第二十話:すれ違い
【前回のあらすじ】
グランドライトに来ました
ミーンミンミンミーン。
「暑い……」
空を見上げて、そう呟く。
ミーンミンミンミーン。
「うっさいわ! 虫ども!!」
朱波が怒鳴るが、もちろん、そんなことで鳴き止むわけもなく……
ミーンミンミンミーン。
「あーもう! ここはどこなのよ!」
朱波が叫ぶが、答えられる者はここにはいない。
滝のような汗が流れ続ける。
詩音も拭いても拭いてもキリがないからと、すでに拭くのを諦めていた。
唯一の救いは、微風ながら、少しでも涼しくしようとする朱波がいることだろうか。
どうしてこうなったのか。
廉は少し思い出してみることにした。
☆★☆
情報収集のついでに、とグランドライトの冒険者ギルドで依頼を受けた三人は、受付のお姉さんに場所を聞き、そこに向かった。
そこまではまだいい。
問題はそこからだった。依頼を遂行し、帰ろうとした矢先だった。
『グルルルル』
こっちを見て目を光らせるいつぞやの熊と似たような生物がこちらを見ていた。
「おい、何かこっち見てるぞ」
目を合わせないように気をつけながら、廉は朱波と詩音に尋ねる。
「見てるわね」
「……」
そしてーー
『グルァァァァア!!!!』
叫ぶ熊ーー魔物に、ハッとした廉が叫ぶ。
「逃げろーーー!!!!」
廉の言葉に、朱波と詩音が走り出し、廉自身も走り出す。
で、適当に走り回り、逃げていたので、案の定迷子となりーーそして、冒頭に繋がるのだった。
そこまで思い出し、なおさら肩を落とす。
「夜なら、北極星探せば帰れるのに」
というのは詩音の言葉だが、今は真っ昼間。
結理たちも捜さないといけないためか、若干焦りが出始めており、朱波は朱波で木で鳴いている虫に八つ当たりする始末。
おそらく、一番冷静なのは詩音だろう。
今も周囲を確認している。
本格的に夏になったせいか、嫌味のように太陽が三人に照りつける。
「廉、日陰に行こう。熱中症になる」
それに頷き、朱波に声を掛ける。
「朱波ー、日陰に行くぞー」
「あ、うん」
朱波が来たので、三人で場所を移動する。
☆★☆
「……」
日陰に移動し、休んでた三人だが、ふと見つけた看板に胡散臭い目を向けていた。
看板には、
『出口→
町はこちら』
と印されていた。
「これ、信じてみる?」
朱波が指で指しながら尋ねるが、でも、と廉が続ける。
「罠っぽさがなぁ……」
こちらに来てからの経験上、何もないわけがない。
グランドライトに来る前だって、トラブルが起きたのだ(前話参照)。出来るだけトラブルを避けたいと思うのも仕方がない。
「朱波、風による感知はできないの?」
詩音が尋ねれば、うーん、と唸る朱波。
「出来なくはないんだけど……」
『暑いよー』
朱波の肩で暑いー、とシルフがぐったりしていた。
「熱風の余波を浴びても良いなら、やるけど?」
暑いー、というシルフを一瞥した二人は親指を立て、頼む、という。
分かった、と頷いた朱波は、風による感知を始める。
『ふえ? 何するの?』
話を聞いてなかったのか、不思議そうな顔をしてシルフが尋ねるがーー
『……』
むわーんとした熱気を浴び、シルフは黙り込んだ。
その隣で朱波は風を視覚代わりに、どんどん進んでいく。
そして、見えたのはーー
「ん」
目を閉じ、意識を現在の居場所に戻して、目を開いて廉たちに告げる。
「町には繋がってるみたい」
それを聞いて、どうするかを考える廉。
「……行ってみるか」
町に続いているのなら良い。
換金も早く済ませたい。
それじゃあ、ということで歩き出す三人。
シルフに至っては、喋る気力すら無くなったらしい。
☆★☆
「やっと、戻れたな」
不在時間が短かったためか(反対に長くても冒険者だから、と思われているからか)、特に騒ぎもなく、廉たちは換金を終え、町を歩いていた。
ちなみに、宿については、一日ぐらいならレイヤが泊めてくれるらしいので、三人は素直に従うことにしたのだ。
そのため、三人が町を歩いているのは、レイヤ宅に向かっているというのもある。
「お、ここだな」
聞いていた場所に着いたのか、確認しながら廉はその建物を見上げる。
