人が『迷宮の砦』というチームになった時のことを思い出しつつ、ゼルの問いに答える結理。

 大翔と棗は依頼リストを見ながら、どれにするか相談中だ。


「そうか。気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」


 油断大敵だ、と言われ、礼を言い、Bランクの依頼リストの方へ行くゼルを見送り、結理は二人の方に移動する。


(とは言ったものの……)


 依頼リスト前に来て、眉を寄せ、困ったような顔をする。


「採取系が多いんだよなぁ……」


 そう呟く。

 ちなみに、最近は採取系ばかりなので、他の二人も微妙にやる気が減っているのである。


「何か無いかなぁ……お」


 一通り目を通しながら、依頼を探す。

 そこで、ふと気づき、手に取る。


「何故、Cランクの魔物討伐依頼が、Eランク依頼掲示板(ここ)にあんのよ……」


 誰かが一度手に取り、適当に戻したのだろう。

 受付嬢たちからは、Eランクの依頼を受けても大丈夫だと言われているので、受け始めてはいるが、やはり難易度はFランクよりは高く、薬草の類など、毒草と間違える薬草を採取するというものが大半である。


「さて、どうするべきか……」


 別に採取依頼でもいいのだが、人にはモチベーションというものがあり、微妙にやる気の減っている二人を相手に、採取依頼を受けて、追い討ちを掛けるような真似だけはしたくはない。

 たとえ採取系の依頼受けても、モンスターたちは向こうからやってくるが、ランクが決められているとはいえ、そんなの関係ないと言わんばかりに倒してしまうのが、結理たち『迷宮の砦』なのだがーー


「うーん……」


 結理は唸る。

 あっさりと討伐系や狩猟系を選んで、痛い目は見たくはない。

 まだ三人とも新人だから、失敗も経験にはなるが、それでも無茶をして討伐系や狩猟系を選ぶか、まだ死にたくないからと採取系を選ぶか。

 普通に考えれば後者なのだが、自分たちの経験のためには必要だ、と思い、討伐系を探す。

 狩猟系でもいいのだが、やりすぎて討伐したら元も子もない。


「鷹森」


 結理が来たことに気づいたのか、大翔が声を掛ける。


「何かあったのか?」

「いや、さ。何か、初めて討伐依頼受けたときのこと思い出したよ」


 ああ、と大翔も同意したように頷く。


「師匠の反論が凄かったもんな」


 その時、男モードだったユーナリアが三人に指を指して、「貴様らに討伐依頼など早いわ!」と言っていたのを思い出し、苦笑いする結理と大翔。

 それでも、無理を押しきって、初めて討伐依頼に行ったのは、自分たちの剣技と魔法がどの程度通じるか知りたかったためだ(ちなみに、剣技と言ったが、金銭面の問題と面倒くさがり屋なユーナリアが三人に『生成魔法』及び『精製魔法』を教えたのだが、相性的な問題なのか否か、三人中結理だけが上手くできたためーーというか、棗はどうやっても弓や銃器系しか上手くできなかったーー、ユーナリアと結理による合作の剣を三人は所持しており、失敗作は結理が討伐依頼などで処理するために一部を隠し持ち、残りはユーナリアが所持している)。

