第二十一話:町を走り回って
第二章:異世界召喚、鷹森結理編
第二章、スタートです
「居たか?」
「いや、こっちには居なかった」
「二人とも~」
黒髪の少女が黒髪と茶髪の少年に駆け寄る。
「結理」
黒髪の少年が結理と呼ばれた少女ーー鷹森結理の名前を呼ぶ。
「どうだった?」
茶髪の少年ーー天海大翔の問いに、結理は首を横に振る。
「ダメ。撒かれた」
「はあっ!?」
それを聞き、二人は変な声を出す。
「見つけたから、追ってたんだけど、見事に撒かれた」
はぁぁ、と溜め息を吐く結理に、頭を抱える二人。
「お前を撒くって……本当に怖いな。あの人」
「私も撒かれるとは思わなかった。上には上がいるもんだね」
「感心してる場合じゃ無いだろ」
感心したように言う結理に、大翔はそれを指摘する。
二週間もグランドライト中を捜し、ようやく見つけたかと思ったら、また逃げられた。
いや、向こうには逃げているつもりはないのだろうが、追い掛ける三人からすれば、避けられているとしか思えない(というか、ほとんど放置されたと言った方がいい)。
「とにかく、もう一回、見て回ってから帰ることにしよう」
「うん」
「そうだな」
黒髪の少年ーー日燈棗の言葉に、結理と大翔は頷いた。
日が暮れるまでに見つける。
そう決めて、再び捜すために歩き出した。
☆★☆
半年前、鷹森結理と日燈棗、天海大翔の三人は、ここーーグラスノース世界のウェザリア王国内にあるグランドライトに出た。
「っ、ここは……」
三人の中で最初に目覚めた結理は、見知らぬ天井を認識して、起き上がり、窓から外を見た。
現代社会では有り得ないようなヨーロッパのような建物に、結理は溜め息を吐いた。
「……知らない天井だ」
「ん、起きたね」
声が聞こえたので、結理は振り返る。
「鷹森、やっぱり先に起きてたか」
大翔が頭を掻き、伸びをしながら言う。
「先輩を早く起こして。現状確認する必要があるし」
窓の外を親指を示しながら結理が言えば、そうだな、と大翔が棗を起こしに掛かる。
「先輩、起きてください」
起きる気配がない。
「……死んでないよな?」
大翔が結理に確認すれば、結理は溜め息を吐き、二人に近づく。
「先輩、起きてください」
大翔と同じように起こしに掛かる結理だがーー
「起きないね」
「起きないな」
格闘すること数分後。二人で溜め息を吐いた。
「とりあえず、二人で現状確認でもするか?」
「それもそうだね」
二人が現状確認したのは四つ。
一つ、足下に現れた魔法陣に吸い込まれ、落ちる途中で廉たちとバラバラになったこと。
「ああ、それは何となく覚えてる」
大翔が同意する。
実はこの時、結理には魔法陣について分かっていたことがあるのだが、パニックになりかねないので、今は言わない。
というか、全員集合し、面々に話したとしても、パニックになりかねないので、こればかりはタイミングである。
一つ、落ちた場所と違い、今いる場所からして、誰かに助けられたこと。
「何で分かるんだよ」
「気を失う時、石畳のような感触があったから。そして、この部屋。生活感がある」
「ああ、それは同感だ。家主がいるのは間違いないな」
二人して、部屋を見渡し、頷く。
そして、そのまま現状確認を続行する。
一つ、元いた世界とは明らかに違う建造物の数々。
「あんまり、この可能性については言いたくなかったんだけどさ」
「いや、言わなくていい」
大翔も結理の言いたいことは理解していた。
というか、そういうのは二次元ーーマンガやゲーム、小説だけにしてほしい。
「異世界トリップ、だよねぇ」
それ以外にこの状況を何と言うべきか。
「鷹森が予想する『俺たちが召喚された理由』は何だと思う?」
「そりゃあ、異世界に魔法陣と来たら、王道的に勇者召喚。または神子関連」
