第二十二話:仕事と世話係とこの世界に来た日
今回は全て回想
「ああ、もう朝か……」
目覚めた結理は、ぼんやりする頭で、昨日のことを思い出す。
三人が目覚めた部屋の扉を開けた美人な女性に、違和感を感じながらも、三人は「誰?」「まさか、この家主?」と、視線で会話する。
「あの、貴女は……?」
「ん? ああ……私はユーナリア。あんたらを助けたのは私だ」
とりあえず、三人の中で年長者である棗が尋ねれば、女性ーーユーナリアはそう答えた。
その後、三人がいたのは二階の一室であり、「この世界はグラスノースで、国名はウェザリア王国。現在地は王国内のグランドライトっていう町」だと、一階に移動しながら、そう教えられたのだが、結理が何故、世界名から言ったのか尋ねれば、
「三人とも、この世界の者じゃないでしょ?」
と返された。
「あんたらの下に召喚陣があってね。まさか、人が召喚されるとは思わなかったんだけど、放置するわけにもいかなかったから」
だから、助けたのだと、ユーナリアは言う。
「やっぱり、魔法はあるんですね」
目覚めた時に状況把握していた二人は、溜め息を吐いた。
となると、他三人も似たような状況なのだろう。
この時、廉たちの方ではシルフィアと会い、部屋に通されている頃なのだが、結理たちが知るはずもない。
「その言い方だと、あんたたちのいた世界には魔法は無かったらしいな」
「その代わりに、科学や化学がありましたが」
科学に化学? と首を傾げられるが、ああ、と理解したのか、ユーナリアは頷いた。
「同じかどうかは分からんが、レンジとかと同じ奴ってことか」
「レンジって、電子レンジですか?」
結理の問いに、名前はそうだ、と答えるユーナリア。
「もしかして、他にもあるんですか?」
期待に満ちた目で尋ねる結理に、若干引きながら、あると頷くユーナリア。
「ラジオ、コンロ、洗濯機とかだな」
「ファンタジー世界にあるまじき違和感だな」
ユーナリアの言葉に、うわぁ、と言いたげな大翔。
「で、だ。あんたら、行く当てはないんでしょ?」
「まあ、来たばかりですし」
棗が頷けば、ニヤリとユーナリアは笑みを浮かべて言う。
「ここに住まわせてもかまわない」
「本当ですか!?」
驚く棗に、ああ、と頷くユーナリアは続けて言う。
「ただし、条件がある」
「条件……?」
首を傾げる三人に、一階に着き、ある部屋の扉を開けたユーナリアは言う。
「条件その一。まずは、この部屋の掃除だ」
「うげっ」
思わず悲鳴を上げる大翔に、鼻を押さえる棗、部屋の状態にどん引きの結理は部屋から放たれる色やら臭いやらに顔を歪めた。
「条件その二。あんたら三人分の寝室もないから、部屋は与えるけど、自分たちの寝室は自分たちで整えること」
「まさか、ここみたいにはなってませんよね?」
顔を引きつらせて尋ねれば、ユーナリアは笑顔で言う。
「私が、自分が使わない掃除をすると思うか?」
とーー
☆★☆
『もう一つ条件はあるけど、そこの片付けが終わってから言うから』
いや、まとめて言ってくれ。
それは、数時間前の感想である。
今言うべき感想はこれだ。
「やっと、足の踏み場が現れた」
と。
ユーナリアの後ろ姿を見ながら、結理たち三人は、先の見えない部屋と対峙する。
ちょうど玄関が近くにあり、三人の靴が置いてあったので、それを履き、放たれる臭いに鼻を押さえて、部屋の中に入る。
「やべぇ、吐き気がしてきた」
うぇっ、と棗が慌てて部屋から出ていけば、それを見て、俺も無理、とばかりに大翔も部屋を出ていく。
一人部屋に残った結理は窓を探すが、カーテンが掛かっているのが分かり、
「窓は……って、黒カーテンとか」
カーテンを開け、窓も開ければ、光が射し込み、部屋の惨状が浮かび上がる。
そんな中、カーテンを見た結理の言葉がそれである。
「鷹森~、大丈夫か~」