 それを知ったユーナリアは渋々許可し、彼(男モードなので、彼)の付き添いの元、三人は討伐依頼を受けたのだ。






「いやぁぁぁぁああああ!!!!」

「ちょっ、鷹森!?」


 結理が叫びながら逃げる。

 そういや、虫が苦手だったな、と思いながら、大翔が結理を追い掛ける。

 このまま結理が逃げていれば、目的達成どころではない。


 で、数分後。


「戻りました……」


 どこまで行っていたのか、何故かボロボロの状態で、二人が戻ってきた。


「……ああ、何かご苦労様」


 棗は、二人にそう言うしかない。


「鷹森がどんどん突っ走っていくから、熊とかにも追い掛けられたんだが」

「うん、本当にご苦労」


 大翔の説明に、うわぁ、と思いながら改めて労う棗に、ユーナリアは早く行くぞ、とさっさと歩き出す。


「ちょっ、師匠(せんせい)。待ってください!」


 三人は慌てて追い掛けた。






 さて、かなり奥の方まで来た一行はーーというより、結理たち三人は顔を引きつらせ、ユーナリアは何だこいつか、と言いたそうに目の前の生物を見ていた。


「……ファンタジーだぁ」


 結理がそう呟く。

 一行の前に現れたのは、二匹のゴブリンである。


「普通はウサギとかじゃねーの?」


 大翔の問いに、確かに、と思う結理と棗。


「または、スライム?」

「いや、それは本当にゲームだけにしてほしいから」


 結理の台詞に、勘弁してくれ、と大翔が返す。

 漫画やゲームだから有りなのであって、見た目に反し、実は肌触りが悪かったりしたら最悪である。

 たとえ予想通り、柔らかかったとしても困るのだが、実際、スライムだろうがゴブリンだろうが来られても困るものの、少なくともゴブリンよりはスライムの方がマシだろう。


「よし、実践ね」

「あれ? 何でわくわくしてるのかな!? 結理さん!?」


 あっさり切り替えると、目を輝かせ、剣を抜く気満々な結理に、わくわくというよりもどこか()る気満々な彼女の態度に引きながら、棗がそう告げる。


「倒したらどうなるのかな? ゲームみたいにドロップアイテムとか出てくるかな? それより、切れば血が出るから、感染面に関して対策した方が良い? でも、消毒液とか持ってきてないし……うん、とりあえず魔法で片付けよう」


 ーーが、棗に答えることなく、一人思案し、結論を出す結理に、最終的にはそこかよ、と思いつつ、棗はもう何も言おうとは思わなかった。

 ちなみに、結理の『魔法で片付けよう』というのは、医療面に関してであり、ゴブリンを倒す方法云々ではない。


師匠(ししょう)

「ん? ああ……、やってみろ」


 結理に呼ばれ、やってみろ、と雑に指示するユーナリア。

 はーい、と言いながら、三人はそれぞれ得物を構える。


「右と左。どっちに行く?」

「どちらでも」


 そう言いながらも、大翔が左のゴブリンを、結理が右のゴブリンを仕留めに行く。


「援護は任せろ」


 そう言いながら、棗も弓を構える。

 先に言っておけば、棗に弓道の心得は無く、どちらかと言えば、銃の方が上手く扱える。

 そんな棗に頷く二人だが、ユーナリアが棗の肩を叩く。


「お前はとりあえず、あの光を射抜け。そうしないと矢を放っても二人に当たりかねないからな」


 ユーナリアに言われ、目を向ければ、昼間でも分かるような光が、ふわふわと浮いていた。


「でも、援護はーー」

「俺がしておく。弓は結構力がいるし、威力もある。人がいないこういう場所でやるのが、一番良い」


 そう言われ、棗は結理たちに呼ばれるまで、光に目掛けて、矢を放ち続けた。






 さて、結理たちの方だがーー


「っ、皮膚が思っていたより硬い! しかも、妙にすばしっこい!」

「こういう所で、今居る場所が現実だって思い知らされるわ」


 二人は棗の援護が無いことを知っていた。

 一瞬だが、ユーナリアが棗に何か言っていたのを見たため、二人は援護無しで二体のゴブリンを相手に戦うしかないのだが、(かじ)った程度とはいえ、剣道をやっていた結理はともかく、剣や竹刀、木刀すら握ったことのない大翔は、ゴブリンたちから格好の標的(ターゲット)にされていた。


「っ、」


 そんな状態ながらも結理がサポートに入り、一対一にしているからまだマシな方だが、それでも、ゴブリン側も本能で判断しているのか否か、結理よりも大翔を狙う。


(私が相手だと、身の危険を感じるから、大翔を狙う? 私も()められたものだわ)


 結理もゴブリンたちの判断には感づいており、ハッ、と鼻で笑う。

 いくら両方が弱いと分かっていても、普通は女の方を狙うだろうに。

 それでも、ゴブリンたちは大翔を狙う。

 女の方は後回しにしても大丈夫だと思っているのかどうかは分からないが、結理は大翔を見捨てるような真似だけはしないし、したくもなければ、するつもりもない。


「こっちも、真剣の経験なんて数えるほどしか無いんだけどさ」


 だから、と、結理は剣を振り翳す。


「大翔、防御してて!」

「え、あ、ああ……」


 結理の言葉に、戸惑いながらも慌てて防御壁を張る大翔。


 ズシャャャャアアアア!!!!