大翔に言われ、可能性を上げる結理。
「しかも、東雲と笠鐘がいないから、神子説が捨てられないんだよなぁ」
参った、と言いたげな大翔に苦笑いしつつ、結理は棗に目を向ける。
「先輩が起きてくれたらなぁ」
その言葉に、大翔も棗を見るが、それでも、現状確認は続行される。
一つ、六人で喚ばれたということは、誰かに引っ張られた可能性が高い。
「これについてはどうだ?」
「勇者召喚なら、おそらく召喚主の所にいるであろう廉に引っ張られた、って考えられるけど、相手が女勇者希望だと朱波や詩音が当てはまるし……うーん……」
結局はそこに戻るのだ。
「つか、女勇者なら鷹森が喚ばれるんじゃないのか?」
大翔が結理を見ながら言うが、言われた結理はムッとして言い返す。
「分からないよ? もしかしたら、喚ばれたのは大翔か先輩だったかもしれないんだから」
「……もう、この話は止めよう。頭が痛くなってきた」
頭が痛いという大翔にそれもそうね、と同意しつつ、この話を一旦止める二人。
「何か、ボロボロだな。俺たち」
「そうね」
ぽつりと言われた呟きに、結理は頷く。
そこでふと気づく。
「大翔、破れたところ直しておこうか」
破れていた所を示しながら、結理は言う。
「お前はいいのか?」
「私は私服だもん。制服は無事です」
大翔の問いに、大丈夫、と結理は返す。
せめて、上着だけでも直しておこうということになり、結理が大翔の分を直している間に、大翔は棗から上着を脱がす。
ちなみに、三人とも飛ばされてきたままの姿で寝かされていた(そのため、大翔も棗も制服の上着を着たままだった)。
「そういえば、針と糸は?」
「ソーイングセットはちゃんとあります」
じゃーん、と近くにあった自身のカバンから、ソーイングセットを取り出す結理。
そして、二人して固まった。
「なあ、俺たち……」
「忘れてたけど、カバンの中、見てないよね?」
そして、すぐに中を確認する。
「無くなったものは?」
「私はないよ」
「俺もない」
カバンの中を確認したら、二人とも何か盗まれた形跡はない。
「先輩の中身は、大丈夫なのかな?」
結理の問いに、棗のカバンに視線を向ける大翔。
「あとで確認させればいいか」
そんな結理に、だな、と大翔も同意する。
「とりあえず、もう一度起こそうか」
「暴力は止めろよ? 寝てると抵抗できないんだから」
やれやれ、と立ち上がった結理に、大翔が忠告する。
「先輩、起きてください。じゃないと、実力行使に移ります」
それを聞いたのか否か、がばっ、と起き上がる棗。
「おお、起きた」
「チッ」
感心するように言う大翔に対し、結理は余所を向いて、舌打ちした。
未だ部屋の中をきょろきょろする棗に、首を傾げる大翔は尋ねる。
「どうかしたんですか?」
「いや……何か恐怖を感じた」
どんな影響力だよ、と呆れる大翔。
「つか、結理。舌打ちすんな。そんなに実力行使で起こしたかったのか」
「舌打ちなんてしてません」
棗の言葉に、あくまで白を切る結理だが、そこでふと気づく。
「あれ? 先輩、何で私が実力行使するって分かったんですか?」
その問いに目を逸らす棗。
「起きてたんですね」
「現実逃避で二度寝しかけたところで、鷹森が脅しに掛かったから、起きたってわけですか」
冷めた目で見る後輩二人に、棗は言う。
「いや、二度寝は違う」
「二度寝は? では、私の脅しで起きたのは事実なんですね……」
そんなに怖い声で言ってないはずですが、と目を逸らして言う結理に、どうするんですか、という視線を向ける大翔。棗は棗で、俺のせいか!? と大翔を見る。
そのようなアイコンタクトを送りあうこと数秒後。
「あー、結理。悪い、さすがに俺がオーバーだった」
最終的に、棗が折れて謝った。
(あれ、何で俺は謝ってんだ?)