大翔がうへぇ、と部屋に入ってくる。
「大丈夫には大丈夫だけど、これは予想外」
そこに広がっていた光景に、三人は呆れた。
その場にあるものは、埃を被り、中には黒ずんでいる物もある。
ゴミが無いだけでもマシだろうが、この部屋中を漂う異臭の原因は、部屋に染み着いた臭いなのだろう。
窓を一日開けておいたとしても、完全に臭いを消すのは無理だな、と結理は判断した。
「とりあえず、分担するか」
棗が部屋に入り、そう言えば、頷く二人。
「とりあえず、大翔か先輩が台所をお願い。私は床掃除しますから」
足の踏み場は必要だ。
三人の足元にある正体不明の何かも片づける必要があるため、最終的に何とか見つけた境目から、これまた洗われずに放置された食器類を処理することになり、食器類と台所の掃除を大翔が、物の整理を棗が、床の雑巾がけなどを結理が行うことになった。
で。
「やっと、足の踏み場が現れた」
掃除中に蜘蛛やらゴキブリやらの登場で結理が叫んだり、足を滑らせ、食器を割りそうになった大翔が大道芸のように、食器をキャッチしたりといろんなことがあったが、とにかくその一言が、三人の苦労を物語っていた。
外を見れば、太陽はまだ出ていたが、三人は起きてから何も食べてないので、空腹状態だった。
「大翔。何かあったか?」
「冷蔵庫もどきはあったが、開ける勇気がなかった」
棗の問いに、冷蔵庫らしきものを示しながら、大翔はそう返す。
部屋だけでこの状態なのだ。開けたら開けたで、酷いことになっているのは予想できる。
「何も食べないわけにはいかないよなぁ」
さて、どうするべきか。
「ユーナリアさんに聞いてみる?」
家主である彼女に聞いてみるしかない。
「それしかないよなぁ」
「つか、あの人。どうやって飲み食いしてんだ?」
唸りながらも同意する大翔に、棗が不思議そうに尋ねる。
掃除前の状況から、それだけが不思議だった。
「まあ、その点も含めて、聞いてみればいいんじゃないんですか?」
そう言って、結理はユーナリアを呼ぶ。
「ユーナリアさーん」
返事が無い。
「ユーナリアさーん」
だが、もう一度呼ぶも、返事がないため、結理は首を傾げる。
「気づいてない?」
「んなわけないだろ。かなり響いてるんだぞ?」
まさか、と言いたげに、今度は俺がやってみる、と大翔が結理と場所を代わる。
「ユーナリアさーん」
すると、
「何度も呼ぶんじゃねぇ! 聞こえとるわ!」
男性の声で、三人は怒られた。
その声の張本人は、結理たち三人が最初に会った美人な女性ではなく、美形な男性だった。
「え、男?」
「さっきのは、女装だったんですか?」
「……どうも、ユーナリアさん。掃除終わりました」
失礼なことをいいながらも、驚く二人に対し、冷めた目でユーナリアを見る結理。
「お前ら……」
三人の言葉に、顔を引きつらせるユーナリア。
「つか、お前は気づいてただろ」
「はっ!?」
ユーナリアが結理の方を見ながらそう言えば、聞いてないぞ、と大翔と棗も結理の方を見る。
「それは違います。単なる違和感なら感じてましたが」
「やっぱ気づいてんじゃねーか」
ユーナリアは呆れたように言う。
というか、単なる違和感で普通に話せるのもどうなんだ、と大翔、棗、ユーナリアは思う。
「それで、条件は?」
「ん?」
「条件、この部屋を綺麗にしたら教えてくれると言ってましたよね?」
ああ、と頷くユーナリアは条件をいう。
「最後の条件な。それはーー」
その内容を思い出し、結理は溜め息を吐いた。
「はぁ……」
もし、寝て起きたら元の世界、というオチも期待していたが、やはりそうはいかないのが現実である。
結理は現在、掃除した部屋にいた。
本来なら、三人で目覚めた部屋で寝ているべきなのだが、「さすがに部屋が解放されたなら、私は別室で寝ます」と結理は言ってしまったのだ。