 綺麗な線を描き、ゴブリンの背中から血が飛び出る。


「ーーッツ!?」


 気持ち悪さと吐き気が二人を襲うが、吐いている場合ではない。


「っ、まだっ!!」


 もう一体のゴブリンを倒さないといけない。


「こっちは俺がやる!」


 そう言いながら、大翔は残ったゴブリンに、剣で切りつけた。

 何とか倒したものの、二人してその場に座り込む。


「これが戦闘であり、お前たちがこれからするだろう『討伐依頼』と『狩猟依頼』のやることだ」


 二人の近くに歩み寄り、ユーナリアはそう告げる。

 それを聞き、二人は黙り込む。


(でも、ダメだ。この程度で弱音を吐いていたらーー)


 廉たちに会ったとき、もっと辛いことがあったら、耐えられなくなる。


「そう、ですね」


 結理が立ち上がれば、大翔が軽く見上げる。


「廉たちに差を作られても困る」


 彼らが王都に居るかもしれないなら、冒険者になっているのなら、自分たちが手を抜いている間に、廉たちはどんどん強くなっているかもしれない。

 そんな中で、置いていかれるのも嫌だし、何よりーー


「私たちが、廉たちの足を引っ張るわけにも行かないでしょ?」


 大翔にそう言いながら、結理は手を出す。


「だな」


 大翔も結理に同意し、その手を取って、立ち上がる。

 立ち止まるなら、時々でいい。

 再会するその時まで、結理たちは立ち止まるつもりはない。


「あの~」


 雰囲気を壊すように、ガサガサと木々を掻き分け、女性が顔を出す。


「うわっ!」


 思わず飛び跳ねる結理と大翔に、女性は周囲を確認し、これ、君たちがやったの? と尋ねてくる。

 それに頷けば、どこか言いにくそうな顔をする女性の背後から、早く言ってやれ、と男性が顔を出す。


「あー、まずはごめんなさい」

「え」


 バッ、と頭を下げる女性に、驚く二人。


「実はね、このゴブリンたち、私たちが依頼で討伐していたんだけど……」

「こいつがミスって、何匹か逃がしたんだ」


 女性の説明に付け加えるように言う男性にああ、なるほどと納得する結理と大翔。


「それで? Bランク冒険者が、こんな所まで何の用だ? まさか、本当にゴブリン退治だけではないんだろう?」


 ユーナリアの言葉に、え、と振り返る大翔を余所に、確かに、と結理は思う。

 ランクはともかく、実力がありそうなこの二人にしてみれば、ゴブリン退治などあっさり終わらせることが出来そうなものだ。

 はは、と乾いた笑みを浮かべる女性に、男性は目を細める。


「よく俺たちがBランク冒険者だと分かったな」

「こっちもそれなりにやっているからな。見れば、どのランクの者かは分かる」


 男性の言葉に、ユーナリアはそう返す。


「それで、お前たちの目的は終わったのか、終わってないのか。どっちだ?」

「無関係な者に話すと思うか?」


 ユーナリアは冒険者だとは言ったが、男性はユーナリアの問いに、訝りながらもそう返す。

 男性の返答は尤もだった。

 合同依頼でもない限り、男性たちが結理たちに依頼内容を話す必要もない。


「だろうな。それより、こっちは日没前に依頼を終わらせる必要があるから、そろそろ行きたいんだがいいか?」

「あ、それなら、お詫びに手伝わせてもらえませんか?」


 ユーナリアの言葉に、良いこと思いついた、と女性がそう告げる。

 男性がおい、と窘めるが、まあまあ、と逆に女性から宥められる。


「どうするんですか?」

「お前らが決めろ。お前らが受けたんだからな」


 結理の横目での問いに、ユーナリアはそう返す。

 そこで、二人して溜め息を吐く。


「どうする?」

「先輩に判断を仰ぐ。リーダーだし」


 いつから先輩がリーダーになったんだよ、と思う大翔だが、特に意見があるわけでもないし、かといって自分がしたいわけでもないので、それに同意し、棗を呼びに行ったのだった。