と思った棗は悪くはないはずだ。
「それで、先輩も起きたことだし、これからどうする?」
大翔の言葉に、思案する。
小さく息を吐き、結理が二人を見る。
「とりあえず、どっちでもいいから、扉の向こうを見てきてもらえない?」
「理由は?」
「家主が来ない」
棗の問いに、結理はそう返す。
結理と大翔が起き、棗が起きるまで誰一人、この部屋には来なかった。
これだけ騒いでいたのだ。
防音されていたとしても、何か聞こえれば、様子ぐらい見に来るのではないだろうか。
いるのは気配で分かる。
「つか、廉たちはどうした」
「知らん。こっちに来る途中に、離れ離れになったのは覚えてるけど」
不在の三人について尋ねる棗に、結理はそう返す。
言い方が敬語もどきでないのは、結理が大翔と棗の制服の破れていた場所を縫いながら、意識せずに話しているからだろう。
「はい、出来た」
先に始めた大翔の方を渡す。
「お前って、性格の問題さえ無ければ、優良物件なのにな」
結理の手が止まる。
「直すの止めましょうか?」
「いや、機嫌損ねたのなら悪かった」
棗がそう返せば、結理は再び手を動かす。
鷹森結理。
容姿端麗(というより、顔はやや美人に入る部類、体格的には普通)、文武両道、面倒見は良いが、性格にやや難あり。
(あの三人はよく付き合えたな)
大翔と棗は中学の頃から廉たちと知り合いだ。
それ以前の四人が、どういう人物だったのかは分からないが、二人が廉たちに加わって理解したのは、結理が廉たちと一線を画しているということだった。
今はそれほど分からなくはないが、大翔たちにも結理はそうしている部分がある。
本人曰く、必要以上に踏み込まない、ということらしいが、廉たちに対する遠慮のない言葉のトゲも、結局は彼女の何かがそうさせているのだろう。
しかも、とりわけ結理は親しい人以外は名前では呼ばない、というのも一緒にいて発覚したことだ。
『天海君』
『日燈先輩』
最初に会った時、二人は結理から、そう呼ばれた。
「はい、先輩。終わりました」
結理が棗に制服の上着を渡す。
「ああ、ありがとうな」
棗が礼を言えば、部屋の扉が開く。
「…………」
「…………」
「……えっ、と?」
大翔と棗は無言になり、結理が軽く首を傾げる。
「あー、三人とも起きたのか」
扉を開けた主は、髪の長い美人な女性だった。
☆★☆
「師匠~」
「師匠」
「どこですかー? ……って、何で私の後付いてくんだよ。別の所に行けよ」
声を上げ、町中を歩きながら捜す。
そんな自身の後ろを付いてくる男二人に、呆れ混じりのような視線を向ける結理。
「いや、今までの経験から、お前と一緒に居た方が早く見つかると思って」
「…………」
棗の言葉に、無言になる結理。
「それでも、見つからなかった試しはありましたけどね」
隣で大翔がそう言えば、
「「お前は少しぐらい空気を読めや!」」
と、二人に突っ込まれた。
「ご、ごめん……」
突っ込まれた理由は分からないが、とりあえず謝る大翔。
完全に、この数年で染み着いてしまった動作である。
「いやいや、大翔が悪い訳じゃないよ」
「そうそう。空気を変えたかっただけだしな」
二人は謝るな、と大翔を宥めるためか、そう言う。
一歩間違えれば、仲間割れに発展しかねない空気の変え方だった。
それでも、いつも一緒にいるはずのメンバーが半数もいないだけで、結理たちの心理状態が良いわけでもなく、一人よりはマシかもしれないが、それでも寂しいものは寂しいのだ。
先程すれ違ったときに気づいていれば良かったのだろうが、そんな都合のいいことはそう簡単には起こらない。
たとえ起こったとしても、起こされた側が気づかなければ意味がない。
「じゃあ、次はどこに捜しに行く?」
結理の問いに、そうだなぁ、と大翔と棗は思案する。
三人が先程行ったのは、市場方面と住宅街方面だ。
「まあ、今から行くとしたら……なぁ?」
棗の困ったような言い方に、あ、やっぱり、そうなりますか、と言いたそうな表情をする結理と大翔。
「ま、居そうな確率が高いけど、逃げられてる確率も高い場所ってね」
そう言いながら、ギルド方面に向かって歩き出した三人は、再びグランドライト中を捜し回ることになる。
『この世界はグラスノースで、国名はウェザリア王国。現在地は王国内のグランドライトっていう町』
自分のことにも面倒くさがりな師匠が、何の利益にもならない自分たちを助けた。
足を止めるつもりはない。
だから、三人はいられる時間の少ない、半年間過ごしたこの町を走り回り、捜し、問うのだ。
(ねぇ、師匠。覚えてる?)
三人がこの世界に、この国に、この町に、最初に来た日の事をーー
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
というわけで、第二章に入りました
前書きで分かったかと思いますが、結理編です
別名、グランドライト編
第二章は主に回想を挟みながら、物語を進めていく予定です
それでは、また次回