そのため、起きたのも、この掃除した部屋だ。
さすがに、教科書など汚れたらマズい物ばかりなので、カバンだけは部屋に置かせてもらった(見たら罰ゲームという脅し付き)。
「さて、と」
早くこの部屋の掃除を終わらせて、自分たちの部屋となる部屋の掃除に取り掛かろう。
そのために、結理は行動を開始した。
☆★☆
「最後の条件な。それは、俺の世話をすることだ」
ユーナリアのその言葉に固まる三人。
「ん?」
「えっと……」
「あの、今世話をするって、言いました?」
顔を引きつらせながら、棗が尋ねる。
「そうだ」
ユーナリアは頷いた。
「……で、どちらが本当のユーナリアさんですか?」
結理が尋ねれば、困ったような顔をするユーナリア。
「どっちと言われてもな。答えようがないんだが」
「なら、いいです」
「おい」
あっさり、もういいと言った結理に、ユーナリアは思わず突っ込む。
「その代わり、こちらからも条件を言っていいですか?」
結理の言葉に、大翔と棗が何を言う気だ、と彼女に目を向ける。
「何だ」
「貴方の世話をする代わりに、私たちにこの世界について教えてください」
平民や貧民街の住人でも知っているような一般常識から、ウェザリア王国の王族の名前や地名に名産、周辺諸国について、そして、魔法について知っている範囲で全て教えてほしい。
頭を下げる結理に、大翔と棗もお願いします、と頭を下げる。
生活するにしても、知識は必要だ。
そんな三人を見て、ユーナリアは溜め息を吐いた。
「分かった」
「本当ですか!?」
面倒くさそうだが、ユーナリアは了承の意を示した。
「私たち、ちゃんと聞きましたからね?」
言霊は取った。
「お前らもちゃんと約束は守れよ?」
そんな三人に、ニヤリと笑みを浮かべ、ユーナリアは言った。
ただ、その内心では、
(面倒くさいことになったな)
と、笑顔を浮かべている結理たちを見ながら、そう思っていた。
「さて、何から教えるべきかね」
ユーナリアは一人、二階にある自室で思案していた。
一方、一階にある台所で結理が目の前にある冷蔵庫もどきと対峙していた。
そして、一度開け、
「……oh……」
そう呟き、閉める。
今のは見なかったことにし、感じなかったことにしたいが、鼻に通った臭いがそれを許してくれない。
「うー……」
唸り、考える。
ここは異世界だ。
ユーナリアはともかく、大翔と棗は寝かせておけば何とかなるだろう。
問題は自分の分だが……
「買いに行けばいいんだろうけど、事情がなぁ」
物の値段が分からないし、そもそもこの家の事情だって知らない。
予想外に値段が高ければ、節約して工夫するしかない。
「ってか、どんどんマイナス思考になるし」
とりあえず、冷蔵庫もどきは整理する必要があるので、長期戦を予測し、結理は準備を始めた。
☆★☆
「ふぁ~……鷹森、起きてるーーって、くっさ!」
階段を降りてきた大翔が咄嗟に鼻を押さえる。
「きゃああああ!!!!」
部屋に入ろうとして、悲鳴が上がる。
「っ、どうしーー!?」
どうしたのか、と聞きながら飛び込んで、大翔は状況を把握した。
茶色のカサカサしたものがそこにはおり、結理が涙目になりながら、流しと繋がった台の上から必死に茶色のカサカサしたものーーゴキブリを追い払っていた。
「昨日以上の惨劇だな」
いつの間にか大翔の背後にいた棗がそう言う。
「二人とも、起きてきたなら早く助けてよ!」
のんびりと構えていた二人に、結理は非難じみた声を上げるのだった。
さて、ゴキブリを撃退して、冷蔵庫もどきと対峙する三人。
「よくもまあ、一人でチャレンジしようと思ったな」
「先輩たちは即逃亡しそうでしたし、一人でやった方が早いと思ったんです」
「凄いよな、お前」と言いたそうな棗に、正論をぶつける結理。
事実、部屋に入ったときも、真っ先に逃げていたのは棗だった。