 後日、それを知った棗がそのことに悲鳴を上げるのだが、それはまた別の話である。






 さて、棗と大翔が来るのを待つ間、男女とユーナリアから距離を取り、結理は一人、ゴブリンたちの死骸を見ていた。

 なお、自己紹介は先に済ませてある。


「私はラウラ・エルフィル。そしてーー」

「俺はシンディア・ノークだ」


 待っている間、自己紹介を済ませようと、女性と男性がそれぞれ名乗る。


「……ユーナリア」

「私はユーリ・タカモリです。さっき一緒にいたのは、ヒロト・アマミっていいます。あと、今はいませんが、ナツメ・ヒトウという私たちの友人がいます」


 そう、と二人は頷き、よろしく、と握手をする。


「それにしても……」


 ラウラが結理をじっ、と見る。


「な、何ですか?」

「男二人ーーいや、三人かな?ーーに女一人とか、可愛い顔して意外と悪女なのね」


 やや後ろに下がれば、ラウラがそんなことを言うため、結理は固まる。


「ねえねえ、誰が本命?」

「え、あの……」

「そのぐらいにしといてやれ」


 ラウラに迫られ、動揺していれば、シンディアがラウラの首根っこを掴み、結理から引き離す。


「すまんな、嬢ちゃん。こいつ、そういう話が好きなんだよ」


 呆れ、なお疲れたように溜め息を吐くシンディアに、苦労してるんだな、と思う結理。

 そして、まだ戻ってくる気配がない二人を待ちつつ、ゴブリンたちの死骸を一人で見ていたのだがーー


(この辺を拠点としていた冒険者たちの失踪、ね……)


 ユーナリアたちと距離は離れていたが、三人の話はばっちり結理の耳に届いていた。

 失踪、と聞き、先週、何者かを追い出したのを思い出し、苦笑いする。

 自分に気を使い、離れるのを待っていたらしく、離れたのを見計らって、シンディアが実はな、とユーナリアに話し始めたのを結理はちゃんと確認していた。

 それよりも、結理が気になっているのは、二人が戻ってくるのが遅いこと。

 そんなに遠いわけでもないから、五分くらいで戻ってくるかと思っていたのだが、戻ってくる気配がない。


(まさか、ね)


 嫌な予感はするが、違うと頭を振り、追い出す。

 とりあえず、ユーナリアには言った方がいいと判断し、足を向けようとして、止まる。

 ユーナリアとシンディアたちの話はまだ終わってないらしい。


(どうしよう……)


 そんな結理の様子に気づいたのか、ラウラが近づく。


「どうしたの?」

「あの、その……」

「落ち着いて。本当にどうしたの?」


 先程、自分たちが現れた時以上の取り乱しように、ラウラも何かあったのか、と結理を宥め、再度尋ねる。


「ラウラさん。探知魔法は使えますか?」

「使えるけど……」


 深呼吸し、落ち着きを取り戻した結理はラウラに尋ねる。


「では、こちらに向かっている反応って、何かありますか?」


 ちょっと待って、と探知魔法を使い、周辺を探るラウラ。


「何かしら? 人が二人……近づくよりは離れていってる……?」


 首を傾げるラウラに目を見開き、結理は気が付けば走り出していた。


「ちょっ、ユーリちゃん!?」


 さすがに驚いたのか、ラウラが名前を呼ぶが、結理は止まらず、何か異変に気づいたのか、ユーナリアとシンディアがラウラの方に来る。


「何かあったのか?」

「あ、その、私はよく分からないんだけど、ユーリちゃんが走って行っちゃって……」


 シンディアに聞かれ、ラウラが答えるものの、それを聞いたユーナリアは目を細め、ユーリが走って行った方を見る。


「二人に何かあったか」


 そう呟く。

 結理にしてみれば、あの二人は今の所は一緒にいる同郷者だ。

 いくら他に三人ーー廉たちがいるとはいえ、召喚されて数日のうちにさようならは、あまりにも酷すぎる。

 舌打ちし、ユーナリアが走り出せば、顔を見合わせ、ラウラとシンディアも走り出した。






「見つけた!」


 一人、走り続けていた結理は二人に追いつこうとしていた。

 予想通りというべきか、二人は魔物に追いかけられており、応戦はしているが、効いている気配はない。


(どうする? 助ける?)