「デカっ……」
王城や学院を見た時と同様に、そう呟く。
学院に通っているのだから、それなりの家に住んでいるとは思っていたが、思ってた以上に、かなり大きかった。
「何かご用ですかな?」
ずっと門前に立っていたからか、中から執事のような優しそうな老人が出て来て、そう尋ねる。
「ここに、レイヤ・ミリヤードっていますか?」
それを聞いて、ああ、と頷く老人。
「確かにいらっしゃいます。失礼ですが、あなた方は?」
「学院の友人です」
老人の言葉にそう答える。
つい最近、話し始めたとはいえ、これは嘘ではない。
「分かりました。お呼びしてきます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そうやって、老人を見送る三人。
「廉、この屋敷……」
「ああ。嫌な気が満ちてるな」
自分たちが良く知る気と似たようなものが、目の前の建物から感じ取れた。
それがどんな種類のものか分からないが、嫌な気というのは断言できる。
「おーい」
こそこそとそんな話をしていると、屋敷から出てきたレイヤが声を掛けながら、近づいてきた。
「開けるからちょっと待ってろ」
そう言って、ギギギ、と扉を開けるレイヤ。
「じゃあ、中に入ってくれ」
「あ、ああ……」
レイヤに促され、戸惑いながらも廉たちは中に入った。
☆★☆
「教えてください。お願いします」
目の前で土下座するレイヤに苦笑いする廉たち三人。
レイヤの自室に案内されて、すぐの事だった。
廉たちが来るまでの間、宿題をしようと出して始めていたらしいのだが、分かる部分はほとんどやってしまい、分からない部分の大半が残ってしまった、というのが本人談。
どうする? と顔を見合わせる三人に、試験結果三十番以内なんだからさー、と、レイヤが泣き付く。
「あのなぁ、俺たちだって全部が全部、分かっているわけじゃないんだぞ?」
廉の言葉に、そうなのか? と首を傾げるレイヤ。
中間と期末の試験でシルフィアを交えて、苦手対策をしたのは良い思い出だ。
(恐怖を感じることも無かったしな)
高校受験の際、先に受験を終えていた棗に傾向や対策などを教えてもらいつつ、六人で入試の勉強をした。
それでも、苦手なところはあり、その対策もしていたのだがーー廉としては、その時のことはあまり思い出したくない上に、朱波や詩音としても、あまり触れてもらいたくない部分でもあった。
結果としては、合格したから良かったものの、不合格だったらどうなっていたことか。
「何でも分かるのは、天才だけだ」
そして、努力した者だけ。
そうか、と肩を落とした様子のレイヤに、けどまあ、と朱波が続ける。
「教えられる範囲内なら、教えてあげる」
「本当か!?」
さっきの落ち込み様から一転、キラキラした眼差しを向けるレイヤ。
その表情を眩しく思いながら、自分たちの宿題を取り出し、少しでも減らしておこうと、廉たちも宿題の片付けを開始した。
☆★☆
「皆さん、少し休憩なされてはいかがですか?」
ドアをノックし、入ってきたのは、廉たち三人を最初に出迎えた執事らしい老人だった。
「爺」
レイヤがそう声を掛ければ、ほっほっほ、と好々爺らしく笑みを浮かべる執事らしい老人。
「あ、手伝います」
紅茶の用意を始めた老人に気づいた朱波が立ち上がり、手伝いを申し出るが、老人は手を前に出し、必要ありません、と言う。
「坊ちゃんのご友人に、そんなことをさせられません。どうかこの老人めにお任せくださいませんか?」
そう言われ、困ったように笑みを浮かべながら、朱波は分かりました、と席に戻る。
「坊ちゃん……?」
一方で、廉と詩音はレイヤを見ながらそう呟いていた。
「じ、爺! 坊ちゃんと呼ぶなって言っただろ!?」
「確かに言われましたが、私にとって、坊ちゃんは坊ちゃんですから」
叫ぶように言うレイヤに老人は微笑みながら、そう返す。
その光景を見ながら、廉たちも微笑む。
休憩を終え、四人が再び宿題を再開させたのは、その数十分後だった。
☆★☆
「ん、ん~」
そう唸りながら、ベッドの端に座っていた朱波が軽く伸びをする。