「それは認める」
「胸張って言う事じゃありません」
どこか偉そうな棗に、結理は呆れたような視線を向ける。
「で、あのゴキブリ騒動の原因は?」
「冷蔵庫もどきの裏」
大翔の問いに、顔を歪めて、冷蔵庫もどきの裏側を示す結理。
そんな彼女に言われて、大翔が冷蔵庫もどきの裏側を見てみる。
「げっ!」
そこには、冷蔵庫もどきの熱で黒ずんだ壁と様々な虫たちが居た。
大翔の視線に気づいたのか、虫たちがバッ、と一斉に大翔を見る(隠れたり逃げ出すのではなく、見る、である)が、大翔は大翔で冷蔵庫もどきをそっと元に戻す。
何故、彼女は虫が苦手なのに、これを見つけてしまったのだろうか。
先程、結理が必死に追い払っていたゴキブリたちは冷蔵庫もどきの裏側から出てきたのだろうが、こればかりは運が無かったとしか言いようがない。
「冷蔵庫もどきの中身はどうにかしたから、裏側やろうとしたんだよ」
結理から説明されて、そういうことか、と納得する二人。
「ちなみに、中身は外」
窓の外にごみ袋らしき物がいくつか並んでいた。
「とりあえず、掃除だな」
「結理。こいつら処理しといてやるから、部屋の整理してこい」
二人にそう言われ、分かった、と結理は移動した。
最終的に、台所と繋がった居間(と呼ぶことにした部屋)の掃除と結理が使う予定だった部屋の整理が全て終わったのは、結理たちが目覚めて一週間後のことだった。
その間に、各国で使われる通貨などを教えてもらい、ユーナリアから渡された金額で結理が食材を買いに行き、料理を作った。
おそらく使用回数が多くなるであろう結理が冷蔵庫もどきを確認し、野菜室には野菜を入れたり、製氷皿を洗い、氷を作った。
掃除をしていた三人にとって、嬉しかったのは、水道が止められてなかったことだろう。
あの部屋の中で、実は唯一綺麗だったガスコンロは、ユーナリア曰く、魔法でガス漏れなども防いでいたらしい。
「魔法様々ね」
そこまで出来るなら、この二部屋も魔法でどうにかしろ、と言いたかった三人だが、ユーナリアから放たれる面倒くさいオーラにがっくりと肩を落とした。
そしてーー
「師匠ー。ご飯出来ましたよー」
階段下から結理がユーナリアを呼ぶ。
「おー」
「……師匠ー?」
「おー」
返事があり、再度呼べば、同じ返事が返される。
「……」
「……」
それからしばらく無言になり、結理は再び口を開いた。
「早く来ないと、先輩たちが師匠の分も食べちゃいますよー?」
結理がそう言えば、上の方でガタンと音がする。
「ちょ、ちょっと待て! さすがに、それは止めてくれ!」
慌てて出てきたユーナリアに、結理は苦笑いした。
「大丈夫です。ちゃんと降りてきてくれましたから、師匠の分もありますよ」
「そ、そうか……」
安堵の息を吐くユーナリアに、居間から棗が顔を出す。
「結理。師匠はーー」
「あ、ちゃんと降りてきましたよ」
結理がそう返せば、棗はどこか安堵したように息を吐いた。
「そ、そうか……」
「どうしたんですか?」
息を吐いた棗を見て、結理が首を傾げる。
「いや……」
「鷹森ー。まだかー?」
何でもない、と言おうとした棗の背後から、大翔の声が聞こえる。
「……」
「いや、何というか……師匠、睨まないでください。地味に怖いですから」
無言で棗を見つめるユーナリアに、棗はそう返す。
棗からすれば、無言な上に、何故か睨まれているような気がするのだ。
「と、とりあえず、中に入りましょう」
「そうだな」
棗がそう促せば、ユーナリアは居間に入っていった。
「先輩、ご苦労様です」
そう言うぐらいなら、助けろ、と結理に視線を送る棗だが、スルーされたのだった。
一方で、居間ではユーナリアから棗同様、無言な上、睨まれているような気がしていた大翔は顔を引きつらせていた。