 タイミングを間違えれば、大翔と棗に危害が加えられかねない。


「っ、」


 一か八か。迷っている場合じゃない。


「二人とも伏せて!」

「え?」

「結理!?」


 驚いたように振り向かれるが、結理は気にせず、魔物たちを切り倒す。

 運がいいことに数が少なく、二人も援護して、全て倒すことが出来たのだった。






「あったな、そんなこと」

「廉たちには言わないでよ」

「分かってるって」


 思い出し笑いする二人だが、さすがに恥ずかしいのか、結理は大翔に言う。

 現在、結理の手には一つの討伐依頼がある。


「何かあったか?」


 結理の手元を棗も覗き込む。


「いや、初めて討伐依頼をしたときのことを思い出したんだよ」

「あー、俺、あれはあんまり思い出したくないんだよなぁ」


 覗き込んだ体勢だった棗に、そうじゃなくて、という結理が説明すれば、本当に思い出したくないのか、嫌そうな顔をする。


「そりゃ、原因の一部は先輩だったからな」


 嫌味っぽく大翔が言えば、何だと!? と棗が突っかかる。


「はいはい。暴れてないで、依頼受理してもらってくるから、カード貸して」


 二人を落ち着かせ、ギルドカードを借り、受付に向かう結理。

 そんな彼女を見送り、溜め息を吐く二人。


 結理が魔物を倒した後、ユーナリアたちが駆けつけたのだが、その時の状況は何とも言えなかったらしい。

 ユーナリア曰く、一人は泣いてるし、一人は驚いているし、一人は困っていたとのこと。

 その後は、ちゃんと討伐依頼を完了させ、報酬も受け取った。


「なー大翔」

「何ですか?」


 棗は大翔に目を向けて言う。


「廉ーーいや、朱波には言うなよ?」

「そこは廉で合ってますよ。つか、言いませんよ。言ったら言ったで、面倒くさくなりそうですし」


 棗の言葉に、分かってると返しながら、大翔は棗に目を向ける。


「そういう先輩も、うっかり言わないでくださいよ」


 互いに忠告し合う。

 詳しくは知らないが、廉たち曰く、結理の家はいろいろとややこしいらしい。

 分かっているのは、誕生日に嫌いなもの、家族構成と家の場所。

 後は、自分たち二人を除いた三人と幼馴染ということ。

 成績は良く、異世界(こっち)に来る前に通っていた高校に入れたのも、ほとんどは結理と棗のお陰のようなものだ。


 それでも、分かっているのは、彼女が誰かーー“仲間”が傷つくのを嫌だと思っていることだ。


「はい、依頼は受理しました」

「ありがとうございます」


 受付嬢ーーミラ・フィーネから依頼用紙を受け取り、結理は礼を言い、ギルドの出入り口付近で待っていた二人の元に駆け寄る。


「はい、ギルドカード」


 受理されるのに、ギルドカードは必要なのだが、三人もいると邪魔になるので、どうせなら、とギルドの出入り口付近で大翔と棗は待つことにしたのだ。


「おう」

「毎回悪いな」


 結理に差し出され、二人は自分たちのギルドカードを受け取る。


「そう思うなら、この後はちゃんと仕事してよ?」


 そう言いながら、三人でギルドを出る。

 今からやる依頼は『討伐依頼』だ。


「さ、気を引き締めていってみよー」


 そう言う結理に、やれやれと言いたそうな顔をしながら、二人も付いていく。

 だが、そんな三人を誰かが見ていた。



読了、ありがとうございます


誤字脱字報告、お願いします



さて、今回は王族についての追加説明、現在と回想を混ぜながら、結理たち『迷宮の砦』の結成秘話(?)と初めて討伐依頼をしたときの話でした


後者はまとめ的な感じになりましたが、最後に結理が受理するため、受付に持っていた依頼用紙はEランクのものです


廉たち側で出てきた冒険者たちことラウラとシンディアですが、合同依頼時に話していた二人が会った黒髪と茶髪の三人組は結理たちのことでした


そして、ユーナリアの謎も増えた回でもありました



次回は討伐依頼に向かいます



それでは、また次回



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