「今日は疲れたわねー」
そう言いながら、ベッドに倒れる。
今朱波がいるのは、レイヤ宅の客室である。
廉はレイヤと同室で、彼曰く、「寮では同室じゃないんだから、今日ぐらい良いだろ?」とのこと。
最初は遠慮していた廉も、レイヤにそう言われ、同室を許可して、共に休んでいる。
ちなみに、朱波は詩音と同室であり、彼女はソファーに座って、本を読んでいた。
「うん。明日はどこを捜すのかな」
詩音の問いに、うーん、と返す朱波。
「ギルドには今日行ったからね~」
行き先はほとんど廉が決めているため、二人は悩まないのだが、せっかく三人いるのなら、手分けして捜してもいいのかもしれない。
「ギルド方面と市場方面と住宅街方面?」
詩音が場所の例を上げる。
「後は……郊外?」
「うーん……」
朱波が首を傾げれば、詩音も天井を見上げて唸る。
「まだ一日目だけど、本当、どこにいるんだろう?」
そう尋ねたのはどっちだったのか。
「大丈夫だとは分かってるんだけど……」
「不安になるのよねぇ」
詩音の言葉に、朱波が溜め息混じりに返す。
「今頃何しているんやら」
詩音はそう言いながら、視線を窓の外に向けた。
☆★☆
「なー」
「何だ?」
レイヤが声を掛けてきたので、廉は彼を見る。
「本当に明日から宿に泊まるのか?」
確かにレイヤの家に泊まるのはこの一日だけで、残りは宿に止まる予定だったのだがーー
「前にも言ったと思うが、さすがにずっと世話になりっぱなしはマズい気がするからな」
宿代が浮くというメリットはありがたいが、レイヤたちへの迷惑というデメリットもついてくる。
もし、この二つを選べと言うのならーー
(俺は後者を選んで、宿に泊まり、レイヤたちの負担を減らす)
どう考えても、天秤は最終的にデメリットに傾く。
どうやら節約|(?)より、迷惑云々に傾くらしい。
たとえレイヤたちが迷惑じゃないと言っても、人というのは、本心ではどう思っているのか分からない。
ここに住んでいるのは、レイヤや執事のような老人だけではないのだから、もし、誰か一人でも不愉快な思いをするのなら、廉としてはさっさと退散して、落ち着いてもらいたい。
そこで廉はふと思う。
朱波と詩音が、この事をどう思っているのか、ということを。
廉が最終決定権を持っているとはいえ、今回の件については彼女たちの意見を聞いていない気がする。
(それとも、周囲に気が回らないほど、三人を捜すのに集中していた、ってことか?)
そう考えて、廉は頭をガーッと掻く。
というか、何故あの二人も言わなかったんだ? と思う廉だが、実は言おうとしてたのに、自分が気づかなかったから、言えなかったのではないのか、とネガティブな思考にどんどん沈んでいく。
「マズい。いろんな考えがネガティブになってきてるな……」
廉は溜め息を吐いた。
「あー、何だ。そこまで悩むのは予想外だったんだが……」
今まで様子を見ていたのか、レイヤがそう呟く。
「無理に泊まってけとは言わないから、そんなに気にするな」
「ああ、そうだな」
悩んでいても仕方ないので、廉は割り切ることにした。
ただ、レイヤが微妙に落ち込んでいたのは、気のせいではないのだろうが。
結局、朱波・詩音組も廉・レイヤ組も、その日は疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。
☆★☆
「今日はどこに行く?」
グランドライト二日目。
開口一番とばかりに、朱波がそう尋ねてきた。
「そうだなぁ……」
そう返しながら、思案する。
昨日は宿に泊まるかここにいるか云々を考えただけで、捜しに行く場所を考えていなかった。
「ギルド方面に市場方面、住宅街方面に後は……郊外」
詩音が昨日部屋で言っていた場所を上げる。
「後、貴族街と貧民街」
「は?」
横からの声に、思わず変な声を出す。
目を向ければ、声の主はレイヤだった。
「ですが、どちらも行くのはお勧めしません」
老人が言う。
「理由は……って、何となく予想は付きますが」
それに苦笑いする老人。
「貧民街はスリとかに遭うから。貴族街は私たちが良い思いをしないから……だよね」