そして、最後に入ってきた結理を見て、棗と大翔は思う。
((廉、強く生きろ……))
と。
「?」
見られた本人は分からないらしく、首を傾げていたが、おそらく彼女で一番苦労するのは、親友である朱波や詩音ではなく、幼馴染である廉のような気がする棗と大翔。
それでも、互いが互いのストッパーだと理解している廉と結理は、後に二人揃って苦労することになるのだった。
☆★☆
ーー深夜。グランドライト郊外の森。
明るい間、眠っていた魔物が目を覚まし、動き始める。
そんな中、ほぼグランドライトと郊外の境目となる間にある家を、数人の何者かが見ていた。
そして、その者たちを見る別の影がある。
「うっわ、予想以上」
見ていた影はそう言いながら、溜め息を吐いた。
誰かから監視のような視線を向けられていたのは分かっていたため、様子を見るために部屋を抜け出したのだが、予想以上に追い返すのは大変そうだ。
というか、相手を見て思うのはーー
「全く、師匠ってば何をしたんだか」
目を付けられた相手ーーユーナリアが見ていた者たちにやったことだ。
「まあ、ちょっとした恩返し、させてもらおうか」
見ていた影はそう言うと、家を見ていた者たちの前に姿を現す。
「何者だ!?」
突然現れた人物に警戒する見ていた者たちに、影は笑みを浮かべる。
「あら、それはこっちの台詞」
「何だと!?」
相手の一人が噛みついてくる。
「この国にプライバシーって言葉は無いの?」
バカにしたような言い方に、相手は頭に来たらしい。
「姿を見せろ!」
「良いよ」
ナイフを手にし、飛びかかってきた相手を見て、そう返しながら、影はあっさりとーーナイフなんて、刃物なんて最初から無かったかのように、鮮やかに、襲いかかってきた男を撃退した。
そして、もう一人、と襲いかかってきた男の背後にいた男に目を向ける。
「お、俺たちに恨みでもあるのか!?」
「恨み? 別に無いよ、そんなもん」
コツコツ、と整えられていない地面を歩き、影は言う。
「お前ーー」
そこで影の正体を知り、男は声を出すが、影により全て言うことは無かった。
だだ、月下に照らされたその正体は、まだ成人しきれていない少女で、いつも明るく振る舞っている少女ではなかった。
そこにいたのは、冷たい瞳を持つ、人を人だと思ってないような目を持つ者。
彼女の背後には、すでに倒された周辺を調べていた者たちが倒れていた。
それを見て、少女はーー鷹森結理は呟いた。
「第一陣、終了」
そして、くるりと来た道を戻りながら言うのだ。
「さて、第二陣行きますか」
ーー残党はちゃんと処理しないと。
そうは思いながらも、殺しきれないのが、気絶やほぼ瀕死で終わらせてしまうのが、鷹森結理という人物だ。
「これは忠告。あの家の者に手を出すな」
第二陣こと、残りの者たちにそう言って、気絶及び撤退させた。
実際に手を出されたわけではないが、気配に敏感な結理本人が落ち着かないだけなのだ。
しかも、何か遭ってからでは遅い。
だから、“忠告”した。
次があると思うな、と。
その日以降、森には誰もいなくなったという。
☆★☆
翌朝。
「『仕事につき、家空けます』だって」
大翔が居間の机の上にあったメモのような手紙を読み上げる。
「……仕事? あと、昼食どうすんだよ」
仕事って何だ、と思いながら、棗は大翔に尋ねる。
「先輩か俺が作るしか無いでしょ。鷹森が居ないんだし」
食事当番は結理だが、その当番が留守なのだ。
「……師匠。今日は多分、女の方だよな?」
「多分」
棗の問いに、大翔は曖昧に答える。
同じ家に過ごしていれば、嫌でも分かることがある。
ユーナリアが男女どちらの姿で来るのか、とか、結理が家でも気を抜かないとか(本人談であり、大翔たちが聞いたわけではない)。
「……」
「……」
二人して無言になる。
そして、視線だけ向ける。
「どうするよ」
「どうしましょうね」
棗が尋ねれば、大翔も本当にどうしようか、と返す。
ただーーいきなり口調を変えるな、という視線を送る棗に、大翔が口調を変えたことを知らない振りをしていたのだが。
「あ、そういえば結理って、廉たちの居場所知ってるよな?」
ふと思ったのか、棗の言葉に、ああ、と返す大翔。
「というか、城でしょ。それで、ギルド登録か学校ルート」
「両方に一票」
大翔の予測に、両方の可能性を示す棗。
無くはないのだろうが、実際は分からない。
「廉って、ハーレムになってんのかな?」
今度は大翔がふと思ったのか、尋ねる。
廉のお人好しな性格を考えれば、そうなっていてもおかしくはない。
「さあな。もしそうなっていたとしても、再会した暁には、一回ぐらい結理のハリセンが出るだろうな。とりあえず」
棗の言葉に、苦笑いする大翔。
「というか、鷹森がいない上に、師匠も来ないから、話のネタが尽きそうなんで、もうこの話は止めておきましょう」
「だな」
大翔に同意して、この話題を打ち切る棗。
さて、これからどうしようか、と朝食の事を横に置いたまま、思案する。
「あれ? 二人とも居たんだ」
玄関が開く音がしたかと思えば、居間に顔を覗かせた結理がそう言う。
「今までどこにいってたんだよ」
「買い物」
棗の問いに、ほら、と結理は野菜や果物を見せる。
「あとは……まあ、卵探して走り回ってた」
「卵?」
二人して首を傾げる。
「パンとハムだけだと、いい加減飽きてきたからさ」
「本音は?」
「卵料理が食べたかっただけ」
その言葉に、大翔が本音を尋ねれば、その実をあっさりと答える結理。
大翔も棗も、それは思っていたことなので、批判はしない。
第一、食事にうるさい結理に料理の悪口を言えば、作ってもらえなくなる、というのもあるが、卵料理と言いながら目を輝かせる彼女に、アレルギー面以外で悪く言うつもりもなかったのだ。
「じゃあ、何かリクエストはありますか?」
「卵焼きで」
「いや、目玉焼きも捨てがたいですよ」
リクエストを聞く結理に、棗は卵焼きを挙げるが、大翔が目玉焼きも挙げる。
「朝だから、オムレツもありか」
「たまごサンドもありですよね」
一度挙げ始めたらキリがないぐらい、次々に出てくる。
そんな二人とともに、本当にどうしようか、と自身も思案する結理。
今まで卵料理を食べなかったのか、と尋ねれば、答えは『いいえ』であり、どういうわけか、グランドライトでは魚などは手に入るくせに、卵が手に入りにくい。
それでも、その辺は結理が上手くやりくりしていたのだが、今回は珍しく、いつも以上に卵が多く販売されており、結理が少し多めに買ってきたため、どうせなら今日は少し豪勢にしてみよう、と二人にリクエストしてみたのだがーー
「卵掛けご飯……」
「でも、米がないんだよなぁ」
次々と出てきた卵料理の数々だが、卵掛けご飯を出した途端、落ち込む大翔と棗。
いくら化学があるとはいえ、肝心のものーー米が無いのだ。
探せばあるのだろうが、廉たちと合流してない今、あまり遠くには行けないため、探すとなれば、合流してからになるのではないのか、と思う結理。
最低でも、この世界に存在するのか、しないのかという情報ぐらいは欲しい。
(探すだけ探してみるか)
そう思いつつ、中々決まらない二人に対し、最終的に議論は卵焼きに落ち着き、少し遅めの朝食を三人は摂るのだった。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
さて、異世界に来て一週間ぐらいの仕事が部屋の掃除とか……
そして、結理の裏の面も……
あと、ユーナリアの性別や年齢についてはご想像にお任せします
次回は冒険者ギルドでの出来事
新キャラと廉たちの方で出てきたあの方たちも登場します
それでは、また次回