違う? と言いたげに、朱波がレイヤと老人を見る。
「いや、正解だ。俺としては、そういう目に遭ってもらいたくない」
特に、そこの二人には、とレイヤが朱波と詩音に目を向ける。
「あら、心配してくれてありがとう」
「でも、大丈夫」
礼を言いながらも、気持ちだけは受け取っておく、と言った二人に、本人たちが言うなら、と引くレイヤ。
「で、妥当なのは、市場方面か住宅街方面?」
「だな。貴族街は入れてもらえない可能性もあるから、その後のことも考慮しておくとして……」
問題は、貧民街である。
三人にしてみれば、ショルダーバッグやポーチを奪われるわけにはいかない。
もちろん、剣などを取られた暁には、反乱すら起こりかねないため、それだけは防がなくてはいけない。
「でも、今回は市場方面に行くんだよね?」
「ああ」
詩音の確認に頷けば、なら、と詩音は言う。
「行かない場所の心配は今は必要ない」
そう言った。
「元々、グランドライトにいる期間は短いんだから、貴族街とかまで回れるかも怪しいよね」
その上、朱波のこの言葉である。
「お前ら……素直に行きたくないなら行きたくないって言えよ」
呆れ混じりに廉がそう言えば、二人は笑って誤魔化した。
☆★☆
グランドライト・市場方面。
毎朝早朝から多くの野菜や果物、花などが並び、町を彩る。
「すっごーい!」
もちろん、料理大好きな朱波が反応しなかったわけじゃない。
その瞳をキラキラと輝かせ、市場に並ぶ食材を見ていた。
「部屋でも冷静に捜す場所を考えていたから、てっきり分かってて反応してないのかと思ってた」
同室だった詩音だからこそ分かることなのだが、よくよく思い出してみれば、市場と言った時点で、目を輝かせていたような気もしなくはない。
「まあ、今日は依頼を早めに終わらせて、宿も取ったからな」
ゆっくり捜せると廉は言う。
午前中に採取系の依頼を受け、完遂した三人は宿を取り、現在、目的地である市場方面に来ていた。
だが、朱波の反応から分かるように、市場にはたくさんの野菜や果物が並んでおり、彼女が頬を赤く染め、満足そうにほくほくした顔で買い物を終えてきたのを見て、廉と詩音は溜め息を吐いた。
目的が違う、と。
次に市場に来るときは、今回の二の舞になりかねないので、朱波がいないときに来ようと思う二人だった。
さて、三人の捜索だが、中々上手く進まなかった。
時には依頼内容で長引き、時には大雨で外に出ることすら出来なかったため、その日は宿題で時間を潰した。
結局、午前にはギルドで依頼を受けてこなしながら結理たちを捜し、午後(二時~三時の間)にはレイヤ宅で、分かる範囲の宿題を片付けて、宿に戻るというローテーションがしばらくの間、続いた。
そして、グランドライト滞在最終日。
レイヤたちに礼を言い、王都行きの馬車乗り場に三人は向かっていた。
来たときより人が多いのは、夏が本格的になってきたからだろう。
「今頃、結理たちは何してるのかな?」
「案外、近くにいたりして」
「まさか。グランドライト中を捜したのに居なかったんだぞ?」
そう話す廉たちの横を、黒髪の少女が通り過ぎて行く。
人混みもあってか、お互いがすれ違ったことには気づかなかったのだがーー
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、今ーー」
振り返った廉に、首を傾げる朱波。
振り返った先には、人混みだけ。
「いや、気のせいらしい」
だが、気のせいだと思い、廉は再び歩き出した。
そしてーー
「気のせいか」
足を止め、後ろを振り返った少女の呟きは、廉たちに届くことは無かった。
読了、ありがとうございます
誤字脱字報告、お願いします
学院の寮についてですが、寮生が所属する科により、二人部屋の所もありますが、基本的には一人部屋です(二人部屋の寮生は、産業科の生徒と商業科の生徒の組み合わせが大半を占めています)
そのための(回想(?)ですが)レイヤの台詞でした
さて、今回で第一章は終わり、次回から第二章に入ります
誰編なのかは、次回までのお楽しみ
それでは、また次回




